ラシーヌの名作『フェードル』
の一部をフランス語で一緒に読みましょう。まずフェードルのあらすじを言っておきます。
まず登場人物の整理です。
テゼー:アテネの王
フェードル:テゼーの妻
イポリット:テゼーとアマゾーン女族の女王、アンチオープとの子
アリシー:アテネ王国の血を引くが、テゼーの一族とは敵対関係。
エノーヌ:フェードルの乳母。またフェードルの腹心の部下
テラメーヌ:イポリットの養育係
イスメーヌ:アリシーの腹心の女
パノープ:フェードルの侍女の一人
混乱を避けるために言っておきますが、アテネの王であるテゼーとフェードルは夫婦。でも、イポリットはフェードルの子ではありません。テゼーのもう一人の妻アンチオープの子です。
まず、大雑把にあらすじを書きますね。
最初、アテネの王テゼーは行方不明になっています。息子であるイポリットは父の行方を探すため、旅に出ると言い出します。しかし、本当の旅の目的は「父を探すこと」よりむしろ「アリシー」から離れるためです。敵対している一族の娘であるアリシーに恋をしてしまったなんて、テゼーの息子であり、王子の身分であるイポリットにはあってはならないことですからね。だからいっそこの国を離れてしまおうと思ったわけです。
さて、一方のフェードルですが(先述したようにイポリットはフェードルの子ではない)病に冒されています。元気だった頃はイポリットに対してそれなりにひどい扱いをしてきました。そりゃ自分の夫のもう一人の妻の子ですから、可愛いわけがありません。でも、それから長い年月を経てフェードルはイポリットに何かをするということはなくなりました。むしろフェードルはイポリットに恋をしてしまっていたのです。
夫のテゼーはもう行方不明。おそらく死んでしまっている。イポリットを愛するなんて許されないことだが、テゼーはもう死んでいると思っているので、もしかしたら愛し合えるのではないかとかすかな期待を持っています。イポリットはもちろん、今まで自分をいじめてきたフェードルなんて眼中にないし、アリシーを愛している。アリシーもイポリットを愛してます。
さあフェードルがいよいよイポリットに愛を告白します。もちろんイポリットはうろたえる。そして断る。フェードルはこの屈辱に耐え切れず自殺を図ろうとするんですが、腹心の部下であるエノーヌに止められます。
…とそこへ死んだと思い込んでいた夫テゼーが帰ってきました!!
さあ、フェードルとしては「イポリットに告白した」なんて夫に知れたら…と思ってまた死のうとする。そこで部下エノーヌは「お止めください。フェードル様、告白したのはあなたじゃなくてイポリット様の方からだったと言ってはどうですか」とそそのかします。そしてその通りにしました。
テゼーは当然、イポリットに怒りを抱きます。本当なら死刑にしたいところですが、自分の息子ですからそれは出来ませんでした。そして「追放」を命じます。
イポリットは父テゼーに「フェードルから告白された」とは言いません。ただ「そんな事実はありません。私が愛しているのはアリシーなんです」と言います。フェードルが告白してきたなんてことは言わない。だって、そんなこと知ったら父はどう思うか…と考えてるわけです。
テゼーはイポリットを信じることは出来ず、怒りのあまり海の神ネプチューンに、イポリットを罰するように祈ります。
でもその後、アリシーの口から「フェードル様がイポリットをそそのかした」と聞かされる。そこで「イポリットから告白したことにしてはいかがか」と言っていたエノーヌを尋問しようとするが、エノーヌはもはやこれまでと自殺をします。自殺したということはエノーヌがフェードルに嘘をつくよう吹き込んだことが明白なわけだから、テゼーはあわててネプチューンに罰の取り消しを求めます。
しかし、間に合わず、イポリットは津波に飲まれたとの知らせを受けます。そして罪の意識にさいなまれたフェードルは、毒を飲み、テゼーに真実を聞かせて死にます。
以上。
それでは、イポリットがアリシーに愛を告白する場面、2幕第2場の一部をフランス語で読んでみましょう。紹介する原文の前ではアリシーにイポリットが「あなたを愛しているのだ」と言いました。これから読むのはその後です。
では原文全体をまず書きます。
Aricie:Quoi,seigneur!
Hypolyte:Je me suis engage trop avant.
Je vois que la raison cede a la violence:
Puisque j'ai commence de rompre le silence.
