差し歯と風呂敷詐欺。 | 境界線型録

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I Have A Pen. A Pen, A Pen Pen Pen.

 

 やあ、こんばん婆。ハトレ・梅軒です。つまり、本日、久しぶりに前上の三連結差し歯がポキッと外れたのである。
 なので、実に憂鬱な出だしであり、オマケに老母がこの数日、フトンを取りに来いと煩く、苛立たしいところにハトレ事件が勃発し、暴れだしそうになった。しかし、暴れると疲れるので、私はじっと考えた。老母は確か二十日頃に、なにか目の手術が必要だと医師に脅されたらしく一週間くらい入院すると言っていたので、この調子では十九日までフトンを取りに来いコールが続くに違いなく、であるならば、このハトレをひとつの契機とし、フトンコールに留めを刺してしまうべきではないかと考えたのであった。

 

 

 もっとも真の動機は、朝一で老歯科医師の店に予約の電話を入れたら、月曜の朝なら直してあげるよとつれない返事なので不機嫌になったせいもある。これのせいで、ハトレとフトンにはなんの関係もないが、私の中で、なんとなく繋がったのであった。
 たまにはヨンクちゃんも動かしてあげないと可哀想という理由もある。ヨンクちゃんにもオタマにもポンコにも感情などないが、感情がないからといって、放置されていてもなんとも思わないということはない。無生物であれ無機物であれ、そこには魂というものが宿るのである。例のどこかの寺で供養される人形のように、髪の毛が伸びたりするのである。機械にも機嫌というものはあり、みんな不機嫌だとエンジンを回したがらないのがその証拠といって良いだろう。先日オタマが不機嫌になりエンジンを回したがらなかったが、美味しいバッテリーを与えたら上機嫌でエンジンを回した。いくらガソリンを与えても、美味しいバッテリーを与えなければオタマの機嫌は直らなかったに違いない。
 不機嫌だったオタマのバッテリーを移植されてしまったポンコが、次には不機嫌になった。この事実は、非常に重要な現実を示唆している。不機嫌とは、伝染病であるということだ。
 もちろん、ポンコの不機嫌は一昨日直った。オタマに入れたのはポンコの使い古しだが、なんとポンコには新品極上のリチウムイオン・バッテリーが移植されるという幸運に恵まれたわけである。機嫌が良くなって当然というものだろう。
 ハトレに身をやつした私としても、なにかをきっかけとして機嫌を回復する必要があった。そのひとつの糸口として、フトンが役立つかも知れない、と考えたのである。
 

 前回三連結差し歯が外れたのはいつだったろうか、と思い、診察券を確かめたが、はっきりしなかった。あの老歯科医師店に通い始めた当初は平成何年と数字が記されていたが、二年目からは月日だけで、年が記されなくなっていた。歯科助手らしい若い女性が手抜きしやがったなッ、と今更気がついた。いや、違うかな。予約の都度私が自分で書きこんだので、年なんて面倒くせえと記さなかっただけだったか。
 初回は平成二十三年九月二日(水)であった。確か、金沢出張の数日前でかなり焦っていたはず。次が翌平成二十四年の三月二十六日(月)。これの原因は記憶にない。というか、以降ほとんど記憶にない。
 が、診察券を眺めていて、あっと思い出したことがあった。
 翌年から年は記されていないが、月から見る限り、二十五年には四回歯科医師店へ行き、二十六年にも四回行っている。その二十六年の中で、十二月十七日(曜日記録無し)は、確か、その数日前、小松空港のカフェでホットドッグにかぶりついた瞬間、ポキッといったためだった、と。アートディレクターと二人で搭乗待ちの時間つぶしに立ち寄ったのが運の尽きだった。いつものようにメンバーズラウンジで煙草を咥えボーッとしていれば良かったと後悔されたが先に立たず。しかし私は希望を捨てなかった。このポキッという音は、航海の始まりなのだッ。やがて私は帰宅し、例の歯科医師店で差し歯をくっつけ、新たな大航海へと旅立つのだッと自分を励ましたのだった。
 

 いや、半ば嘘だけど、翌年、つまり平成二十七年の記録は二月二日と九月三十日(いずれも曜日記録無し)の二回だけだった。平成二十七年といえば、西暦二〇一五年である。
 この歴史記録には、いささか驚愕した。
 マジっすかッ!と。
 それは、一昨年ではないかッ、と。
 ということは、昨年の私は、老歯科医師店にとんとご無沙汰で、この一年半、老歯科医師と顔を合わせていなかったのか、とびっくりした。かつては三ヶ月に一度は対面し、二人で難儀な仕事の解決方法に考え巡らせ意見交換していた親密な間柄だったというのに。
 もしかして記録は昨年のものであり、記入し間違えなのではないか、と手帳も確かめた。が、昨年、老歯科医師店を訪れた記録はなかった。
 まさか、一年半もの間、この脆弱な三連結差し歯が持ち堪えられたとは、俄には信じがたかった。最近、どん兵衛のたぬき蕎麦を口にする機会が増えていたせいで化かされているのではないか、と疑ったが、きつね饂飩には飽きたからしょうがない。
 いま悩んでいるのは、一年半も無沙汰してしまっていたわが盟友である老歯科医師にどの面下げて合うべきか、ということである。きっと彼は、三ヶ月もすれば私が戻ってくると信じていたことだろう。が、三連結差し歯の扱い方に慣れてしまった私は、いつの間にかそこに加わる圧力を回避する技術を身につけてしまい、十八ヶ月も活かし続けたのである。わが盟友は、そのことを喜んでくれるだろうか。あるいは、寂しさから、今年こそは三ヶ月後に再訪するくらいに手抜きしたりするだろうか。ま、手抜きはしないか、意味ないから。
 

 というわけで、本日は、新しいフトンと、ついでに風呂敷二枚と、老歯科医師店を訪ねる予約をゲットして機嫌が良い。
 特に嬉しいのは、二枚の風呂敷。
 この数日、そろそろ稽古着袋が草臥れたから新調しようと手透きになると設計していたが、昨日、もしかしてただの風呂敷に包んだ方がポンコの荷台に積みやすいんじゃないか、と思いついたのだった。で、実は、老母宅へ走ったのはフトンのためではなく、風呂敷のためだったのである。うちには汚いのしかないが、老母宅には新品や高級品もゴロゴロしているので、数枚瞞し取ってやろうと考えたのだった。おれおれ、さっき事故っちゃってさ、相手がヤバいやつで、風呂敷を持ってこないと絞めるッと脅すのさァ、今すぐ風呂敷を振り込んでよォ、とか泣きついて。
 老母はまんまと引っかかり、風呂敷二枚を振り込んだのであった。
 いや、フトンを包むのに使ったんだったかな。
 ハトレとはまったく関係ないが、明日以降は、もしかすると、稽古着を風呂敷に包んで稽古に行くことになるかも知れない。
 それは、しかし、まだ誰にもわからない。
 神のみぞ知ることなのである。
 上溝じゃなくて、神の溝ね。や、意味不明の〆すぎるかッ。