カタトニアの話(総論的なもの) | kyupinの日記 気が向けば更新

カタトニアの話(総論的なもの)

患者さんに聴いた話。

かなり以前、非定型抗精神病薬などまだ発売されていなかった当時、

入院患者には、バカの1つ覚えのように同じ治療しかしないクリニックがあったらしい(有床の精神科クリニック)。

その治療法とは、

毎日、ブドウ糖の点滴をし、セルシンを2アンプル筋注する方法。

入院患者さんは、全て同じ治療を受けていた。セルシン2アンプルが10mgなのか20mgなのかはわからない。(5mgと10mgのアンプルがあるため)。

異なる精神疾患であっても、皆、同じ方法と言うのが非常に奇妙だと思った。この治療法だが、おそらくクリニックでは、重度の統合失調症の人などいなかったと思うので、神経症やうつ状態に対する治療のクリニックの院長なりの結論だったような気がする。

薬は、何を使っても大差がない・・

みたいな。

非常に興味深いと思ったため、名簿でいかなる人物なのか調べてみた。その医師は精神科医かどうかも不明だと思ったからである。ところが、自分より遥かに昔に医師になったような人だったので、どのような医師なのか、他の人に聴くことができる人すらいない。

結局、「謎の人物」で終わった。

このようなステレオタイプな治療だと、悉く良くなると言うわけにもいかないような気がしたので、患者さんに、見た範囲で治療成績がどのようなものだったか聴いてみた。その患者さんの返答だが、

全然、良くなるわけない・・

良くなるわけないと言うからには、他の入院患者さんにもその治療の奇妙さが共有されていたのかも?と思われた。

僕の感想だが、少なくともこの治療手法は、治らないとしても、より悪化させることは稀だと思った。

この治療は、カタトニアには有効だと思われる。

大量のベンゾジアゼピンが、カタトニアという病態に非常に有効なことは極めて重要である。

過去ログの「短期決戦に構える」と言う記事では、急性一過性の精神病状態の若い患者さんに僕がブドウ糖を点滴する話が出てくる。あの治療イメージと同じである。

点滴やベンゾジアゼピンが、患者さんにいかなる作用を及ぼすかというと、「体の動かない感じ」を改善するのである。これは極めて軽いカタトニアと見なすことも可能である。

悪性症候群には補液(点滴)を大量に行うが、悪性症候群は別名、悪性カタトニアと呼ばれているほどで、点滴が極めて治療的なのは当然であろう。

カタトニアの治療法は、点滴がもちろん良いが、薬物のうち安全性が高いもので最も推奨されるのはベンゾジアゼピンである。特にワイパックスが推奨される。ただし、残念なことに日本ではワイパックスの注射製剤がない。

昔はバルビツレートを使っていたが、安全性の点でベンゾジアゼピンに全く及ばない。

そういえば、あの「短期決戦に構える」でもベゲタミンAを使う話が出てくる。あのベゲタミンにはフェノバールが入っているのが重要なんだと思われる。

ごく稀に、ロヒプノールを大量に飲んでいる若い患者に遭遇する。どのくらい大量かと言うと、1日8mgくらいである。しかもそれを朝昼晩寝る前に4回2mg錠を飲んでいるのである。その患者さんによると、

ロヒプノールを昼間から飲まないと動けない。働けないんだそうである。

これはどのような治療効果を及ぼしているかと言うと、

ロヒプノールがカタトニアを劇的に改善している。

ということに尽きる。実は過去に8mgのロヒプノールの青年に2名遭遇している。しかも最初の人と2名目の人には10年以上離れているので、それぞれ面識はない。個々に自分の治療法を発見したようである。ただし、このロヒプノールの代わりにデパスという人も見たことがある。薬物の作用点については同じだと思われる。

彼らが、どのような方法でロヒプノールを調達したのか不思議だったが、彼らは、その薬理作用が合理的に説明できるのはわかっていなかった。

僕が上のように説明すると、非常に感心していた(ただし、どれくらい理解していたかは不明)。

カタトニアでも重い病態になると、生活が成り立たなくなる。例えば、ベッド上で動けず、トイレにも自力で行けず、そのまま垂れ流しになるため、まだ20歳代なのにいつもオムツをしているなどである。

また歩けるとしても、なんらかの感覚的な障壁で行動が円滑にできない。例えば、病院に行くと、道しるべに床に色分けしたテープが貼られていることがあるが、あのテープを跨いで行けず、立ちすくんでいたりする。従って、路上でも信号が赤が青に変わっても、横断歩道を渡ることができない。(広汎性発達障害系のカタトニアは強迫性障害が重なっているのがポイント)

つまり、病棟や外来の隅で彫像のようにフリーズしている病態が、カタトニアなのである。

カタトニアはローナ・ウイングにも書籍がある。カタトニアは統合失調症や器質性精神病(例えば頭部外傷や脳炎後遺症)でも生じうるが、広汎性発達障害でもごく稀に生じ、重篤で対処が難しい病態といえる。

基本的にカタトニアは器質性の所見である。

今年の秋からだが、抗不安薬、眠剤、抗うつ剤、抗精神病薬などのカテゴリーで、それぞれ2剤以内しか処方できなくなるようである。(今のところ、国の方針)。

そうなると、このカタトニアの安全性の高い治療法ができなくなる。その理由は、彼らには大量のベンゾジアゼピンが治療として必要だからである。

なお、カタトニアの治療法で最も効果が期待できるのはECTである。

カタトニアで特に重い病態では、ECT、1択であり、それ以外の方法だと、チンタラ治療していても、改善するまで何年かかるか想像もつかない。

広汎性発達障害系のように生来性に向精神薬に脆弱な人は、急激な減量により、稀に重篤なカタトニアを生じることがある。そのような理由からも、減量はスケジュールが必要であり専門医にまかせるべきである。

重篤なカタトニアは、取り返しがつかない病態の1つだからである。

参考
精神科入院と体重の減量
デパス0.5mgの謎 (この記事をもう一度読むと、また異なる理解も可能だ)
ヴィクトリーネ・ツァック (この記事でもカタトニアについて触れている)
幻聴が止まった後の口をポカンと開けた表情