ケータイが鳴った。


相手はわかっている。

恋人だ。


「もしもし」

「着いたよ~。車、前に停めてるし」

「わかった。すぐ行きます」



すぐに電話を切り、この日のために新しく買った小さめのボストンバッグを抱えた。

玄関で身だしなみの最終チェックをし、パンプスを履く。

ドアを開けると、雨が少しぱらついていた。



(まさか、こんな日が来るとは思ってなかったな)


エレベーターで下りながら、そんなことを思う。


付き合って7年目にして、初めての旅行。(注:これは昨年9月のこと)

決してスマートな方法ではなかったけれど、彼の誘い がなければ実現し得なかった。



マンションの共同玄関を出ると、彼の車が停まっていた。

後部座席にボストンバッグを載せ、アタシは助手席に乗り込む。


「お待たせしました」

「いえいえ。――どうする? どっかで昼飯食べてから行こっか。高速乗ったら食べるとこないかもしれんし」

「うん、そうしよっか」


彼の車が発進する。


その日のアタシは、自分でもわかるほどにテンションが高かった。

落ち着こうと思うんだけど、終始、顔が緩みっぱなし。


だって、初めての彼との旅行、行き先は温泉、でもってあんな回りくどい誘い方をされ、準備期間が一週間もないんだから、冷静になる余裕なんてどこにある?

少なくともアタシには無理あせる


そんな緩みっぱなしの顔を見られたくなくて、彼のほうを向くことすらできなかった。



インターチェンジの近くのうどん屋で昼食をとることにした。

ちょうどお昼時だからか、かなり混んでいたものの、うどんだけに回転が早く、思ったよりも時間はかからなかった。


そして高速に乗り、いざ有馬温泉温泉





旅館に到着すると、スタッフの方が何人も出てきて出迎えてくれた。

1人に車のキーを預け、また別の1人に館内へ誘導される。


チェックインを済ませると、先ほど誘導してくれたスタッフの方が、旅館の中と各種温泉についての軽い説明をしてくれた。

その後、部屋へ。


案内された部屋は思っていたより広かった。


「なんか照れるな、さすがに」


と、彼。


「……うん」


アタシたちはとりあえず、座椅子に腰をおろす。


すると、お茶とお茶菓子が運ばれてきた。

仲居さんが、浴衣についての説明をしてくれる。


部屋には、男性用はLサイズ、女性用はMサイズがセッティングされているとのこと。

それ以外のサイズであれば交換してくれるというのだ。


アタシにはMは大きいので、Sに換えてもらうよう頼んだ。


待っているあいだ、お茶を飲む。

なんだかドキドキ……。



「この最中、うまいな」

「うん。なんか文字書いてるね。――あ、旅館の名前が書いてるんや。オリジナル最中なんやね」

「ホンマやな」


お茶を飲んでいると、少しずつ落ち着いてくるから不思議だ。



仲居さんがSサイズの浴衣を持ってきてくれると、アタシたちはさっそく浴衣に着替えた。


天気がよければ外を散策しようかと思っていたのだけれど、大降りではないものの、外は雨。


「ちょっと早いけど、温泉行ってみる?」


という彼の提案で、まずは一番大きなところから攻めることにした。



有馬温泉 というと、鉄分を多く含む茶褐色の「金泉」、鉄分は含まない透明な「銀泉」とがある。

最初の湯は、露天も室内も共に銀泉だった。


とてもいい湯だった音譜



夕食の時間までまだ少しあるので、今度は酸素カプセルを体験することに!


リラクゼーションルームへ向かう途中、彼が手をつないできた。



信じられないかもしれませんが、付き合って7年目、こうして外で手をつなぐのは実は初めてなんです。



この日、何度目かのドキドキ。

やっぱり旅行って、非日常だから、いつもと違うことができてしまうの??


仲居さんたちや他のお客さんたちとすれ違うだけで意識してしまい、なんだか顔が熱くなった。




酸素カプセルはいくつかのコースがあり、アタシは「美容」を選択した。

彼はなんと、「官能回春」(笑)


部屋でパンフレットを見ているときには、


「『官能回春』って興味あるけどさ~、なんかいかにもって感じで言えへんわ」


なんて言ってたくせににひひ



初めて体験した酸素カプセルは、なかなか気持ちがよかった。

体が汗でびっしょりになり、新しい浴衣に着替えさせてもらう。



部屋へ戻るとき、再び手をつなぎながら、彼が、


「あの回春、結構効くわ」


とささやいてきた。


「き、効くんや」


アタシはかなり動揺。


「うん。ちょっと危なかった(笑)」

「え……」

「今日の夜は結構いけるかもよ」


そう言うと彼は、アタシの手をギュッとにぎった。





つづく ……