Madame,il faut poursuivre, il faut vous informer
D'un secret que mon couer ne peut plus renfermer.
Vous voyez devant vous un prince deplorable,
D'un temeraire orguiel exemple memorable.
Moi qui, contre l'amour fierement revolte.
Au fer de ses captifs ai longtemps insulte;
Qui, des faibles mortels deplorant les naufrages,
Pensais toujours du bord contempler les orages;
Asservi maintenant sous la commune loi.
Par quel trouble me vois-je emporte loin de moi!
では一緒に読んでいきましょう。原文と解説文の区別をつけるため、原文には下線を引きます。その下が解説です。
Aricie:Quoi,seigneur!
まず、seigneurは「君主」ですね。「何ですって!君主」といった感じ。まあ、古典劇では王侯貴族しか出ないので、「あなた」のことを君主と言うそうです。(篠沢先生のフランス文学講義により)
で、次からは長いイポリットのセリフです。
Hypolyte:Je me suis engage trop avant.
これは簡単です。「私は前に進みすぎた。」まあ、深入りしすぎたってことだと思います。
Je vois que la raison cede a la violence:
Puisque j'ai commence de rompre le silence.
まず上の方から。
voir +que~は「~ということがわかる」「~ということを確かめる」であって、「見る」ではありません。
Je vois「私にはわかる」ですね。
la raison cede a la violenceの部分ですが、ここのviolenceは「暴力」ではもちろんありません。「激しさ」です。この場面はイポリットがアリシーに愛を告白する場面ですよね。実は好きだったと。「理性が激しさに負ける」ってこと。じゃあ何の「激しさ」か…もちろん愛の激しさ、愛の情念でしょう。
私訳ですが、「私にはわかる、この理性が愛の情念に屈しているということが」ぐらいでいいでしょう。次、下の方の下線部ですが、puisqueは、「~なので」です。「もうすでにおわかりのように」といったニュアンスがありますね。直訳したら「だって、私は沈黙を破りだした」ですね。
今まではアリシーは敵だったわけだから、「愛している」ということには沈黙していたわけです。だから「何故なら沈黙を破りだした」をもうちょっと意訳して「何故なら、これまで守ってきた沈黙を今破っているのだから」ぐらいですかねえ…上手い訳ではないけど
全部まとめると
「私にはわかるのだ。愛の情念に理性が屈したことを。何故ってこれまで守ってきた沈黙を私は今、破っているのだから」
ん~ちょっと下手かもな(笑)ま、次いきましょう。
Madame,il faut poursuivre, il faut vous informer
D'un secret que mon couer ne peut plus renfermer.
まず、madameですが、これは通常のフランス語の学習では「既婚女性に対して使う」となってますね。でも、この時代は高貴な女性には未婚でもmadameを使っていたみたい。これも上、下両方で一文ですが、il faut poursuivreは「続けなければならない」。アリシーに言うことはまだ終わってないってことです。で何を伝えるかというとil faut vous informer d'un secret que mon couer ne peut plus renfermer.
簡単ですよね。「あなたに、私の心がもう隠しておけない秘密を伝えねばならない」ですね。もうちょっとかっこつけて訳すと(私訳なのでかっこいいも何もあったもんじゃないが)
「あなたに、もはや心の中に秘めてはおけぬある秘密を伝えなければならない」ぐらいですか。参考までに渡辺守章の訳を見てみると
「あなたにお伝えしなければならない。心にもはやこらえてはおけぬ一つの秘密を」
だってさ。上手いなあ~(笑)さて、次行きましょう。
Vous voyez devant vous un prince deplorable,
D'un temeraire orgueil exemple memorable.
