酒場人生覚え書き -228ページ目

雨降り・・・・

ズーッと前から雨降りの日には陰鬱の虜になる。


貧乏だった頃、一本しかない傘を勤め先に置き忘れていた雨降りの朝、土砂降りの中を20分

歩いてバス停まで行く気になれずに、とうとう“勤め”に行かなかった・・・・。


40年前の雨降りの日に恋人が交通事故を起こし入院した・・・・横浜から東京まで見舞いに行っ

た日曜日も今日のような雨降りだった。
そう言えば見舞いに行くたび雨降りが多かった・・・・。


そんなことを想い出しながら机の中を整理していたら、古いノートの中に挟まれた古い手紙を

見つけた・・・・想い出していた古い恋人からのものだった。




階段


一段目に夏


二段目にあなた


三段目にわたし


四段目に腰かけて


五段目で初恋だった


六段目で何をしたのか


七段目で神さまが見ていた


八段目であなたが立ち上がると


九段目でわたしは淋しくなった


十段目で哲学し自省し感傷して


十一段目で訪れる秋をむかえよう


十二段目で翼のように両手をひろげて


十三段目さま人生さまみんなさよなら





18歳、青春まっただ中で書き綴ったその人も、俺と同じように今日の雨の中で

昔日を旅してるだろうか・・・・。

酒場の心理学





酒は人間そのものに外ならぬ。
      フランスの詩人 ボードレール


お酒の酔い方も、十人十色。

陽気になる人、泣き上戸、怒り出す人と、津軽に降る七つの雪ならぬ、横浜・馬車道に夜な夜な

出没する七様の酔客達・・・・その人々で繰り広げられるのが筋書きのないドラマ。


酒場のマスターはそんなドラマの“ディレクター”でもあり、酔客心理学の権威でもあるのだ

なあ~んちゃって≧(´▽`)≦

酔った時にその人の本性というものが顔や行動にでてしまうのである。
それがわかれば、お酒の席で潜在的な人間性が解るわけだ。


それでは“酔客心理学”の入門講座であるが、“酒友の酔態ぶり”による、潜在的性格の判断お

よび検証はどうぞご随意に・・・・


ドクロ酔態模様の観察ドクロ


A 口数が多くなり、陽気に笑う


B 口数が少なくなり、沈んだ態度をとる


C 一定の場所におさまらず、あちこちに動きたがる


D カラオケに興じる


E すぐ喧嘩を始めたり、人にからむ


F 人の体をさわりたがる


G 普段と変わらない


H 泣き上戸

手裏剣分 析手裏剣


A  根が真面目で几帳面な性格。
  一般的に社会的信用の高い人物であるといえる。
  仕事や人間関係で大きなプレッシャーが懸かっている場合にアルコールによって、その緊張

