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「何なのだお前はッ!近づくなッ。痛い目に遭いたいのか」
「いやん。リオちゃん、そんなツレないこと言わないで~。ちょっと、ちょっとだけでいいのッ」
「フィン!こいつ、なんとかしてッ」
翌日。小さな妖狼と人騒がせな客人が対峙していた。
うふふふ、と笑いながら可愛らしいドレス片手にじりっじりっ、と詰め寄るローラ。敵愾心あらわに(きっと獣型だったら毛が逆立ってる)睨み付け(ながら壁際に追いやられ)ているメイリオ。
「お・ね・が・い♪きっとかわいいから、飾らせてッ」
「私は妖狼だぞッ!人間の真似事ができるかッ。気色悪い、こっちくるな!」
「ふふっ。リオちゃんはツンデレタイプなのね?ご主人様以外には冷たいってかわいすぎてゾクゾクするわぁ~」
笑顔絶やさず迫るローラに本気で本能的危機を感じ取ったらしいメイリオは、妖怪を見たような恐怖の目で(自分こそが妖なんだけど)見ると、バッと脇をすり抜けてこっそり傍観決め込んでいた(というか楽しんでいた)フィンの背後に隠れた。
「あっ・・・そんなのありぃ?」
「すみません。嫌がってるのでやめて頂けますか」
メイリオは非常に、とっても、ものすごく可愛い。というか美人。真っ直ぐでサラサラのプラチナブロンド、透き通るような白い肌、ややつり気味なぱっちりとして意思の強そうな青い目、すらっとした体型。まだ女性というよりはボーイッシュな女の子だが、目の保養に最適。
だからドレス姿を見たい気持ちはものすごくあったが(自分のことは棚にあげ)背中に隠れ、フィンの服をぎゅっと掴みながら、頭だけ後ろから覗かせて威嚇している様はものすごくツボで。ここはお姉ちゃんとして庇ってあげなければ。
無表情に言ったフィンに、ローラは不満げな顔をしていたが、すぐににっこりとした。
「わかったわ。じゃ、フィンが代わりにあたしのオモチャになってくれるなら諦める」
「・・・・・」
斜め後ろのメイリオと目が合った。青い目に焦りが走る。フィンは相変わらずの無表情。
「・・・フィ、フィンが可愛くすれば、へなちょこ魔術師がよ、喜ぶと、思うッ」
「・・・師匠を喜ばせて何も得することはないけど」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「わ、私は妖狼だからッ妖狼がひらひらドレスなんか着たりしたら一族の恥さらしにッ」
「使役が属するのはその主人にのみ。主が解放するまでの期間族類との縁は切れてる」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「フィンは“みょうれい”だってそこの変態が言ってたッ。“みょうれい”の女の子は綺麗にしなきゃいけないって。フィン、ドレス着」
「そんな決まりはどこにもない。私が着飾っても滑稽なだけだし、醜悪さが際立つだけ。そんなに私に苦痛を味わわせたいの?」
つい、ムッときて(メイリオにというより余計な入れ知恵をしたローラに)少しきつい言い方になってしまった。
言葉に詰まったメイリオは、悔恨を過らせた。嘘をつけない妖狼の子はフィンの傷痕の酷さを、醜さを否定できない。あくまでも傷痕が醜いのであって、フィン自身が醜い訳ではないのだが、フィンはその違いには気付いていない。またメイリオもそれを教えられるほどの知恵がない。数えで23年生きていても、まだ思考は子どもなのだ。
「・・・・・・分かった。フィンのためだ」
しょんぼりと折れたメイリオに後ろめたさを覚えなくもなかったが、醜い自分より可愛いメイリオが着飾った方が断然良い。
昨日直したドレスは、着ることは拒否させて頂いた。家事には向かないし、似合わないから。それでも、ローラオススメ、普段着にもなる動きやすい服を無理矢理着せられたのだが。
紺色で綿麻のシンプルなドレスだ。確かに動きやすいし派手ではないので文句言えなかった。同じ色のリボンで何故か、三編みまで。これくらいは、これくらいなら、いいか。
