アスペルガーは失言を誘う | kyupinの日記 気が向けば更新

アスペルガーは失言を誘う

アスペルガー症候群の一部にドクターショッピングばかりしている人たちがいる。そのような人たちがうちの病院にも時々流れてくる。ドクターショッピングになる理由だが、精神科病院やクリニックに行っても、彼らのニーズに応えてくれないということがある。転院のきっかけは、「ひどい扱いをされた」とか「気に入らない看護婦に意地悪なことを言われた」などの病院の応対についての不満や、「静かな病院に変わりたい」、あるいは漠然と「主治医との相性が悪い」というものもある。

ところが、他の病院に行ったとしても、彼らの悩みはなかなか解決しない。うちの病院にやってきたアスペルガーのドクターショッピングの人たちでは、正しく診断されていることが過去に1度もなかった。こういうことを見ても、適切な扱い方をされていないことが想像できる。

ところで、アスペルガー症候群なる診断は、精神科ではそれほどされていないように思っている。僕のある友人によれば、精神科医になってから「アスペルガー諸侯群」と診断したことがないのだそうだ。その程度の普及率なのである。むしろ、バカの一つ覚えのように「アスペルガー症候群」を乱発する人に比べたら、はるかにまともな精神科医と思う。

だったら何と診断されているかというと、おそらく「状態像」であろう。もちろん、「うつ病」や「統合失調症」とされている場合もある。実際には、うつ状態はともかく、統合失調症と診断した場合は、「典型例ではない」とは思われていることが多い。薬物治療的にはそこまで大きな違いがないので、対応の仕方だけだと思う。もちろん、そこが落とし穴でもある。

個人的に言えば、アスペルガー症候群だったものを「統合失調症」と診断された場合、メリットになることも多いと思う。なぜなら、アスペルガー症候群では障害年金が受けられない確率が極めて高いから。僕の県では数年前まで「アスペルガー症候群」で年金がアクセプトされたことがないらしいのである。(理由はIQが高いため。この傾向は今でもそうかもしれない。アスペルガーで受給できるかは県による)

僕の患者さんでは統合失調症と誤診されたためにかえって年金を受給できている人が2名いる。まあアスペルガー症候群にはそう診断する明確な証拠がないので、誤診というのは統合失調症と診断した医師に対しあまりに失礼な言葉ではある。

彼らがひどい扱いとか意地悪をされたと思うようになるのには伏線がある。強迫のために看護スタッフや医師に繰り返し同じような話をしたり、どうでもよいようなことで確認を求めたりする。無駄な繰り返しが多すぎるのである。これが毎回積み重なってくると、やがて看護スタッフらにうざがられるようになる。彼らは自分本位の話し方ではあるし、相手が嫌そうにしていても空気も読まず、時にアスペルガーっぽい毒舌だったりする。くどいし、かわいげがないし、無愛想だし、ついに相手がキレてしまうのである。

そうして、看護者あるいは医師の大失言が出る。

僕の患者さんでは、かつて調剤薬局でこれを食らった人もいる。彼女は薬剤師から「あなたは精神障害者でしょうが!」と言い放たれたらしい。これは想像するとちょっとウケル(柳原可奈子風に)。もっとも、本人は切実であろうが。

アスペルガーの人は言葉には敏感なので、相手がキレてきついことを言った時、はっきりした言葉ならだいたいそれに気付く。曖昧な表現ならそれに気付かないことはありえる。一般の患者さんならその流れが読めて一連の出来事からそうなったことがわかる場合もあるが、アスペルガーの人にはそのストーリーに気付くことは難しい。突然、理由なく嫌なことを言われたと思ってしまう。このような経験は彼らの頭に刻み込まれ一生消去されることはない。そういう積み重ねが恨みの原因になっていることもある。(参考

ところで、アスペルガーの人の毒舌であるが、あんがいユーモアがあったりするのは不思議だ。これは言葉遊びというか、たぶん意識してやっているのではないと思うのであるが、周囲からはそんな風に見えることもある。嫌味を言われた時、ショックを受けて傷つくのが、分裂病質人格障害の人と違うところ。後者の場合、たぶん嫌味を言われたことにすら気がつかないだろうから。

ずっと以前、ある女医さんにこのような話していた時、最後の「分裂病質人格障害の人は嫌味を言われたことにすら気付かない」という部分がバカ受けであった。なぜバカ受けだったのか、覚えていればいつかアップしたい。

アスペルガーの人たちに比べ強迫性障害だけの人たちは、彼らの悩みを看護者や医師に長い時間聞いてもらっている時、そのどうでもよさや不毛さをわかっていて、相手を気遣い気の毒がって話していることが多い。その意味では心のギブ・アンド・テイクが存在している。その点でコミュニケーションがまだ噛み合っている。

実はアスペルガーの人たちには、このような言葉のやりとりは日常茶飯で起こっている。だから、やがて周囲の者との円満な人間関係が保ちにくくなり、遂に職場にいることが耐えられなくなる。次第に支援者を失い、孤立せざるを得ないのである。

ところで、上に書いた、「くどいし、かわいげがないし、無愛想だし・・」と思うのは医師や看護師の「逆転移」に他ならない。もちろん「大失言」もそうである。医療にかかわる人は、彼らと話している際にカチンときて、言うべきでないことをうっかり言ってしまいかねないことを常に意識していないといけない。

僕はアスペルガーの人が入院した日、カンファレンスで「アスペルガーは失言を誘う」という感じで看護師さんたちにこういう話をしている。僕は医師や看護者は、何かにカチンとして変なことを言うべきではないのは、相手がアスペルガーであれ統合失調症であれ変わらないと思う。

精神科治療という側面ではアスペルガーも統合失調症もない。もしアスペルガー症候群という診断がなかったとしても、僕にとって精神科診療は何も変わらないと思う。