自分(じぶん)じゃない声(こえ)。
これは
ぼくの体(からだ)から出(で)てくる声(こえ)。
声色(こわいろ)は多分(たぶん)ぼく。
内容(ないよう)は
もし周(まわ)りに聞(き)こえたら
周(まわ)りが怒(おこ)ったり困(こま)ったり恥(は)ずかしがったり
ぼくが困(こま)ったり恥(は)ずかしがったり
相手(あいて)を否定(ひてい)したり
ぼくを否定(ひてい)したり
そして、ぼくの意志(いし)でも考(かんが)えでも、考(かんが)えてもいない内容(ないよう)。そしててきとーな内容(ないよう)。
それが周(まわ)りに聞(き)こえて。
ぼくの体(からだ)から出(で)てるんですよ。
上(うえ)に書(か)いたような内容(ないよう)の声(こえ)が。
だから
周(まわ)りはぼくが言(い)ってると思(おも)うんです。
それで
周(まわ)りがぼくの事(こと)を嫌(きら)う。
今(いま)は、周(まわ)りに聞(き)こえてるわけではないと思(おも)えて(自分自身(じぶんじしん)が聞(き)こえることがあんまりないので)、気(き)になるレベルでもないですが
お医者(いしゃ)さんは、幻聴(げんちょう)、妄想(もうそう)といいます。
でもこの声(こえ)。
本人(ほんにん)に聞(き)こえないレベルで
全員(ぜんいん)に存在(そんざい)する
という、結論(けつろん)です。
下手(へた)に本人(ほんにん)の考(かんが)えてることが混(ま)じっているが為(ため)
中々(なかなか)気付(きづ)かれなかったそうです。
この声(こえ)、聞(き)き続(つづ)けると、人(ひと)を信(しん)じられなくなるようになります。
内容(ないよう)は
周(まわ)りに聞(き)こえたら
周(まわ)りが怒(おこ)ったり困(こま)ったり恥(は)ずかしがったり
本人(ほんにん)が困(こま)ったり(困(こま)るどころではないこと多(おお)しです。)恥(は)ずかしかったり
相手(あいて)を否定(ひてい)したり
本人(ほんにん)を否定(ひてい)したり
エトセトラ。
聞(き)かれてる人(ひと)(今(いま)自分(じぶん)じゃない声(こえ)を聞(き)かれてる人(ひと)は、ぼくですね)の印象(いんしょう)が、どんどん悪(わる)くなるもの。
周(まわ)りからは「いい人(ひと)」と思(おも)われてる人(ひと)の自分(じぶん)じゃない声(こえ)を、もしあなたが聞(き)いたとしたら
「あ、こんないい人(ひと)でも、ここはこうなのか」
と
余(あま)りに簡単(かんたん)に、スッと自然(しぜん)に頭(あたま)の中(なか)に
入(はい)っていきませんか?
その時(とき)あなたは、1個(いっこ)、人(ひと)を信(しん)じなくなりました。
それが続(つづ)きます。1個(いっこ)、また1個、また1個、また1個・・・
こんな時(とき)もあります。
今(いま)ぼく、オリンピックの表彰式(ひょうしょうしき)を見(み)てたのですが(オリンピック中(ちゅう)に追記(ついき)したものです^^あしからず。)
オリンピックの表彰台(ひょうしょうだい)に選手(せんしゅ)が立(た)った時(とき)
その選手(せんしゅ)について
自分(じぶん)じゃない声(こえ)が出(で)たとき。
その選手(せんしゅ)をよく知(し)ってたり
その選手(せんしゅ)の競技(きょうぎ)をよく知(し)ってたりしたら
あなたは怒(おこ)るかもしれません。
その選手(せんしゅ)本人(ほんにん)が聞(き)いても
激怒(げきど)するかもしれません。てきとーで時(とき)に酷(ひど)い内容(ないよう)だし。
けど
あなたがその選手(せんしゅ)を知(し)らなかったら。
やっぱりスッと簡単(かんたん)に自然(しぜん)に、頭(あたま)の中(なか)に
入(はい)っていきませんか?
