不妊症治療と精神疾患 | kyupinの日記 気が向けば更新

不妊症治療と精神疾患

この患者さんはもう随分前に初診している。最近、なぜうちの病院に来たのか、聞いてみた。実はずっと以前にも同じ質問をしていて、もう忘れていたのである。彼女はうちの病院から車で1時間以上もかかる自宅から通っている。ある時、彼女の友人が偶然うちの病院で治療するようになった。

その友人はその後完治している(服薬もしていないと言う意味)。彼女は過去ログにも出てきていないが、終盤、最後の1つの薬物がなかなか中止できず、2回目のトライでやっと薬物ゼロになった。彼女は疾患的には神経症だったので、まあ病気ではないと同じようなものだ。うちの大学では、かつて強迫神経症だけは特別で、それ以外の神経症はたいした疾患とは見なされていなかった。

その彼女が友人を紹介したのである。その人は、紹介した人と症状は似ていたが、それに至る経過が随分違っていた。彼女は不妊症でなんと7年間も不妊治療をしていた。やっと努力が実り、7年目に妊娠する事ができた。その間の診察・検査や治療の苦痛についてあまり聞いていないが、おそらく人には言えないようなプレッシャーや苦労があったと思われる。

彼女は双子を授かったが、出産時は大変な難産になった。帝王切開であったが、出血が止まらず、急遽、救急病院に搬送される事態になった。本人の話では、2800cc以上の輸血をしたらしい。母体は危機一髪であったが、子供はいずれも健康で生まれた。

精神症状が出現してきたのはその後である。このような経過では、単に神経症と言うより、産褥期、あるいは輸血などの身体侵襲による症状性疾患と考えた方がわかりやすい。しかしそれを証明するのは難しい。出産によるトラウマなど心理面からくる疾患と捉える人もいるかもしれない。こういう人を単に神経症と見なすのは、あまりにも生物学的背景を重視してない考え方だと僕には思える。

実はうちも子供がいないのであるが、ある程度は不妊治療はしたが、有名な産科病院に行くなど必死で不妊治療をしていたわけではない。この理由だが、義母の話では、嫁さんに非常に似た容姿の伯母がおり、産後の経過が悪くて亡くなった人が2名もいると言うのである。だからなんとなくだが、子供が生まれにくいのはそれなりの理由があるような気がして、無理なことはさせなかったのである。(それ以上の根拠はない)

夫の気持ちだけで一方的に不妊治療を命じるのは、少なくとも精神科医的ではない(ような気がする)。

今回の患者さんのケースでは、30年くらい前だったら、彼女は亡くなっていたか、あるいは助かったとしてもC型肝炎ウイルスの感染は必至であっただろう。このあたりの感覚は、僕の精神科医としての人生観や生活をする上での価値観から来る。

彼女は出産後から体調が悪く、特に足と手の指先の違和感、不安感(心配があるととても気になる、徹底的に調べる)などがみられるようになった。

この流れであるが、出産後、症状が出てきたのは10ヶ月目くらいという。また初診したのは出産後2年目くらいである。このやや強迫的な精神症状は器質的色彩だと思う。同様に、例えばアスペルガーの強迫性も器質的色彩である。よく考えると、過去ログの「育児ストレスによる精神病状態」に出てくる患者さんとも所見が似ている。量的な差しかない。(ただ、産褥期の人がすべてそうなるわけではない)

ここで、10ヶ月後は産褥期というには遅すぎるという意見があるかもしれない。定義的には産褥期は6週から8週までを言うので、概ね2ヶ月以内である。しかし、体調が概ね妊娠前に戻るのが2ヶ月くらいというだけで、このような大量輸血までした患者さんが2ヶ月きっちりで元に戻ると考えるのは非常に柔軟性を欠く見方と思われる。この人にとって、産褥期はずっと続いていたのである。

初診時は、これまでの経過を聞き、ドグマチールとメイラックスだけ処方している。遠方なこともあり、1ヵ月後に再診するように伝える。

初診時処方
ドグマチール  100㎎
メイラックス   1㎎


1ヵ月後
以前ほど考え込まなくなった。あまり副作用はない。今は良く眠れています。前よりは睡眠は良い。焦燥感について聞くと減っていると言う。指先の違和感は少し残っているが、少しは良いという。胸が張る、乳汁が出るなどというため、血中プロラクチンなどを測定。ドグマチールの副作用なのは明らかであるが、経過が良いためもう少し同じ薬で様子を見る。

この日のプロラクチン値
170.65ng/ml (6.12~30.54)


