それは大晦日の前の日のことだった。
アタシはいつものように、恋人の仕事場を訪れていた。
「片付けできた?」
アタシの肩に上布団をかけながら、彼が尋ねた。
片付け?
一瞬何のことかわからなかったのだけれど、「大掃除をする!」と宣言していたので、おそらくそのことだろう、と思った。
「うん。窓、めっちゃ綺麗になったで! 明日見てみて!!」
「おぉ、わかった(笑)」
彼は可笑しそうに頷いた。
その日の昼間、アタシは窓とエアコンを中心に大掃除をした 。
まぁ、“大”と言うほど時間はかかっていないけれど、普段の“掃除”ではやらない部分という意味での“大掃除”。
気分的なものかな。
スイッチを切り替えるように大きく息をついた彼が、上半身だけを起こしながら、アタシの頭をゆっくりとなでた。
その手の動きが心地よくて、アタシは目を閉じる。
……唇が重なった。
なぜか、彼がフッと笑った。
不思議に思い、目を開けて彼を見上げると、もう一度、頭をなでられた。
「ん?」
首を傾げると、
「ううん。なんでもない」
頭をポンポンとされた。
なんだかよくわからないけれど、まぁ、いっか、と思った。
彼も完全に身体を横たえ、腕枕をしてくれる。
アタシが彼の腰に腕を巻きつけると、ギュッと抱きしめられた。
彼の手が、背中から腰へと移動し、さらに下降する。
そしてワンピースの裾をまくられた。
指の先が、アタシの太腿の裏側をなぞる。
ゾクッとなった。
「脚、きもちい……」
耳元で、彼がささやいた。
「ん?」
「脚触るのきもちいわ」
「ふふふ」
彼の言葉がくすぐったい。
「あー、落ち着く。こうやってずっと触ってたいぐらい」
「ふふふ。アタシも、手があったかいからきもちい……」
「俺の手?」
「うん。あったか~い……」
たいていいつでも、彼の手は温かかった。
「ま、心があったかいからな(笑)」
「あっそ(笑)」
「ふふふ。ていうか、逆になんでこんなに脚が冷たいの?」
「んー? わからへん(笑) いつもやし」
「うん、いつも冷たいな。ま、女の人は冷え性が多いっていうしな」
彼とは逆に、アタシはいつも、手足が冷たかった。
「だから、あったかい手がきもちい」
「ふふふ、そっか」
再び、キス。
今度はちょっと深めに交わした。
「最近さ、週に3回ぐらい会ってるやろ」
「うん、そやね」
「俺的には、結構満足してるというか……」
「うん」
「だから、他で解消する必要がないというか……」
他で?
ああ、ひとりで……ってことか。
「そういうのってさ、どのくらいの頻度やと、満足するものなん?」
ちょっと勇気を出して訊いてみた。
「んー、まぁ、人にもよるやろうけど、俺の周りの奴らがよく言うのは、週に2回ぐらいかな」
「そうなんやー。ていうか、そんな話、友達とするんや(笑)」
「するで、男は。特に、酒が入るとそういう●ロい話ばっかりやで(笑) まぁ、どんなふうにするとか、そういう具体的なことはもちろん話さんけど。女の人はあんまりそういうこと話さんらしいな」
「話さへんねぇ。ていうか、話そうとも思わへん」
「それはなんで?」
「えー、だってぇ……恥ずかしいもん……」
そう言っていることがすでに恥ずかしくて、赤くなっているのが自分でもわかった。
見られたくなくて、彼の胸に顔をうずめる。
彼が笑っていた。
「男は、恥ずかしいとかは全然ないなぁ」
「えー、すごい。絶対無理やわぁ……」
「絶対無理なんや(笑)」
「うん、無理」
ブログのように、自分のことを知らない人に対して話すのは平気。
だけど、知っている人に話すのは抵抗があるのだ。
彼の手が、後ろから前に回る。
「はぁ、ホンマ、脚きもちいわ」
まだ言っている彼。
「これさ、彼女じゃなかったら、完全に変●行為やしな」
「ん? ●態?」
「だって、スカートの中に手を入れるなんて、変●以外の何物でもないやん(笑)」
「あぁ、そういうこと(笑)」
それを言い始めたら、恋人とのいろいろな行為、すべてに当てはまるような気がしないでもないけれど。
「付き合ってる彼女にしか、こういうことできひんやん。好きな子の脚を好きなだけ触れるのって、結構贅沢で幸せなことやなって、最近特に思うねん。仕事で疲れてたり、イライラしたりすることがあっても、こうしてるだけですごく落ち着く……」
脚ぐらいでそんなふうに感じてくれるんだったら、こちらこそ幸せだった。
しばらく、彼に触られるがままになる。
冷たかったアタシの脚も、次第に温かくなっていった。
「なぁ、ふと思ったんやけど……」
「なあに?」
「くすぐったがり……なほうではないよな」
そんなこと、考えたこともなかった。
「普通、こんなことしたらくすぐったいと思うけど……」
そう言って彼は、さっきまでより速いスピードで脚を触った。
「全然平気そうやもんな(笑)」
「……ん」
彼が首筋に舌を這わした。
「こういうのも、結構くすぐったいと思うで」
そして耳に到達。
「耳も大丈夫やもんなぁ。結構くすぐったいっていう人多いけど」
「じゃあ、くすぐったい?」
お返しとばかりに彼の耳に触れる。
「俺は大丈夫やねん、耳」