これはフランス語を読みなれてないと訳しづらいでしょう。
最初のVous voyez devant vousってのは古典劇でよく出ます。「あなたはあなたの前に見る」。何を見るかというと「un prince deplorable」このdeplorableは「哀れな」という感じみたいね。今のdeplorableとはちょっと違うようで…「あなたはあなたの前に見る。哀れな王子を」ってことで「哀れな王子がここにいる」ってことですね。「この無様な男が君の目に映っている」ぐらい訳していいかしら…でも文はここで終わってませんよね。カンマだから。
Vous voyez devant vous un prince deplorable,d'un temeraire orgueil exemple memorable.の「d'un temeraire orgueil exemple memorable」は倒置ですね。元に戻すと
「exemple memorable d'un temeraire orgueil(向こう見ずな自尊心の記憶に残る例)」
向こう見ずな自尊心ってのは俺はこれ以上に上手く訳せませんでした。渡辺守章は「天を恐れぬ傲慢」と訳しています。この訳はどうでしょうね…上手いけどちょっと違うような…渡辺守章氏はもちろん、違うとはわかってて上手く意訳しているんだろうけど。「exemple memorable」も含めた渡辺守章の訳は「天を恐れぬ傲慢の後の世への見せしめ」と訳しています。
俺もこれに習って思いっきり意訳しようか(笑)恥ずかしいなあ~
「破天荒の典型」
やりすぎですか?
以上を踏まえた全訳
私訳「破天荒の典型であるこの無様な男が君の目に映っている」
渡辺守章訳「あなたの前におりますのは、哀れな王子、天を恐れぬ傲慢の、後の世への見せしめか」
Moi qui, contre l'amour fierement revolte,
Au fer de ses captifs ai longtemps insulte;
Qui, des faibles mortels deplorant les naufrages,
Pensais toujours du bord contempler les orages;
Asservi maintenant sous la commune loi.
Par quel trouble me vois-je emporte loin de moi!
長いけど、1行目のMoi quiのquiと3行目のquiは同じmoiを受けてますので、とりあえず前半2行を訳しますね。
えっとブログなんでアクサンがつけられないんだけど「revolte」と「insulte」の最後の「e」はアクサンがつきます。
それとinsulter a ~で「~をあざ笑う」ということを確認しておきますね。
では訳していきますが、contre l'amour fierement revolteは挿入ですよ。だからこれ抜きにしてまず考えてみましょう。
2行目から見たほうがいいかな。
aux fer de ses captif ai longtemp insulteは、これも倒置ですよ。
だからai longtemps insulte au fer de ses captifが元の文。「captif」は「捕虜」ですが、ここは愛の告白の場面。捕らわれた人ってのは「愛に捕らわれた」ってことですよね。きっと。「愛にとらわれた人の鎖を長い間あざ笑っていた。」
倒置を倒置じゃない元の形に戻して、さらにcontre~revolteまでを抜いて見ると
Moi qui ai longtemps insulte aux fer de ses captifs「長い間、愛に捕らわれている人の鎖をあざ笑っていた私」ですね。contre l'amour fierement revolteは「愛に対して誇り高く抵抗して」
まとめて見ると「愛に対して誇り高く抵抗して、愛に捕らわれた人の鎖をあざ笑っていた私」となりますね。渡辺守章の訳は非常に上手くて
「恋することには誇り高くあくまでも逆らい続け、恋の虜の鎖など蔑んで憚らなかった」としてますね。上手いとしか言いようがない。そして俺のcaptifsの訳にも問題があるかもね。必ずしもcaptifは人ではない。captif de l'amour(恋の虜)と辞書に記述がありました。「恋の虜の鎖」のがわかりますよね。「愛に捕らわれた人の鎖」って何って感じだから。
さて、後半3、4行目の最初のquiですが、この関係詞節も1行目の「moi」にかかりますよ
3行目からもう一度文を見ると
Qui, des faibles mortels deplorant les naufrages,
Pensais toujours du bord contempler les orages;
Asservi maintenant sous la commune loi,
Par quel trouble me vois-je emporte loin de moi!
ですね。まずQuiの後ろのdes faibles mortels deplorant les naufragesはこれまた倒置。
元に戻せばdeplorant les naufrages des faible mortelsです。
詳しいことは省くけど、フランス演劇は語調を合わせるために頻繁にこのような倒置が起こります。
mortelsってのは、これも古典劇で使われる言葉ですが、「死ぬべきもの」つまり「人間」のことですね。naufragesは「難破、破滅」。
「弱い人たちの破滅を嘆きながら」→「弱い人たちの破滅を嘆きながら」ですね。
Qui,(des faible mortels deplorant les naufrages)
pensais …で、quiの後ろに来るはずの動詞はpensaisですね。
Qui, 〔des faibles mortels deplorant les naufrages〕,
pensais toujours du bord contempler les orages
(いつも岸辺から、〔弱い人たちが破滅するのを嘆きながら〕嵐を嘆いていると思い込んでいた私)
Asservi maintenant sous la commune loi.
