ヘミシンクピンポンパン

ヘミシンクと幽体離脱体験記

《お知らせ》

お忙しい中、いつも私のブログを応援していただき

ありがとうございます。



これまでの五作に次いで、新たにCD

6弾がPANDORAより販売されています。

タイトルはMASATO in Osaka2014125です。

先々週125PANDORAお話会でのライブです。



これまでのCDお買い上げいただいた方にも

御礼申し上げます。

企画、録音、制作、販売していただいた

PANDORAifさん、日月神事のMさん、

スタッフの皆さん、それにPANDORA

お客様に感謝いたします。



今回のCDには雄大な木星が描かれています。

当日会場では宇宙連合とのセッションが

行われました。

詳しいことはこちらを御覧ください。



ifさんのHP《 マサトCD予約注文受付》

http://www.pandora333.net/oshirase.html

ifさんのブログ《マサトCD発送》

http://xx69zz.blog91.fc2.com/blog-entry-80.html

GermaniaHP

http://germania.main.jp/










テーマ:

 

ここで私は要するに迷い始めたのだ。これは幽体離脱にとっては終ったも同然なのだが、何故なら迷いが形になり、世界は崩れ始めるのだ。しかしここで声が聞こえてきた。それによって私は意識を取り戻した。それは救いの声だった。

(続く)

 

―――――――――――――――――――――

《幽体離脱、習近平かく語りき…ルビコン川を渡るロートNO8》

《あくまで政治的理由で%$&’#$%$%%…》…と声は何かを説明していたが私は最後まで聞き取れなかった。声は暗黒の彼方から響いており、私はイルカの宇宙船によっていつの間にかすすきの堤防から星々の世界へと移動していた。姿は見えなかったがこの声はバシャールだと思った。

 

私「バシャールですね?これは何ですか」

バ「今、あなたの周辺で行われていることです」

私「周辺とはどの辺りです」

 

私は、周辺とは地域や土地や国土といった領域を現しているのだとばかり思っていたのだがそうではなかった。やがて私の前には光の洪水が流れ始め、言葉に尽くせないヴィジョンが展開された。それを記憶に留めることさえできず私はただ圧倒され、ただ何かがあったのだということだけを後で記録することだけができた。

 

光の洪水は尽く私の後ろへと流れ消え去り、それについて質問した私はここから先のことをこれまでと同じように語ることはできなくなっていた。これまでのこことはもう話が噛み合わなくなっており、それはこの時の記憶が途切れている事によるものなのだ。そのため会話の内容は奇妙だった

 

私「バシャール、これは何ですか」

バ「それがあなたの周辺です」

私「……?」

バ「もうすぐ全ての惑星が同じ方向に回り始めます」

「それはあなた方の視点からという意味ですが」

 

この時、バシャールは何を語っているのやら何のお話をしているのやらさっぱりわからず私は何とはなく、からかわれているような気がしていた。いまワークの後で記録したノートを読み直していて、これは惑星順行について語っているのではないかと気づき衝撃を受けた。このとき私はまだ惑星順行については何も知らず、年が明けてたまたま目にした誰かのブログ記事でこの占星術の現象を知ったのだ。

 

《関連過去記事》

全てはうまく回っている…幸運をもたらす?全惑星順行(APDM)NO1~NO15

http://ameblo.jp/masato356/entry-12237532862.html

運命の車輪、宇宙ステーション探索NO1~

http://ameblo.jp/masato356/entry-12242130223.html

170128・1月28日水瓶座の新月NO1~ 

http://ameblo.jp/masato356/entry-12244407094.html

 

私「何かが始まっているのですね」

「私は何も感じていませんが」

バ「それでいいのです」

私「私はやりたいようにやります」

「ああいう連中とはもう二度と会うことはありません」

バ「あなたの自由です」

 

バシャールと話をしている内に、私は再び先程の川の傍の堤防に戻っていたようだった。しかしこの時それには気づかず、私はただぼんやりすぐ傍を風で転がっていく、干し草の塊みたいなものを見ていた。5~6個ほどの塊は干し草というより、それは音符のような記号が絡まってできた黒い球体状のモノリスで、束になって回転体のようにひとつに集まっていた。それらは私を通り過ぎると、川に架けられた橋の上をコロコロと風に吹かれて対岸へと移動していった。