  感を解きほぐし口数も多くなる。
  このタイプは、人に対しても礼儀正しく、事に異性関係でトラブルを自ら起こすような事はしない。


B 精神的に不安定な性格か心配事がある場合によく見られる酔態。
  特に平素行動的であったり、口数の多い人がお酒が入っていた為に逆に黙り込んでしまうとか

  沈み込むのは、心理的に赤信号がでている兆候。
  能動的な反面いつも不安を抱いている為、その不安の方が大きくなって無口にさせている状態

  である。


C 欲求不満で劣等感が強い。
  反抗的で型にはまるのを嫌う性格。アルコールの力が、その人の狭い場所からより広い所へ

  移動したいと望んでいるからだ。


D は社交性に富んだ性格。
  私生活でも仕事の上でも人間関係の運びがうまくいくタイプ。また協調性があり、人の面倒見も

  良い仕事と私生活の切り替えもスムーズでチャレンジ精神旺盛である。


E 酔うと喧嘩越しになる人は、エネルギシュな行動派に多くみられる。
  派手に喧嘩しても酔いが醒めた後は大体忘れてしまっている。素面になりその事を指摘されひた

  すら詫びる、というパターンである。
  あたかも「瞬間湯沸かし器」だか、普段付き合っていく場合には、むしろ暴力には縁遠く問題はな

  い。普段おとなしくても、お酒を飲んだら大暴れする人がいるが、このタイプも同様である。


F 人の体に触りたがるこのタイプは、性的欲求不満が強かったり、心理的に現状からの逃避を望ん

  でいる人である。
  素面の時に異性の体にふれるのは、その人への好意の表れであるが、酔っている場合は、その

  意味が異なってくる。セックスの衰えと自分の欲求にギャップがあったり、性的に不満足なケース

  によく見られる行動である。仕事がうまく運んでいない時や、プレッシャーが懸かる生活を送って

  いる状態も同じである。


G 根本的に酒に強いのとは別に、酔う前に自ら飲むのをやめてしまう人。
  理性的で人との争いやトラブルなどを嫌う反面、自分の欠点をさらけ出す事に必要以上に警戒し

ていたり、または過去に酒で痛い目にあっている人。


H この酒の上で泣き上戸というのは、男性の場合は、性的欲求が非常に強いときである。
  女性の泣き上戸は、情緒的な性格でロマンチストである。またさびしがり屋の人に多い。




  こう見てくると酒友よりも、まず自己分析から・・・・ですかね。


  但し、勝手流心理学である事を付記しておく!!        

春眠暁を覚えず



春眠あかつきを覚えず・・・・と古代中国の詩人はうたったが、確かに今の季節はただひたすら

に眠い。

春は人間の体が冬型から夏型へ変わる境目にあり、徐々に自然環境の変化に合わせてゆく

為の生理的な現象としての“今の頃の睡眠”がいわゆる“春眠”なのだ。


イライラ時代の処方箋のひとつとして勿論の事、適齢前から始まるという“ボケ防止”のための

奥の手の一つは「快い眠りをとること」にあるという。


睡眠には「徐波睡眠」と「逆説睡眠」の二種類の形があり、前者は脳波がゆったりとした波を描

く眠りで、肉体の疲労回復に関係があり、後者は体の方は深い眠りの状態にあるのに、脳が目

覚めている時に近い眠りで“心の疲労回復”に関係があると言うから、“春眠の効用”を役立てる

のは今をおいてあるまい。


そこで酒場人生42年の小生がカウンターの中から眺め考えた「酒と効用と睡眠」について申し上

げたくなった。



「酒無くて何が楽しきこの世かな」と人間関係の潤滑油としてこれに勝るものはないし、これに

附随して困ってしまうほどの食欲増進効果や、楽しさの中で過ごすひとときがストレスを緩和し

てくれるし、忘れてならないのは催眠効果である。


洋の東西を問わず酒の一般的効用のひとつとしての“寝酒”や“ナイトキャップ”の歴史は古い。
“東”の方で言えば鎌倉時代の主要な芸能であった狂言“素襖落”のなかにも

「身どもが寝酒にたぶる遠来ぢやア~~」

と出てくるぐらいである。
【 “たぶる”とは“狂る”と書きこの台詞の中の“遠来”は遠方より送られてきた酒のことだろうか

・・・・浅学非才ゆえ間違えていたらご容赦 】


“西”の方で言う“ナイトキャップ”は寝るときに被る帽子のことだが、就床前に飲む軽い一杯の

意味もありブランデーやウイスキーのストレートが多い。


このように酒場の親父としては酒の味方ばかりをしたいのだが、厳正中立をモットーとする酒道

のジャッジ・マン としては、反証も挙げなければなるまい。


例えば食欲増進してつい食べすぎたり、酒との相性を考えて偏った肴ばかりでは効用も弊害に

なってしう。また“ストレス解消”とばかり体のことを考えずに飲みまくるのも問題である。


だから酒の効用を生かすためには、身体に優しい飲み方や場の雰囲気を壊さないルール、気遣

いが必要不可欠であり“ぼんそわーる”が40余年間心掛けてきたことでもある。




日本人は仲間とともに語らいながら長い時間かけて飲むことが大好きである。
そこには精神的緊張の度合いが高く、コミュニケーションが苦手で、酒が入って初めて自己開示

ができるという、日本人の得意な民族性が反映されているのだろうが、美味い酒や楽しい酒はつ

い飲みすぎてしまいがち・・・・となれば“ほろ酔い”こそが愛酒家の真骨頂であろう。


それにしても、好景気だと煽られても全く実感のない庶民の懐は、ますます疲労困憊の極みだが、

これに役立ちそうな酒や睡眠については、酒場人生長き小生といえども語る言葉のひとかけらも

無い。

坂の下漁港

国道134沿いの“滑川”と“稲村ヶ崎”の中程にある「坂の下漁港」は全く有名ではない。

 

