なぜここに??
蔵里に新たに敷かれた??
意外な光景に足を止める人が後を絶たなかった。
特に子どもたちのアンテナは敏感、なんだか面白そう、子どもたちが次々に近寄ってきます。
2016年5月28日小江戸蔵里広場で開催されたのが、川越の斬新イベント
「五感覚醒プログラム まっくらり2016」。
「福祉イベントらしくない福祉イベントにしよう!」という思いのもと、
内容は、ブラインドサッカー^選手による「はじめてのブラインドサッカー体験」&「めかくしボーリング」、
点字ブロックによる「めかくし迷路」、
絵が浮き出る紙で遊んだり、
点字のありがとうカードや名刺を作ることができたり、
そこにはないのに手の中にあるような感覚を感じてみたり、
点字メッセージカード体験ができたりと、
さまざまな感覚を使った、楽しい野外体験プログラムとなっていました。
主催はまっくらりプロジュエクト。
https://www.facebook.com/events/969401846471421/
確かに、単に福祉の啓発イベントとして点字ブロックの上を歩いてもらう体験ではなく、
点字ブロックで迷路を作り、ゴール出来たら景品をプレゼント、と楽しみを採り入れている点が新しい。
実はこのイベントは、2回目の開催で、前回は2015年12月に開催していました。
(2015年12月まっくらりより)
点字ブロックというのは、歩道や駅などの公共交通機関に敷いてある黄色いブロックのことで、
生活風景に解け込んでいるもので既にお馴染みだと思います。
ただ、溶け込んでいても改めて考える機会も少ないと思いますが、
黄色い点字ブロックはもちろん、
視覚障害者が歩行の際の道しるべにするもので、
視覚障害者が足裏の触感覚で認識できるよう、突起を表面につけてあり、
視覚障害者を安全に誘導するために地面や床面に敷設されているブロック(プレート)のことです。
知ると、場所により種類を使い分けて適切に進めるよう敷いてあることが分かります。
点点となっているのが「警告ブロック」で、
階段前、横断歩道前、誘導ブロックが交差する分岐点、
案内板の前、障害物の前、駅のホームの端、大規模店舗等に設置されています。
そして、線になっている点字ブロックが「誘導ブロック」で、
これはこのまま真っ直ぐ進めというサインです。
誘導ブロックに沿って進み、方向転換が必要なところに来ると警告ブロックがあり、
行きたい方向へ誘導ブロックに沿ってまた進んでいく。
身近な点字ブロックにそのような意味が込められ、適切に敷設されていることは、
知らないと分からないことでしょう。
(小江戸蔵里の広場にも点字ブロックが敷いてあります)
点字ブロックを蔵里の広場に敷設し、のみならず、
迷路にしてスタート・ゴールを作り、途中には行き止まりを作ったりして
参加者は、「面白そう」「試しにやってみよう!」と意気込んでスタート地点でアイマスクを渡されると、
白杖を手にして点字ブロックの上を歩いて行く。
「こんなに簡単でしょ!」とスタートした人たちも、一歩足を踏み出した途端、
「え、どこどこ、分からない」「これは怖い・・・!」と一瞬で難しさを実感する。
それが、想像と実体験のギャップなんです。
視界がシャットダウンされた真っ暗闇の中、
手に持つ杖と足裏で感じるブロックの感触だけで進んで行かなければならない。
「真っ直ぐですよ!」「そのまま真っ直ぐ!」「こっちです!」「いいですね、その調子ですよ!」
スタッフが案内の声を出しつつ、一歩一歩探るように足を前に出していく参加者。
点点が現れた、ここで止まるんだな、ええと、どちらに行こう、
こっちに進んでみると・・・すぐにまた点点が現れ、次はどちらに・・・とわずかな感触だけで判断していく。
1メートル歩くのも大変なことで、
視覚が失われるだけで歩行が、いや生活ががらっと変わってしまうことを、
迷路参加者は身を持って感じていました。
子どもたちの参加が多いのもこのイベントの特長で、
大人よりも子どもの方がすいすい進んでいるような印象。
大人も、街で見かける点字ブロックを自分で体験することで意識を改めているようでした。
黄色い点字ブロックだけでなく、地面にロープを張った箇所も設置。
これは災害時に点字ブロック代わりに臨時に設置しようというもので、
まさに足の裏の感覚だけで進まなければなりません。
まっくらりの点字ブロック迷路に協力していたのが、東京国際大学の布川先生。
布川先生は今から10年以上前、今のように点字ブロックが標準化される前で、
どのように点字ブロックが使われているのか、
その上で、どう配置すれば視覚障害者が分かりやすいのか、
点の高さはどのくらいがいいのかなどを研究していた。
布川先生がまっくらりに協力しているのは、
「こうでなければならないというのではなく、いろいろ考えるきっかけとなるイベントをやりたい」という趣旨に賛同してのこと。