 

私「これは何ですか」

バ「その黒い回転体は運命という情報、記号なのです」

「あなたの言葉でいうとロートです」

「運命というロートが風で吹かれ、橋をわたるのは大いなる勇気という意味です」

「この運命はつまり、あなた方がよく使う喩え…」

「…ルビコンの川を渡ったということです」

「運命の転落とも言えます」

私「それ…もしや私のことなんですか」

 

もしかしたら笑スピさんは、バシャールの言う《あなた方》の中には入っていないのかもしれないので、あえて説明するとルビコン川を渡るとはカエサルの故事にちなんだもので、別に《賽は投げられた》ともいう。こちらの方は歌の台詞にもなっているのでさすがに聞いたことくらいはあるだろう。

 

ルビコンを渡るとは反逆者であり、もう後戻りはできないという覚悟、重大な決断や行動を起こすことを意味する。私はあくまでバシャールは基本的には習近平について語っているということを前提に彼と話していた。習さんは幾度となくルビコン川を渡ったはずなのだから。

 

しかし記憶の欠落からのこの会話はなんともちぐはぐで、いま読み返していても混乱しており、わかりにくのだが、バシャールはあくまで私について語っているようなのだ。確かに私のガイドが私から離れることはない。

 

それは無意味なことであり、バシャールは習さんの運命を通して、その関連する要素や共通する筋道を拾い上げ、私にそれを見せようとしているようだった。それによるとルビコン川を渡った私の運命は、風に転がるロートのように転落するというのだ。

(続く)

マサト

 

 

 

 

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そこには誰もおらず、習さんの姿も見えず…ここから先の記憶がなく今も思い出せない。ノートには読み取れない文字が数行書かれていたが、それは読み取れず書いたことも記憶になかった。

(続く)

 

―――――――――――――――――――――

《幽体離脱、習近平かく語りき…絶望の皇帝NO7》

気がついたときには私は何処かの思い出の場所にいた。川の側を川に沿って走っている土手の上を歩いており、そこは秋になると枯れたススキが堤の斜面いっぱいになるところだった。黄色いカーペットを敷き詰めたようになり、子供の頃は冬になるとそこでソリを滑らせて楽しんだ。西に向かってつけられている道は、学校が終わってから駆けつけると、日が沈む頃にはいつも綺麗な夕日が見えている。そんなところだった。

 

私が歩いている先の方に黒い人影が立っていた。影は辺りをぐるりとまるで森から出てきた野獣のように見回しており、影は周囲を観察しているようだった。暫くそうやってからほどなくその動きを案山子のように止めると、私の方に向き《お前も大したことないな》と言い放った。

 

この黒い影は日の当たる側に顔を現すと正体を見せた。習さんだった。この場所も習さんの記憶の中だったのだ。そして同時にそれは私の懐かしい場所でもあり二つは重なっていたのだ。彼は私の側を指して大したことないと言いたかったようだ。

 

私は《大きなお世話だ…》と言い返していたが、その後何と言ったのか思い出せなかった。そしてここから先の記憶は途切れ、次に覚えているのは…どこか暗闇でブツブツつぶやいている私自身の声だった。《差し迫ったものがないから前に進まないのだ……》そんなことを、冷たさでかじかむ手を抱えるようにして、私は目の前の暗がりを見つめていた。習近平はすぐそこにいるのに捕まえられない。彼に届かないのだ。

 

こういうことは初めてだった。私の何処かに問題があるのだ。それが差し迫ったものがないからなのかどうか何とも言えないが、私がこれまで幽体離脱で訪問した歴史上の人物は100人以上おり、彼らすべてに私との間に差し迫ったものなど何もなかった。それでも私の訪問はそれなりにうまく行ったと思っているのだが、ただ一人ドビュッシーだけが確かに私に対して歓迎モードではなく、適当にあしらわれているような感じだった。

 

《ドビュッシー過去記事》

体外離脱・ドビュッシー、アラベスクⅠ NO1~NO3

http://ameblo.jp/masato356/entry-11291034216.html

 

