温泉でツルスベになった肌をなで合い、ひとしきり愛し合った アタシたちは、しばらくベッドの上で話をした。
いつもは終わったあと、すぐに寝ちゃう恋人だけど、さすがにまだ夕方だからか起きている。
「このあとどうする? 1回、外行ってみる? 前の有馬とは違って駅前やし、ご飯食べるところは結構あると思うねん」
彼がそう言った。
以前、有馬温泉へ行ったとき は、残念ながら雨で、外を散策することができなかった。
でもこの日はとてもいい天気。
「そやね、行こっか」
リベンジを果たすことにした。
脱ぎ棄てた2人分の浴衣をたたんでベッドの上に置き、身支度を整える。
彼はさっさと服を着て、寝癖直しにドライヤーをあてに行った。
外に出ることを見越して、温泉でメイクは落とさなかったので、アタシもさほど準備に時間はかからなかった。
ブーツを履いていると、彼が、
「そういえば、こんなんもあるらしいで」
と、チェックイン時にホテルのフロントで渡された各種サービス券を見ながら言った。
「え、なになに?」
チャックを閉め、ソファに座る彼に近寄る。
「ドクターフィッシュやって。隣のスパーガーデンで、宿泊者は無料でできるらしい」
「え~、いいやん! やろうよ、せっかくやし!!」
「興味あんの?」
「だってよくテレビとかでもやってるしさー」
「あ、そうなんや。じゃあ、明日行ってみるか?」
「うん、行くー!! ていうか、タダなら行かんと損やし!」
「そういう考え、もう完全に関西のおばちゃんやん(笑)」
「いいの!」
他に入っていたサービス券は、朝食券とコーヒー券だった。
朝食券はともかくコーヒー券のほうは、また夜にでも使おうと話し合った。
エレベータで下に降り、外に出ると、大阪の街が見渡せた。
浴場はホテル最上階だったので、それよりはかなり下にいるはずなのだけれど、ホテル自体がかなり高台に建っているため、こちらも絶景だった。
「夜になったらもっと綺麗やろね~」と言いながら、あとにする。
展望エレベータでさらに下に降りると、お土産物屋さんなどが並んでいて、ちょっとした温泉街になっていた。
箕面温泉は、箕面滝やもみじが有名らしく、それを目的に来る観光客が多いらしい。
でも、箕面滝はホテルから40分ほど歩くようで、彼はそういうのを嫌がるので、度外視だった。
「やっぱり外に出ると寒いね……」
「そやな。まぁ1月やしなぁ。でも例年に比べればだいぶあったかいで」
「えー、でも今日、めっちゃ寒くない?」
「そうか? 俺はそうでもないけど」
箕面駅方面へと並んで歩くこの時間が、とてつもなく幸せだった。
プチ遠恋&休みが合わないゆえ、外でデートをすることがあまりないため、とても貴重な時間に思えた。
「なんでそんなに寒いの?」
「えー、なんで寒くないの?」
「まぁ、俺は基本、寒さには比較的強いから。暑いのは苦手やけど」
(風邪はよくひくけどね)
そう思ったけれど、言わないでおいた。
「あー、手が冷たいから寒いのかなぁ」
「手?」
彼がアタシの手に触れた。
「うわっ、ホンマや、冷た! 何これ。なんでこんなんなるの?」
「わからん。ていうか、なんでこんなにあったかいの?」
彼の手はとても温かかった。
「そりゃ、心が温かいからに決まってるやん(笑)」
「えーーーー(笑)」
そのまま、手をつないでくれる。
「そっちの手(つないでいないほうの右手)は、自分でどうにかして」
「うん、わかった。袖の中に入れとく。ありがと」
アタシがそう言うと、彼はフッと笑った。
屋外で手をつなぐのは初めてだった。
しかも、駅前&夕方で、中高生や主婦を中心に人通りも多く、ドキドキしてしまう。
そんな自分に、自分で呆れてしまった。
ホテルから箕面駅までは5分ほど。
ホテルが高台に建つため、視覚的には距離がありそうに思えるのに、実際に歩くととても近い。
箕面という街は大阪の衛星都市、ベッドタウンらしく、高級住宅が建ち並んでいる。
よって、駅前は比較的賑やかだった。
そうそう、現在公演中の堂本光一君主演舞台「endless SHOCK」の前身「SHOW劇 SHOCK」(2001年12月~2002年1月、2002年6月)でヒロイン役だった、元宝塚男役スターの樹里咲穂さん、それから彼女と同期の元トップ娘役・純名里沙(旧・純名りさ)さんも、箕面市出身なんですよねー。
そんな賑やかな駅前を、何を食べようかと話しながら歩いていると、彼があるお店で立ち止まった。
「塩とんかつかー。うまそやなぁ。知ってる、塩とんかつ? とんかつを塩で食うねん」
「へー、塩で? 知らんわー」
「俺も1回しか食ったことないんやけど、めっちゃうまいで。なるほどなー、箕面に店があるとは聞いたことあったけど、ここやったんか」