点字ブロック迷路は、ゲームと言いつつ、
点字ブロック敷設のルールに乗っ取った正式な敷き方をしている。
曲がり角、分岐では警告ブロック、真っ直ぐ進む所には誘導ブロック。
10年前と比べれば今は点字ブロックもだいぶ広がってはいますが、
ただ、一度敷いた点字ブロックは後から修正することが難しく、
標準化される前に敷いたものが今でも街のあちこちに残っていて、
現在の用件にそぐわない箇所もたくさんあるのが今の問題。
ちなみに川越には、県立の盲学校があります。
埼玉県立特別支援学校塙保己一学園(県立盲学校)は、視覚障害者教育を行う学校です。
幼稚部、小学部、中学部、高等部普通科、
高等部専攻科(理療科・保健理療科)、寄宿舎を設置しています。
実際の街の視覚障害者は、足裏だけに神経を集中させているだけではなく、
普段の生活では行き交う人たちを意識しながら歩かねばならない、
点字ブロックの上に、駐車・駐輪されているような障害物があるとどれだけ困るか、
大変さは体験すると深く理解できます。
まっくらりのブラインドサッカーは、埼玉県ブラインドサッカー協会と
埼玉県さいたま市を主な拠点とする
ブラインドサッカーチーム「T.Wings」の選手など全面協力のもと実施されています。
前回はブラインドサッカー日本代表の山口選手も蔵里に駆けつけて携わっていました。
参加者にはアイマスクをしてもらい、
鈴が入ったボールの音だけを頼りにボールがある所まで駆け寄り、
ボールを受け取り、相手のボールを奪うという体験から始め、その難しさをすぐに実感することになる。
視覚を使えればなんのことはない、自然にボールを足で受け止められても、
「こっちこっち!」という声と鈴の音だけでボールを足で止め、
最後はボーリングのようにボールを蹴ってピンを倒していくという内容となっていました。
「ゴール、ゴール!」という掛け声でゴールの位置を把握して蹴るのは本当に至難の技。
周りで見ている人にとっては、なんでボールを止められないんだろう、空振りするんだろうと思うことも、
本人にしたら全くタイミングが掴めないものなんです。
この日は体験ということで、緩くボールを渡していましたが、
それでもピタっと足で止められる人はほとんどいなかった。
止まっているボールだと音がしないのでいいシュートを打つこと自体が難しい。
これを実際のブラインドサッカーの試合では強いパスや速いパス回しをしていくということが、
まさに超人的な事だということが分かります。
ブラインドサッカーというのはもともと、
フットサルを基に視覚障害者でも楽しめるスポーツとして考案されました。
全員がアイマスクを着用し、鈴の入ったボールを見える人も見えない人も関係なく
「音」と「声」によるイマジネーションとコミュニケーションが求められる究極のスポーツです。
「ブラインドサッカーJBFAオフィシャルウェブサイト」
http://www.b-soccer.jp/
ブラインドサッカーはアイマスクを着用するというルールのもと、
視覚障害者だけでなく健常者も参加できるもので、障害者だけのスポーツではない。
ブラインドサッカーには2種類あります。
いずれも、フットサル(5人制サッカー)を基にルールが考案されています。
GKは目の見える人が務めます。
ブラインドサッカー⇒全盲の選手がプレーします。
ロービジョンフットサル⇒弱視(視野が欠けたり、ぼやけたりなど見えにくい状態)の選手がプレーします。
視覚障害者スポーツにおいては、その「見えにくい状態」を3つのカテゴリーに分けています。
B1:全盲から光覚(光を感じられる)まで
B2:矯正後の診断で、視力0.03まで、ないし、視野5度まで
B3:矯正後の診断で、視力0.1まで、ないし、視野20度まで
B1と診断された人がプレーするのがブラインドサッカー、B2かB3と診断された人がプレーするのが
ロービジョンフットサルです。
ブラインドサッカーは三つの大きな特徴があります。
まず、音の出るボール。
ボールは、フットサルボールと同じ大きさです。ボールは転がると音が出る特別なボールを使用します。全盲の選手たちもボールの位置や転がりがわかります。
「ボイ!」
フィールドプレーヤーはボールを持った相手に向かって行く時に、
「ボイ!」と声を出さなければなりません。
選手の存在を知らせ、危険な衝突を避けるためのルールです。
発しないとノースピーキングというファールを取られます。「
ボイ(Voy)」とはスペイン語で「行く」という意味です。
二つ目の特徴は、目の見える人の協力。
敵陣ゴールの裏に、「ガイド(コーラー)」と呼ばれる役割の人が立ちます。
攻めている場面でゴールの位置と距離、角度、シュートのタイミングなどを声で伝えます。