(今となっては共同体の法律に従って)
最後
Par quel trouble me vois-je emporte loin de moi!
「どんな混乱によって、私は私を私から遠くに連れてきてしまったのか」
この訳はわけがわかりませんね。私も上手く訳せず、篠沢教授の訳もわけのわからないままなんで、渡辺守章の訳を見ました。すると
「渦巻きあがる恋の想いに行方も知らず浚われてゆく」
でした。これは完全な意訳です。でも、このほうがスッキリわかりますよね。俺はこんな訳は到底出来ません。
では
Moi qui, contre l'amour fierement revolte,
Au fer de ses captifs ai longtemps insulte;
Qui, des faibles mortels deplorant les naufrages,
Pensais toujours du bord contempler les orages;
Asservi maintenant sous la commune loi,
Par quel trouble me vois-je emporte loin de moi!
の私訳と渡辺守章訳を載せておきます。
私訳
「愛に対して誇り高く抵抗して、愛に捕らわれた人の鎖をあざ笑っていた私、弱い人間たちの破滅を嘆きながら、岸辺でいつも嵐を眺めていると思っていた私…いまや共同体の掟の元に服従している私…どうして私は自分を自分からこんなに遠くにやってしまったのか」
渡辺守章訳
「恋することには誇り高くあくまでも逆らい続け、恋の虜の鎖など蔑んで憚らなかった。死すべき弱い人間の海に沈むを愚かと思い、常に岸からその嵐を眺めていられると信じていた。それが今では世の常の掟に服従、渦巻きあがる恋の想いに行方も知らず浚われてゆく」
当たり前ですが、俺の訳と渡辺氏の訳では歴然の差ですね。これが学者、翻訳者なんでしょう。
以下もイポリットのセリフが続きます。字数の関係もあるし、これ以上はちょっと大変なのでこの辺にしておきます。
英語以上に抽象度が高いフランス語、特にフランス古典演劇なんてのは使う語彙が限られていますから、ぐっと抽象度が上がります。
しかし、ラシーヌが一字一句書き綴ったこの美しい作品の一部でも触れたことはとても素晴らしいと思います。
の一部をフランス語で一緒に読みましょう。まずフェードルのあらすじを言っておきます。
まず登場人物の整理です。
テゼー:アテネの王
フェードル:テゼーの妻
イポリット:テゼーとアマゾーン女族の女王、アンチオープとの子
アリシー:アテネ王国の血を引くが、テゼーの一族とは敵対関係。
エノーヌ:フェードルの乳母。またフェードルの腹心の部下
テラメーヌ:イポリットの養育係
イスメーヌ:アリシーの腹心の女
パノープ:フェードルの侍女の一人
混乱を避けるために言っておきますが、アテネの王であるテゼーとフェードルは夫婦。でも、イポリットはフェードルの子ではありません。テゼーのもう一人の妻アンチオープの子です。
まず、大雑把にあらすじを書きますね。
最初、アテネの王テゼーは行方不明になっています。息子であるイポリットは父の行方を探すため、旅に出ると言い出します。しかし、本当の旅の目的は「父を探すこと」よりむしろ「アリシー」から離れるためです。敵対している一族の娘であるアリシーに恋をしてしまったなんて、テゼーの息子であり、王子の身分であるイポリットにはあってはならないことですからね。だからいっそこの国を離れてしまおうと思ったわけです。
さて、一方のフェードルですが(先述したようにイポリットはフェードルの子ではない)病に冒されています。元気だった頃はイポリットに対してそれなりにひどい扱いをしてきました。そりゃ自分の夫のもう一人の妻の子ですから、可愛いわけがありません。でも、それから長い年月を経てフェードルはイポリットに何かをするということはなくなりました。むしろフェードルはイポリットに恋をしてしまっていたのです。
夫のテゼーはもう行方不明。おそらく死んでしまっている。イポリットを愛するなんて許されないことだが、テゼーはもう死んでいると思っているので、もしかしたら愛し合えるのではないかとかすかな期待を持っています。イポリットはもちろん、今まで自分をいじめてきたフェードルなんて眼中にないし、アリシーを愛している。アリシーもイポリットを愛してます。
さあフェードルがいよいよイポリットに愛を告白します。もちろんイポリットはうろたえる。そして断る。フェードルはこの屈辱に耐え切れず自殺を図ろうとするんですが、腹心の部下であるエノーヌに止められます。
…とそこへ死んだと思い込んでいた夫テゼーが帰ってきました!!
