抗うつ剤と授乳のリスク | kyupinの日記 気が向けば更新

抗うつ剤と授乳のリスク

時々、向精神薬服用時の授乳についての相談のメールが来る。

基本的に、僕は向精神薬の服用時の授乳は推奨していない。(強く避けるように助言)。その最も大きな理由は、現代社会ではヒトの母乳は決して安全ではないからである。

日本では晩婚化が進み、授乳時の年齢が徐々に高くなっている。自然環境にある有害な化学物質は脂溶性であることが多く、これは大抵の向精神薬と同様である。有害な化学物質はヒトの脂肪組織に蓄積している。

したがって、免疫をつけるために極めて短期間だけ授乳するのは、多分さほど問題がないが、中期~長期になると有害性の方がたぶん上回るのではないかと思われる。(参考

これは臨床的感覚だが、精神鑑定の書籍を多く上梓している福島章先生も、同じような意見を書籍の中で書かれている。

上記のようなことを話すと、母乳を与えたいと繰り返し訴える女性も、たいてい納得してくれる。

では何が良いかと言うと、タスマニア産の牛乳が安全らしい。(どこかで聴いたことがある。タスマニア島は、オーストラリアのメルボルンの沖にある島。タスマニアデビルと言う過去ログ参照)

今回は、全部書くと長くなるので、抗うつ剤と授乳に限ってのエントリとした。精神科業界では、とりあえず向精神薬服用時の授乳は避けるとなっているが、過去の調査により古い向精神薬ほど、その授乳リスクについて検討されており、特にHaleの分類が知られている。(Dr.Hale's Lactation Risk Category)

Haleの分類では、授乳危険度がL1~L5に分けて記載されており、L1が最も上位にある(つまり安全性が高い)

Dr.Hale's Lactation Risk Category

L1
Drug which has been taken by a large number of breastfeeding mothers without any observed increase in adverse effects in the infant.Controlled studies in breastfeeding women fail to demonstrate a risk to the infant and the possibility of harm to the breastfeeding infant is remote. or the product is not orally bioavailable in an infant.

最も安全。
授乳中の多くの母親が服用しているが、子供に有害な影響が増加したと言う報告がない薬物。授乳中の女性における対照研究でも子供に対する危険性は示されず、母乳を飲んでいる子供に害を及ぼす可能性がないもの。あるいは、その(母乳中の産物)を経口的に飲んでも子供に生体利用されない。

L2
Drug which has been studied in a limited number of breastfeeding women without an increase in adverse effects in the infant.And/or,the evidence of a demonstrated risk which is likely to follow use of this medication in a breastfeeding woman is remote.

比較的安全。
研究の数は限られるが、授乳中の女性が服薬しても子供に有害な影響が増加するという報告がない薬物。および/もしくは、授乳中の女性がその薬物を服薬した後に危険性が認められる可能性がある根拠がほとんどない。

L3
There are no controlled studies in breastfeeding women, however, the risk of untoward effects to a breasfed infant is possible;or, controlled studies show only minimal non-threatening adverse effects.Drugs should be given only if the potential benefit justifies the potential risk to the infant.New medications that have absolutely no published data are automatically categorized in the category, regardless of how safe they may be.

安全性は中くらい。
授乳中の女性における対照研究はないものの、母乳を飲んでいる子供に不都合な影響が出る可能性がある薬物。もしくは対照研究で、ごく軽微で危険性のない有害作用しか示されていない薬物。このような薬物は、母親に対する潜在的な有益性が子供に対する潜在的な危険性を上回る場合においてのみ投与されるべきである。(全く論文が発表されていない新薬は、いくら安全と考えられても自動的にこのカテゴリーに分類される)

L4
There is positive evidence of risk to a breastfed infant or to breastmilk production,but the benefits from use in breastfeeding mothers may be acceptable despite the risk to the infant(e.g.,if the drug is needed in a life-threatening situation or for a serious disease for which safer drugs cannot be used or are ineffective.)

有害の可能性
(訳は省略。個人的に、ここまでリスクをとって授乳させる意味があるのか?と思うので。)

L5
Studies in breastfeeding mothers have demonstrated that there is significant and documented risk to the infant based on human experience,or it is a medication that has a high risk of causing significant damage to an infant. The risk ou using the drug in breastfeeding women clearly outweighs any possible benefit from breastfeeding. THe drug is contraindicated in women who are breastfeeding an infant.

禁忌
(これも訳は省略。子供に対する重大な障害を引き起こす危険性が高い薬物と記載されている)

以上が5つの分類である。

胎盤の通過性と同じく、母乳へはほとんどの薬が移行すると考えてよい。特に生後1週間以内の新生児は薬物を十分に代謝できず、また血液・脳関門がまだ完成していないため、たとえ微量しか分泌されないとしても十分に危険性が高いと考えるべきである。

3環系抗うつ剤やSSRIが母乳中にどの程度、移行するかは報告によりまちまちであるが、乳児が母乳を通して摂取する量は微量であると考えられている。

以下、個別の抗うつ剤のHaleの分類。(2014年版)

古典的3環系抗うつ剤
トフラニール、アナフラニール、トリプタノール、ノリトレン、アモキサン
 
この5つの抗うつ剤はいずれもL2とされている。つまり比較的安全。しかしながら山下の分類(2007年)では、トフラニール、アナフラニール、トリプタノールのいずれもC(授乳禁止)と分類しており安全度が一致していない。なお山下の分類では、アモキサンはE(有益性投与)に分類されている。ノリトレンは未評価。

4環系抗うつ剤
ルジオミール L3
テトラミド 評価なし

ルジオミールは3環系抗つ剤よりいくらか評価が低く、安全性は中くらいである。なお、山下の分類では、ルジオミール、テトラミドいずれも、C(授乳禁止)

SSRI
デプロメール・ルボックス L2
パキシル L2
ジェイゾロフト L1
レクサプロ L2

ジェイゾロフトのみ、L1に分類されているのが特筆される。上梓されていて、評価がある向精神薬でL1はジェイゾロフトだけである。上記、他の3つのSSRIは比較的安全とされている。なお山下の分類では、デプロメール、パキシル、ジェイゾロフトでC(授乳禁止)、レクサプロは評価なしである。

SNRI
トレドミン L3
サインバルタ L3

この2つのSNRIはSSRIや3環系抗うつ剤より評価が低く、安全性は中くらいである。研究がまだ十分ではない可能性はあると思う。(資料不足のため自動的にここに入った可能性)山下の分類ではトレドミンはCとされている。

NaSSA
リフレックス・レメロン L3
これも安全性は中くらいである。SNRIと同様、資料不足なのかもしれない。山下の分類では未評価。

レスリン・デジレル L2
レスリンはL2。つまり比較的安全。山下の分類ではC。

付録
非定型抗精神病薬のHaleの分類
リスパダール L2
インヴェガ L3
セロクエル L2
エビリファイ L3
ジプレキサ L2
クロザリル L3
ルーラン (評価なし)
ロナセン (評価なし)

参考
統合失調症は減少しているのか?
向精神薬と授乳