「そっかぁ……ん……」
唇が重なる。
彼の指が、脚の付け根から下着の中に滑りこんできた。
「こんなことしても、平気?」
「やん……」
そのまま、下着を剥ぎ取られる。
「最近、頻繁に会ってるから、頻繁にやってるやん」
「うん」
「そうすると、なんて言うんかな、エ●い意味じゃなくて、相手のことをもっと気持ちよくさせたいって思えてきて……」
「うん」
「それは、好きな人のことをもっとよく知りたいっていう純粋な気持ちやねん。どういうふうにしたらより気持ちいいのかとか、どこが感じるのかとか」
「あー、だからこの前、あんなこと訊いたんや」
「そうそう」
クリスマスの夜 、彼は、「舌ってきもちいの?」だとか、「どっちがよかった?」だとか、今まで訊いてきたことのないような質問をしてきたのだ。
「それを知ってるのって、彼氏の特権っていうか。付き合ってる奴だけが知り得る情報やん」
「あぁ、確かに」
「だから、他の人が知らん栞をもっと知りたい」
彼の言葉にいちいちドキドキした。
こんな独占欲のある人だとは、知らなかった。
「というわけで、どうしたらきもちい?」
「えーーー!」
そんなこと言われても……。
「もっとこうしてほしいとか、ないの?」
「えー、そんなんわからへん……」
「わからへんって、自分のことやのに?」
「えー、だって、アタシはいつも、充分……」
経験人数の多い人なら、そういうのが明確に答えられるのかもしれない。
でも、アタシはそういうの多いほうじゃないし、“もっと”というバリエーション自体が頭の中になかった。
「まぁ、俺はそういうのできひんけど、縛られたいとか、言葉で攻められたいとか、そんなのでもいいで。できるできんは別として、『あー、そういうのが好きなんや』っていうのも情報として知っときたいやん」
「んー、そういう特殊なのはないかなぁ。ホンマ、いつもしてもらってるのがアタシにとっては……」
「えー、でもあるやん。こっちよりこっちのほうがいいとかさ。いつもは胸から触ってるけど、ホンマはいきなり下からがいいとか、いつも家では上に乗ってもらってるけど、ここでも上がいいとか。まぁ、この簡易ベッドじゃ無理やけど(笑)」
確かに、自分が上のときのほうが感じやすい。
だけど、安心できるのは下のときで、だからどっちのほうがいいとは言いがたいのだ。
「じゃあ、どこがきもちい?」
彼は、アタシの感じる部分に指を這わせた。
「ここ? それともこっち?」
「あ、ああ!……ん!!」
言葉を発することができない。
しかも、何か言おうとするので、いつもより声が大きくなってしまう。
アタシの声に感化されたのか、彼の手の動きも早くなる。
もはや、聞き出す気ないだろう、というぐらい。
「で、どこがいい?(笑)」
いじわる……。
そんなに激しく触られたら、答えられないってわかってるだろうに……。
「……あ……きもちい……」
あらゆるものを振り絞って、そうつぶやく。
「ん? 何て?(笑)」
なぜかちょっとSキャラな彼。
アタシは「なんでもない」というふうに、首を横に振った。
クスクスと笑われる。
「んじゃ、これと……」
そう言った後、彼は指を侵入させてくる。
「あ……」
「……中に入れるのとでは、どっちがいい?」
声が抑えられなくなる。
「なぁ、どっち?」
「え……だって……どっちも……違うんやもん……」
「それを強いて言えば?」
「ん……どっちも」
「どっちも? 欲張り(笑)」
「やぁだ……」
そんなふうにして、かなりの長時間、彼に触られ続けた。
「もう勘弁してあげよう」
彼がそう言うまで。
「あのさ、さっきのは、イッたん?」
「え……うん(照)」
途中で一度、達した。
彼の手の動きが緩やかになったので、わかっていたと思ったのだけど……。
「女の人のって、わかりにくいよな。男は一目瞭然やけど(笑)」
「確かにそうかも。――ていうか、めっちゃ……ヌレちゃった」
「ホンマ、すごいことになってる(笑)」
「もう、誰がしたんよ(笑)」
「え、俺じゃないけど(笑) 俺じゃないけど、拭いてあげよう(笑)」
彼がティッシュで拭いてくれる。
「あー、結局どこがいいのかわからんかった」
「ふふふ」
「この今世紀最大の謎を今年中に明かしたいんやけどな~」
「今世紀最大の謎なんや(笑)」
「だって、俺が今世紀で一番知りたいことやから(笑) ま、明日のお楽しみにしとくか。覚悟しといてや」
「えーーー」
宿題にされてしまった。
お互い服を脱ぎ、今度はアタシが彼を攻める番。
「ねぇ、じゃあ逆に、してほしいことあったら言ってくれていいよ」
「俺? 俺のほうは、結構いろいろしてもらってるからなぁ……。ま、強いて言えば、すべてにおいて、もう少し強くてもいいかな」
「もっと強くね。わかった、頑張る!」
「うわ、なんか、俺のほうは何も聞けてないのに悔しいわ……」
「ふふふ、いいの! だってわからんねんもん」
「あなたがわからんねんたら、俺はもっとわからんわ」
「そやね(笑)」
彼にとっての“今世紀最大の謎”は明かされぬまま、大晦日前夜が更けていった。
つづく ……