さあ、フェードルとしては「イポリットに告白した」なんて夫に知れたら…と思ってまた死のうとする。そこで部下エノーヌは「お止めください。フェードル様、告白したのはあなたじゃなくてイポリット様の方からだったと言ってはどうですか」とそそのかします。そしてその通りにしました。
テゼーは当然、イポリットに怒りを抱きます。本当なら死刑にしたいところですが、自分の息子ですからそれは出来ませんでした。そして「追放」を命じます。
イポリットは父テゼーに「フェードルから告白された」とは言いません。ただ「そんな事実はありません。私が愛しているのはアリシーなんです」と言います。フェードルが告白してきたなんてことは言わない。だって、そんなこと知ったら父はどう思うか…と考えてるわけです。
テゼーはイポリットを信じることは出来ず、怒りのあまり海の神ネプチューンに、イポリットを罰するように祈ります。
でもその後、アリシーの口から「フェードル様がイポリットをそそのかした」と聞かされる。そこで「イポリットから告白したことにしてはいかがか」と言っていたエノーヌを尋問しようとするが、エノーヌはもはやこれまでと自殺をします。自殺したということはエノーヌがフェードルに嘘をつくよう吹き込んだことが明白なわけだから、テゼーはあわててネプチューンに罰の取り消しを求めます。
しかし、間に合わず、イポリットは津波に飲まれたとの知らせを受けます。そして罪の意識にさいなまれたフェードルは、毒を飲み、テゼーに真実を聞かせて死にます。
以上。
それでは、イポリットがアリシーに愛を告白する場面、2幕第2場の一部をフランス語で読んでみましょう。紹介する原文の前ではアリシーにイポリットが「あなたを愛しているのだ」と言いました。これから読むのはその後です。
では原文全体をまず書きます。
Aricie:Quoi,seigneur!
Hypolyte:Je me suis engage trop avant.
Je vois que la raison cede a la violence:
Puisque j'ai commence de rompre le silence.
Madame,il faut poursuivre, il faut vous informer
D'un secret que mon couer ne peut plus renfermer.
Vous voyez devant vous un prince deplorable,
D'un temeraire orguiel exemple memorable.
Moi qui, contre l'amour fierement revolte.
Au fer de ses captifs ai longtemps insulte;
Qui, des faibles mortels deplorant les naufrages,
Pensais toujours du bord contempler les orages;
Asservi maintenant sous la commune loi.
Par quel trouble me vois-je emporte loin de moi!
では一緒に読んでいきましょう。原文と解説文の区別をつけるため、原文には下線を引きます。その下が解説です。
Aricie:Quoi,seigneur!
まず、seigneurは「君主」ですね。「何ですって!君主」といった感じ。まあ、古典劇では王侯貴族しか出ないので、「あなた」のことを君主と言うそうです。(篠沢先生のフランス文学講義により)
で、次からは長いイポリットのセリフです。
Hypolyte:Je me suis engage trop avant.
これは簡単です。「私は前に進みすぎた。」まあ、深入りしすぎたってことだと思います。
Je vois que la raison cede a la violence:
Puisque j'ai commence de rompre le silence.
まず上の方から。
voir +que~は「~ということがわかる」「~ということを確かめる」であって、「見る」ではありません。
Je vois「私にはわかる」ですね。
la raison cede a la violenceの部分ですが、ここのviolenceは「暴力」ではもちろんありません。「激しさ」です。この場面はイポリットがアリシーに愛を告白する場面ですよね。実は好きだったと。「理性が激しさに負ける」ってこと。じゃあ何の「激しさ」か…もちろん愛の激しさ、愛の情念でしょう。
私訳ですが、「私にはわかる、この理性が愛の情念に屈しているということが」ぐらいでいいでしょう。次、下の方の下線部ですが、puisqueは、「~なので」です。「もうすでにおわかりのように」といったニュアンスがありますね。直訳したら「だって、私は沈黙を破りだした」ですね。
今まではアリシーは敵だったわけだから、「愛している」ということには沈黙していたわけです。だから「何故なら沈黙を破りだした」をもうちょっと意訳して「何故なら、これまで守ってきた沈黙を今破っているのだから」ぐらいですかねえ…上手い訳ではないけど
全部まとめると
「私にはわかるのだ。愛の情念に理性が屈したことを。何故ってこれまで守ってきた沈黙を私は今、破っているのだから」
ん~ちょっと下手かもな(笑)ま、次いきましょう。
Madame,il faut poursuivre, il faut vous informer
D'un secret que mon couer ne peut plus renfermer.