2ヵ月後
体重が3kgぐらい増えたという。気分はとても良いらしい。生活はかなり楽になったという。少しだけ眠さがあります。このままでは体重が増えるばかりなので、ドグマチールを減量しパキシルを追加する。強迫に対しパキシルを選んだが、デプロメールでないのは少量だけ使いたかったからで、それ以上の意味はない。(当時ジェイゾロフトは未発売)

ドグマチール 50㎎↓
パキシル   10㎎↑
メイラックス 1㎎


3ヵ月後
胃が悪いので胃カメラをしたら、以前の十二指腸潰瘍の治りかけの状態だったらしい。薬は変わったが、気持ち的にはほとんど変わりはない。少しだけ眠い。家のことはできます。以前よりは楽にできる。月経は来るが不順。薬を変えてもらって体重は増えなくなった。すっとパキシルに移行できている。ドグマチールは中止。

パキシル   10㎎
メイラックス 1㎎


4ヵ月後
ドグマチールを中止したら、最初2週ごとに月経が来たと言う。今は最初よりもだいぶん良い。心配性の部分は良くなっているが、手足の指先がジンジンする感じがあるらしい。今は家事は問題なくできる。ビタメジンを併用。

パキシル   10㎎
メイラックス 1㎎
ビタメジン  3C


6ヶ月後
一時、薬を止めてみたら、急に症状が悪くなったので慌ててまた飲み始めた。一般的な離脱症状について説明する。今のところ調子は良い。口の渇きもない。甲状腺やプロラクチンの検査は異常なし。ドグマチールの影響は消失している。手の違和感は整形外科で診てもらったら、心配しなくて良いと言われた。

パキシル   10㎎
メイラックス 1㎎


8ヵ月後
調子は良い。子供のことも前ほどは心配にならなくなっている。今は不安感は随分良いです。元々の性格は少し心配性だったが、出産したらより酷くなった。今の薬で大丈夫です。

1年2ヵ月後
今は体調が良い。外来に来る前よりずっと良いです。双子も風邪を引くくらいです。かわいいです。将来的にはもう少し減量を考慮する。

1年4ヵ月後
ヒステリー球(喉に何か詰まった感じ)が出て、近所の内科にかかったらドグマチールを処方されたらしい。やがて乳汁分泌が見られたという。中止してしばらくすれば影響がなくなるだろうと伝えておく。たまには不安感が出ますねという。

1年7ヵ月後
今回、調子も良いようなので、本人の希望もありメイラックスは中止する。メイラックスは1㎎だし、半減期も長いし比較的中止しやすいと思われたが・・

パキシル   10㎎

その2週間後
メイラックスを止めたら調子が悪いと言う。メイラックスは服用していた方が良いみたいと言う。メイラックスを止めると睡眠も悪い。育児ノイローゼみたいなものは今はない。

その2日後
とても調子が悪いと言う。いてもたってもおれない感じというため、他の薬物を追加するように勧めた。

アモキサン 25㎎
ソラナックス 0.4㎎
ソラナックスは不安時に服用。
パキシルはそのまま。


1年9ヶ月後
アモキサンが追加されて随分良くなっていると思う。一時は食事もとれなくて、無気力状態になっていた。今は健康になっている。前と変わらないです。今はソラナックス、パキシルとも服用している。悪い時期は特に夕方からが具合が悪い。心細くなるという。あと、1点、乳汁分泌がみられるらしい。おそらくアモキサンによる副作用であることを説明。プロラクチン値は確かに70以上はある。

メイラックスを中止した事がきっかけでかえって薬物が増える結果になった。アモキサンによる副作用はもう少し様子をみることにした。

パキシル   10㎎
アモキサン  25㎎
メイラックス 1㎎
不安時、ソラナックス


1年10ヶ月後
アモキサンを服用し始めてからは良い。今は夕方に悪くなることもない。今後のことを考慮して、パキシルをジェイゾロフトに変更することにした。彼女は薬に敏感だからである(遠方なので、少し通院が遅れる事がある。離脱を考慮するとパキシルよりジェイゾロフトの方が優れている)。アモキサンは乳汁分泌があるが、もう少し継続。

アモキサン   25㎎
メイラックス  1㎎
ジェイゾロフト 25㎎


2年後
気分は良いが、時々ヒステリー球が出る。肩こりがあり、晴れ晴れとした感じがないという。四物湯(ツムラ71)と桂枝加芍薬湯(ツムラ60)を併用で処方。これは神田橋風の処方であるが、なぜこの時にこの処方をしたのかカルテに書かれていない。おそらく、過酷な出産がトラウマになっているのでは?と言う文脈くらいであろう。