というのも古ぼけた漁師小屋が国道を背にして建ち並び、その前の砂浜に20艘ほどの漁舟が引き

上げられているだけだから、漁港と言うよりも「小さな船寄場」と呼ぶのが相応しい素朴な所だからだ。

ところが地元住民にとっては、スーパーの魚売場よりも身近でありがたい“魚市場”なのである。

但し、この魚市場の短所は、漁から帰ってくる早朝に限るし、漁師の気まぐれで分けてもらえない事

もあるし、何よりも魚種が少ない。

長所は、なによりも新鮮であり、時には舟の生け簀から生きたままのを手渡されることもあるし、一番

嬉しいのは漁師さんから直接買える“浜値”であることだ。 これまでに“鯵”“カワハギ”“サザエ”“鮑”口説き落として分けてもらった“タコ”や、珍しいところでは

三十センチもある“赤尾アジ”等々をせしめる事ができた。

しかし、特筆すべきはここで水揚げされる“シラス”であるが、今は禁漁期間中であるから、“湘南シラス”

に敬意を払って、漁が始まる来月あたりの記事とする。

で、今はと言うと“ワカメ漁”である。

味噌汁の中に浮かぶ“ワカメ”しかご存じない方のために、漁師さん達のご苦労を紹介しよう。

 

 

 

 

干し上がったワカメ

そして出荷・・・・湘南の太陽と風を浴びた「坂の下漁港」のワカメは、“湘南わかめ”として店頭に並ぶ。

ワカメの効用としては、がん予防、高血圧予防、動脈硬化予防、便秘予防などがあげられるが、何と

言っても“二日酔い”の朝にいただく“ワカメの味噌汁”は復活効用抜群で、その日の夜には翌朝の

“ワカメの味噌汁”を美味しく飲むためにと、せっせと酒杯を重ねる事になる。

楽しきなり人生!愛すべき酒呑童子達!

無数の洗濯挟みにぶら下げられたワカメ
大きな釜で湯がく
早朝の海に漁場に出かける

歴史の埃



                   


