【11】「盗賊の世界史」プロフェッショナルとしての本格犯罪【連載】 | a.k.a.“工藤明男” プロデュース「不良の花道 ~ワルバナ~」運営事務局
■『鬼平』と同時代、18世紀ヨーロッパの盗賊事情

 さて、ここは『鬼平犯科帳』と同じころのヨーロッパ。18世紀のロンドンの街を眺める郊外の森の中である。

 かりそめにも日本の本格派盗賊や義賊たちが江戸庶民の支持を受け、富の社会的循環の役割をはたしていたのとは違って、同時期の西洋の盗賊たちは、もっぱら上流階級を相手に、森の中でくり広げられるゲームのような感覚で仕事に勤しんでいた。

 18世紀の全般を通じてロンドン郊外の道という道を支配したのは、馬に乗った追い剥ぎと呼ばれる強盗たちである。馬を巧みに操る彼らの活躍は、神話的に伝えられる面があるにせよ、追い剥ぎが職業として成立していたのは事実だ。


 意外なことに、彼らが活躍したのは名誉革命後の、社会が比較的安定した時期なのである。クロムウェルの宗教革命によっていったん処刑台に登った王権が共和制のもとに復権し、産業革命が胎動を始めた時期のイギリスは、近代的産業と新大陸からもたらされる膨大な富が貨幣に身をやつして、社会の構造を変えつつあった。

 江戸の町衆を緊張させた高利の金貸しではなく、ロンドンのシティには本格的な銀行も初期の姿をあらわしている。ここでも貨幣の普及が盗品の換金性を高めることで、プロフェッショナルの盗賊を活躍させたのである。



■荒々しいスポーツのようなロンドンの盗賊

 ロンドン郊外の森の中や荒野は、強盗が徘徊するにはうってつけの舞台だった。江戸の市中で細心な注意をはらって準備をすすめていた本格盗賊とは違い、彼らの荒っぽい仕事はスポーツに似ている。

 何しろ彼らの狙う獲物は、強奪の瞬間まで値踏みできないのである。まず、これと見定めた馬車を追って止めてみる。大仰に銃をつきつけて、馭者(ぎょしゃ=馬車の運転手)に逃走を諦めさせるのが彼らの手口である。ところが期待に反して、豪華なドレスを着飾り宝石をまとった貴婦人の代わりに、産気づいた農民の女房や修道層が乗っていたりすると、ハズレなのである。

 大きな乗合馬車(キャド)は豪華な宝庫のように見えるが、これは庶民たちの足であって、男たちは日給の数シリングしか持っていないし、女性といえば針子や娼婦が乗っているだけだ。そんなときは、彼らは投げキッスをよこして次の獲物をさがすのだった。

 なかには、馬車に乗った令嬢が指輪をはずすのが遅すぎるという理由で、彼女の指ごと切断して指輪を奪ったり、気に入った貴婦人を森の中に連れ込んで強姦してしまうような不届き者もあったが、追い剥ぎの騎士クロード・デュバルの伝説などはロマンにあふれている。

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<ウィリアム・フリスの描いた盗賊クロード・デュバル>



■教養ある盗賊デュバルの粋なダンス

 ロンドン郊外の森の中、盗賊デュバルが勢いよく馬車に追いすがって来たとき、馬車に乗っていた貴婦人は恐怖心を静めるために、持ち合わせていたフルートを吹きはじめたのだった。

これを聴いた教養人の盗賊デュバルも、たまたまフルートを持っていた。彼は貴婦人の優雅な演奏にあわせて巧みにフルートを吹いたという。馬の蹄の音とともに、二人の奏でる旋律が森の中をぬける。馬車に同乗していた人々もこれには驚いたが、彼らが驚くのは早すぎた。

 ようやく馬車に追いついたデュバルは、なんと、フルートの貴婦人をダンスに誘ったのである。

「あなた様のように教養のある紳士のお申し出を、断るわけにはまいりませんわ。今宵は踊って月や星を愛でるには、最高の夜」

 と言うや、彼女は手をひかれて馬車を下りると、二人して軽やかなコラントを踊ったのだった。

 ダンスをリードするデュバルが申し分ない腕前を披露したので、馬車の乗客も感心して100ポンドを彼に贈った。馭者が鞭をしごいてワルツを奏でる。さながら闇夜の舞踏会である。月や星が踊る二人の姿を照らしたかどうかはともかく、伝説を読むばかりの私たちは、洗練されたステップに幻想的な光景を想像してしまうほかはない。

 そのデュバルものちに捕らえられて死刑を宣告されているが、彼が収監されたニューゲイトの監房には彼の伝説を慕って大勢の貴婦人が訪問したという。

 コベント・ガーデンの彼の墓標には「読書家のデュバル、ここに眠る。男性なら財布に御用心。女性なら恋心に御用心。かのタイバーンが生んだイギリスの栄光、非凡なる盗賊。デュバルは婦人の喜びであり、彼女たちの悲しみ」と記されている。

(12)馬に乗った追い剥ぎたちの高貴なる伝説、に続く

(作家 横山茂彦)