ECTから薬物療法への切り替え | kyupinの日記 気が向けば更新

ECTから薬物療法への切り替え

今回のエントリは2006-08-28にアップした「外来の電撃療法(その2)」の続きになる。そのエントリから抜粋。

昨年末、知人が夫を連れて来院したことがあった。その時のうつ状態の程度はかなり酷かったので、すぐ入院するか、電撃療法をするしかないような状況だった。ちょっと驚いたのは、その知人に入院しないなら電撃療法しかないし、もししなければ危険だと話したら、ぜひしてくださいと言ったこと。本人も説明したら、同意されて即日実施。結局、1回でかなり良くなり、その後はアモキサン、トリプタノールなどで治療を続けている。電撃療法は計3回実施したが、連続でしたわけではなかった。その人、あれほど酷かったのにもかかわらず、ほとんど仕事は休んでいない。業務上の注意として、今年前半、海外出張は絶対しないように伝えていた。今なら国内の出張はできそうな感じ。現在、服薬しているがほぼ軽快している。こんな状況でも、将来的にまた電撃療法が必要な場面はありそうな気がしている。

この日のECTやその後の経過について調べてみた。彼は入院歴がなく記録は外来カルテだけなので、あまり詳しくは記載されていない。初診時の症状は、亜昏迷模様のうつ状態に加え、左手の手術痕の疼痛であった。整形外科で手術後かえって痛みが増悪したので再手術したいと何度も言う。痛みと痺れでどうしようもないと言うのである。亜昏迷とは言え、その程度のやりとりはできた。

その他、ヒステリー球や、奇妙な二次妄想的な悲観がみられたが、詳細を聞くとなぜそう思うかわかる。いわゆるうつでドロドロの状態であり、希死念慮があるし、このまま家に帰すと相当に危ないと思ったので、入院しないならばECTを強く薦めたのである(上のログの通り)。彼は非定型精神病模様なので非常に効果が期待できると言えた。

カルテを見ると、その日はシングルで実施している。5秒間通電し呼吸停止は50秒であった(古典的なECT)。その日、以下の処方をし、1週間後に必ず来るように伝えた。

アモキサン  50㎎
メイラックス 2㎎
マイスリー  10㎎


ECT直後は好感触だったこともあり、この程度の処方で帰した。初診でいきなりアモキサン100㎎などは処方し辛いこともあり、ECTをしようがしまいがこの程度だったと思う。

1週間目
だいぶん気分が上がった。ショック療法はとても効果があったという(本人に説明して実施している)。左手首の痛みもかなり改善しあまり気にならなくなった。気持ち的には「こだわりがなくなった」という。会社で1度飲み会があった時、飲んだ直後、吐いたらしい。あまり薬は眠さはない。「まだ食事の味がわからないですね。あとは食事の味が戻れば良いです」などという。酒は飲んで良いですか?と聞くので、付き合い程度なら良いと伝える。今は不眠はない。物忘れは数日はあったが今はないと言う。デパケンRを追加してみる。

アモキサン  50㎎
デパケンR  200mg↑
メイラックス  2㎎


思っていたより改善しておりECTは実施せず、このままもう少し様子をみる。

2週間目
夜はすっかり眠れている。夜中も前のように目が覚めない。味はまだわかりません。今日は1か月分処方する(本人がそう希望したため)。薬の変更なし。

6週間目
10日ほど前から朝は良いけど、夕方にきつくなるようになった。最近、身内で不幸があったという。いろいろな心配事が出ているようである。左手の違和感と疼痛が再燃している。食事の味は未だにない。この程度でも仕事にはなんとか出勤できているらしい。この日アモキサンとデパケンを倍量にする。

アモキサン  100㎎↑
デパケンR   400mg↑
メイラックス  2㎎


その2日後、本人がECTを希望して再診。「ショック療法をして下さい」という。それでも表情は2日前より少し改善しているように見える。シングルで実施した。通電5秒、呼吸停止47秒。初診後44日目に実施しているので、1ヶ月半ぶりに2回目を実施したことになる。(今後、何もなければ1ヵ月後に再診するように伝える)

