「ちわ~氏家建設です~。」
守衛室に響く大きな声。
安全ヘルメットにニッカポッカを履いた氏家慎吾とその父親だった。
「はい、ご苦労様。寮は…。」
受け付けを済ませた二人を案内しようとする後藤梨恵。
それを制止する一人の優等生が居た。
「ゴリエちゃん、私が案内します。
私はB棟の副監督生ですから。」
「あらそう。助かるわ、加納さんなら安心ね。それじゃあお願いするわ。」
「『はじめまして』聖バーバラ三年生の加納弥生です。
寮の屋上まで案内します。」
予想以上に上手くいった。これが二人の気持ちだった。
バレないように偶然に居合わせたように振る舞う二人。
目の前には彼の親方にて父親が居るのだが、それを気にせず激しく抱き合いたい気分だった。
弥生はドキドキで昨夜眠れなかった。
そしてこのドキドキは氏家に会えば治まると思っていた。
しかし、目の当たりにした彼の姿、野球部のユニフォームじゃない彼の姿を見て、更に胸は高鳴るのであった。
「こちらです。
このアンテナの土台部分が前の台風で…。」
すんなりと寮の屋上にまで案内出来た。
赤尾の時とは大違いなのは、氏家の被った安全ヘルメットと、たくまし過ぎる顔と肉体が圏外認定したのかもしれない。
すれ違う女生徒は一応視線を送ったが、
「ないわ~。あっちの親方さんの方がシブめでまだいいわ~」
と、言った具合だった。
それでも逐一、隣の寮が気になる者が居た。
A棟監督生の剣崎周と、お付きの山際佳澄だ。
赤尾の時と同じ様に、自分達もA棟の屋上へ行き…。
「あらあら…。赤尾さんを白馬の王子様と言うなら、あの土木男性はさしずめ槍を構えた門番でしょうか?
加納グループの令嬢も随分悪趣味ですこと…。」
「お嬢様のこの覗きの方が遥かに悪趣味…。」
「これは監視活動です!
山際、貴女もこれで観てごらんなさい!」
いつも絶対に貸すことはない双眼鏡を渡され、一応は覗いてみる山際。
そして…。
「か、彼は…夏の甲子園で準優勝した徳川実業の七番センターの氏家選手!?寮のテレビでずっと観てました…。
何故、彼が聖バーバラに…?
確かに徳川実業には土木課があったと記憶してますが…実習?
お、お嬢様。失礼します!」
「山際、何処へ行きますの?戻りなさい!」
お付きの山際が周お嬢様の制止を振り切ったのは初めてだった。
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「なるほど、凄い『台風だ』。三好さん相変わらずなんだな。」