Ⅰ、幽体離脱ガイダンスNO1 意識という波動、宇宙は振動している  | ヘミシンクピンポンパン

ヘミシンクピンポンパン

ヘミシンクと幽体離脱体験記

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ ヘミシンクへ
にほんブログ村

Ⅰ、幽体離脱ガイダンス
《意識という波動、宇宙は振動している》


《高く登ろうと思うなら、自分の脚を使うことだ! 高いところへは、他人によって運ばれてはならない。ひとの背中や頭に乗ってはならない!》 これはとある有名人のいった言葉なのだが、この人は馬に乗って頂上までたどり着いた人が、それによって萎びてしまった足で馬から飛び降りるとき山頂でころげてしまうだろうと揶揄している。 

幽体離脱やヘミシンクは人生を変える。 そんな素晴らしい、凄い事が誰でもそれなりの努力でやれてしまう。 自分の脚で山頂へと上り、さらにそれを超えさらなる高みを目指すことさえできるのだ。成りすま師自称霊能者やインチキヘミシンクコーチではなくガイドに導かれ、時にはガイドとの二人三脚によってそれは可能となる。にも関わらずヘミシンクと正面から向き合って取り組んでいる人は少ない。それは正確に精密に記録に取ることから始まり、その記録を取るという作業はヘミシンクそのものよりも重要なのだ。

ヘミシンクをやらない人でも夢は見る。もし夢の記録を大まかな粗筋ではなく詳細に記述する作業を続ければ、それは夢見の素晴らしいトレーニングとなり、夢によって現実をコントロールする術があることを知る。さらに夢の記録を精密デッサンのレベルにまで高めることができればそれは明晰夢となり、夢から体外離脱できることを学べるのだ。

幽体離脱は日常行われている現象であり、それは特別変わった能力ではない。我々は記憶を辿る時それは常に過去に向けられており、そのとき意識は時間を旅している。別の場所を思うとき空間を移動している。それは波動の変換でありしかしそれは体脱しているとは普通いわれることはない。私は幽体離脱を広義や狭義に仕分けるのはナンセンスだと思っているがたぶん世間ではそのようにするのだろう。幽体離脱はもう一つのリアリティなのだ。その気付きがなければ体脱で何を体験しようとも何も学ばないだろう。


過去記事《幽体離脱・素晴らしい世界NO1》
http://ameblo.jp/masato356/entry-10797762858.html
――2011年2月11日の記事から抜粋――

この時私は体脱していましたが幽体離脱は近くにいる人にはかなり激しい騒音、あるいは振動として感じるのです。もちろんこれは心の中、魂のレベルの話です。実際に音が出ているわけではありません。この激しいノイズは私の場合は常にガスタービンの上昇するキーンという音です。人によって違いますが、これは単に主観的な現象ではないと思います。

肉体から意識を切り離すための離脱エンジンのようなものが機能しているのではないかと私は思っています。このエンジンは人の太陽叢チャクラと関係があるのです。この音が参加者のヘミシンクを妨害したようでした。幽体離脱は〈霊能力〉や〈超能力〉の類ではありません。殆ど全ての人がやっている普通のことなのです。殆どの方は寝ている間、あるいは普段の日常生活の中においてさえ頻繁に体脱しています。気がつかないだけです。

身体と魂の繋がりは意外や緩いのです。ただ意図的に行うにはそれなりの技術が必要です。
私はそれをセッティングとセットと呼びました。体脱は練習しだいで宇宙の何処でも、フォーカスの何処へでも行けます。時間も空間も自由自在です。しかし幽体離脱は実は本当は何処へも行ってないのです。

私の部屋と金星は繋がるというより一つでした。宇宙の始まりも終わりも、今もこの瞬間、この場所にあります。滅亡する地球もアセンションする地球も全てが此処、我々が心と呼ぶものの中に納まっています。青い地球も謎の太陽系も煌く無数の星団、銀河の輝きも光の柱も光の樹も全てが我々の心にあるのです。体脱して何処かに向かっている時この心の中を移動するのです。

意識の実体は震動です。 波動です。 スピ系でよく使われるヴァイブレーションではなくウエーブなのです。霊的というよりむしろ量子的世界です。非常に微細な早い震動です。
何処かに向けて移動する時、実際に起こっているのはこの波動の変化です。 振動数だけでなく波長や振幅、周期、波数も変化させています。それが意識の実体です。 だからと言って電磁波と同じではありません。 電磁波は意識のホンの末端のヴァリエーション、
ポケットの中の埃みたいなものです。

それでは幽体離脱は幻想? ただの夢なのでしょうか?これは病気の一種でしょうか?
違います。 この物質界が夢なのです。このC1とか、時にリアル世界と呼ばれているこの現実こそが高次存在としてどこかにいるはずの我々が見ている夢なのです。 これに関しては釈尊はじめ多くの聖者やアバター達によって伝えられてきたことですが自分でそれを発見するのは又格別です。

ガイド、つまり高次存在としての我々は幽体離脱を通じてこの事を教えようとしているのです。「そこは夢の世界だよ!」と。だからと言ってこの夢の世界を自由自在に動かせるとか、あるいは逆に夢なんだからと疎かにできるわけではありません。 この世界にもルールがあるからです。しかし一度、体脱によって無数の並行世界が存在するという真にリアルな世界を知ったものは次第に人生を大きく劇的に変えてゆきます。たとえカルマというルールに支配されていようとも挑戦を始めるのです。
(続く)
マサト