1-3-7 | 風の庵

1-3-7

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 さすがというか、男性らの働きには舌を巻いた。
 腐ってもナントカ、日頃鍛えているだけあって薪の積み直しはあっという間に終わった。
 フィン1人だったらこんなに速く終わらなかった。
 ご親切にもルーレックスが自分たちに任せるよう申し出たが人は多い方が早く済むのだ。断った。
 それで微妙に疲れているフィンに対し、騎士2人は涼しい顔。ちょっと悔しいような。

「フィン!起こしてきた!」

 メイリオが玄関から声を上げている。

「ありがとうございました。どうぞ中へ」

 騎士たちを促してフィンも中へ戻った。中へ入ると丁度寝ぼけまなこのレイが階段を降りてくるところだった。
 相変わらず、くすんだ金髪は重力に逆らって勝手な方向に跳ねてるし、ローブがよれよれだ。どうして言うまで着替えたり頭に櫛を入れたりしないんだろう。
 今は厳しくチェックしてるから大丈夫だが、前は風呂に入るのさえ忘れてる始末だった。フィンが来る前、一体どうやって生きていたのか不思議でならない。
 風呂も、時々湯船の中で眠りこけてるからアジェランデスに見張りをさせている。

 指摘するまで服を替えないから今度から師匠が入浴している間に服を取り替えておこう。
 フィンは憂いに満ちた目で師を見つめながらそう心に決めた。

「ええと・・・何のご用でしょうかー」

 のほほんとした笑みを浮かべて首を傾げた長身の魔術師を呆れ混じりに見ていたチェルシーは、気が重そうに口を開いた。ルーレックスは好奇心に満ちた目で見ている。

「先日のカワセミ村の件では助力に感謝を述べに参った。貴公の骨折りにより被害が最小限にとどめられ、迅速な復興が成し遂げられたのは事実である。ベルデーナ地方の秩序安寧のために粉骨す騎士団を代表し礼を申す」

 初めのころの態度が嘘のようにチェルシーはぴしっと軍人らしい礼を決めた。けじめはきちっとつける実直さがチェルシーという男。

「ああ・・・そのことでしたか。私は特にこれといったことはしていませんよ。もっと早く駆け付ければ何も起きませんでしたから感謝される謂れはありません。
 それよりも直接的に功があるのは、フィンの方です。お礼は彼女の方に」

 穏やかな笑みと共に答えたレイに突然話を振られて驚いた。

「・・・む。確かに」
「そうだ。フィン、レイより功労者だ」

 偶然でもフィンが魔力に目覚めなければチェルシーの命があったかどうか。
 こちらに一斉に向いた8つの目に怯みながらフィンはぶんぶん首を振った。

「私は、何も」
「自らの功をひけらかさず謙虚に陰日向に尽くすとは何と素晴らしい・・・!やはりあなたはチェルシーにふぐはぁっ」

 メイリオとチェルシー2人から拳を食らってルーレックスは「愛は不滅さっ・・・」という言葉を残して沈んだ。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 レイとフィンの怪訝な目線から逃れたい騎士を助けたのは今日も美しく着飾り色香を漂わせながら優雅に降りてきた<装飾魔>ローラだった。

「あらあ、みんなそんなところに突っ立ってどうしたの?」

 レイの表情が一瞬にして変わる。フィン並の無表情になる。フィンは胸中で密かな感動を覚えた。

「応接間へ入ればいいじゃないの。昨日焼いたリンゴのタルトが残っていたわね。ちょうどいい時間だからお茶しない?」
「いや、我々は――」
「いやあ、悪いですね!あなたのような美しいご婦人自らがお作りになったものとなればさぞかし美味なことでしょう・・・!」

 神風のごとき速さで復活したルーレックスがキラキラ光線放ちながらちゃっかりローラの手を取っていた。何故かレイとメイリオが悪いものを食べたような顔で2人を見ている。

「ええ、おいしいわよお。遠慮はいらないわ」
「何故客のお前が取り仕切ってるんですか」
「細かいこと気にしないの。みみっちぃオトコはかっこわるいわよ、ね?フィン」
「そうですね」
「・・・・・・・・・」

 首を傾げて話を振ってきたローラに真顔で乗ってみたら、軽くショックを受けている師匠がいた。口をぱくぱくさせている。悪戯っ子のように笑うローラと顔を見合わせて、フィンも少し可笑しくなった。

 ゾロゾロと応接間に入って行く男性陣と台所へ向かう女性陣。
 手際よくタルトを切り分けるローラの横でお茶を淹れる準備をしていたら、メイリオがツンツンとエプロンを引いてきた。

「どうしたの?」
「なあ、フィン・・・あの騎士おかしい。ローラは」
「リオちゃん、お皿とってくれる~?」
「メイリオ、後で」
「う・・・ん」

 ローラがメイリオを呼んだため、話途中で終わった。後はタルトを運んだりお茶を淹れたりなんだりしているうちに忘れてしまった。メイリオはずっとすっきりしない顔で手伝っていた。



「いやあ、こんなに美味しいものは口にしたことがない」
「あらあら、うそばっかり。騎士さまたちはもっと良いもの召し上がってるでしょうに」
「いえいえ、騎士団の食事は質素ですよ。なかなかこういったものにはお目にかかれません!」

 はっはっはっ。ふふふふふ。と笑い合う2人を除いた面々は黙々と食していた。甘いものが大好きなレイが無表情だ。無表情でタルトをつついている。つつかれすぎてタルト生地が崩れてる。ぐさぐさぐさぐさ。

