長編小説『遠山響子と胡乱の妖妖』1-1 | るこノ巣

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隙間の創作集団、ルナティカ商會のブログでございます。

皆様今晩は、榊真琴でございます。

今回よりお披露目の作品は……今のうちに申し上げます、長いです(^▽^;)
ちゃんと目次を作って参りますので、前のように完全に連続でご披露する訳ではございませんが、ゆったりと楽しんで頂ければ幸いです。またしても、妖怪とか出てきます。

では、『遠山響子と胡乱の妖妖(トーコと胡乱の仲間たち)』、ムチャクチャな読み仮名ですが、どうぞ。


 この世の中に不思議なことなんてのは無いけど、理解を超えることは結構ある。

一 素敵な就職先



「困ったわね……」
 と、ボヤいてはみたものの、実は全然困ってない。
 あたし、遠山響子は今、ある商社の前に立っている。
 片手にあるのは、【T大学 就職課】と印刷された封筒。この商社の就職情報が書かれた書類が入っている。但し、あたしの格好はTシャツとジーンズ。ノーメイクでスニーカー。肩から提げてるのは薄汚れたショルダーバッグ。
 だからこれは、面接ではなく只の様子見。今住んでるアパートから市バスで三駅プラス徒歩十分。仕事内容は事務・経理。新卒者・未経験者優遇……そんな条件だけで、来てみようかと思った訳だけど……
「うーん……」
 見上げてみた、十二階建てビル。の屋上に二人。ああ、二人とも男じゃん。ああ、あと玄関口にも女が一人。ダメだ、三人ともものすっごい恨んでる雰囲気。話聞く気も起きないわ。こんだけ自殺者出すような企業には勤めたくないわよ。何でやっていけてんだろ……
 と、まあ、これが困ってない理由なんだが。ああそれと、徒歩十分は嘘だわ。時計で計ったけど二十分くらいかかったわよ。道は分かり易かったのにね。
「お姉ちゃん、やめときな」
「ん?」
 下から、声がした。おお、可愛いキジ猫だ。尻尾、割れてるけどな。
 猫は、すりすりとあたしの脚に寄ってきた。可愛いなあ……ジーンズじゃ、もふもふ感は味わえないけどね。
「此処は危ないよ」
「うん、そのつもりよ」
「あれ? あたしの言葉、分かるの?」
 驚く猫。なんだ、分かって話しかけてきた訳じゃないのね。
「分かるのよ。その尻尾が一本だったら、無理だけどね」
「それは素敵」
 嬉しそうに笑う猫を、ちょいと撫でさせて貰った。嬉しそうに笑ってから猫は、じゃあ頑張ってね、と言って去っていった。 
 と、角を曲がってきたんだろうか、一人の女性がやってくる。買い物袋らしい、重そうなビニール袋を両手に提げて歩いてる辺り、この辺の人なんだろう。
 厭だなあ……
 持っていた資料に目を落とし、その女性とは目が合わないように適当に歩を進める。程なく、視界の端に彼女のものだろう足が、すれ違っていくのが映る。
 念の為、もう数メートルほど歩いてから、見えた角を曲がって漸く停止。
「にしても、暑いなあ」
 封筒をバッグにねじ込んで、あたしは自販機を探すべく首を巡らせた。住宅ばっかり。京都に越して三年経ったけど、矢っ張り夏は堪らなく蒸し暑い。このボブカットの髪型、変えなきゃ駄目かしら。気に入ってんだけどなあ。
「うーん……あ、いけね」
 髪をかき上げてみたのは良いけど、勢いでヘアピンを落としちゃった。これだけは、気に入ってんだよね。とっとと拾い上げる。
 ああ、さっきの猫に自販機のある所聞けば良かった。

