☆☆「良い卵子」とは? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

当たり前のことですが、「良い卵子」とは妊娠できる卵子です。それでは、「良い卵子」はどこにあるのでしょうか、どのようにしたらできる(得られる)のでしょうか。本論文は、「良い卵子」を考える上で、今までの常識を覆す事実を示すなど、いろいろな意味で示唆に富む論文です。
本論文から導かれる結論を簡単にまとめると下記となります。
1 卵丘細胞(卵子の周囲の細胞)の遺伝子が卵子の質を規定する
2 卵胞の大きさを揃えても、良い卵子が得られるわけではない
3 卵胞の大きさがどうあれ、全ての卵子は質が異なる(主席卵胞の卵子が必ずしも良いわけではない)

Hum Reprod 2013; 28: 2930(ニュージーランド)
要約:男性不妊のため顕微授精を実施する25名(38歳未満)の方に、前周期にピルを用い、ロング法でFSH製剤を使用して卵巣刺激を行い、採卵で得られた270個の卵子の周囲の卵丘細胞の遺伝子を検討しました。検査対象とした遺伝子は、HAS2、FSHR、GLUT4、ALCAM、SFRP2、VCAN、NRP1、PRの8種類でQPCRにて測定しました。この25名は、単一胚盤胞移植を行い、19名が最終的に出産に至りました。胚盤胞発生率および生産率と卵丘細胞の遺伝子発現パターンを検討しました。なお、移植あるいは凍結した胚盤胞は3BB以上(良好胚盤胞)です。
1 卵丘細胞数は成熟卵(MII, 27606個)より未熟卵(MI&GV, 38489)の方が多いですが、卵丘細胞数は、受精率、分割率、胚盤胞到達率、妊娠率、生産率とは関連がありませんでした。
2 分析した細胞の98.5%で検出された遺伝子は、頻度の高い順に、VCAN、NRP1、HAS2、ALCAM、FSHR、PRの6種類であり、GLUT4(5.2%)とSFRP2(0.4%)はほとんど検出されませんでした。6種類の遺伝子は全て同じ傾向で発現していました。
3 良好胚盤胞になる確率は、MII卵をランダムに1つ選んだ場合には23%ですが、3つ選んだ場合には50%となります。一方、HAS2、FSHR、VCAN、PRの4つの遺伝子発現を元に1つ選んだ場合には56%ですが、3つ選んだ場合には76%となります。また、HAS2、FSHRの2つの遺伝子発現を元に1つ選んだ場合には48%ですが、3つ選んだ場合には80%となります。
4 生産率は、MII卵をランダムに1つ選んだ場合には15%ですが、3つ選んだ場合には38%となります。一方、HAS2、FSHR、VCAN、PRの4つの遺伝子発現を元に1つ選んだ場合には31%ですが、3つ選んだ場合には60%となります。
5 43%の卵胞は同じ大きさでhCG投与を行って採卵していますが、99.7%の卵丘細胞では少なくとも1つの遺伝子発現が大きく異なっていました。

解説:これまでに卵丘細胞の形態や卵丘細胞から産生される物質が卵子の質に関与することを示唆する論文が発表されていますが、明確な答えは得られていませんでした。卵丘細胞は卵子周囲の細胞であり、卵子を養っている細胞です。このため、卵丘細胞の質は卵子の成長や成熟に重要な役割を担っていると考えられます。本論文は、卵丘細胞の遺伝子を検査し、HAS2、FSHR、VCAN、PRの4つの遺伝子の発現が良い卵子(良好胚盤胞になり、生児になる卵子)であることを示しています。しかし、他の論文ではVCAN、PTGS2、EFNB2、SPSB2が重要であると報告されていますので、共通するVCANの関与は間違いないとして、他の因子については更なる検討が必要と考えます。

* HAS2(卵丘細胞の拡大や形成に必要)、FSHR(FSH受容体)、GLUT4(糖の輸送やエネルギー代謝に関連)、ALCAM(細胞間の相互作用を調節)、SFRP2(Wntシグナルの調節)、VCAN(細胞外マトリクスの主要な構成成分)、NRP1(VEGFの細胞膜受容体)、PR(プロゲステロン受容体)

前周期にピルを用い、ロング法で、刺激の最初にFSH製剤を使用すると、最も卵胞の大きさが揃うとされ、それが体外受精の卵巣刺激に有用であると考えられていました。しかし、実際に採卵してみると、得られる胚にはバラつきがあり、大きさが揃ったからといって良い胚ができるとは限りません。また、最大径の卵胞(主席卵胞)に合わせて採卵日を決めますが、必ずしも最大径の卵胞から卵子が採れないこともしばしば経験します。これまでの常識にどの程度の根拠があったのか定かではありませんが、本論文は明確に卵胞の大きさ云々ではなく、卵子の質は卵丘細胞の質(遺伝子発現)によって決まることを示しています。そして、卵丘細胞の質は刺激したから改善されるのではなく、かといって自然周期だから良いのでもありません。自然周期よりも刺激周期の方が圧倒的に妊娠率が良いことが示されていますが、これは刺激により多くの卵子が獲得できることで、良い卵子が含まれる確率が高くなるからであると考えられます。さらに、本論文から、これまで良いとされてきた刺激方法(卵胞の大きさを揃える方法)は、卵子の質を改善することには全く寄与していないことを示しています。実際に胚の発育を見ていると、良いものから悪いものまで階級(ヒエラルキー)があるように見えます。この階級はすでに卵丘細胞と卵子の時から備わっているものだと考えられます。この根本を改善する手段があるのかどうか、今までとは違った視点や刺激法を模索する必要性を感じます。

卵子の段階での選別は、イタリアのように卵子3個までしか受精させられないという「しばり」がある場合に、現実的には重要になります。全ての卵子を受精してよい場合には、あまり意味がないことかも知れませんが、本論文は学問的には非常に重要な事実を示しています。非常に示唆に富む論文です。