「出来ればずっとあなたの料理を食べて生きたい・・・」
「まあ、どうしようかしら?」

 ぐさっ。

「あー・・・そのー・・・」

 微妙に2人の世界に入ってる隣人と片頬引き攣らせているレイを気にしつつチェルシーが口を開いた。

「その・・・なんだ、あー・・・」
「騎士団の食事はそんなに不味いんですか」

 歯切れの悪さにしびれを切らしてようやく口を開いたフィンの問いにチェルシー唸った。

「不味い・・・訳ではない。庶民から来たものはともかく、貴族出のものにはいささか不満があるだろう。しかしいかなものであろうと食えることには感謝せねばならん。戦場であればろくなものは期待できんからな・・・供給が断たれれば数日飲まず食わずは避けられん」

 あまり日頃から舌を肥やしておくと現実にサバイバルな場面に直面した場合に困るのだろう。粗食こそが大切なのだ。健康にもいい。美食慣れした貴族の訓練のひとつにもなる。

「ルーレックスは指揮官としての認識が足らん・・・だから奴の部下はどいつもこいつも・・・」

 重い口調で呟くチェルシーにレイがふっと笑った。

「平和な証拠ですよ」
「しかし、常から心身共に鍛錬し気を引き締めておかねば急事の際に即座の対応ができん」
「そうですね、仰る通りです。しかしメリハリが大切です。緊張し続けていては疲れてしまいます。チェルシーさんもたまにはこうしてゆっくりなさるのも必要です」
「・・・む。我輩は・・・」

 のんびりと語る魔術師の柔和な笑みに言葉を濁す。
 あれほどツンケンして(チェルシーが一方的に)いたのに、普通に会話する2人に僅かな嬉しさを感じ、表情を幾らか和ませたフィンはリンゴを一切れメイリオにあげた。目を輝かせて嬉しそうに受け取るメイリオが本当に可愛い。
 リーも、リンゴが好きだった――

『はい、あんたには1個おまけしてあげる』
『ありがとう、フィリー』
 琥珀色の目を細めて嬉しそうに、タルトを齧って――――

 皿の上のタルトが目について離れない。

『フィリー・・・姉さん――』

 リー、リュミエール。双子の弟・・・フィンが見殺しにした――

「―――っ」
「・・・?フィン?」


 急に目の前が歪んだ。目眩が襲う。焦点がぶれる。ふわんふわんして平衡感覚がおかしくなってくる。

「フィン?」

 メイリオの声が遠くから聞こえる。音叉の鳴り響く音のように歪んでいる。

『姉さん・・・僕のフィリー・・・ずるいよ、自分だけ・・・・・・僕もたべたいな・・・ねえ、姉さん・・・』

 頭に鳴り響く。気持ち悪い。
 穴に落ちるような感覚に背筋が粟立つ。肌がざわめく。

 ちがう・・・ちがう、わたしは――

 取り落としかけた皿をメイリオがキャッチした。前のめりにテーブルに手をついたフィンに、チェルシーがフォークを持つ手を止め、真顔になったレイが皿を置いた。

「フィン、顔色悪い。タルトにあたったか?」
「そんな馬鹿な――」
「それはないでしょう。フィン、私を見なさい」

 いつもの低く耳に心地よい声が、錯乱しかけた思考にするりと入りこんできた。

「フィン」

 のろのろと顔を上げた、青褪めた弟子の頬を温かい手の平で挟むと、レイは穏やかなアメジストで彼女の目を覗きこんだ。傷付き、未だその傷を抱え隠し揺らぐ、はしばみの瞳を捉える。

「大丈夫です。何も、恐れるものはありません」
「師、匠・・・」
「大丈夫」

 不思議な色の瞳を見つめると、不思議なことにいつも波立つ心が鎮まる。ただの短い言葉に、灯火の消えかけた心に火が灯る。それそのものが魔法であるかのように――

 こくん、と頷いたフィンの眼差しが落ち着くのを確認してから優しく微笑むと、魔術師は手を離した。

「フィン、どうしたの?まさかあたしのタルトが」
「何か原因があるとすればそれはお前の存在そのものです」

 一転して刺々しく冷ややかに告げたレイにローラが口を尖らせる。
 存在そのもの―――その言葉にフィンはビクリと震えた。レイの口から・・・・・・

「ちょっとお、ひっどいと思わないの?あたしとフィンに対する態度違いすぎよー差別はんたーい」
「フィンと同じ土俵に上がることすら間違っていますね」
「んまあっ!ちょっと、レックス聞いた?今の!」

 いつの間にか呼称がレックスに変わってる。

「魔術師殿、確かにそれは――」

 賛同しかけたルーレックスと文句言いたげなチェルシーの騎士2人とローラに嘆息すると、レイはびしぃっとローラにフォークを突き付けた。ローラが思わず顎を引く。

「いい加減にその悪癖を何とかしなさい。人をからかって楽しいですか。それでも30目前の大人ですか」
「ま、魔術師ッ・・・」
「年中ナマケモノよろしく情けない生活してる甲斐性なしの半妖怪人間に言われたくないわよ」
「変態に妖怪呼ばわりされたくありませんね」

 チェルシーの言葉も無視。フィンも驚いた。女性の年齢を大っぴらにするとは。いやそれより30って・・・

「フィンの手前我慢していましたが、罪もない人を騙すのは黙っているわけにはいきません。その悪趣味な格好と話し方を何とかしなさい。でなければ今後ここへの立ち入りを永久に禁止します」

 レイはローラをしっかりと見て言った。

「ローランド・デンダール」


 空気が固まった。






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