1-3-5 | 風の庵

1-3-5

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「フィン、こっちなんてどうかしら」
「・・・・・・」
「あっ、こっちも似合うわね~」
「・・・・・・」
「フィンはどれがすきかしら~?」

(・・・なんでもいいから早く終わんないかな)

 次々とあてがわれるドレスにフィンは辟易していた。

 約束通り午後を空けたフィンを待っていたのは、どこからこんなにやってきたのか知れない華やかなドレスの数々だった。ローラはそれらをフィンに着せたいらしかった。
 だが、何故?可愛くないどころか醜い自分にこんなものが似合うと思えないし着ても虚しいだけだ。
 ローラの意図を量れずフィンは大いに迷惑していた。

 こんなこと何の意味があるのか分からない。

「やっぱりフィルンのバラがいいわね・・・あとスィベリも」

 ローラは1人でブツブツ言いながら2つを取り分けた。フィルンという名前らしい、青みがかった淡いグレーに、白や落ち着いた赤、若草色、クリーム色で綺麗なバラと小花の模様が散らされているツーピースのドレスと、ローラがスィベリと呼んだ色、オレンジよりのごく淡い紅色の地一面に小花柄がプリントされているものだ。

 何というか・・・自分よりは、まだ下の村の女の子が着た方がドレスのためになる。
 そう思わせる綺麗なドレスたちだった。

 ふりふりレースたっぷりなものや眩しいくらいピンク!なもの、何重ものペチコートが重ねられて膨れ上がったスカートとか際どいくらい深いカットのもの、見事なパフスリーブとか。
 どっかのお姫様とか、ローラ自身にこそ似合うような女性らしさを強調したドレスも沢山あったが、ローラはその中から落ち着いた、それでいて華のあるものをフィンのために選び出した。
 フィンの地味な性格を考慮しての譲歩だろう。

「さてと、あとはちょこっと詰めればOKね♪ちょっとフィン、これを着て」

 まずは淡いピンクのものを差し出され、フィンは渋々服を脱いだ。人前で脱ぐのは少し気が引けるが、ここは自分の部屋だし、ローラは女性だから大丈夫だろう。

 下着姿になったフィンを見てローラが目を瞬いた。

「ええッ!ちょっとちょっとフィン痩せすぎよッ。年頃の女のコなのにその細さは何!?病気になるわよ!?」

 フィンは姿見に映った己の身体を見やった。露出した肩から手先、首元や膝から下、確かに細い。自分でも痩せてる自覚はある。

「もっと太らないとダメよ?成長期に痩せすぎだと、後々病気になりやすくなるし子供生むときに困るのよ?」

 結婚する気も恋愛する気もないから、子供を生む予定もないが、病弱なのは困る。努力はしているが、それでも太る分の栄養が残らない。
 元々ここに来たときは拒食だった。そこから徐々に食べられるようになったのだが、小さくなった胃は今でも1度に少ししか食事を受け入れない。
 だから実は1日5回に分けて食べている。そうしないと消費エネルギーと摂取カロリーが釣り合わなずに、血糖値が下がりすぎて倒れるからだ。

 そう言うとローラは鼻息荒く憤慨した。

「まったく、レイのヤツ、フィンを働かせすぎだわ!」

 病気にはなれない。倒れたら家を綺麗にする人間がいなくなる。

 それだけは勘弁だ。

 ローラはフィンにドレスを着せると慣れた手付きで持ってきた針と糸を駆使し、サイズ調整を始めた。
 言い忘れたがこれらはローラが昔着ていたものらしい。この館のクローゼットに仕舞われていた。どこにあったんだ、と思ったら1つだけ鍵がかかっていて開かなかったクローゼットの中味だった。
 ローラが若い頃のらしく、身丈もそんなに調整がいらない。今のローラのだったら、彼女はフィンより頭半分長身だから調整が面倒になる。

「動かないでね~」

 ローラはフィンの周りをぐるぐる回りながら直していった。お喋りな彼女に乗せられて、いつしかフィンもいつになく饒舌にお喋りをした。元々寡黙というほどではないのだ。
 今まで同性の友達など1人もいなかったし、レイは大抵マイワールドに篭ってるしあくまでも師匠であり保護者(一応名目は)に過ぎず、下の村の隣人も友達というほどではない。話上手なローラのペースに知らないうちに巻き込まれて、しかしそれもいくばかの楽しさを覚えるものとなった。

「それでねぇ、レイったら食あたりおこしたのよ~」
「だから魚卵が嫌いなんですか」
「そうそう~トラウマになったみたいよー。ばかよねえ、意地汚いからそういうことになるのに」
「ローラさん、本当に師匠のことよくご存知なんですね」

 ふふ、と悪戯っぽく笑うとローラは歯で糸を切った。

「それはもちろん、なーんでも知ってるわよ?お互いのホクロの場所まで知ってる仲だもの♪」
「ホクロ・・・なんてあったっけ」

 思わずポツリと呟くと、ローラがニマリと笑んだ。

「あるわよ~。えっとね、背中に1つと太もものつけ根に1つね♪」

 ・・・・・・は?