まず、madameですが、これは通常のフランス語の学習では「既婚女性に対して使う」となってますね。でも、この時代は高貴な女性には未婚でもmadameを使っていたみたい。これも上、下両方で一文ですが、il faut poursuivreは「続けなければならない」。アリシーに言うことはまだ終わってないってことです。で何を伝えるかというとil faut vous informer d'un secret que mon couer ne peut plus renfermer.
簡単ですよね。「あなたに、私の心がもう隠しておけない秘密を伝えねばならない」ですね。もうちょっとかっこつけて訳すと(私訳なのでかっこいいも何もあったもんじゃないが)
「あなたに、もはや心の中に秘めてはおけぬある秘密を伝えなければならない」ぐらいですか。参考までに渡辺守章の訳を見てみると
「あなたにお伝えしなければならない。心にもはやこらえてはおけぬ一つの秘密を」
だってさ。上手いなあ~(笑)さて、次行きましょう。
Vous voyez devant vous un prince deplorable,
D'un temeraire orgueil exemple memorable.
これはフランス語を読みなれてないと訳しづらいでしょう。
最初のVous voyez devant vousってのは古典劇でよく出ます。「あなたはあなたの前に見る」。何を見るかというと「un prince deplorable」このdeplorableは「哀れな」という感じみたいね。今のdeplorableとはちょっと違うようで…「あなたはあなたの前に見る。哀れな王子を」ってことで「哀れな王子がここにいる」ってことですね。「この無様な男が君の目に映っている」ぐらい訳していいかしら…でも文はここで終わってませんよね。カンマだから。
Vous voyez devant vous un prince deplorable,d'un temeraire orgueil exemple memorable.の「d'un temeraire orgueil exemple memorable」は倒置ですね。元に戻すと
「exemple memorable d'un temeraire orgueil(向こう見ずな自尊心の記憶に残る例)」
向こう見ずな自尊心ってのは俺はこれ以上に上手く訳せませんでした。渡辺守章は「天を恐れぬ傲慢」と訳しています。この訳はどうでしょうね…上手いけどちょっと違うような…渡辺守章氏はもちろん、違うとはわかってて上手く意訳しているんだろうけど。「exemple memorable」も含めた渡辺守章の訳は「天を恐れぬ傲慢の後の世への見せしめ」と訳しています。
俺もこれに習って思いっきり意訳しようか(笑)恥ずかしいなあ~
「破天荒の典型」
やりすぎですか?
以上を踏まえた全訳
私訳「破天荒の典型であるこの無様な男が君の目に映っている」
渡辺守章訳「あなたの前におりますのは、哀れな王子、天を恐れぬ傲慢の、後の世への見せしめか」
Moi qui, contre l'amour fierement revolte,
Au fer de ses captifs ai longtemps insulte;
Qui, des faibles mortels deplorant les naufrages,
Pensais toujours du bord contempler les orages;
Asservi maintenant sous la commune loi.
Par quel trouble me vois-je emporte loin de moi!