あのとき以来、私は相手をよく選ばなければならないと反省したことはあった。習近平はどうなのだろう。政治家となるとドビュッシーより私には無縁の存在なのだが、政治を行うものには人を拒絶するというのは最も遠い波動だったりする…と思っているのだが。

 

もしや習さんは政治をやりたくないのだろうか……今にしてようやくわかってきた!この人は政治に絶望しているのだ。中国皇帝にまで上り詰めた男が、誰よりもどんな政治犯や反体制派の詩人よりも、虫けらのように踏み潰され、虐げられた民衆よりも政治に深く絶望し憎んでいる…ような感じがする。それが習近平のあの普段の苦り切った表情なのだ。

 

しかしこの時、私はそんなこととは夢にも思わず、私のどこがいけないのか考え、結局私は自分のガイドを呼ぶことにした。体脱でガイドと直接会うことはめったにないのだが、いつもすぐ近くにいるはずなのだ。ガイドがいなければ私はそもそもここにいることもないのだろうから。雲行きの怪しくなってきた幽体離脱でわけがわからなくなってしまった私は心で此処から先はガイドにおまかせ~とつぶやき丸投げした。

 

すると「ハ~~イ、いらっしゃい」と暗黒世界には場違いな、陽気な黄色い声が返ってきた。声はどこか愛くるしい動物的な感じで、私は柔軟な猫的なものを連想してしまった。こんなガイドが私にいるとは意外だったが、声は私の前に忽然と姿をあらわし、ちょっと驚かせてくれた。

 

ところがこのガイドの姿を私は全く覚えていないのだ。どうしてもそれを思い出せないのだがこのガイドは、星が煌めく暗黒の宇宙で変わった形の宇宙船に乗り込もうとしていた。それは動物のようなしなやかで優美な姿をしており、物体というよりまるで生き物のように有機的で体温を感じさせており、それはイルカに似ていた。そしてガイドは《乗り切れないよ~…》とつぶやいており、私にはより一層さらに何がなんだかわからなくなってきた。

 

この声はガイドではなかったのか?ここで私の意識は消えかかっており、帰還信号が始まりだすのではないかと少し不安になってきた。体脱のパワーが下がりつつあるようだったが、このワークはまだ何も始まっていないのだ。何とかこのまま続けるか、もう一度戻って再々充電するか、そんなことを私はぼんやりと考えていたようだったが、そんなに思ったようにうまくいくわけがないのだ。

 

戻ってから再び体制を整えてもう一度来るというのは、意図的に出来ることではなく、そのような成り行きとか、最初からそのように仕組まれていたという必然がある場合だけなのだ。もう既に私は一度戻っていた。同じことはそう何度もできないに違いない。

 

ここで私は要するに迷い始めたのだ。これは幽体離脱にとっては終ったも同然なのだが、何故なら迷いが形になり、世界は崩れ始めるのだ。しかしここで声が聞こえてきた。それによって私は意識を取り戻した。それは救いの声だった。

(続く)

マサト

 

 

 

 

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テーマ:

 

習「オレはよう~~」習さんはこの状況を説明しようとしていたが、彼はすごく素朴な喋り方をしており、土臭い田舎の兄チャンみたいな言葉を吐いていた。この家の中には床という構造がないのか、土間というより剥き出しの地面の上にごろりと横になって、彼は私に話し始めた。すごくのんびりした調子で、いかにも投げやりと言った感じで、彼の心は相当荒んでいるように思えた。

(続く)

 

―――――――――――――――――――――

《幽体離脱、習近平かく語りき…雲に陰る日もマイ・ガールNO6》

こんな時の習近平は急に若く見え、10代中から20歳位の感じだった。この人物はしかし本当に習さんなのだろうか。私はいつの間にか実体化していたのか、ここでようやく彼に話しかけることができた。

 

私「あなたは習さんなのですか」

習「あぁ~、そうだよ」と面倒くさそうに応えたと思うと彼は上半身を起こし始め、それとともにガラリと声も態度も変わった。顔つきはキリっと引き締まり、年齢を感じさせない重厚感と風格を帯び、私はちょっと威圧されこの男を見直し、改めて自己紹介してから挨拶した。

