浅草キッド――“バカヤロー!”は愛の言葉とタップ天国 | Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

Jポップスの黄金時代は80年代から始まった。

そんな時代を活写した幻の音楽雑誌『MUSIC STEADY』をネットで再現します。

先日、深川を散策していたら、いい佇まいの蕎麦屋があった。時間は丁度、お昼時、迷わず入ることにした。せいろとミニ天丼を頼んだが、果せるかな、当たりだった。銘店や名店などという大仰さはなく、ただ、旨かった。それだけで充分だ。店の壁を見ると、見慣れた写真と共にサイン色紙が飾られている。ビートたけしだった。これは呼ばれているのかもしれない。

 

ビートたけしが“世界のたけし”(北野武)になる以前、まだ、何者でもない、駆け出し時代を描いた自伝的小説『浅草キッド』(同名の名曲もある)を元にした映画『浅草キッド』がNetflixで、12月9日(木)から配信された。劇団ひとりが監督し、柳楽優弥がビートたけし、大泉洋がたけしの師匠で浅草の伝説の芸人、深見千三郎を演じた。残念ながらひとりや柳楽、大泉などとは縁もゆかりもないが、たけしや深見師匠とは、若干、関わりがある。それゆえ、『浅草キッド』が配信されたその日に見ている。Netflixには本橋信宏の原作を映画化した『全裸監督』を見るために数年前から加入済み(多分、加入の契機はボブ・ディランの「ローリング・サンダー・レヴュー」の模様をマーティン・スコセッシがモキュメンタリー<フィクションをドキュメンタリー映像のように演出する表現手法>要素を加えて描いた『ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説』だった)。改めての手続きは不要。これは見るしかないだろう。

 

実は4年ほど前、『たけし誕生~オイラと師匠の2年間~』というドキュメンタリーがNHK BSプレミアムで放送された際に『MY CAPTAIN――たけし誕生~オイラの師匠と浅草~』というエントリーをFBやアメブロに掲載している。私は下町生まれ、下町育ちのアイデンティティを探すべく、というのは建前で、“すけべ心のAufheben(止揚)”の結果、高校3年の夏休みに深見千三郎と出会い、短い期間だが、浅草のフランス座でアルバイトをしている(実際はその翌年の浪人時代にもアルバイトをしている)。芸人などではないので、厳密には師弟関係とは言えないかもしれないが、私の中では深見が“師匠”であることに違いはない。その時期にツービートを作ったばかりのビートたけしにも会っている。その時の交流をエントリーに綴った。映画『浅草キッド』の影響で、検索して辿り着いたのか、このところ、多くのアクセスがある。リアルに当時の彼らを知るものの貴重(!?)な証言として、興味を持たれたようだ。

 

そんな歴史の証言者(!?)である私が映画『浅草キッド』について書かないわけにはいかないだろう。まず、同映画は自伝的な映画で、リアルに限りなく近いものの、あくまでも“映画”であることを頭に入れておかないといけないだろう。劇団ひとりもバラエティ番組で将来、何になるか、悩み、迷っている若者がこの映画を見たら芸人に憧れてしまい、将来を見誤ると言っていた。たけし自身も自らキャスターを務めるニュース番組で映画には泣かされたが、本当は悲惨なところもあったと語っていた。リアルを知るものとして、映画の虚実を論うことはしないし、その気持ちもない。ただ、映画として真摯に向き合う。そこには良質のエンターティメントがある。そして不覚にも劇団ひとりにやられてしまった。

 

サエキけんぞうが歌詞を書いて、窪田晴男が曲を書いた、パール兄弟に「バカヤロウは愛の言葉」という名曲がある(1986年にリリースされたデビュー・アルバム『未来はパール』に収録)。歌詞の内容は詳述しないが、そのタイトルを聞いた時、東京の下町生まれ、下町育ち(出身幼稚園は“下町の学習院”と言われた浅草寺幼稚園だ!)の私にとって、天啓のようなものを感じた。育ちが卑しく、柄が悪いわけではないが、普通に「バカヤロー」という言葉を使っていた。特に悪意や敵意があるわけではないが、大阪人が「アホ!」を日常会話(!?)にしているように普段使いしていた。小学校、中学校と地元の学校に通って、地元の友達と何の支障もなく、普通に会話をしていた。ところが、高校、大学と、地元を出て、同級生と会話していると、度々、言葉がきついと言われるようになった。同時にメディアの仕事をするようになってからも辛口と言われている。本人はそんな気はないのだが、聞く方は違和感を抱くというか、驚くようだ。勿論、表現の稚拙さゆえ、言葉が足りないと言うこともあっただろう。いずれにしろ、「バカヤロー」を連発していた。ただ、その「バカヤロー」には単なる言葉尻だけでは計り知れない、数多のニュアンスを持つ「バカヤロー」でもある。そこには愛や照れ、親しみもあった。『浅草キッド』の惹句には「師弟愛だ? バカヤロー!」というのもある。私だったら、そこに“てやんでぇ”を入れて、「師弟愛だ? てやんでぇ。バカヤロー!」としたいところ。

