黒人奴隷貿易が影響についてシリーズ化してブログに書いています。
 
 今回は交通革命、運輸革命について説明したいと思います。
 
 まずは、背景から。
 
 小さな漁村にすぎなかったリバプールは、17世紀末から突如膨張し始めます。
 
 理由は「奴隷貿易」で、アフリカの奴隷を買い付け、新大陸に売り飛ばし、このビジネスのうまみを知った村の人々は競って、奴隷商人になりました。
 
 この繁盛ぶりで田舎村だったリバプールは瞬く間にフランスのマルセイユやナントと並ぶ、有数の奴隷貿易港に発展しました。
 
 さて、リバプールは奴隷貿易によって潤い続けたわけですが、その蓄えられた莫大な富はどうなったでしょうか?
 
 18世紀後半、産業革命により機械で大量生産することが可能となり、奴隷商人はリバプールから50kmほど離れた農村であるマンチェスターに、一大工業地帯を建設するための資金にしました。
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 次に必要なものが、工場に必要な多くの「原料」「製品」「人・労働者」を運ぶ手段が必要となりました。
 
 18世紀後半の輸送手段は、運河を利用した船運で、大量の物資輸送に大きな役割を果たし、運河が盛んに建設され、特に1790年代は「運河狂時代」と呼ばれるほど運河建設がブームになっていました。
 
 しかし、石炭を運ぶにも、石炭船を運河の両堤を走る馬によって引かれて航行という輸送効率が悪いものでした。
 
 なぜ、馬車で陸路の運送しなかったかというと、水路の方が陸路より少ない馬力(馬数が少なくてすむ)で運搬できたからです。
 
 しばらくして、1814年に大きな発明がありました。
 
 スティーブンソンは、1804年にトレヴィシックが開発した蒸気機関車の欠点を改良し、石炭運搬用の実用蒸気機関車の開発に成功しました。


 その発明が世界で初めて実用的に使われたのが、リバプールとマンチェスターを結ぶ「リバプール・アンド・マンチェスター鉄道」です。
 
 下図のように、全ての列車が時刻表に基づいて運行され、ほとんどの区間で蒸気機関車が牽引する都市間旅客輸送鉄道でした。
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 三角貿易でアメリカ南部から綿花がリバプール経由でマンチェスターに運ばれ、綿糸・綿織物に加工されて、再びリバプールから世界中へ輸出されました。





【参考】

三角貿易の主なルート(①→②→③→①の繰り返し)

 ①アメリカ南部→(綿花)→②リバプール・マンチェスター→(綿織物)→③西アフリカ→(奴隷)→①アメリカ南部

 ※1つの船がイギリスから海流にのって、綿花・綿織物・奴隷の積み下ろしながら、イギリスに戻ってこれるため、効率的な貿易です。

 また、綿花以外にも、奴隷によってつくられた砂糖、コーヒー、タバコなども中南米からイギリスに輸入されました。

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 話に戻り、蒸気機関は列車以外にも船にも応用され、米国フルトン(1765~1815)は、世界最初の外輪式蒸気船クラーモント号(長さ45m、重さ150トン)を建造し、1807年にハドソン川(ニューヨークを流れる川)240kmを時速約7.5kmで遡航することに成功しました。
 
 さらに、アメリカ船サヴァンナ号(重さ320トンの木造・外輪式の機帆船)は、1819年に初めて大西洋横断に成功し、29.5日でリヴァプール港に入りましたが、ほとんど帆走し、蒸気力による航行はわずか85時間でした。
 
 その後、1830年代にはスクリュープロペラを採用した汽船が登場し、サヴァナ号から20年後には大西洋横断は10~15日に短縮されました。
 
 以上より、蒸気機関車、蒸気船は人や物の輸送の量・速度を飛躍的に増大させ、世界各地の時間的な距離を短縮し、資本主義や世界の一体化がますます促進しました。

これを「交通革命」(運輸革命)といいます。
 
 こう考えるとイギリスがこの交通革命をはじめ、大英帝国や世界の工場になれた立役者はワットをはじめとする蒸気機関での動力改良や列車・汽船への応用開発者たちですが、裏の立役者はリバプールの奴隷商人たちではないでしょうか。
 
 もっというと、蒸気機関の開発などの資金は奴隷貿易からであり、イギリス他のヨーロッパ諸国の繁栄も奴隷貿易から資金だと思います。
 
 極論をいうと、ヨーロッパの繁栄は奴隷貿易からではないでしょうか。
 
 その奴隷貿易を根本的に成立させたのは奴隷商人ではなく、黒人狩りで奴隷化したアシャンティ王国(ガーナ)、ウィダー王国(ガーナ)、ダホメ王国(ベナン)、オヨ王国(ナイジェリア)、コンゴ王国(コンゴ)などの黒人王国です。
 
 なぜなら、奴隷商人はイギリス以外の商人でもできますし、奴隷貿易の源流がスレーブハンター(黒人奴隷狩りする人)だからです。
 
 欧州人がスレーブハンターになると労働賃金で採算があわず、また現地に不慣れで、多くの欧州人の準備が困難(病気のおそれ、食事、生活の不便さなどで人気がでない)、ハンターが病気にかかりやすいとリスクが大きく、欧州人はスレーブハンターに適さず、現地黒人が奴隷を集めない限り、奴隷貿易は成立しないと思います。
 
 さらにハンターした多数の黒人(奴隷)を商人に売るまでには、奴隷を安全に確保する領地と奴隷を管理・世話する労働力が多く必要で、それを確保できたとしても周囲の黒人王国に攻撃されるたリスクが大きいため、欧州人には黒人奴隷貿易の源流となるスレーブハンターには向かないです。
 
 アシャンティ王国をはじめとする黒人王国はポルトガル、スペイン、オランダ、フランス、イギリスを繁栄させ、欧州が全世界を征服できたのは黒人王国のおかげもいえるかもしれないです。


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