10週目
アモキサンでまあまあ良いという。仕事が忙しい。落ち着いて話している。本人は「カラ元気を出してやっています」と笑う。昼間は眠さはない。仕事をこなすのは問題ない。事務の人から「最近、元気が出ましたね」と言われた。「出張はまだできませんかね?」と聞く。もう少し無理はしないように言い、出張は禁じる。少し左手が痛むと言うので疾患自体は万全ではない。アモキサンは今ひとつかもしれないと思った。

13週目
また少し落ちてきたという。左手にこだわっている。また食事の味があまりしないという言い方。食欲がないらしい。1週間前から少し悪化したのは、気候の変化の影響もあると思われる。仕事に行けば集中できるという。アモキサンからトリプタノールに切り替えるように勧める。アモキサンを半減し、トリプタノールを75㎎追加してみる。

アモキサン   50㎎
トリプタノール 75㎎↑
デパケンR   400mg
メイラックス  2㎎


15週目
眠気が強いですという。うつはあまり変わらないらしい。死にたいと言うのは言わないと言う(妻の話)。左手に不安はあります。少し味が戻ってきた。ドロドロとした感じはありますね。仕事は休まずに行っている。トリプタノールは眠いようであるが、表情などの改善や疼痛の改善を見ると薬効的には悪くない。トリプタノールが足りないと思ったので、もう少し増量してみる。

トリプタノール 100㎎↑
(他、変更なし)


19週目
手のこだわりがあります。仕事は順調です。薬は眠いですねと言う。自分としてはあまり変化は感じない。手首の痛みもあり少し心配している。家族への心配は前ほどない。痛みに対しノイロトロピンを追加してみる。

アモキサン   50㎎
トリプタノール 100㎎
デパケンR   400mg
メイラックス  2㎎
ノイロトロピン 16単位(4錠)↑


23週目
ここ数日で痛みが減ったという。昼は前ほど眠くはない。仕事は順調です。一時、食欲不振で随分痩せていたが、体重が戻ってきた。今は65kgです。食欲はトリプタノールのせいか、かなり回復している。薬はこのまま。タバコは少し減って20本くらい。

27週目
痛みはかなり減ったと言う。手はわずかに違和感がある程度らしい。ノイロトロピンは多少は良かったかもしれないが、効果の程度は謎だと思った。会社の景気がすごく良いらしい。体重が68kgになっている。

31週目
体重は昔の数字に戻ったと言うが、このままでは今後、少しオーバーするのは必至と思われる。精神面は全般に改善している。ほぼ寛解状態といえる。(一番上の抜粋では3回のECTを実施したと書いているが、カルテを調べると実際は2回であった)

その後、わずかに精神症状の揺れはみられたが概ね安定しており、仕事も順調だったと言う。

43週目
多少は波があり、少し下がり気味の日もあるという。昼は眠いけど慣れてしまった。手の痛みはそれほど悪くないといった言い方。国内出張は許可した。

47週目
国内出張は既にしているらしい。更に6kg増え74kgになっている。明らかにトリプタノールのせいであるが、減量は慎重にならざるを得ない。精神症状が完全ではないからである。

59週目
体重は74kgで止まっているようであった。健康な時の体重のプラス5kgと言う。仕事は支障がないらしい。少し手が気になる感じもあるが仕事をしていると忘れる。国外出張(東南アジア)にも久しぶりに行ったという。

登山をしたいというため、ごく低い山なら許可するが、例えばエベレストやカラコルムとかはダメと伝える。だいたい、うつ状態で薬を飲んでいる人は山は危険である(ような気がする。全く予想もしないことが起こるかもしれない。うつで山に登りたいと言う人はあまりいないし・・)。この根拠はないが、なんとなくそう思うのであった。

63週目
長期間、調子も良いためトリプタノールを減量することにする。本人はノイロトロピンは入れておいてほしいと希望する。

トリプタノール 75㎎↓
(他、変更なし)


67週目
仕事が忙しい。手の方はあまり変わっていない。イライラなどは全くない。薬を減らしても変化はなかったという。休み中は2回、山に登ったという。休み中は酒を飲みすぎたらしい(普段はほとんど飲まない)。更にトリプタノール減量。

トリプタノール 50㎎↓
(他、変更なし)


