薬の切り替え中のモラトリアム | kyupinの日記 気が向けば更新

薬の切り替え中のモラトリアム

薬の切り替え中、減量中と増量中の薬がある水準に達した時、今までになかったような優れた効果を感じることがある。

これは精神科医なら誰でも経験することで、今後、どのようにしたら良いか迷う場面である。

真に単剤を目指すのであれば、そのまま減量・増量を続け、新しい薬の単剤にすべきである。これが最も自然な方法だと思う。

例えば、当初の抗精神病薬がこんな風だったとする。

プロピタン 200mg
リスパダール 1mg
(他、眠剤、便秘薬、降圧剤など)


変更途中の処方は、

リスパダール 1mg
エビリファイ 6mg
(他、眠剤、便秘薬、降圧剤など)


なぜ、まずプロピタンを減量しているかと言うと、プロピタンの方が減量が易しいから。エビリファイを追加するにあたり、減量しやすい順に実施した方が波乱が少ない。

この人の場合、この時点で精神面の細かい病状が改善し、目もはっきり開いているようになった。表情が一見してわかるほど良くなると、家族が驚く。このような変化は、いかにも非定型抗精神病薬らしい。

しかし、これからが容易ではない。相手がリスパダールだからである。慎重に減量し、エビリファイを増やしていくと、エビリファイの12~18mgの単剤でうまくいく可能性もある。

しかし現実的には、エビリファイ単剤にした場合、うまくいかない可能性は結構高いのである。良いかどうかは1年後にしか判定できないと思う。

ここで、もしかしたら良いかも知れないが、確率がそう高くないことを行う価値があるかどうかである。まして、たいしたコントミン換算量でもないのに。

このような時、更なる変更を家族や本人が望まないことも多い。また、医師のみの判断で変更し、良くなかった際に、治療関係を損なうケースもある。更に切り替えを進めるべきかどうかは、家族と入院患者では病棟婦長など看護者らの意見も考慮して判断する。

かくして、保守的な意見が大勢を占め、モラトリアムに陥るのであった。

普通、モラトリアムはあまり良い意味に使われないが、この場合はそうでもない。

多剤併用と言うのは、普通、抗精神病薬を数が多いものを言っており、気分安定化薬やベンゾジアゼピンが併用されている場合、狭義の多剤併用とは言わない。

まして、降圧剤などの成人病の薬物の併用は多剤とは言わないのである。

いかなる薬も、何らかの影響を抗精神病薬の薬物動態に影響を与えているのが普通だ。だから、多剤併用の場合、他の薬との相互作用がわかっていないから良くないという反対意見は矛盾している。

厳格さを問うなら、最初から全然そうなっていないからである。

今回の記事は、

「もしかしたら良いかも知れない」

程度の確からしさで、単剤化した方が良いのか?と言う疑問である。

近年、特に難治性うつ状態に対し、2種類以上の抗うつ剤、気分安定化薬、あるいはエビリファイ、ジプレキサなどの抗精神病薬の併用療法が行われるようになった。(リフレックスとサインバルタの組み合わせはカリフォルニア・ロケット燃料とネーミングされているほど)

これらの手法は「オーグメンテーション」と呼ばれている。いわゆる強化療法であるが、今まで否定的に言われている「多剤併用療法」に他ならない。

このタイプの強化療法は、うつ病圏だけでなく、統合失調症の人たちにも行われているが、これは難治性の人たちが少なからずおり、単剤療法だけでは対処できないことも関係している。

否定的に言われてきた多剤併用療法を、いまさらオーグメンテーションと呼ぶのは、詭弁であり八百長である。

参考
多剤併用についての話
抗精神病薬の多剤併用のテクニック(前半)
抗精神病薬の多剤併用のテクニック(後半)