NYホリデー日記!ブルックリン・ブリッジの向こう側の景色 | Just for a Day: 小林真里ブログ

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映画監督/映画評論家 小林真里(Masato Kobayashi)です

9月4日(Mon)

 

本日はLabor Day。ナショナル・ホリデーである。

これは、1882年に労働運動組織「労働騎士団」
(なんでそんなにエレガントな名前なんだ)の
ピーター・マクガイアとかいうおっさんが
「労働者に敬意を表する日」を設けることを提唱し、
9月5日(9月の第一月曜日)にニューヨークで
パレードを行ったのが最初らしい。

「労働の日」といえば日本やヨーロッパのメーデーが
思い浮かぶわけだが、メーデーのような社会主義的、
共産主義的な傾向はなく、「労働騎士団」はストライキを
否定し、労使間の協調を重視しており、
Labor Dayはメーデーとは意味合いの異なる
「労働の日」なのだ。

(そして労働の日といえばR.E.M.の『Finest Work Song』
が思い浮かぶわけだが、そういうわけなのかどういう
わけなのか、さっきからラジオでR.E.M.の曲が立て続けに
かかっている)

日本の勤労感謝の日はこのLabor Dayに影響を受けている
らしいが、こちらは時期も異なるし、勤労感謝の日は
「新嘗祭」の意味合いが強いので、アメリカの
Thanks Giving Dayのほうが解釈としては
近いのかもしれない。

最近はしかしこのLabor Day、労働者に敬意を表す日
という意味合いは薄れつつあり、夏の終わりの
最後の連休ということでビーチやキャンプは大賑わいさ!

というわけで、ビーチには行かなかったけど、
今日は海に限りなく近い、ちょっと磯臭い川=
イースト・リヴァーの河口に行ってきたよ!!

いや、別に川を見にいきたかったわけでもなく、
そこまでリヴァー派でもなくリヴァー党でもなく、
リヴァー・フェニックスの弟のホアキン・フェニックス
と誕生日は同じだがそれはどうでもよくて、
今日は天気が良かったので久しぶりにブルックリン・
ブリッジを徒歩で渡ってきたのだ。
あるスポットを目指して。

ブルックリン・ブリッジといえば、マンハッタンと
ブルックリンを結ぶ全長1884メートルの橋であり、
ニューヨークの観光名所の1つであり
ワールド・トレード・センターの次にテロリストに
狙われるのはここだと騒がれた場所であり、
アメリカ最古の吊橋であり、鋼鉄ワイアーを使った
世界初の吊橋である。

というわけで今回は珍しく薀蓄の多い日記だが、
それはともかく、祝日ということでなんだか
人の交通量が多かった今日のブルックリン・ブリッジ。
写真を撮ったりのんびり歩いていたので、
往路は19分かかった。
ここからはウォール街が目の前に広がり、自由の女神
とかいうビヤッチも見えて、気持ちよい風を身体全身に
受けながら素晴らしい景色を満喫できる。

BB


この橋を設計したのはジョン・某というおっさんで、
彼は橋の完成を待たずに破傷風で死亡。
(確か、建設中の橋から落ちたことが原因で死んだと
聞いていたのだが、違うのだろうか?)
その後を息子のワシントンが引き継いだが、その息子も
ケーソン病(潜水病)で死亡。
なかなかに呪われた橋である。

そして橋を渡り終えて、すぐお目当てのポイントに
到達した。
そう、今日は『ワンス・アポン・ア・タイム・
イン・アメリカ』のポスターで使われているあの光景を
この目で見るために、ここまで来たのだ。
いつか行こう行こうと思い、ずっと先送りにしていたあの
場所を見に。

セルジオ・レオーネの遺作であり、ロバート・デ・ニーロ
主演の、禁酒法時代の1920年代にギャングたちが街を
支配していた、ニューヨークを描いたバイオレントで
壮絶な物語の舞台を直に見るために。

それは、通称DUMBO(Down Under the Manhattan Bridge
Overpassの略。って長すぎだ!)と呼ばれるエリアにあった。
地価が高騰したSOHOから逃れてきたアーティストたちが
多く住むそのエリアは、閑静でなんだか小奇麗な
SOHOみたいだった。歴史を感じさせるブロック作りの
建物とその昔走っていたのであろう市電のレール、
そしてストリートの石畳は味わい深くて良かったが、
ギャラリーやらデリやらブティックやらは小じゃれた
感じで清潔感があってハイソで、物価が高そうだな、
と感じた。

そして『ワンス・アポン・ア・タイム~』のあの
ポスターで使われている、あの橋はブルックリン・
ブリッジのすぐ北側にある、マンハッタン・ブリッジ
であったということが分かった。

ONCE


あのポスターのあの橋のアングルだけ記憶して、
DUMBOの中を歩いていたら、あの橋があのアングルで
見えるストリートが、すぐ見つかった 。
しかも、橋の下に見えるビルはちなみにエンパイア・ステート・

ビルと、なんか二度美味しい ことになっていた

おお・・・・!!

これが噂の・・・・!!!
昔々アメリカでは・・・!!!

BRIDGE

なかなかに感激した。

感無量。

また、あの映画を見直してみようと心に誓った。

その後、色んな映画でも使われている橋の袂の公園
まで行き、対岸のマンハッタンのスカイスクレイパー
を眺めながら、あれこれ思いを巡らせた。
橋の下で(Under the bridge)。
オーヴァードーズで死んだ友について。

・・・ってそれはレッチリの代表曲
「アンダー・ザ・ブリッジ」の世界の話ですが!
(今もこの曲を聴くと、高校生時代のあの頃を思い出す)

ともかく。

それは、美しいポストカードを見ているような
現実離れした絶景であった。
太陽の光が川の水面に反射して、ブルックリン・ブリッジ
のほうを眺めるとやたら眩しかった(写真右)。
イースト・リヴァーの水は変なところ天みたいな
緑色で毒々しかった。
多くの船が川を行き交うので、一応川のはずなのに、
波が起こってざばーんと小さな砂浜に軽く打ちあがっていた
のが面白かった。子供たちがおおはしゃぎだった。
横になって、青空一面に広がるちりぢりの雲の
スロウな流れを見た。

B B


帰り道。

ブルックリン・ブリッジの復路は、真剣に歩いてみた。
といっても、たまに腕立て伏せをしたり
たまに横になって欠伸したりコサックダンスをしながら
歩いているわけでもないので、普段も真剣に歩いている
つもりだが、なんだ、歩くことに集中して歩いてみた。
早歩き未満のスピードで。

すると今度は14分で着いた。5分短縮。
結構近いじゃないかと思った。

しかし今日はよく歩いた。
明日はやはり筋肉痛なのだろうか。

そんな風にして、2006年の夏は終わった。