あなたは1個(いっこ)ずつ、少(すこ)しずつ、人(ひと)を信(しん)じなくなっていきます。
一部(いちぶ)の人(ひと)は、人格異常(じんかくいじょう)になります。
人(ひと)を平気(へいき)でおとしめる
人(ひと)のためではなく自分(じぶん)のためにだけ行動(こうどう)する
なんていうタイプの人格異常(じんかくいじょう)。
自分(じぶん)のための行動(こうどう)は、実(じつ)は誰(だれ)もがします。
例(たと)えばですね・・・
ぼくは先月(せんげつ)の中頃(なかごろ)
ラーメン屋(や)さんに行(い)ってラーメン食(た)べてきました。
理由(りゆう)は
無性(むしょう)にラーメンが食(た)べたかったので。
自分(じぶん)のための行動(こうどう)です。
でも
人(ひと)のための行動(こうどう)も。
友人(ゆうじん)、家族(かぞく)、恋人(こいびと)、上司(じょうし)、部下(ぶか)、同僚(どうりょう)・・・
色(いろ)んな人(ひと)に、小(ちい)さくても、するんですね。
人格異常(じんかくいじょう)は一部(いちぶ)。
その他(た)の大半(たいはん)の人(ひと)は
周(まわ)りに攻撃的(こうげきてき)になったり、びくびくしたりしませんか?
今(いま)まで普通(ふつう)に受(う)け止(と)められてた相手(あいて)の行動(こうどう)、反応(はんのう)に
イラッ。ムカッ。ときたり。
例(たと)えば
隣(となり)の席(せき)の人(ひと)が
「ごめん。消(け)しゴム忘(わす)れた。貸(か)して?」
って言(い)って、手(て)を差(さ)し出(だ)して来(き)たら。
あなたは消(け)しゴムを渡(わた)すとき
「そういやこういう時(とき)心(こころ)の声(こえ)(本当(ほんとう)は自分(じぶん)じゃない声(こえ))でこういうのを聞(き)いたな・・・って事(こと)はこいつのこの行動(こうどう)は多分(たぶん)こんな風(ふう)に思(おも)ってて」イラッ
みたいな。
本当(ほんとう)はその相手(あいて)の行動(こうどう)は
あなたへの無条件(むじょうけん)の(※)潜在的(せんざいてき)な信頼(しんらい)の表(あらわ)れみたいなものかもしれないのに。
(簡単(かんたん)に人(ひと)を信(しん)じるな、という人(ひと)もいますが。この部分(ぶぶん)が強(つよ)い人(ひと)は。信(しん)じてもらうには、まず相手(あいて)を信(しん)じること。相手(あいて)を信(しん)じる。誤解(ごかい)でもいいんですよ。相手(あいて)を信(しん)じたら、相手(あいて)が変(か)わっていく。攻撃的(こうげきてき)だった人(ひと)が、その人(ひと)との出会(であ)いで変(か)わっていく。そんなタイプの人(ひと)も、います。その個性(こせい)、ちゃんと長所(ちょうしょ)になりえますよ。というか、本来(ほんらい)は長所(ちょうしょ)になることが多(おお)い部分(ぶぶん)です。)
そんな相手(あいて)の
「ごめん。消し(け)ゴム忘(わす)れた。貸(か)して?」
を、信(しん)じられないんですね。
ぼくの病的(びょうてき)感覚(かんかく)と似(に)てるところがあります。
相手(あいて)を信(しん)じられなくなって、攻撃的(こうげきてき)になったりびくびくしたりするのです。
もっと、人(ひと)を信(しん)じていいのですよ。
対策(たいさく)。
そんな「人(ひと)を信(しん)じられなくなる自分(じぶん)」になってしまう原因(げんいん)
となる
自分(じぶん)じゃない声(こえ)を
二度(にど)と、聞(き)かない事(こと)。
そして
意識(いしき)して、人(ひと)を信(しん)じることです。
「こういう電話(でんわ)はオレオレ詐欺(さぎ)」
「知(し)らない人(ひと)についていってはいけません」
など
基本的(きほんてき)な、気(き)を付(つ)けるべきことは忘(わす)れずに。
悲(かな)しい事(こと)ですけどね。
人(ひと)を疑(うたが)わないといけない時(とき)があるなんて。
でも
基本(きほん)、人(ひと)を信(しん)じていい。
この文章(ぶんしょう)で、すぐ治(なお)る人(ひと)、徐々(じょじょ)に戻(もど)る人(ひと)といるらしいですが
もし、この文章(ぶんしょう)でよくならないなら
病院(びょういん)へ、行(い)ってらっしゃい。
「自分(じぶん)じゃない声(こえ)の特徴(とくちょう)、知(し)ったからおれは大丈夫(だいじょうぶ)だ!」
と思(おも)ったそこのあなた!
そう思(おも)って聞(き)いても
「信(しん)じよう」
と、強(つよ)く強(つよ)く思(おも)わなければいけなかったり
まるで自分(じぶん)の気持(きも)ちに逆(さか)らうような感覚(かんかく)に陥(おちい)ったり
やっぱりスッと自然(しぜん)に、簡単(かんたん)に、頭(あたま)の中(なか)に、入(はい)ったり。
やっぱり、心(こころ)に悪(わる)い。
聞(き)くの、やめましょう。
※潜在・・・表面には現れずに、内に潜んで存在すること。