「頭部外傷から統合失調症になるのか?」リターンズ | kyupinの日記 気が向けば更新

「頭部外傷から統合失調症になるのか?」リターンズ

精神科医は双子の片方の人を治療することが時々ある。そんな時、片方の人が内因性疾患や広汎性発達障害だと、別のもう1人はどんな人なのか興味が湧くものだ。それは神経症であったとしても同様である。

ある双子では、僕が診ていない方の人は統合失調症のため一生退院できないレベルであった。この人はそれくらいの情報しかなく詳しくは知らない。僕が診ていた方の双子の患者さんはもう年配であったが、その年齢まで普通に生活されていた。

ある日、本人は全く過失はなかったのだが、歩行中、突然車が突っ込んできて全身に大怪我をした。もちろん頭部外傷も意識不明になるほどである。意識回復後、彼はあたかも統合失調症のような症状を呈するようになった。身体的にはほぼ完全に回復していたので、かえって処遇が難しいと言えた。しかし診断は統合失調症ではなく頭部外傷後遺症である。本人と向き合って話してみると統合失調症には見えない。しかし、病棟ではあまりに暴力的で手に負えなかったのである。

頭部外傷で興奮の激しい人たちは、抗てんかん薬や抗精神病薬を併用し治療を行うが、たいした効果的がないことが多く、なんとかしようとすればするほど、滅茶苦茶な処方になりやすい。すべての薬を脳が吸収してしまうような感じなのである。その人は、まさに砂漠に水を撒くがごとしであった。

また、脳出血後遺症などの器質性障害でも同様な暴力の後遺症が出て困る人も診られる。ある脳出血後遺症の人は、元々は脳動脈瘤によるくも膜下出血で脳外科的治療後、身体的には回復していた。ところが精神面に強く後遺症が残り、奥さんを鎌を持って追いかけ殺そうとしたため医療保護入院になった(注;措置入院でははない)。

入院後にも、殺意が生じるような著しい興奮が診られた。特に悪い時は保護室に入ってもらっていた。

この脳出血後遺症の人と上の交通事故の人は、脳へのダメージが暴力行為の原因になっていることは間違いない。なぜなら、病前はそのような人ではなかったからだ。(脳障害の局在、暴力が出やすいかどうかの個人差も関係すると思われる。)

上に薬が効果的でないと書いたが、一部に妙に薬に弱い人もいる。だから一概にはこうとは言えないのだが、これは脳へのダメージのありかたも関係しているのかもしれない。

最初に紹介した双子の片方の患者さんは、なんらかの脳の脆弱性に基づく神経の綻びみたいなものが、一見、健康に見えても存在していたのだろう。普通に頭部外傷を起こした人でも、あのような特殊な病態になる人はたぶん稀であろうから。生物学的背景があるからこそ交通事故によりその綻びが顕在化し、あのような病型に至ったような気がしている。

双子の統合失調症の一致率は一卵性か、そうでないかでかなり相違があるので、統合失調症の発症に遺伝子がかなり関与しているのは間違いない。その関与の仕方がまだ十分にわかっていないだけだ。(参考

しかし、臨床的には双子の片方の人が統合失調症の場合、もう1人の人は表面上は健康であっても、パーソナリティに非常に偏りがあるとか、例えば軽い神経症(広場恐怖など)、あるいは気分障害に留まっていることもみられる。こういうのまで精神疾患の一致率に含めると、双子の場合、相当に一致率が高いと言える。(実際、そのような調査がある)

僕は数名の双子の片方の健康に近い患者さんを診ているが(別の1名は統合失調症)、その患者さんは自分も統合失調症になるのではないかと結構、不安になるようである。その不安感がその人の精神症状に影響を与えていることもある。

しかし・・

僕はその人が既に精神科に神経症としてかかっているわけで、今さら統合失調症には発展しないような気がするんだな。なぜなら、初診時に統合失調症ではなかったからだ。これは過去ログで私見をアップしている。(参考

もちろん、最初に出てきた人のように重度の頭部外傷などを起こした場合は、どのような経過になるかは想像もつかない。

最初に出てきた人は、非常に思いやりのある優しい人ではあったのだが、金銭的にはコントロールができない人で、膨大な借金を作り、奥さんが大変な目にあっていたらしい。こういうのも広義の神経症に含まれる。こういう風に考えていくと、統合失調症の発病した双子の健康な方の人もある種の脆弱性はあるかもしれないとは言える。

ただ、そのあり方に個人差があるのである。

だから片方の人が統合失調症や躁うつ病になった双子の健康な方の人は、大酒を飲む習慣や、ボクサーなど頭部に重大なダメージを与えるような仕事は危険だ。