拒否しても良いですか。 | 境界線型録

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I Have A Pen. A Pen, A Pen Pen Pen.


 理由はわからないが、今月度はなぜか好成績が続いている。私はなんら努力していないが、連日最低ノルマを超えている。しかも、労働時間はこれまでと変わらない。昨日は店じまいして帰庫しだしたときピコピコと無線に捕まってしまい午前様になったが、他は日付を超えず閉店していた。もっとも未だに平均的車夫の売り上げに届いていない未熟だけど、道を知らない新入りとしてはマシだろう。道を知らないというのは致命的で、行きに惑い、帰りに迷い、距離的には十分で往復できるところでも二十分以上掛かったりする。そのように非効率的な状況での今の成績はなかなかのものだろうと自画自賛できる。これもひとえに思考のおかげといって良い。努力はしていないが、営業の効率化は常に考え、いろいろなテストを続けてきて、とりあえず現段階において考え得るもっとも合理的な手法に改善し続けているからである。当地域においてうんざりするほどヒマになる午前十時から午後三時までの閑散期をいかに活性化するかみたいな課題に常に取り組み、独自の改善策を見いだした。まだベストではないけれど、今週は先週より確実に効率的になったと言える方法を常に工夫している。これは努力ではなく、趣味の領域なので愉しい。愉しんでいて些少ながらも給金がもらえるのだからお得ではある。
 とはいえ、もう飽きたのでさっさと辞めたくなっているが、生活経済のためなのでそう容易にはいかない。

 それは別として、大丈夫と同じく、小首を傾げている言い回しがあるのでついでに記しておこう。
 これも頻繁に耳にするもので、「○○してもらっても良いですか?」という言い方。驚くほど多くの人が、こういう言い方をする。
 「次の角を右に曲がってもらっても良いですか?」
 「三本目の電信柱の先で停めてもらっても良いですか?」
 「××市の△△町なんですけど、良いですか?」
 私は性格的に、つい、「ダメです」と言いたくなり、とっても困る。
 良いですか?と言われても、ダメと言えないのが車夫の切なさ。本音の吐露をグッと堪え、「ハイハイ、わかりましたぁ」と応えざるを得ない。

 「どちらへ」
 「ミミズク公園の方なんですけど、フクロウ橋から行ってもらっても良いですか?」
 「フクロウ橋ですか。蟻塚の方ではなく、ですね。わかりました」
 みたいに応えるが、内心は「良いもなにもあるかいな、なんで、フクロウ橋からミミズク公園の方へ行ってくださいと端的に言わないんだろう」と思いつつ走り出す。
 目的地が近づくと、こんな感じで言われる。
 「二つ目の角を左に曲がってもらって良いですか?」
 良いも悪いもないだろ、曲がれと言われりゃ曲がるしかないんだから、と思いつつ、「ハイハイ、二つ目ですね、ええと、ひとーつ、ふたーつ、みッ、あッ、通り過ぎちゃったぁ」のように反応する。
 「ああ、困りますよ。バックしてもらっても良いですか?」
 良いも悪いもバックするしかないのである。
 「で、あそこなんですけど、ほら、白い壁の家、門の横に高級なアウディが駐まってる家なんですけど、いや、あの家じゃないんですけど、あの門のちょっと先で停めてもらっても良いですか?」
 停めろと言われれば停めるしかないのが車夫であり、良いも悪いもメェーである。
 この手の言い回しが実に多く、客としては車夫に気を使って丁寧に指示してくれているのだろうと思うが、やり過ぎだろう。
 なぜ、「あの白い壁の家の門の先で停めてください」と端的に言わないのだろう、と不思議になる。

 日本人の言い回しは昔から無駄が多く、それは相手に配慮し気遣うためという奥床しさが生みだした文化なので美しいと思うけど、やはりやり過ぎはいただけない。いわゆる慇懃無礼の類いがやけに増加してきたのも現代のようである。
 商売人が「させていただきます」と言うのは、遜る心情の表現として肯定できなくもないが、「させていただいても宜しいでしょうか」までいくと、なんか諄くて不快な感じがする。せいぜい、「させていただきましょうか」くらいで良いではないか。
 停めてもらっても良いですか?という文言には、拒否を否定する傲岸な意思を感じる。元より車夫は拒否できない、と言う不文律に立脚しているわけで、もしも車夫が「イヤです。ダメです」と応えたなら客は激昂することだろう。と言うことは、こういう言い方は、自分を優しい人間として印象付けつつ発する絶対服従を強要する命令のようなものである。命令しては失礼だから、やんわり命じるためにどうしたら良いか?みたいな感じで編み出された用法かな。私はそういう用法が好きではない。もちろん命令形は不快だが、慇懃過剰もいただけない。

 「あそこの二つ目の角を左へお願いします」
 「はいはい、二つ目を左ですね」
 「で、三本目の電柱の手前で停めてください」
 「ははあ。あの電柱を越えるとメーターが上がりかねないんですね。わかりました。合点承知の助です。メーターの野郎を抑え込んでやりますから、大船に乗ったつもりでいてくださいな。三本目の電柱を越えたりしませんから!」
 こんな具合に小気味よく対話して仕事を終えたいものである。であれば、ワンメーターでも快く働けるというものである。
 拒否しようがないことの可否を問われるのは、どうにも歯痒くていけない。