71週目
トリプタノールを減量しても全然変化はない。体調は悪くない。手もあまり気にならない。タバコは1箱。ビールはたまに飲む程度という。本人を説得しノイロトロピン減量。

アモキサン   50㎎
トリプタノール 50㎎
デパケンR   400mg
メイラックス  2㎎
ノイロトロピン 12単位(3錠)↓


75週目
水泳を始めたという。本気で減量に取り組むと言う。しかし彼の場合は、山に登ったりしており、少なくとも僕よりは運動をしている。彼によれば運動はするが、週に2回は飲み会があるので努力が無駄になるらしい(2人で爆笑)。飲み会だけど、コース料理だと1800~2000カロリーにも及ぶのである。これは僕の他の患者さんから聞いた。

79週目
順調ですという。体重は最高記録から5kg減ったと言う。もともとの体重からプラス2kg。海外出張はアジアと東南アジアに2回、ドイツにも1回行ったと言う。ビジネスクラスで行くと言うので、羨ましすぎると伝えた。

ここで、彼の話が面白かったので抜粋。

ドイツの工場が部品の不良品率が高いため、状況の確認と指導に行ったらしい。ドイツの工場では働いている人は農家のおじさんとかおばさんで、彼らは朝早くから起きて牛などの世話をして、その後おもむろに会社に出勤する。どうもあの辺りは白夜まではいかないが、緯度的に夏などは昼がすごく長くなり、恐ろしく日が昇るのが早い。結局、工場で作業する人の質が低く、いい加減に作るので不良品が出易くなると言う。彼によれば、なんだかんだ言って、日本の工場が最も優れているらしい。「日本の工場が一番良いですよ」とのこと。確かにドイツはヨーロッパでは最も良いほうだと思うし。

83週目
手の痛みはほとんどない。気にならないという。体重は少し落ちてきたという。朝起きたら少し歩いている。30分くらいは歩くらしい。

87週目
家族で海外旅行に行ったという。更に精神症状が改善しており、減量することにした。思い切ってアモキサンを中止しトリプタノールは25㎎まで減量。ついでにデパケンRとノイロトロピンも減量する。ノイロトロピンは副作用は少ないようだが、この程度を続ける意味があるか不明と思った事がある。

トリプタノール 25㎎↓
デパケンR   200mg↓
メイラックス  2㎎
ノイロトロピン 8単位(2錠)


91週目
非常に面白い事件が起こっていた。まず薬物減量後、少し痩せたらしい。この1ヶ月で偶然であろうが、会社内でトラブルが続いたと言う。管理職として心痛があり、それが左手の腱鞘炎となって出現していた。うつ状態の悪化ではなく、腱鞘炎という整形外科的疾患のみの変化として発現しているのである。実際、包帯を開けて見せてもらうと、腫れており、本人によれば非常に痛いらしい。しかし精神状態との連動はなく「うつ状態」の悪化もなく、話し振りの深刻さもまるでない。このことを本人に説明しトリプタノールだけ50㎎に増量する。

トリプタノール 50㎎↑
デパケンR   200mg
メイラックス  2㎎
ノイロトロピン 8単位(2錠)


この事件は、かつて非定型精神病の男性患者さんの話を思い出す。「ウェールズタイプの統合失調症の寛解」から、

彼が1つだけ面白い話をしていた。服薬を中止してずいぶん経った頃、ある時期、風邪を引いて全然治らなかったという。38℃以上の熱が続き、倦怠感もとてつもなく酷いので、PZCが残っていたので1錠だけ飲んだ。すると、一発で治ったという。

素晴らしすぎる・・と僕は思った。これは、非定型精神病状態が脳も身体もないのを良く表わしているエピソードで、その点で興味深い。彼はもはや、脳には炎症が及ばないのであろう。(脳は関係しているのであろうが、表現型ではそうではないという意味)僕には彼はウェールズタイプの本質を表わしているように見える。

95週
その後、手の痛みは回復。腫れも収まっている。本人によればシップをしていたら簡単に涸れたという。

現在も上の処方のままである。この人はたぶん、このくらいの抗うつ剤(トリプタノール50㎎)は必要なのであろう。2回目のECT以後、これはECTが必要と思う場面などなかった。あの初回(及び2回目)のECTから何かが変わったのだと思う。

(おわり)