アモキサン   25㎎
メイラックス  1㎎
ジェイゾロフト 25㎎
四物湯     7.5
桂枝加芍薬湯  7.5


2年1ヵ月後
肩こり、吐き気などの症状が漢方で良くなったという。漢方は飲み辛いことはない。漢方は1日に2回しか飲んでいない様子。ジェイゾロフトは半分だけ服用する様に指導する。

アモキサン   25㎎
メイラックス  1㎎
ジェイゾロフト 12.5㎎↓
四物湯     5.0↓
桂枝加芍薬湯  5.0↓


2年2ヶ月
調子は良くなってきた。子供は保育園に通うようになったので、だいぶん気疲れが減った。気分が楽になった。四物湯で肩こりは減ったが、桂枝加芍薬湯は便秘にあまり効かない(桂枝加芍薬湯は便秘にも下痢にも過敏性腸炎のような人にも飲める不思議な漢方である)

気分の落ち込みはない。月経は来ているという。

2年5ヶ月
ヒステリー球はだいぶん良くなった。最近は便秘で悩んでいた。外の仕事をするようになり体重は少し減ったらしい。生理前は少しイライラする。四物湯は肩こりが全然違いますと言う。

今回、アモキサンからアンプリットに変更する。桂枝加芍薬湯はたいした意味がないので中止。

アンプリット  25㎎
メイラックス  1㎎
ジェイゾロフト 12.5㎎
四物湯     5.0


2年7ヶ月
薬の変更は問題なかった。便通は前より良くなりました。肩こりはよい。

2年10ヶ月
冬になり、インフルエンザ、ノロウイルスと立て続けに罹った。出産してから体が弱くなりましたねと言う。子供は4歳になっています。四物湯は本人が必要ないと言うので中止する。

アンプリット  25㎎
メイラックス  1㎎
ジェイゾロフト 12.5㎎


この当時から、彼女は徐々に体調が改善するのである。

3年後
今はすっかり調子が良いです。副作用は便秘くらいです。便秘の時は市販の薬を飲んだりします。動悸や心配は良くなっている。最近は自分で運動するようにしている。

3年2ヵ月後
かわりなく元気です。体重は減りました。7~8kgは減った。仕事を始めてからかえって不安感が良くなったという。パニックぽくなるのもない。双子のうち男の子の方が体が弱い。アトピーがあります。よく中耳炎にもなるという。日常生活、育児の不安は減っているように見える。

3年3ヶ月後
体の不調を感じると、病院に行って調べてもらいたくなりますね、などという。今回、レスキューレメディーを勧めた。

3年5ヵ月後
レスキューレメディーで不安感は減ったと言う。1日1~2回くらい使っている。家事は支障なくできる。調子が悪いと感じたらレスキューレメディーを飲んでみるが、その時、少しホワ~ンとした感じになります。子供達は保育園に行っているので昼間は楽です。仕事は忙しい。

3年8ヵ月後
調子はとても良いです。仕事をしている。体重はここに初診してから10kgくらい痩せましたねという。それまで、不妊症の治療のためすごく太っていたという。

昔の服がすごくブカブカですね。働いているのが良いのかもしれない。

4年3ヶ月
調子は良いです。たまに頭痛がある程度です。アトピーが男の子が酷いですね。女の子はずっと元気です。子供は6歳になった。男の子はあまり何もさせず大事に育てているようなので、「たまには庭の畑に行って球根でも一緒に植えたら」と話した。(←O型的ノーテンキな助言)

アンプリット  25㎎
メイラックス  1㎎
ジェイゾロフト 12.5㎎


彼女に自分の性格をもう一度話してもらった。
もともと明るい性格。友人は多い。周りに気を遣いすぎる性格という。少し頑固かもしれない。自分ではあまり癖がない性格と思っている。

感想
彼女は初診時の状態も入院しなくてはならないほど悪くはなく、こんな風につらつら書いていくと、誰が治療しても同じ結果になったような気がする。治療的には彼女はさほど特別な人ではない。

それにしても、この話は感じが良いというか、ホッとするところがあるよね。どこが良いかと言うと、人生の試練、不条理さ、喜びが凝集されていて、結果がそれに報いてくれているところ。

そんな風にならない人もずっと多いから。

(おわり)

参考
高プロラクチン血症
火の鳥
聖書(前半)