昔日の洋酒メーカーは何かというと「トレー」を名刺代わりにくれたものだ。

「トレー」と言っても料理をのせるお盆のことでもないし、書類の整理箱でもない。


たまに丸形のモノもあったが、ほんんどが正方形の薄い鉄製“トレイ【tray】”にそれぞれの洋酒

が描かれていて、時にウイスキー瓶やグラスなどを客席に運ぶのに使われたりしていたが、殆ど

が店内のディスプレイ用だった。


“ぼんそわーる”にも15枚ほどの「トレー」が天井際に飾られているが、普段は気にもとめないし

気に留めてくれる人もいない。


ところがある日、某洋酒メーカーの方達が来客したおり、自社のモノを見つけるや驚嘆の声を上

げた。


「こんなノベルティがあったんですねぇ」


「細かに観るとラベルのデザインが違っています・・・・随分昔のものですよ」


「マニア垂涎の品であることは間違いないですね」


「30万の値が付くでしょう・・・・いやもっとかな」


「誰かに譲られるのなら、いっそ我が社に譲ってもらえませんか」


ウフフフ・・・・30万が15枚で・・・・取らぬ狸の皮算用に心の中はホッカ・ホッカ。


しかして、今もなお一枚のトレーも欠けることなく、埃を被って“鎮座まします”のだ。


「掃除好きの娘は今に金持ちになるよ」

という酔客の戯言を聞いてからというもの、部類の掃除好きになった“浩美クン”は、まず店内

くま無くキレイにし、残るは埃だらけのトレーを磨き上げることがとりあえずの人生最大の目的

となった。


・・・・と言うのも「あれには手を触れるな」というマスターの厳命があるからなのだ。


「いや古色蒼然としたあれが良いんだよ」


「でも汚れてるよ・・・・」


「汚れを落としているうちに絵も消えちゃったらどうするの・・・・」


「ヒロミが同じように書いてあげる」


「“バカ言ってるじゃないよぉ~”って言いたいけど・・・・じゃあ一枚だけだぞ」



40年余のタバコの煙や埃が降り積もった焦げ茶色の“オールドパー”のトレーは“浩美クン”に

よってキレイになり152歳まで長生きし、100何歳かで子を成したという好色“トーマス・パー爺

さん”も心なしか嬉しそうな顔に・・・・



キレイに落とし流された“焦げ茶色”の汚れは、そのまま我が“ぼんそわーる”の歴史の“埃”な

らぬ“誇”なんだよ・・・・浩美クン


勲章


                   

Sさんが“ぼんそわーるの常連さん”になってかれこれ34~5年になる。


出会いの頃のSさんは、東京に本社のある上場会社の某鉄道信号会社の営業部長で、部下達は

横浜市営地下鉄に敷設する信号機売り込みのために横浜に足繁く来ていたのだが、その甲斐あっ

て信号機関連は全面的に納めることが出来たという。


昭和43年に始まった地下鉄工事も、地盤や地下水の問題で大変だったらしいがいよいよ信号機

の敷設という昭和48年頃に、部下に連れられ来店して戴いたのがデビューだったと記憶する。


第一印象は“エネルギッシュ”“生真面目”プラス“やや気難しそう”だった。
それは35年後のいまでも同じく続いているが、歳を重ねるごとに“恋の目覚め”指数が上がりつつ

あるが、奥方を亡くされて20余年、二人の息子を男手ひとつで育てながらも“花の独身”を貫かれ、

今に“実”のなるのを待ち続けるSさんならば許される。


見事な体躯は人を圧するほどだが、それもその筈で高校・大学を通して野球部に所属し

“無敵のエース”の名を恣にしたと言う。


昭和6年生まれだから、大戦中の学徒動員も、戦後の混乱期も、東京裁判も、朝鮮戦争も、

特需景気も、高度成長も、バブル崩壊も・・・・全て知悉している。
カウンターで語ってくれる、それぞれの時代の思い出話は、折々の証人の言葉として含蓄に
溢れ実に興味深い。



ほろ酔いになれば歌もでるが、青春真っ直中だった昭和20年代の歌謡曲が多い。
「帰り船」「夜霧のブルース」「男の涙」「ダンス・パーティーの夜」「街のサンドイッチマン」

「星の流れに」「赤いランプの終列車」等々・・・・だがSさんはいくら勧められても軍歌は歌わない。

優しかった5才年上の兄が、終戦間際に海軍特別攻撃隊として、敵戦艦に突っ込んでいき

帰らぬ人となりご両親の悲しみを眼のあたりにしているからだ。


Sさんの挿話を書き始めたら、一冊の本になってしまうほどであるが、いつか是非書いてみたいと

思っている。


もうお判りでしょう“386plus≒100”と言うのは、Sさんが“ぼんそわーる”でキープし飲み

干した本数で“plus≒100”は5年ぶりにカウンターに復帰した小生が、うっかり空瓶として

廃棄してしまった為に連番が途切れてしまい協議の結果、推定の本数で納得していただいた

「およそ100本」の意味である。


ポ゛トルに書かれた数字・・・・それはSさんが“ぼんそわーる”に贈ってくれた、

                                    掛け替えのない“勲章”でもある。


平成の寅さん



出勤途中、定休日でもないのに休んでいる床屋さんがあった。


そもそも余り繁盛して居なさそうな雰囲気だったが、ガラス戸に何やら張り紙がある。


さてはいよいよ閉店なのかと読んでみたら、


「これは、これは、滅多にお目にかかれない“名(迷)文”じゃん」と、


信号待ちの間にワンカットの撮影・・・・




お客様へ


今般、事情あって私、旅に出ます。
誠に勝手ながら、店を閉じることになりました・・・・
短い期間でしたが当店ご利用のお客様に対し、私として感謝の気持ちでいっぱいです。
誠に有り難うございました。


尚、映画のトラさんではないですが・・・・
月、一・二回舞い戻ってくるかも知れません。
その時、気分によって店を開けることになるかも知れませんが
お客様の都合がよろしかったらご利用くださいませ・・・・
月・日と曜日は左上の方に書いておきます


平成の虎より
ヨロシク!!