「有名なん?」
「テレビとか雑誌とか、結構出てるねんで」
「へー、すごい」
こういうときの彼は、もうこれにしか目が向いていない。
その前にいくつか候補にあげていたお店もあったのだけれど、おそらくこれに決まりだな、と思った。
「ここにする?」
「うーん、そやなぁ……。なんかこれ見たらこれが食いたくなってきた。でも、お腹すいてる? かつとか、入る?」
「大丈夫よ。今日はお昼食べてないし」
午前中で仕事を終えてすぐに出てきたので、お昼は何も食べていなかった。
「んじゃ、ここでもいい?」
「うん、いいよー。アタシも塩とんかつ食べてみたい」
「うまいでー。……あ、でも18時からか。今何時?」
アタシはケータイを取り出して時刻を確認した。
まだ17時半。
開店まで30分ある。
そこで、すぐ近くのミスタードーナツで時間を潰すことにした。
「D-ポップ」1つと「ミスドプレミアム ホットカフェオレ」を2つ注文する。
ミスド自体、あまり利用しないということもあるのだけれど、2人とも、頼んだことがないものだった。
カフェオレは、彼の中でかなりのヒットだったらしく、絶賛しまくりだった。
玉木宏君がCMをしているものだったようで、テーブルには、玉木君が凛々しい顔でカップを持っているプレートが置かれていた。
1口サイズのドーナツを3つずつ選んで食べながら、温泉旅行の2日前まで彼が行っていた白馬(長野県白馬村)へのスノボツアーの話を聞かせてもらう。
来る途中の車の中でもその話題が中心だったのだけれど、やっぱり好きなことを語る男性というのは生き生きとしていて、すごくいい。
「ほら、これ」
彼がケータイの画面をこちらに向けた。
雪山に、スノーボーダーが1人、写っている。
「友達が撮ってくれて」
「おぉ、すごーい!!」
ゴーグルなどで顔もすべて覆われているので、誰なのか判別できないけれど、彼らしい。
「これが、前に買ったって言ってたウェア」
「ホンマや、紫と黒のチェックや」
大晦日に彼とスポーツショップへ行ったのは
、このウェアを買うための下見だった。
入荷数が多くなく店頭にはないだろうから、サイズだけ確認してネットで買うと言っていた。
そして年明けに会ったとき
、買ったと話していたのだった。
「結構、綺麗な色やろ」
「うん、綺麗~! なんかカッコいい!!」
「ハッ、何言っとんねん……」
明らかに照れてる彼がかわいかった。
カフェオレはおかわりが自由らしく、店員のお姉さんが「おかわりいかがですかー」と、注ぎに回ってきてくれるので、彼はもちろん、せっかくなのでアタシもいただいた。
飲み終わると、ちょうどいい時間。
店を出て、さっきの塩とんかつのお店に戻ることにした。
「とんかつ豊か」という名前のお店で、店内はとてもオシャレだった。
とんかつ屋さんというよりは、カフェという感じ。
でも、ぐるなびのとんかつ店ランキング日本一に輝くなど、やっぱりとんかつ屋さんらしい。
かつはもちろん、塩にもこだわりがあるらしく、「幻の塩」と呼ばれる御坊(和歌山)の釜炊き塩「塩屋の天塩」というものなのだとか。
和歌山にゆかりがあるのか、メニューには「紀州梅古酒」が大きく載っていて、とりあえずそれを1つだけ頼んでみることにした。
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毎度ですが、向こうにちょびっと写っているのが彼です(笑)
飲みやすく、とてもおいしい。
というか、お酒に疎いアタシには、普通の梅酒との違いはわからなかったけれど、彼が「飲みやすくておいしい」と言っていたので、おそらくそうなのだろうと(笑)
そして、メインの塩とんかつ。
アタシはヒレ(写真手前)、彼はロース(写真奥)を頼んだ。
(クリックすると大きくなります)
塩で食べるとんかつはもちろん、キャベツの上にかける自家製ドレッシング「柚子だれ」もとてもおいしくて、行列になるのがうなずけるお店だった。
梅干しはやはりはちみつ漬けの紀州梅。
アタシはこの肉厚な紀州梅がすごく好きで、今も冷蔵庫に入っている。
彼も、梅干しやお漬物は嫌いでいつも残しているのに、これはちゃんと食べていた。
大満足で店をあとにし、コンビニで飲み物とポテロングを調達。
再び手をつないでホテルに戻った。
「今日ホンマ寒いってー。マイナスなんちゃう?」
「それはない。あのなぁ、マイナスっていうのは普通にしゃべってて息が白くなるぐらいやから(苦笑)」
そんなふうに鼻で笑われながら。
展望エレベータは、昇りは1人100円要るらしく、支払って昇った。
時刻はすでに19時すぎ。
降りるときとは違い、あたりはもう真っ暗。
そう、そこに広がっていたのは絶景だった!!