「よしよし、リオちゃんは可愛いからいじくりがいがあるわぁ♪ご主人様おもいなところもポイント高いわね~」
何のポイントだ。何の。
「ええい、調子に乗るなっ。妙な真似すればただじゃおかんぞっ」
「だいじょうぶ。飾る趣味はあるけれど、幼女を襲う趣味はないわ~。さっ、こっちへいらっしゃい」
サラリと凄いことを言った気がしなくもないが、多分大丈夫だろうと、2階へ向かう2人を見送った。
さてさてと、モップを手に台所の床を掃除し始めた時、
「たのも―――――!!誰かおらんか―――――!!」
1度聞いたら忘れられない大音量が響いた。
(何しに来たのかな)
モップを置いて、エプロンは着けたまま玄関に向かった。案の定、金色の巻き毛に碧の目、騎士を絵に描いたような御仁がいた。ベルデーナ地方騎士団支部長チェルシー・ロクサス・アルバドレイ殿である。妖狼騒動以来、実に2週間ぶりだ。
「こんにちは。今日はどのような御用で?」
「おおっ、フィンか!妖術師はおる――」
フィンを見たチェルシーは言葉を途切れさせた。
「・・・何か私の顔についてますか」
「いッ、いやッ!そうではなく――、その・・・常と違う、ようだな」
この装いが。変なんだ、やっぱり。自分でも変な気がするし。
「確かに変ですね」
「誰もそんなこ――いやッ何も外すことはなかろうがッ」
髪をほどこうとしたのを慌てた騎士に止められてフィンは(無表情に)きょとんとした。
「せっかくなのだ、そのままにしておくが良い」
「やっぱり慣れないことはするものではありませんね」
「何もおかしなところはない・・・その、似合って、おるぞッ」
「そうですか。別にフォローはいりませんが」
「世辞などではない!むしろ常にそうしておれば良かろう」
ちょっと頬を染めてチェルシー。フィンは(無表情に)軽く首を傾げた。
どうも自分の周りの人間は目がおかしいらしい。
おかしいのは強迫観念に囚われたフィンの方だが彼女がそれに気付く日は遠い。
「それで師匠に、何か?」
「ああ、そうであった。先日の件に関し(真に不本意ながら)騎士団を代表し礼を述べに参っ――」
――どんがらがっしゃん!!
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
外からだ。フィンとチェルシーは一瞬目を合わせると外に出た。何事か。
辺りを見回す、と、
「貴様、コソコソと怪しいヤツ!さては曲者か!」
「リオちゃん、今どこから飛び降りたのー!?ケガはない!?」
メイリオの怒声とローラの叫び声、
「曲者だなんて心外ですね、可憐なお嬢さん!僕がここにいる全ての理由はあなたと出逢うため――おや、そちらのお嬢さんは先日の――!」
「ルー、レックス・・・」
「サー・ロークベルン・・・」
チェルシーが額に青筋立て、拳を震わせながら絞り出すように呟いた。
見れば、西側棟の壁際に積んであった薪が崩れ、庇が壊れ、無様に転がっていながらなおかつ輝くような笑みを絶やさないルーレックスと、綺麗に着飾って、大人しく座ってれば良家のお嬢様に見えなくない筈が残念なことに、勇ましくも崩れかけた薪の上に素足で仁王立ちなメイリオがいた。上階の窓からローラが身を乗り出している。
「あら、あなたはいつぞやのナンパ坊や」
「ふっ・・・ナンパだなんてロマンがないことを仰らないで下さい、お嬢さん」
芝居がかった仕草でさらっと髪を流し、目を閉じて胸に手を当てる。何というか、舞台の上でスポットライトを浴びる花形役者気取りだろうか。片手に真っ赤な薔薇を持たせてみたらもっと様になるかもしれない。せっかく美男子だというのに色々ツッコミどころがある人だ。これでも騎士、しかも副支部長だというからこの国の未来が心配だ。
「貴様!よく見ればこの間フィンに手出そうとした不届者だなっ!」
「はて、以前にどこかでお逢いしましたかな?あなたのようなお美しいお嬢さん、一目見たら忘れるはずがないのですが――」
