■“犯罪”という概念の発生
少々まじめな話になるが、犯罪が人類史の中に登場するのは、法律と正義の成立(罪刑法定主義)と同時である。
法律にもとづかない為政者の公務がただちに犯罪となるのが、法と正義の存立(存在して成り立つこと)する根拠である。偉ければ何をしても犯罪とならないのであれば、法律ではないということになる。
この原理は21世紀を迎えようとしている今日も変わらない。そして、唯一性を存立基盤とする国家権力の暴力行使にも、古くから制約があった。
ローマにおける僣主(せんしゅ=血統ではなく実力で君主になった者)は議会の意を体現した人々に暗殺され、中世を暗黒で覆った教会権力も聖書という神の文書にもとづいて打ち倒された。市民の憲章として神の意思が社会化され、犯罪の意味が明白となった近世にいたり、栄華をきわめた絶対王権はついに打倒された。
整備された法が人の上に立つのは、19世紀を待たなければならなかったとはいえ、文書がつねに人を支配したのであれば、これが人類の唯一の叡智(えいち)なのである。
もちろん明文化された法律の定めによって犯罪が構成されるようになる以前にも、正義の概念による法思想は存在していた。まるで嘘ばかりの神話世界に、すでに法と正義は明記されていたのである。
とはいえ、近代的な法規が詳細に明記されない時代、ほとんど人類は戦乱に明け暮れていたのであって、いうならば人類の前史である。
人類の前史とは、まがいなりにも国家が法律を備えるまでをここでは指しているつもりなのだが、そのおよぶ範囲はいい加減である。人類最初の法概念としてはギリシャ神話の中に、法の女神(テミス)と正義の女神(ディケー)が現れている。ホメロスやヘシオドスが叙事詩としてそれを残した時代だから、おおむね紀元前8世紀ころ、2800年も前のことである。
■人類の前史における法や規範
さて、2800年も前のこと。ギリシャ神話の中に法の女神(テミス)と正義の女神(ディケー)が現れたのは、共同体が都市国家として形を整えていた時代である。都市国家(ポリス)は外敵から市民を守ると同時に、共同体内部の犯罪者からも市民を守る義務を課せられたのである。
といっても、ある日突然、もう他人のものを盗むのはやめようとか、人殺しはよくないだとか、誰かが言い出したわけではなくて、共同体の内部では生活と財産を脅かす行為には、私闘で対処されてきたはずである。人類にとっては、暴力が唯一の法律だったのだ。
それ以前の文明社会にも法律行為は存在したと思われるが、戦争や強奪をもっぱらとし、交換よりも略奪が経済の交通手段だった共同体の規範や慣習は、文書も残っていないので今日ではうかがう術はない。
■人類にとっての犯罪発生の起源とは
それでは、犯罪の発生の起源をたどってみよう。
犯罪の発生、その一。
それは人類が生活の安定を確保し、守るべき財産を形成したことによるのであって、唯物史観では農耕や牧畜などの技術による生産力の向上が私有財産を形成し、奴隷制度を生み出したと説明されてきたが、まあそういうことにしておこう。
犯罪の発生、その二。
ギリシャの市民たちが考えたように、各人に彼のものを与えよという所有の公正さをもって、王侯貴族の不正裁判や傲慢に対して正義を対置したのである。この民主主義の思想が法治主義の発生である。
法の女神テミスは神様の大御所であるゼウスの妻として、法と正義による秩序を生む。その長女が正義の女神ディケーであり、次女エウノミアは秩序の女神、三女は平和の女神エイレネである。
犯罪の発生、その三。
ヘシオドスの神話では、ノモスという概念が生まれる。ノモスとは、アテネにおけるドラコンやソロスの立法を背景に、神による法と正義の概念から人間による法律の支配をよしとする思想である。
ヘラクレイトスにいたってノモスは宇宙と万物を支配する法思想となり、ここに法と正義は神ではなく人間が作るものとなったのである。ちなみにヘラクレイトスはデモクリトスらとともに、源初的な弁証法と認識論を残して、近代の哲学者に影響を与えた哲学者である。まだ奴隷が楔を解いて自由に生きられる時代ではないが、ギリシャの人たちの考えは偉大だった。
ところが、紀元前五世紀ごろになると、ギリシャの諸国にもいろいろとうるさい連中が出てくるのである。ソフィストと呼ばれる学者の一団がそれである。
(作家 横山茂彦)
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