ミトコンドリアDNA量と着床率の関係 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、胚のミトコンドリアDNA量を調べたところ、ミトコンドリアDNAが少ない方が着床率の高い良好胚であることを示しています。

Fertil Steril 2015; 104: 534(スペイン)
要約:着床前診断にて正常と確認された単一胚移植を行なった270名について、胚のミトコンドリアDNA量を測定し、着床率との関係を後方視的に検討しました。なお、着床前診断は3日目胚205個、5日目胚65個です。ミトコンドリアDNA量が多い胚は正常胚にもかかわらず着床率が有意に低下していました。ミトコンドリアDNA量をミトコンドリアスコア(MS)で数値化したところ、day 3胚よりday 5胚でMSが有意に低下していました。MSと着床率の関係を下表に示します。

day 3胚
MS   <34   34~52   52~97   97<
着床率  59%    44%    42%    25%

day 5胚
MS   <18   18~24   24~50   50<
着床率  81%    50%    62%    18%

解説:細胞にとって、ミトコンドリアはエネルギーの供給源です。ミトコンドリアDNAは、原始卵胞では10コピー数ですが、成熟卵(MII)では10万コピー数に増加しています。マウスの研究では、受精から胚盤胞までのステップで、全体のミトコンドリアDNAコピー数は増加しないことが知られていますので、細胞分裂が進むにつれて、ひとつの細胞あたりのミトコンドリアDNAは減少します。かつては、ミトコンドリアDNAが多い方が胚の状態が良いと考えられていました。しかし、一定の結論は得られていませんでした。本論文は、これまでの考えとは逆に、ミトコンドリアDNAが少ない方が着床率の高い良好胚であることを示しています。

TFAM(mitochondrial transcription factor A)ノックアウトマウスでは、卵子のミトコンドリア数が減少しますが、受精や初期胚の発生には影響しません。一方、ミトコンドリアDNAの維持や複製に関連する遺伝子欠損では、受精後8.5~10.5日で胚発生が停止します。また、ミトコンドリアの機能障害では、ミトコンドリアの過形成が起こります。このような事実から、ミトコンドリアDNAコピー数は、胚のエネルギー状態の原因ではなく結果を示しているのではないかと推察できます。つまり、「胚のエネルギー不足の場合には、ミトコンドリアへ分化を促進し、ミトコンドリアDNAコピー数が増加し、不足分を補っている」という考え方です。この考え方を用いると、本論文の結果が理解できます。

本論文から得られるもうひとつの重要な事実は、着床前診断にて正常胚と診断されたものでも、ミトコンドリアの機能障害の場合には着床しないということです。もちろん、本論文では、子宮内膜の機能について調べていませんので、内膜側の要因もあります。また、3日目胚の着床前診断は必ずしも正常胚を選べているとは限りません。以上の事実を証明するためには、胚盤胞の着床前診断+ミトコンドリアDNA数を用いた前方視的検討が必要です。

着床前診断を行なうことにより、着床しない場合に「何が足りないのか」を突き止めることが初めて可能になります。胚側の要因、母体側の要因でこれまで見過ごされていたこと、これまで正しいといわれていた部分で誤りがみつかること、様々な研究を通して、真の着床障害の研究が可能になります。