 《映画のトラさんは「寅」だったような気がしますが・・・・ 》


“床屋の寅さん”はいまどこの空の下を旅かけているのだろう・・・・


菜の花が満開の房州路なのか、はたまた河津桜咲き誇る遠州路をのんびりと歩いているのか・・・・


わたくし、生まれも育ちも鎌倉は大町です。
姓は平成、名は寅次郎、人呼んで“床屋の寅”と発します。
西に行きましても東に行きましても、とかく土地土地の

おあにいさん、おあねえさんに御厄介かけがちなる若造でござんす。


以後見苦しき面体お見知りおかれまして、

恐惶万端引き立って、よろしくお頼み申します。


羨ましいですねぇ、結構ですねぇ・・・・それで思い出しました。


寅さんの好きな名台詞


「結構毛だらけ猫灰だらけと、尻の周りは糞だらけ」ってね!






  

矢張り「浮世床の平成の寅さん」は「人生独り芝居」の世界に生きているんだなあ・・・・

あーあ、春です



いつも通りのコースをエッチラオッチラとダイエットシューズを引きずって稲村ヶ崎公園に辿り着くと、いつもは人影のない東屋にビーグル連れの老婦人が休んでいました。


軽く会釈をしてからいつもの手順でストレッチ運動を始めようとした時、突如、声を掛けられました。


「あのー、ワンちゃんの写真撮らせてもらって良いですか」


「はア~?」


「私のホームページで“ワンちゃんのコーナー”を作り、散歩途中に出会ったワンちゃんを載せようと思っているんですの。宜しいかしら・・・・」


「どうぞ」


「温和しくて可愛い子ねぇ。名前はなんて仰有るの?」


「スモモです」


「アラ~可愛い名前ねぇ。幾つになるの?」


「6才です」


そんな遣り取りをしながら慣れた手つきで何枚か撮り終え、見せてくれました。

「どれが良いかしら」


「どれも上手に撮れていますね」


「ありがとう。ところで何か一言仰有って頂けないかしら・・・・写真に添えて載せたいんですの」


「そうですね・・・・家族の一員です」

と答えながら、自分でもなんと月並みなコメントなんだろう・・・・と恥じ入った。



「そう、家族の一員・・・・ですか」

「ハイ」


「癒されますでしょ」


「ハイ、癒されます」


いつもの事ながら突飛も無い質問にはタジタジとして、ろくな答えが浮かんでこないのであります。


「そう、スモモちゃん・6才・癒される・・・・ですね」


「はい」


「アラ大変!書く物がないわ。忘れないうちに帰らなくては・・・・ゴメンなさい」


“スモモちゃん・6才・癒される・・・・スモモちゃん・6才・癒される・・・・スモモちゃん・6才・癒される・・・・”と呟きながら名残惜しげに振り返るビーグル君を引きずるようにして去っていきました。


すぐその後を老婦人から教わったホームページのアドレスを呟きながら、やたらと帰り急ぐスモモに引きずられながら家路に急いだのであります。

そして・・・・スモモちゃん・6才・癒される・・・・と、アップされたはずの老婦人のホームページアドレスは、見事に記憶の向こうに霞んで消えていました。



春まだ浅き朝の出来事でした。

南極の氷





自宅の冷凍庫を整理していたら底の方から新聞紙の包みが出てきた。


もうとっくに使い果たしたと思っていた「南極の氷」だった。

この貴重なる「氷」は、来年には引退という“三代目南極観測船「しらせ」”ゆかりの方から戴いたものである。

その折りの話によると昭和基地の北東、オングル海峡の氷山から採取したものだとか・・・・さっそく“ぼんそわーる”に持って行き、ウイスキー党のロックグラスの氷山となった。


ウイスキーを注ぐと「パチパチ・・・・」と音がする。
この音こそ“太古の昔の妖精”が、時空を超えてボンソワールに集う酒徒に語りかける囁きなのだ。
そのウイスキーロックが不味かろうはずがない。



