コルヒチンは本当に精子に悪い? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

コルヒチンについて質問がありましたのでまとめてみました。
コルヒチンは、痛風性関節炎、家族性地中海熱(Familial Mediterranean fever、FMF)、ベーチェット病、側弯症性関節炎、原発性胆汁性肝硬変(PBC)、アルコール性肝硬変などの治療に用いられます。コルヒチンは、造精機能を低下させ、精子に悪影響であるとされていました。もともと、男性が使用する薬剤で精子への悪影響と考えられるものは非常に少ないため、コルヒチンはその中では最も有名な薬剤のひとつでした。本論文では、コルヒチンが造精機能を低下させるのではなく、もともとの病気(コルヒチンを使うことになった病気)が造精機能を低下させることを示唆しています。

Hum Reprod 1998; l3: 360(イスラエル)Review
要約:痛風、FMF、ベーチェット病の方のみならず一般男性の造精機能にコルヒチンが悪影響を及ぼすことについて一定の見解が得られていませんでしたので、1966~1997年に発表された全ての論文を分析しました。1970~1980年代に発表されたコルヒチンと造精機能障害のデータのほとんどは動物実験で、投与された量はヒトで使われる量の30~50倍です。健康な男性に4~6ヶ月コルヒチンを使用した場合、造精機能障害になりませんでした。また、in vitroで精子運動率を低下させるのに必要なコルヒチン濃度はヒトで使われる濃度の3000倍でした。痛風、FMF、ベーチェット病の方では、コルヒチンを使用した場合に、無精子症、乏精子症、正常精子数に運動率低下を伴うあるいは伴わないなど様々です。
FMFの方の多くは生殖年齢ですが、コルヒチンを使用し無精子症の方はほとんどいません。
一方、痛風は高齢の方に多いため、実際に精液検査をされる方が少なく、データが不足しています。コルヒチンを使用した痛風の男性が無精子症となり、薬剤を中止したところ正常になったという1例報告が1972年にありました。一方、最大20年間コルヒチンを使用中の若年痛風男性518名を追跡調査したところ、不妊症や流産の頻度は高くなかったという報告が1982年にされました。
ベーチェット病でコルヒチンを使用した方では、造精機能障害が頻繁に認められます。ベーチェット病では精巣上体炎と血管炎を伴うことが多く、これが造精機能障害と関連している可能性があります。FMFではアミロイドーシスを併発しますが、アミロイドーシスでは精巣がターゲットになることがあり、ベーチェット病と同様の血管炎を伴うことがあります。
これまで一定の見解が得られていなかった理由は、もともとの病気(コルヒチンを使うことになった病気)が炎症性疾患であり、その元病によって精巣自体がやられてしまう場合とそうでない場合があるからと考えると説明がつきます。つまり、コルヒチンそのものは造精機能に有意な悪影響を及ぼさないと考えられます

Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol. 2003; 108: 171(オランダ)
要約:家族性地中海熱(FMF)の女性は生理の量が少ない、妊娠しにくい、流産率が高いことが知られています。一方、FMFの男性は、造精機能低下が指摘されていますが、実際に使用されるコルヒチン濃度は非常に低いものであり、コルヒチンによる現象とは考えにくいものです。コルヒチンには胎盤通過性がありますが、胎児の奇形率を増加しないことが知られています。

解説:コルヒチンは、イヌサフランやグロリオサという植物の種子や球根に含まれるアルカロイドで、抗炎症作用は紀元前5世紀より知られています。コルヒチンは、細胞骨格の微小管形成を阻害し、細胞分裂中期で分裂を停止させ、微小管依存性の細胞の動力を抑制する薬剤です。また、減数分裂を抑制する作用もあります。好中球の活動を阻害することにより、抗炎症作用を有します。この抗炎症作用が上記の炎症性疾患の治療に役立ちます。本論文に示すように、コルヒチンを大量に使用した場合には造精機能障害は生じますが、コルヒチンは好中球に非常によく取り込まれるため、薬効の主体は好中球機能障害による抗炎症作用となります。長期使用による副作用として胃腸障害がほとんどの場合に起こります。

コルヒチンは「植物」の細胞分裂時に染色体の倍数体を誘発する作用があります。これを利用して種なしスイカが作られたのは有名です。また、細胞分裂中期で分裂を停止させる性質を利用して、染色体の核型診断の際に用いられています。

家族性地中海熱(FMF)について
FMFは、発熱に腹痛(激痛)、胸膜炎、関節炎、丹毒様の皮膚発赤を伴う常染色体劣性の遺伝性疾患です。地中海周辺の民族に特に多いことから命名されましたが、それ以外の民族でも発症しています。原因遺伝子はMEFV(M694V変異)と呼ばれ、第16染色体にあるMEFVは細胞内タンパク質pyrinをコードします。pyrinの機能はまだ明確ではありませんが、caspase-1活性化の抑制作用、IL-1β活性化の抑制作用があり、抗炎症作用があります。ほとんどの方は、腹膜炎による激しい腹痛発作と発熱を10代までに経験し、これは数時間ないし数日続き、不規則に再発します。AA型アミロイドーシスと腎疾患が合併しますが、発作を抑えるコルヒチンによりアミロイドーシスを防ぐことができます。

コルヒチンによる直接的な造精機能障害は考えにくいようですが、データは十分とはいえないのが現状です。日本では、コルヒチンは痛風発作の緩解および予防にのみ保険適応となっています。発作が起きたときのみに服用するというスタイルが望ましいと考えます。