やっぱり母親というのはすごいよ | kyupinの日記 気が向けば更新

やっぱり母親というのはすごいよ

ある男の子が初診した。まだ少年と言ってよいほどの年齢で、症状はちょっと変わったものであった。背後に気配を感じるのだという。人の眼も気になる。なんとなく落ち着かない。また意欲がないという。

本人を見ると統合失調症というわけでもない。こういう微妙な症状の場合、普通はドグマチールくらいで様子を見る。不安などがあるなら、メイラックスやワイパックスを併用するくらい。初診時は少量のルーランを処方した。少量のルーランだと抑うつにも効果があるし、このような異常感覚~体験にも良いと思ったことがある。

実は、最近、このような訴えをしてきた患者さんに僕はドグマチールを処方している。その時になぜルーランを処方したのか思い出せない。ちょっと前の話であるし、まさかブログに書くなんてその時は思っていなかったから。

その後、それらの症状がすっかりなくなり軽快した。副作用は問題がなかった。彼はやがて来院しなくなってしまった。たぶん、若い患者さんであるし、もう良くなったので通院が面倒になったのだと思う。

彼は1年後くらいに再診したので、その後の経過がわかった。彼は体調が良くなったので、ある大都市に転居し仕事を始めた。ところが、ある時、激うつと言えるほどのうつ状態になってしまった。ある日の夜、もうダメだと思い、家族と友人に遺書を書いた。

ロープを準備し首を吊ろうとしていた。

まさにこれから自殺しようとした瞬間、母親から携帯に電話がかかってきたのである。

母親は初めて県外に子供を出したので、どんなにしているかたまに電話をかけてきていたらしい。それでも、決して頻回ではない。この年齢の男の子だと頻回にかけるとうざがられる。その時、電話の内容はたわいもないことで、「ちゃんとご飯は食べてる?」くらいだった。

しかし、彼は母親と話をしているうちに、急に気が変わり自殺を思いとどまったのであった。

うちに再診した時、明らかにかなり重度のうつ状態を呈していて入院が必要と思ったのだが、本人が1人で来院していることと、入院を希望していなかったことから、外来で薬物治療を始めた。(母親が来院すれば入院を勧めるつもりだったが来なかった)

薬物はアモキサンを選んだ。なぜアモキサンなのかというと、効果の強さと早さに優れるから。彼は、アモキサンを服用し始めて、たった5日で劇的に良くなったのである。あれほどの希死念慮もまるで電撃療法をかけたように消退、普通の状態に戻った。

しかし・・

これはちょっとおかしい。少なくとも僕はそう思う。こういう不連続な良くなり方には何か秘密があるのが普通だ。彼からここ数ヶ月の状態をもう少し詳しく聴取したら、どうも激うつになる前に双極2型エピソードと呼べる軽躁状態が続いていたようなのである。

その後、アモキサンを気分安定化薬にチェンジしたが、躁状態には至らなかった。しかし体調はすごく良いらしく、思っていた通り病院に来なくなってしまった。

この話にはいろいろと教訓というか、教えさせられることが多い。

①いくらか統合失調症っぽい症状で始まり、双極2型が顕在化していること。
②異常体験があっても当初から統合失調症が否定されていたこと。(対人接触性とかプレコックス感などの点で)
③双極1型より双極2型の方が自殺に親和性が高いと言うけど、これはまさにそんな感じだね。
④やっぱり母親というのはすごいよ。


この少年の自殺未遂の話の診察の直後、急に外来婦長が泣き出したのである。

なぜ泣くのか聞いたところ、彼女にはちょうど同じ年頃の子供がおり、彼と同じ大都市に住んでいる。「自分だったら、子供を救いきれなかった」というのである。

僕は、「まあまあ、まあまあ・・」となだめた。

参考
なぜ自殺が良くないのか
うつ病と自殺
アモキサン
ルーラン