 

この映画もたくさんの“バカヤロー”に溢れている。憎しみや怒りだけでなく、そこには愛や照れ、親しみもある。深見千三郎役の大泉洋は見事に幾通りもの“バカヤロー”を使いこなす(流石、我が愛しの名画『探偵はBARにいる』の主役だけある!)。実際、私も師匠に”バカヤロー”と度々、言われたが、それは失礼な態度があったり、間違った行動をしたから叱られたわけではない。何か、挨拶代わりに聞こえたし、愛情の裏返しのようなものも感じていた。この劇中の柳楽優弥が演じるビートたけしも同じ東京の下町生まれ、下町育ちらしく、その“バカヤロー”を軽やかに受け止める。見事な愛と照れの“バカヤロー”の応酬だ。

 

 

そして、“タップ”がフックにもなっている。深見千三郎はタップの名手で、たけしへ直々にタップを教えている。私自身も当然、教わりはしなかったが、舞台の袖で、ハイヒールを履いて軽やかにタップをするところを見ている。ある意味、芸事のメタファーかもしれない。たけし自身、コントなどでタップを披露することはあまりないが、後に映画『座頭市』のラストの祭りのシーンをタップで締めるという演出をしている。これはたけしなりの深見へのオマージュだと勝手に思っている。そのタップをひとりは効果的に使っている。『浅草キッド』という、時代としては斜陽にあった浅草の芸人達の立ち居振る舞いが往年のミュージカル映画なら『雨に唄えば』や『ウエスト・サイド物語』、最近なら『ララ・ランド』など、とても小粋なものに見えてくるから不思議だ。

 

また、たけしときよしが回転ベッドの上で、ベッドが回りながら2年前の浅草の回想になるところは出色。ジャズの軽快な調べと共に深見の小気味いい足音、切れのいい口上が見るものを浮き浮きとさせる。気が付くと、そのシーンに引き込まれている。掴みはOKという感じだろう。

 

 

他にもたけしがレニー・ブルースについて熱く語り、既存のお笑いをぶっ壊そうと、きよしを煽るところなど、ツービートの日本のお笑いにおける異端性と革新性をひとり自身が映画の中で検証しているようで興味深かった。大泉や柳楽だけでなく、ビートきよし役のナイツの土屋伸之、踊り子・千春役の門脇麦などもいい味を出していた。きよしに関しては、いまは「よしなさい!」というだけのうなづきトリオのイメージが強いが、当初はいまの土屋並みに突っ込みの手数は多かった。土屋の起用はひとりの慧眼というべきだろう。また、当時のフランス座に歌手などを目指した踊り子がいたかはわからないが、青春群像劇にするには欠かせない存在だろう。どこか地味で淑やかながら、心の奥底では夢と野望を抱く、この映画を見るとそんな踊り子もいたような気になる。ちなみに鈴木保奈美が演じた麻里みたいな女性はいなかった(当たり前だ!)。

 

実際、私が深見千三郎やたけしらと出会ったのは、たけしが浅草フランス座を出て、ツービートを結成するものの、ときたま、テレビや寄席に出るくらいの頃。赤信号、みんなで渡れば怖くない――で、天下を取るにはもう少し時間がかかった。多分、フランス座には師匠への挨拶を兼ねつつ、腕試しに舞台に上がるという時期だったのだろう。映画に出てくるもぎりのおばちゃん(水野おばちゃんと言っていたと思うけど、うろ覚え)や構成作家などもいた。劇中のフランス座の同僚で構成作家をしていた井上は実在の人物。井上こと、井上雅義は座付き作家を目指し、フランス座に入門。修業時代のたけしと3年間、寝食を共にしている。その後、雑誌記者に転身。『平凡パンチ』などではたけしのコラムを担当していた。『幸せだったかな ビートたけし伝』などを上梓している。

 

いま、改めて思うと、いろんな才能や野望が渦巻き、聖と俗、善と悪が一緒くただった。この映画を見て、改めて芸人になりたいとは思わないが、劇団ひとりは見事に時代と場所を切り取り、心地のいい、見ごたえのあるドラマにしてくれた。

 

現在のたけしを演じた柳楽優弥の特殊メイクや桑田佳祐がエンディンで歌う「Soulコブラツイスト~魂の悶絶」もたけしがオープニングで歌う「浅草キッド」には抗えないものの、何度か見たり、聞いたりすると、違和感などはなく、慣れてくるだろう。

 

クリスマスは既に過ぎてしまったが、少しほろ苦いけど、人生はまんざらではないと思いたければ、『浅草キッド』を見てもらいたい。そういえば、師弟関係といいつつも何かを教わり、引き継いだものはない。だけど、“笑われるんじゃねえぞ 笑わすんだよ”だけは心の奥底に残る。常にものを書く時、それを意識している――。

 

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=WioibuEe81Y

 

■MY CAPTAIN――たけし誕生~オイラの師匠と浅草~

https://ameblo.jp/letsgosteady/entry-12314971380.html