また、GKは目の見える人が務め、自陣での守りについて全盲の選手に声で指示を出します。
また、サイドフェンスの向こうに立つ監督は、選手交代の決定などに加えて、
ピッチ中盤でのプレーに声を出します。
選手同士の声の掛け合いも含めたコミュニケーションが勝負のカギを握ります
試合時間は前、後半とも25分で行われます。
※国内大会では、それぞれの大会要項に従い、競技時間を変更する場合があります。
まっくらりに協力しているブラインドサッカーチーム「T.Wings」は、
埼玉県さいたま市を主な拠点として活動するチームで、全国制覇を目指し、 日々練習を重ねています。
2003年にチーム創立、2007年に現在の『T.Wings』へ名称を変更しました。
現在は子供から大人まで幅広いメンバーで構成されています。
アイマスクを着用してプレイするブラインドサッカーは、視覚障がいがある方だけでなく、
健常の方も多く参加し、一人一人がチームの重要な役割を担っています。
また、サポーターとしての参加も多く、チームを支えるために不可欠な存在となっています。
チームへ入るきっかけは様々ですが、初めてそのプレイを間近で体感したとき、
「目が見えていないとは思えないほどアグレッシブで刺激的なスポーツ」という共通の感想を抱きます。
それほどに激しくエキサイティングで、『障がい者スポーツ』のイメージを打ち壊すサッカーです。
それに魅入られて、たくさんの人々がこのスポーツにのめりこんでいきます。
ブラインドサッカーはすべての人が同じルールのもとプレーするので、
T.wingsはチームの仲が良く、フラットで温かい関係を築いています。
日々の練習や体験会等で多くの人と関わることにより、
メンバーやサポーターの日々の生活に変化が生まれていることも、チームの特徴のひとつ。
【主な活動】
■ チーム練習 ■
週 1 回の定期練習を行っています。 大会前は臨時練習を追加する場合もあります。
チーム練習の他に、他チームとの練習試合や合同練習を行います。
■VOY活■
「VOY」とは、スペイン語で「行く」という意味の言葉です。
ブラインドサッカーでは、見えない相手に自分の存在を知らせるために欠かせない掛け声です。
「VOY活」ではブラサカに新しい風を吹かせようと、
若者が中心となって、一般向けの体験イベントや、懇親会など、
地域に根差したブラインドサッカーの普及活動に取り組んでいます。
■ ブラサカ教室 ■
盲学校での訪問ブラインドサッカー教室を、月2回のペースで定期的に実施しています。
■ 学校、企業への訪問レッスン ■
ブラインドサッカーに興味をお持ちの団体へ、訪問レッスンを行っています。
ブラインドサッカーはパラリンピックや世界選手権などの国際大会も盛んで、
日本は徐々にレベルアップしています。
国内でも地域でのリーグ戦や日本選手権などが開催されています。
1980年代初頭に開発され、ヨーロッパ、南米を中心に広くプレーされてきたブラインドサッカーですが、
現在プレーされているIBSA(International Blind Sports Federation:国際視覚障がい者スポーツ協会)の国際ルールが日本に上陸したのは2001年でした。
それまでは盲学校で独自のルールを考案し、プレーしてきた歴史もありました。
90年代には千葉県立千葉盲学校で「ペガサス」というチームが発足し、テレビにも取り上げられました。
2001年9月、当時アジアで唯一ブラインドサッカーを導入していた韓国に、
「視覚障害者の文化を育てる会」を中心とした視察団が向かいました。
アイマスクをした選手が自由に走り回るプレーを目の当たりにし、
日本でもこのサッカーを広めていこうと国内での普及が始まります。
当時、手元にあったのは数本の試合の映像と、英文のルールなどわずかな資料でした。
しかし、多くのサポーターの協力により、
2001年11月11日に日本視覚障害者サッカー協会(JBFA)の前身となる
「音で蹴るもうひとつのワールドカップ実行委員会」の発足式が大阪にて行われました。
2002年5月に韓国・ソウルにて行われた日本対韓国、
同年8、9月に岐阜・高山、神戸にて行われた日本、韓国、ベトナムの3ヶ国による
アジアフレンドリーシップカップを経て、2002年10月、JBFAが正式に発足しました。
その後、急速に全国に普及し、2003年3月9日、東京・多摩にて初めての全国大会である
『第1回日本視覚障害者サッカー選手権』が実施されました。
全国から3チームが参加しました。
以降、毎年行われる日本選手権をはじめとして、
東日本、西日本選手権など各地で盛んに試合が行われていました。
2013年現在では、日本選手権は第12回を数え、参加チーム数も11チームと年々増えています。
また、地域大会は、関東リーグ、関西リーグ、東北北信越リーグ、九州四国リーグと