 一時のことを思えば少しはマシになったものの、矢っ張りまだまだ就職氷河期のこのご時世、四年生の夏休みにもなって暢気(のんき)に就職先を探してる奴なんて殆ど居ない。既に決めてるか、必死に探してるかだろう。クラスには、自宅警備員を目指すって宣言してる奴も居たけどね。
 あたしは、と言えば、これがいまいち真剣になれてない。特技は、体が丈夫だって事くらい。パソコンなんて全く駄目。あ、ゲームはするけどな。それだけだわ。やりたい仕事も特になく、実家に帰る手もなきにしもあらずだけど、帰ったところであたしは次女だから家を継ぐとかもないし、そもそも両親はサラリーマンと専業主婦だ。最悪の場合、行こうと思ってる所は一応あるけど、行ったらもう、暫くは帰って来れないだろう。京都は、結構気に入っているのだ。友達も沢山出来たし。出来れば、離れたくないんだよね。うーん、無い物ねだり。てか、このままじゃあたしも自宅警備員になりそうだ……
「って、しまった……」
 漸く自体に気付いて、あたしは足を止めた。
 ……何処? 此処……
 考え事なんかしながら歩いてたから、周りを全然見てなかったわ。自販機探す為に歩いてみた筈だったのに。どうしよう……
 相も変わらず見渡す限り、冗談抜きで住宅だらけ。標識は勿論見当たらないし、所所に立ってる電柱にも何にも貼られていない。店の広告くらい貼ってたっていいだろうに……
 それにどの家も、やけに塀が高いように見える。気の所為かしら。でもまあ、塀が低くたって、人間に話しかけるのは物凄く苦手なんだけどな……
 でも、我が儘言ってる場合じゃないな。空が橙色に染まりつつある。あの駅からアパートのある駅まで、三駅とは言っても二十分くらいはかかるんだ。晩飯の支度も全くしてないし。
「何処に……え?」
 首を巡らしていると、何か視界に入った。住宅街には、似合わないような──緑色……
「竹?」
 居並ぶ住宅の間に、僅かだけど竹のような緑が見える。否、庭に竹を置いてる家だって、別に珍しい訳はないだろう。なのに、何でだろう、妙に気になった。
 進み出した足が、自然と速くなっていく。何でなのか分かんないのに、早くあの竹の側に行きたくなるんだよね。

走り出す寸前の勢いで角を曲がると、立派な竹が目に飛び込んできた。
 竹藪、と云う表現が正しいかどうか。角を曲がって三軒は、周りと変わらぬ住宅だけど、その先はずっと、竹が並んでいる。それはもう、一寸先さえ見えないほどにみっしりと。五十メートルくらいかな、次の曲がり角までは続いているようだ。
「すげ……こんな所、あったんだ……」
 自然、足がゆっくりに変わる。
 住宅街の真ん中(?)に、こんな竹藪……三四軒なら家が建ちそうなくらい……可成りの違和感だ。さっさと宅地造成とやらをされても怪訝(おか)しくないような所だろうに。いやまあ、あたしの思い込み表現かも知れないけどな。
 ああ、妖精かな。羽生やした、小さな女の子が数人、竹の間を飛び回って遊んでいる。……こんな所、住んでみたいなあ……
「お?」
 不意に視界が開けた。とは云っても、竹藪が終わった訳じゃあない。後ろに引っ込んだ、とでも言えばいいだろうか。
 建物があるんだ、竹藪の真ん中に。竹藪が、建物を囲ってると言った方が良いかな。
 コンクリート製に見える、可成り古そうな三階建て。二階と三階の窓の配置からして、アパートのように見える。部屋数は、多分四部屋ずつ。一階は、大家が居るのかな。端の方に縁側みたいなのもある。見た感じ出入り口は、一階中央にある玄関一つだけ。木製のドアの横に、これまた木のプレートが掲げられているけど、此処からじゃ何て書いてあるのかは見えない。
 で、庭が広いんだ。もし仮にこの建物を敷き詰めたら、前後左右に一棟ずつは置けそうなくらい、広いのよ此処の庭。あたしが居る所は門扉があって、(これがあたしの胸くらいの高さなんだが)この錆びた金属門の高さに沿って左右に向かって煉瓦塀が伸びてるんだけど、途中からは竹藪に呑まれてしまってて正確な広さは分からない。もしかして、この竹藪ごと、この建物の敷地だったりして。だったら凄い……
 此処から見える妖精らしき女の子達は、さっきより多いだろうか。矢っ張りあたしには気付いていないようで竹藪を楽しげに飛び回っている。
 只、庭には特に何もない。自然に生えたのだろうか、草花が疎らに咲いているだけで、あとは砂ばっかり。
「何なんだろ……此処……」
 何か、物凄く、気になるわ……誰か、住んでるのかしら。とっても静かなんだけど……いいなあ、この雰囲気……
「どうしたの? お姉さん」
「え?」
 可愛らしい声がしたと思ったら、何時の間にか男の子が一人、直ぐ近くに立っていた。
 背は、あたしより頭一つ小さいくらい。ふわふわしたショートの金髪に、大きな碧眼。黄色のパーカーに黒の膝丈スパッツ。白い靴下と黒いスニーカー。可愛いなあ。
 一つだけ突っ込むとしたら、そのガラスみたいな背中の羽はちゃんと飛べるのか?
「ウチに何かご用?」