長いけど、1行目のMoi quiのquiと3行目のquiは同じmoiを受けてますので、とりあえず前半2行を訳しますね。
えっとブログなんでアクサンがつけられないんだけど「revolte」と「insulte」の最後の「e」はアクサンがつきます。
それとinsulter a ~で「~をあざ笑う」ということを確認しておきますね。
では訳していきますが、contre l'amour fierement revolteは挿入ですよ。だからこれ抜きにしてまず考えてみましょう。
2行目から見たほうがいいかな。
aux fer de ses captif ai longtemp insulteは、これも倒置ですよ。
だからai longtemps insulte au fer de ses captifが元の文。「captif」は「捕虜」ですが、ここは愛の告白の場面。捕らわれた人ってのは「愛に捕らわれた」ってことですよね。きっと。「愛にとらわれた人の鎖を長い間あざ笑っていた。」
倒置を倒置じゃない元の形に戻して、さらにcontre~revolteまでを抜いて見ると
Moi qui ai longtemps insulte aux fer de ses captifs「長い間、愛に捕らわれている人の鎖をあざ笑っていた私」ですね。contre l'amour fierement revolteは「愛に対して誇り高く抵抗して」
まとめて見ると「愛に対して誇り高く抵抗して、愛に捕らわれた人の鎖をあざ笑っていた私」となりますね。渡辺守章の訳は非常に上手くて
「恋することには誇り高くあくまでも逆らい続け、恋の虜の鎖など蔑んで憚らなかった」としてますね。上手いとしか言いようがない。そして俺のcaptifsの訳にも問題があるかもね。必ずしもcaptifは人ではない。captif de l'amour(恋の虜)と辞書に記述がありました。「恋の虜の鎖」のがわかりますよね。「愛に捕らわれた人の鎖」って何って感じだから。
さて、後半3、4行目の最初のquiですが、この関係詞節も1行目の「moi」にかかりますよ
3行目からもう一度文を見ると
Qui, des faibles mortels deplorant les naufrages,
Pensais toujours du bord contempler les orages;
Asservi maintenant sous la commune loi,
Par quel trouble me vois-je emporte loin de moi!
ですね。まずQuiの後ろのdes faibles mortels deplorant les naufragesはこれまた倒置。
元に戻せばdeplorant les naufrages des faible mortelsです。
詳しいことは省くけど、フランス演劇は語調を合わせるために頻繁にこのような倒置が起こります。
mortelsってのは、これも古典劇で使われる言葉ですが、「死ぬべきもの」つまり「人間」のことですね。naufragesは「難破、破滅」。
「弱い人たちの破滅を嘆きながら」→「弱い人たちの破滅を嘆きながら」ですね。
Qui,(des faible mortels deplorant les naufrages)
pensais …で、quiの後ろに来るはずの動詞はpensaisですね。
Qui, 〔des faibles mortels deplorant les naufrages〕,
pensais toujours du bord contempler les orages
(いつも岸辺から、〔弱い人たちが破滅するのを嘆きながら〕嵐を嘆いていると思い込んでいた私)
Asservi maintenant sous la commune loi.
(今となっては共同体の法律に従って)
最後
Par quel trouble me vois-je emporte loin de moi!
「どんな混乱によって、私は私を私から遠くに連れてきてしまったのか」
この訳はわけがわかりませんね。私も上手く訳せず、篠沢教授の訳もわけのわからないままなんで、渡辺守章の訳を見ました。すると
「渦巻きあがる恋の想いに行方も知らず浚われてゆく」
でした。これは完全な意訳です。でも、このほうがスッキリわかりますよね。俺はこんな訳は到底出来ません。
では
Moi qui, contre l'amour fierement revolte,
Au fer de ses captifs ai longtemps insulte;
Qui, des faibles mortels deplorant les naufrages,
Pensais toujours du bord contempler les orages;
Asservi maintenant sous la commune loi,
Par quel trouble me vois-je emporte loin de moi!
の私訳と渡辺守章訳を載せておきます。
私訳
「愛に対して誇り高く抵抗して、愛に捕らわれた人の鎖をあざ笑っていた私、弱い人間たちの破滅を嘆きながら、岸辺でいつも嵐を眺めていると思っていた私…いまや共同体の掟の元に服従している私…どうして私は自分を自分からこんなに遠くにやってしまったのか」
渡辺守章訳
「恋することには誇り高くあくまでも逆らい続け、恋の虜の鎖など蔑んで憚らなかった。死すべき弱い人間の海に沈むを愚かと思い、常に岸からその嵐を眺めていられると信じていた。それが今では世の常の掟に服従、渦巻きあがる恋の想いに行方も知らず浚われてゆく」
当たり前ですが、俺の訳と渡辺氏の訳では歴然の差ですね。これが学者、翻訳者なんでしょう。
以下もイポリットのセリフが続きます。字数の関係もあるし、これ以上はちょっと大変なのでこの辺にしておきます。
英語以上に抽象度が高いフランス語、特にフランス古典演劇なんてのは使う語彙が限られていますから、ぐっと抽象度が上がります。
しかし、ラシーヌが一字一句書き綴ったこの美しい作品の一部でも触れたことはとても素晴らしいと思います。