 そ、れって・・・・・・

 サッと頬が熱くなるのを感じてフィンは思わず顔を逸らした。しかしローラはクスクス笑っている。

「あはっ♪いいわねえ、初心で♪苛めたくなるわ」
「・・・・・・・・」

(・・・実にいいご性格していらっしゃる)

 くっ、と拳を握り締めたフィンを余所にローラは2着めを終えると「はい、終わったから脱いで~」と手を打ち鳴らした。

「よ~し。後はすこし飾りをいじくればOKね」

 ドレスを手に満足そうに笑むローラを見つめて、(やっぱり・・・師匠とそういう・・・関係・・・?)と勘繰ってしまう。
 ローラは美人だし、レイだって、男性だ。ちかしい存在なのは、ローラを毛嫌いするような反応のレイを見ても、感じられることで・・・昔は―――

「・・・・・・・・」

(・・・私には関係ない)

気になんか、なるわけがない。あの甲斐性のなさだからちょっと、意外だっただけ。
 むしろ今もそうであってくれればいかに楽だろうと思う。きっと普通のまともな生活が出来ているに違いない。

「――でも、役得ってこのことかしらね?」
「・・・・・・は?」
「若いコの肌っていいわね・・・すべすべできめ細かくて・・・肌触りがいいもの」

 ぺたぺたと(うっとりと)ローラはフィンの腕を触っている。

(この人も相当変わってる・・・)

 顔を見てから1度もフィンの傷に言及しなかった人間の、3人めだ。国際魔術師連盟本部長、老師様とレイに続いて3人めだ。目が悪いわけでもないだろうに、この至近距離で少しも取り乱す気配がないなど、相当変わってるとしか言いようがない。

「そういえばフィンって胸の形がキレイね。もう少し栄養つければまだ成長の余地があるのではなくて?」
「いりません。必要性は感じてませんし肩が凝ります。邪魔なだけです。」
「ちょっ・・・フィンッおかしッ・・・・・!」

 突然噴き出すとローラは腹を抱えて笑い出した。何か面白いことを言った覚えはないのだが。

「ふふふ・・・本当にフィンっておもしろいわね~。そんな、かなしいこと言わないで?大抵のオトコは胸の大きいオンナに弱いのよ?それに体型がキレイだと自分がうれしくないかしら?」
「ですから、必要性を感じていません。異性に興味はありません。無駄なことはしない主義です」

 するとローラは目を見開いた後、ゆったりと微笑んだ。

「それは、たのしみを知らないから言えるのよ。もし知ったらやめられなくなるんじゃないかしら」
「別に、知らなくていいです」

 そろそろ服を着ないと。
 無表情に冷たく返すとローラは少し考えた後、おもむろにフィンの腰を引き寄せると低く耳元に囁いてきた。

「せっかく美人なのに、勿体無い・・・あたしが教えてあげるわよ?」
「――っ」

 何故か、急に身体が熱くなった。耳朶を震わすハスキーが、妙に艶かしくて。逃げようともがいたのに、抱えた腕が思ったよりずっと強くて。頭が真っ白になりかけた。

(な・・・んで――)

 だいいち、ローラは、女性ではないか・・・いや、男ならいいとか言う問題ではないが。本能的に(ヤバい)と思った。

「離れろ」

 不意に深みのある声が響いて、フィンはビクリと身体を震わせた。

「我が主に害なすつもりなら容赦せんぞ、ローラ――」
「やぁだ、冗談に決まってるでしょお?あんまりフィンが可愛いからからかいたくなっただけよ」
「アジェランデス・・・!?」

 深紅の青年が窓辺に立っていた。いつの間に現れたのか。彼は冷ややかにローラを見ていた。

「・・・・・・」

 その目がふと、フィンに向き――フィンは自身の格好を思い出して真っ赤になった。――もっとも彼の方は少しも態度が変わらないのだが。

「妙な気を起こすな。レイにお前を見張るよう言われてる。私の目からは逃れられんぞ」
「はいはい、わかってるわよ。それよりフィンが可哀想だから早く消えなさいよ」

 アジェランデスは顔を赤くしているフィンを一瞥すると、すぐに姿をかき消した。精霊だからこそなせる業だが、フィンはまだ動揺から立ち直っていなかった。

「あら?フィンったら・・・やだぁ、セクシー♪」
「は・・・・・・って、ローラさんッッッ!」

 思わず声を荒げると、フィンの身体の側部を覗きこんでいたローラは楽しそうに笑ってフィンから手を離した。

「ふふっいいもの見せてもらったわ?」
「何がですかっ」

 目をくるりと回すとローラは長い指でフィンの右胸を差した。

「だって、胸のホクロなんて恋人でもなければ拝めないじゃない☆しかも、その位置なら尚更♪」

 乳房の下方に確かに昔から、ひとつホクロがあった。それのことらしい、が。


「フィン、気を付けて?あなた自覚ないみたいだけど、そういう目付きされると押し倒したくなるわ。仔猫みたいでかわいいっ」

 クスクス笑いをやめないローラはトン、と指先でフィンの鼻を突いた。

「・・・・・・・・」

 呆れと怒りで、すう、と半眼になったフィンに敢えて知らないふりをすると、ローラは鼻歌を歌いながら片付けを始めた。

 ああ、何か、レイの気持ちがよく分かる気がするんだ。







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