突発性難聴とパルクス | kyupinの日記 気が向けば更新

突発性難聴とパルクス

突発性難聴という耳鼻科疾患がある。原因は不明とされており、中年以降の人に起ることが多いが、若い人でも発症することもあるらしい。内耳がなんらかの原因で障害され、難聴、耳鳴りなどが生じるが、実際の自覚症状は耳が詰まった感じ、耳の奥の違和感、音が反響する感じなどさまざまである。

重要な点はこの難聴が感音性難聴であること。これは音が割れているとかバランスを欠いているような聴こえ方で、また音の大きさも小さくなっているため、補聴器でもうまく矯正できない。この例えは適切でないかもしれないが、電波が弱いとか故障しているとかが原因で雑音が多くて良く聴こえないラジオは、音量を大きくしてもやはり良く聴こえないのに似ている。

治療は一般的には血管拡張剤、ステロイドなどが用いられているようであるが、高圧酸素療法や星状神経節ブロックなども使われるらしい。補助的にビタミン剤(B12など)くらいも併用されていると思う。

原因として、内耳の血管の循環障害や、ウイルス感染なども推測されているが、やはり若い人は稀なので、加齢つまり動脈硬化などもからんでいるのではないかと思われる。このあたりは専門外なので詳しいことまでは知らない。この疾患はうまく治らないケースも珍しくなく、治療が不調だと難聴、耳鳴り、めまいなどの気になる症状が残遺することがある。耳が聞こえ辛いのは本人にとって大変なストレスになる。

突発性難聴になり耳鼻咽喉科で一通りの治療を行って、それでもダメで、うちの病院でパルクスを点滴して完治した人が数名いる。今回、うつ病とか統合失調症と絡んで、非常に興味深いので少し紹介したいと思った。

うつ病で治療していたある65歳くらいの男性患者さん。すごく元気で仕事もしていた。彼の場合、抗うつ剤であっさり良くなったので、2週間に一度再診して簡単に診察を済ませる感じであった。比較的陽気な人でパーソナリティとしては循環気質だったと思う。どんな薬で治療していたかは、もう10年以上前なのでよく憶えていない。

ある時、彼が突発性難聴になった。診断は耳鼻科のドクターがそう言ったらしく、僕が診断したわけではない。その後耳鼻科でいろいろ治療したが、うまくいかず、変な症状が残ったままであった。僕は論文的なものだけだが、突発性難聴にパルクスが有効であることを知っていたので、彼の症状も辛いものだし、「ダメ元でやりますか?」ということになった。

彼の症状だが、「音が頭の中で反響してうまく聴こえない」という言い方だった。頭の中で音が抜け切らず籠もって反響するらしい。この話はちょっと聞くと笑ってしまうが、本人は治らないといわれれば一生モノなので、切実な話なのである。まさにうつ病も悪くなる感じ。

パルクスは閉塞性動脈硬化症(ASO)の薬だ。閉塞性動脈硬化症は、動脈硬化のため特に足の動脈の血流が悪くなり、歩けなくなったり酷い疼痛が出現する。やがて皮膚潰瘍が生じ腐っていくため、時に足を切断せざるを得なくなるような難病である。

パルクスは血管の流れを改善し疼痛などの自覚症状を改善する。重いとパルクスをしても効果が乏しく、基本的に姑息的な治療になるのだろうと思う。余談だが、こういう閉塞性動脈硬化症は、もちろんタバコが良くない。ヘビースモーカーに多いと言われる。タバコは肺癌とか癌の関係をいろいろ言われるが、血管にも相当に悪いのである。

またアルコール依存症で糖尿病などを併発している人では時々この疾患を見る。体がボロボロになっているのである。この疾患で足を切断するような人は、足だけでなく他の動脈も同様に悪いため切断後5年以内に死亡する確率が高いらしい。足を切断するのは相当なショックなことであり、気力が萎えるのも相当にあるような気がする。

統合失調症の人はタバコを吸う人は多いけど、入院患者さんの場合、それ以外暴飲暴食をせず、飲酒もせず清く正しく生きているので、この合併症が非常に稀であると感じる。

パルクスであるが、プロスタグランジン製剤でありかなり高価だ。また白い液体のアンプルであって、生食100mlに溶解するとまさに牛乳のように見える。これをしばらくすると足の疼痛や皮膚潰瘍などが改善する。もちろんSLEの皮膚潰瘍や熱傷の酷いものにも有効である。

突発性難聴に有効な理由はたぶん内耳の微小循環を改善するからであろうと思われる。

その男性患者さんだが、兄数名がこういうパターンで難聴になってしまっていたので半ば諦めていたらしい。耳鼻科も一通り治療を行い、不調のままほぼ治療を終了するくらいだった。彼の場合、発病後もう2ヶ月以上過ぎていたので、パルクスを実施したとしても難しいのではと思っていた。

結果だが、あっさり完治。彼によれば、テレビを観ていても音がぼよんぼよんした感じで頭に反響して困っていたが、そういう変な症状が全くなくなってしまったという。同じようなパターンで、看護師さんで2名くらい治癒した人がいる。

パルクスは大正製薬が販売しているが、リプルという名前で三菱ウェルファーマからも併売されている。このどちらかがジェネリックというわけではない。

「ルーランの謎(前半)」の最後頃に出てくる患者さんのことだが、彼女の場合、髄膜炎に罹患後、耳に変な耳鳴りと詰まった感じが残り更にうつ状態になった。

あたかもこのうつ状態はその髄膜炎の後遺症に見えるが、症状自体は平凡な内因性うつ病に見えた。僕の目からはあまり後遺症には見えないのである。しかし、なかなか良くならなかったのは事実で、ちょっと変わったタイプではあった。メジャーを使っても副作用が出にくく薬にもすごく強いのである。

耳の音体験だけど、耳鳴りにしてはちょっと長いこともあった。しかしワードにはならず意味も感じられないので、この点で統合失調症的ではなかった。

普通、統合失調症の幻聴は片方の耳からしか聞こえないなんてことはないし、左右の音量差もない。音と言うほど物理的ではなく、もっとイメージとか電波みたいなものである。統合失調症で、片耳からしか聞こえないような幻聴だったら、相当珍しいので一例報告ものといえる。ただ、その患者さんが片方からのみ聞こえているというのを証明するのは難しいと思うけどね。

実際、統合失調症の患者さんで幻聴を「電波」という人もいる。昔、2ちゃんねるで「電波・お花畑」という板があったが、僕はこのことを言っていると思っていた。

さて、彼女の耳鳴りや耳の音体験であるが、どうも髄膜炎の罹患後に起っているので、突発性難聴のいわゆる「ウイルス感染説」と似た経緯で発症しているかもしれないと思った。ただ、いかんせん、発病から時間が経ちすぎていた。彼女はこの症状をかなり苦痛に感じていたこともあり、思い切ってパルクスを処方することにした。

結果だが、不思議にパルクスを点滴している期間は、耳鳴り、音体験がほとんど消失したのである。しかしパルクスを止めると、またそういう不快な症状が出てきた。それでも以前に比べ音が半分になったというので、それで満足することにした。この人、症状が出た直後に間髪を入れずパルクスをしていたら、治癒した可能性も高いと思うよ。

参考
ルーランの謎(前半)
萌えようがないこと
尋常性乾癬と麦門冬湯
前立腺症