 

私「習さんこんにちは」

習「あ~、知ってるよ」

「%&$#から聞いてる」

 

態度はそれらしくなったが習の喋り方は相変わらずぞんざいだった。《%&$#》というのは金日成のあだ名らしいのだが、全くの中国語として私には響き、聞き取ることはできなかった。

 

私「あなた方は、お互いにあだ名で呼びあったのですか?」

習「いいや、違うね」

私「党内でそんな名前を使うんだよ」

「隠語みたいなもんさ」

 

中国共産党と朝鮮労働党の指導部は互いを気さくな名前、それとも暗号名だったのだろうか、そんな風にして呼び合う習慣があったらしい。ここで私は習さんのこの話し方、習近平自身を突き放して語るような態度から、彼はガイドではないかと思えてきた。

 

私「あなたはもしや習さんの……」

習「ガイドだよ」

私「やっと会えましたね」

 

…っと思ったらいきなり私は何処かへ飛ばされた。そこはうす暗いところで、近くで5人か4人の黒人コーラスグループがテンプテーションズのマイ・ガールを熱唱している歌声が聞こえていた。私はちょっと面食らい暫く呆然としていたが、周囲を観察している内に、ここは空港の待合室なのではないかと思えてきた。夜の待合室で照明は暗くされており、幾つも並べられたベンチには少ない客がパラパラと座っていた。

 

マイ・ガールはこの待合室の向こうの方の区画から聞こえており、私の位置からではコーラスグループの姿は見えなかった。しかしその存在感は奇妙で、私にははっきりと伝わっており、この淋しげな路線にはあまりにも虚ろに響き場違いな感じを際立たせていた。マイ・ガールはもしや習さんの魂のパートナーである少女のことだったのだろうか。

 

あまりの殺風景な感じに私は大改修される前の北京首都国際空港の旧ターミナルを思い出していた。80年代の北京空港は現代の大変貌を遂げた姿からは想像もつかないほどお粗末なところで、まるで地球の最果てにやってきたような殺伐荒涼、閑散としたところだった。照明の暗さはその当時の中国の電力不足のためであり、バブルで沸き返っていた当時の日本とは対象的というより天と地の開きがあった。

 

どんより雲に陰った重苦しい空港の景観とともに私の記憶も蘇り、その頃の仕事はうまく行っていたにも関わらずゾッとするような嫌な思い出しかないことが又しても亡霊のように浮き上がってきた。それによって体脱してから見ている光景は、全て習近平にとっても思い出したくない過去に関係していることなのだということに、ようやく気づいた。

 

マイ・ガールというソウルメイトなしには生きていけなかった彼の苦闘の時代を見ていたのだ。そして同時に私もまた自身のネガティブを引っ張り出してしまったようだった。私の生涯の敵、亡霊が現れたのだ。

 

よりによってこんな時こんなところに…奴らはまだ自分のことを追手だと思いたいのか、トカゲ蛇族というのは物分りの悪い連中だった。いつか立場は逆転しその時、その気になれば私がレプティリアンとなることもできるのだ。暫くこいつらと格闘し、蹴り飛ばして追い出すのに手間暇がかかってしまった。

 

空港の待合室空の外へと飛びだし、そこからさらにわけの分からないところにあちこちと瞬間的で散発的なジャンプを繰り返した。そのひとつひとつを思い出せないが、ともかく戦ったのだ。再び戻ってきたときには習近平のガイドはいなくなっていた。逃げられたのではないかと思った私はそれから探し回った。

 

暗い空港ロビーの遠くの方から《お~い、ここに…》という返事が、聞き取りにくい声で虚ろな待合室に小さく響いていた。その声の方に目を移した瞬間に私はそこに移動していたが、何故かそこは日本の中学校の理科教室のようなところだった。やはり殺風景には違いないが窓からは冬空の太陽の光がはいっていた。

 

そこには誰もおらず、習さんの姿も見えず…ここから先の記憶がなく今も思い出せない。ノートには読み取れない文字が数行書かれていたが、それは読み取れず書いたことも記憶になかった。

(続く)

マサト

 

 

 

 

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