「南極の氷」は降り積もった雪が、長い年月の間に自重で圧縮されて氷になるので、小さな気泡が無数にあり、普通の氷のような透明感はない。
1年間に成長する氷の厚さは、ほんの10センチ程度で、海に流れ出してこの氷の故郷“オングル海峡の氷山”になるまでには数万年もかかるのだという。


「俺はねぇ、生きているうちに一度で良いから南極の氷山に腰掛けて、ひっかいた氷をグラスにぶち込みウイスキーをトクトクと注いで、キューッと飲んでみたかったんだよ・・・・マスターありがとう!これで思い残すことはねぇな」


「数万年前の大気を肴に飲む酒ってのはオツなもんだねえ・・・・バターピーナッツかなんかない?」


「チョット!マスター!ウイスキー党の連中ばかりじゃなくて、俺の芋焼酎にもその氷入れてくれよ・・・・うん・・・・ハァ・・・・こりゃあ美味い!」




ごく最近、「南極の氷への地球温暖化の影響」に関してのテレビで、巨大な氷塊が次々と海へ崩れ落ちる凄惨な光景を観た。


南極に存在する氷は地球上の9割を占め、この氷が全部溶けると海面は70メートル以上上昇するという・・・・酔いも覚める恐ろしい数字である。


グラスの中の氷山は溶け消えても、南極の氷山が消える事の無いように、人類は全知全能を傾けて愛すべき地球を守りたいものだ。

100年後の酒飲み達のためにも!!


自然が営々粛々と数万年かけて創った氷は、普通の氷とは違い溶けるまでの時間も格段に遅い。
だから「人類への貴重な贈り物」を愛おしむように、グラスの中の氷山が消えて無くなるまで、セッセと注いでは飲んでいた面々は、寒夜を物ともせずペンギンのような歩き方で帰って行った。

その男



梅が散ったあとに桜の花が一・二輪ほころびはじめた極楽寺を通り過ぎ、極楽寺の切り通しに

差し掛かった時、工事標識の前で交通誘導員に制止された。


愛犬スモモともども立ち止まったその目前を、萌葱色の作業服に乳白色のヘルメットを目深に

被った男が、通り過ぎながら会釈したのは工事関係者だからだろう。
白髪の無精髭がまばらな顔は、朝の寒さで赤みを帯びていたが、鳶色の眼は優しげであり、

口元には微かな笑みが見て取れた。


目を伏せて行き過ぎたその男は、数歩先で振り返りこちらをジッと見た。

「マスター・・・・?」
「うっ・・・・?」
「森田だよ」
「えっ・・・・?」
「森田正志ですよ」
「おお・・・・!」


大股で戻って来るや抱えた書類を脇に挟むと両手で握手をしてきた。ゴツゴツとした大きな

手だった。

思いっきり握りかえし強く上下に振った。


「良かったな・・・・」
沢山の言葉はいらなかった。


「ああ、今この現場の責任者をやってるよ」
「安心した。本当に良かった」


残土搬出のダンプを避けながら“それ以後”をフラッシュ・バックのように語った。
勤めていたN建設が平成14年に倒産し、その時から彼の流転が始まった。
警備員・交通誘導員・土木作業員・・・・家庭の崩壊。


泥酔状態で“ぼんそわーる”に来ては説教する私に

「おめーすったら事言ったって、俺の気持ちなんかわかんないべや!」

と涙を流してクダも巻いた。


「げれっぱ(最下位)でもいい。たくましく育ってくれれば.」と育ててきた一人息子が

家庭内暴力にはじまり、傷害・窃盗・恐喝を繰り返し少年刑務所に

・・・・それを殺して俺も死にたいと言った。


余りの情けなさに殴り飛ばしてからプッツリと姿を見せなくなった。
稚内の出身の彼が、日本の最北端の故郷に、家族連れで帰った
と言う噂も聞いた。


どっこい3年歳月は彼を再び“男”として蘇生させたらしい。

「森ちゃん、頑張れよ」
「ガンバラにゃしやあないなっしょ」
朝の陽光より輝く笑顔で答えた。


“ぼんそわーる”のカウンターで、昔のように酒を酌み交わしたい・・・・つくづくそう想った。