(クリックすると大きくなります)
アタシが頑張ってケータイで写真を撮っている横で、彼は、「写真には写らんでー」と、冷めたご意見。
まぁ、確かに目で見た夜景とは比較にならないぐらい劣るけれど、一応記念にね!
「いいねん。ホントに見た景色のすごさは、自分の記憶の中にあるから」
「まぁなぁ、それしかしゃあないわな」
(アタシだけちゃうよ、あなたの記憶にも同じ景色が残るから“いい”んだよ)
心の中で、彼にそう言った。
部屋に戻ると二度目の温泉へ!
一度目は昼間だったけれど、今度は夜景が見渡せるはずということで、わくわくしながら向かった。
また、一度目のときは露天風呂には行かなかったけれど、今度は行ってみようと思っていた。
大浴場に入ると、思わず「おぉ!」と声をあげてしまった。
さすが1000万ドルの夜景!!
最初は何人か先客がいたのだけれど、途中からは1人になったので、一度ケータイを取りに脱衣場へ戻り、再び中に入ってパチリ
(クリックすると大きくなります)
注:右のほうに写っている白っぽい影は、大浴場入口が窓ガラスに反射しているだけです。
露天風呂からの夜景は、あまり綺麗に撮れず……。
ま、これも自分の目に焼き付けたということで。
しかしながら、夜景を見ながらの露天風呂は、かなり気分がよかった。
ここを選んでくれた彼に、心から感謝だった。
浴場から戻ると、次はホテル1階のラウンジへ行き、例のコーヒー券を使ってコーヒーを飲んだ。
ここからの夜景もとても綺麗で、彼に苦笑されつつも写真を撮る。
(クリックすると大きくなります)
位置的に大浴場の下になるようで、高さはかなり違うけれど、見える建物が一緒だった。
「ホンマ綺麗やねー」
「綺麗やな。――社員旅行でここに来てから、これを見せてあげたいなって、一緒に見たいなって思ってたねん」
「うん、ありがと。一緒に見られてうれしい。つれてきてくれてホンマありがとう」
アタシがお礼を述べると、彼はほほ笑んだ。
「近いし、いつでも来れるし、また来よう」
「うん」
実現するのかどうかはわからないけれど、そう約束した。
少し外に出て、惜しむようにしばらく景色を眺めてから、部屋に戻った。
すでに時刻は21時半。
しばらくソファでくつろぐことにする。
テレビを観ながらコンビニで買った飲み物を飲み、ポテロングを食べた。
「なぁ、またかよって感じやけど、いい?」
そう言うと、彼はポテロングの先をくわえて、アタシのほうを向いた。
意味を解し、ドキドキする。
二度目のポッキーゲーム ……。
いや、ゲームなのか!?
とにかく、もう片方の先を唇で挟んだ。
真ん中あたりまで食べ進めると、彼の唇に触れた。
しばし、キス。
キスなんて、彼とは何百回、何千回としているはずなのに、シチュエーションが違うだけでこれほどドキドキするのが不思議だった。
彼ももしかしたら同じ気持ちで、だからまたしようとしたのかもしれない。
髪をなでられた。
そのままその手が下りてきて、肩を抱かれる。
なんだか、部屋の中にいる時間のほとんどを、こうしてくっついて過ごしている気がする。
もちろん、普段から室内デートばかりなので、そうではあるのだけれど、少し外に出ては戻ってきてくっついて、また外に出て戻ってきたらくっつく……と、そういうのがなんとなく新鮮だった。
「今日は酒乱やな(笑)」
アタシがスミノフを飲むのを見て、彼がそう言った。
コンビニで買ってきた飲み物は、主に彼が飲む用としてスミノフ、アタシが飲む用としてアイスティだった。
「確かに、とんかつ屋さんでも梅酒飲んだもんね……。あれ、でも、アタシどっちもそんなに量飲んでない気がする」
「そやで、全然飲んでないで。ほとんど飲んだの俺や(笑)」
「え、じゃあアタシ、酒乱ちゃうやん」
「そやなぁ(笑)」
どうやらからかっただけらしい。
彼は可笑しそうにクスクスと笑っていた。
「でもね、あっためてもらったのと、お酒飲んだのと、温泉に浸かったのとで、身体だいぶあったまった気がする」
「でも脚はまた冷たいんちゃうん?」
彼は、浴衣の隙間から手を差し入れて、脚に触れてきた。
「あ、でもいつもよりはマシやな。冷たいのは冷たいけど」
「そやろ!」