「ルーレックスッッ!!何故貴様がここにおるのだッ!!」
ズカズカと詰め寄り、胸ぐら掴み上げたチェルシーにルーレックスはヘラッと笑った。
「や、チェルシー。今日も男前だね!」
「かようなことは聞いておらんわッ!この痴れ者がッ!」
「何って、君があの亜麻色の髪の妖精さんのところへ行くと言うから心配で様子を見に来たのだよ」
「何の話だッ!」
ルーレックス、微妙に違ってたりする。少し声を落としてにっこりと笑う。
「安心したまえ、チェルシー。いくら僕といえども親友の恋路を邪魔するほど野暮じゃない。ただの様子見だよ。団員たちも最近君のことを気にかけているからね、代表として」
「ばっ――きょ、今日はベルデーナを守る騎士団の代表としての職務全うのために参ったのであって、決して」
「照れ隠しは不要だよチェルシー。君と僕の間柄じゃないか!堅物で有名な君にようやく訪れた春な――むぐうっ」
「わ――わ――わ――!!それ以上語るなッッ!斬られたいかッッッ!」
大慌てでチェルシーは脳内万年春な色男の口を塞いだ。
「何だと?お前もフィンを狙う害虫か、人間。ローラがフィンに近付く男はフィンに害なす獣だと言っていたぞ」
メイリオ、ローラに何を吹き込まれたのか、ご主人様命に拍車がかかっている。目が据わっている。どう見ても12歳の少女なのに、この滲み出る冷気は何か。
「違うッ!断じて違うッ!こやつの妄想だッ!」
「チェルシー、男らしく潔く認めた――むぐ」
「貴様は黙っておれ!」
変な汗をかきながら離れたところのフィンを見やったが、いつも表情の無い少女は今日もまた無表情にこちらを見ていた。微妙に首を傾げて不思議そうに(多分)しているから、恐らく聞かれてはいない。
ホッとするのと同時に、むごむご言う同僚に凄む。
「とっとと帰れ」
「嫌だね。こんな楽しそうなこと見ないで帰るなんて」
まだナニかを誤解しているようだ。
「では、用が済むまで一言も、良いか、ひとっこともだぞ?口を利くな。分かったか!」
「えー」
「命令だ」
「はいはい」
「何だったんですか」と尋ねたフィンにチェルシーは顔を赤くすると「大したことではないッ」と答えた。色男は忠実に黙しているが目が輝いている。
フィンはローラが(真上で聞いてた)ゲラゲラ笑っているのが気になったがそれよりも、板がぷらぷらしているかつて庇であったものと、崩れた大量の薪をげんなりと見やった。
壊したのも崩したのもメイリオだ。しかしせっかく着飾った彼女に今すぐ元通りにしろとは言えない。自分で招いたことの始末は自分でさせるが、今はドレスが汚れるのはフィンが嫌だ。かといってこのままにしておくわけにはいかない。
ため息をつきつつ、フィンは転がる薪を拾い集めだした。慌ててメイリオが手伝おうとしたが止める。
「ここはいいから、師匠にサー・アルバドレイがいらっしゃったことを伝えて。多分、部屋で本読んでるか寝てるから。サー・アルバドレイを客間にお通しして、ローラさんに聞いてお茶を出して」
「フィン、ごめん」
「別に、怒ってない。怒ってないけど行動する前にもう少し考えて。集団生活は目先のことだけ考えてたらしわ寄せが他の人にくるの。動くのは嫌じゃないけど私の時間は無限にある訳じゃない」
「ごめん」
いつもと変わらない淡々とした口調が微妙に厳しいのを感じ取ったメイリオはシュンとすると大人しく言葉に従った。
「我輩のことであれば気遣いは無用だ」
「そうですか。じゃ、メイリオ、師匠呼んでくるだけでいいよ。お二方はこれ、手伝って下さい」
コロッと態度が変わったフィンに周囲はずっこけそうになったが、メイリオはフィンの機嫌がそう悪くないことにホッとしてすぐに館内へ駆けていき、チェルシーたちは特に異存はないので手伝い始め、ローラは上でまた笑っていた。
「レイ、あんたいい拾いものしたわね。
さーて、あたしも手伝おうっと」
能面のような表情の少女を眺めながら、ローラは小さく呟いた。