得意気になるアタシ。
「ていうか、2回温泉に入ると、さらにすべすべやな。きもちい」
「温泉の二度塗りやね(笑)」
「そやな(笑) なぁ、ここに脚、載せて。あっためてあげる」
彼は、自分のひざをポンポンと叩いた。
言われるがまま、抱きつくような形で、彼から遠いほうの脚を載せる。
浴衣の裾は完全にはだけてしまった。
「あっためてあげると言いながら、俺が触りたいだけなんやけどな(笑)」
「でもあったかい。ありがとう」
「いーえー」
彼の手が肌の上を滑るのが心地よかった。
おかげで、ずいぶんと温まったように感じられた。
「……アカン」
「ん?」
「こんなことしてたら、このままここで襲ってしまいそうやわ。ちょっと歯磨きしてこよ」
つまり、もう寝るということなのか? と思った。
彼と交代で歯磨きをし、戻ると、やはり彼は、寝る準備をしていた。
早々とベッドに寝転がる彼を見て、アタシもその隣に身体を滑り込ませる。
「10時(22時)すぎ……。こんな時間にベッドに入るなんて、なんか変な感じ」
アタシが言うと、彼は、
「まだ寝んけどな。ちょっと軽く運動をしてから」
と笑った。
「大丈夫、そっち場所ある?」
「うん、大丈夫、充分あるよ」
「ならいいけど。何せ狭いからなぁ。落ちんといてや」
「そんなん落ちひんよぉ」
「ベッドから落ちるなんて、まずないやろ」、とアタシが笑うと、「でも俺……」と、彼が何かを言いかけた。
「ん? どしたん?」
先を促す。
「いや、うん……こんなこと言うと気ぃ悪いかもしれんけど、俺、落ちたことはないけど落としたことならある」
「え、落としたの?」
「当時付き合ってた彼女と、その子の部屋でこんな感じで一緒に寝てて……。ひとり暮らしやし当然、ベッドもシングルなわけよ。それで、俺、寝相悪いからさ、なんか押し出してしまったみたいやねんな。ドーンって音がして、彼女が落ちて。もちろん向こうも熟睡してたから、めっちゃびっくりしてた。しかも栞と同じで、下に服を入れられるタイプのベッドやって高さもあって、相当痛かったと思うわ。『いったー』って言ってたもん」
「そりゃ痛いわー」
彼と一緒になって笑う。
「だから、トラウマ……じゃないけど、何というか、また落とさへんか心配というか」
「アタシは大丈夫。眠り浅いしそういうときは気づくから」
「まぁな、これまで一度もないから大丈夫やとは思うけど、一応ね」
「うん、ありがと」
初めて聞く話だった。
トラウマと言えるのかどうかはわからないけれど、それに近い感じで彼の心の中に引っかかっている出来事なのだろう。
そこまで心配するということは、それをきっかけに、相手と喧嘩にでもなったのかもしれない。
無意識時のことを論じたって、何も始まらないのに(笑)
唇が重なった。
彼の言う“軽い運動”は、その後、24時近くまで続いた――。
つづく ……
浅田真央選手、銀メダルおめでとう!!
安藤美姫選手、5位入賞おめでとう!!
鈴木明子選手、8位入賞おめでとう!!
男女ともに全員が入賞するなんて、日本人、すごすぎる!!
しかしながら、真央ちゃんが演技終了後のインタビューで号泣していたのを見ていて、かわいそうになりました。
トリプルアクセルを2回跳べば金メダルが取れる、きっとそれだけを信じて毎日毎日何時間も練習してきたんだろうけれど、現実には跳んでも届かなかった……。
今までやってきたことは何だったんだろう、きっと、そんなふうに虚しく思ったことでしょう。
でも、日本人でも韓国人でもないある観客(地元カナダの方?)が、「真央の演技はエレガントで、ヨナよりもずっと心に残ってる」と、インタビューに答えていました。
それを聞いて、救われた気がしました。
たとえ1人でも、中立の立場の方にそう思ってもらえたなら、やっぱり真央ちゃんの演技は素晴らしかったんだと。
しばらくは何を頑張ればいいのか模索すると思うけれど、次のソチまで4年あるので、焦らず“真央ちゃんらしさ”を失わずに頑張ってほしいと思います。
同じころ、アタシも昇格試験の論文試験を受けていました。
とりあえず第1段階は終了。
次は、3月2週目に行われる面接試験です。
アタシも負けずに頑張らなきゃ。