4つの地域に分けられました。
その地域リーグの上位チームが出場できる「フィアットカルチョ」(旧 プライムカップ)も春に行われています。
「ブラインドサッカーは自由をくれるスポーツだ」
ブラインドサッカーについて問われると、選手達は異口同音にそう答えます。
これまでの視覚障害者スポーツでは、視覚障害の度合いが重いほど(視力が弱いほど)、
動く範囲を限定し、味方や相手と接触することがないように安全性が配慮されていました。
しかし、ブラインドサッカーでは、選手は自分の考えで判断し、ピッチを自由に駆け巡ることができます。
ブラインドサッカーは、視覚障害者が日常では感じることが難しい
「動くことの自由とその喜び」を感じる機会を生み出し、
彼らが一層の充実感を持った生活を送れることを実現します。
想像してみてください。
アイマスクを着けて「シャカシャカ」と鳴るボールを追いかけて、
どれほどの速さで走ることができるでしょうか?
ボールを足から離すことなくドリブルができるでしょうか?
果たしてシュートを打つことができるのでしょうか?
きっと多くの方は「ある程度」の範囲でしか想像できないでしょう。
「アイマスクをつけて走るって"このくらい"の速さだろう?」
「ドリブルできるといっても"こんなもの"だろう?」
「シュートも"そこそこの"強さだろう?」
プレイを見ればそれが誤解だったことに気がつくはずです。
トップスピードでピッチを走り、キレのあるドリブルで、狙いすましたシュートを放つ。
それだけではありません。
パスの正確さ、動きながらのトラップ。ディフェンスでの駆け引きや声によるコミュニケーション。
そこでは、想像をはるかに超えるサッカーが展開されています。
YouTubeにある、
「ブラインドサッカー世界選手権 日本戦ダイジェスト
https://www.youtube.com/watch?v=JCIEYaXSItY 」を見ると、
これが本当に目を遮られている人たちのプレイなのかと信じられない思いに包まれます。
このまっくらりというイベントを初めて知る人も多いでしょう、
しかし、まっくらりプロジェクトを支えている主要メンバーたちが、
ここ蔵里を舞台として立ち上げている川越の新機軸イベントのことは
どこかで触れているかもしれません。
斬新という意味ではまっくらりプロジェクトもそうですが、
川越で誰も始めなかったようなイベントを、
もちろん他の人が思いつかないことをという意図のものに次々と立ち上げ、
旋風を巻き起こしてきたこれまで。
2016年1月には、もう毎年恒例となりつつある川越最大の餅つきイベント「小江戸蔵里餅つき大会」開催。
(第3回「小江戸蔵里もちつき大会」2016年1月23日小江戸蔵里 うさぎのもちつき
http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12121094030.html )
さらに遡ると、メンバーたちは蔵里史上最大のお遊び企画
「川越水かけまつり」も主催している人たちでもある。
(「第二回川越水かけまつり@蔵里 ヒャッハー」2015年8月30日(日)川越ラブストーリー
http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12068589373.html )
と、このような川越斬新イベントを運営しているメンバーたちですが、
街を愛する人たちは単にお遊び、おふざけというだけでなく、
川越を盛り上げるため、誰かを応援するため、純粋に真面目に取り組みたいという思いが基にある。
特にまっくらりプロジェクトの中心である小谷野さんと関さんは、
2016年3月に行われている「小江戸大江戸200k」でも私設エイドを設営してランナーを応援していました。
小江戸大江戸200kは、川越の蓮馨寺を出発し、
200キロを完走するという二日間に及ぶ過酷なウルトラマラソン。
コース途中には公式エイドも設営されるのですが、
それ以外にもランナーのために
コース各所に自ら私設エイドを作る人がいるというウルトラマラソンのもう一つの側面があり、
ドリンク・栄養補給を考えたものを用意し、ランナーたちの背中を押している。
中でも二人は、二日間で3ヶ所で私設エイドを作っていたという熱心さでした。
(「小江戸大江戸200k 2016」蓮馨寺出発 制限時間36時間のウルトラマラソン
http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11787696408.html )
そんな二人が、まっくらりを始めるきっかけとなったのが、
二人で参加した「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の体験が大きかったのだという。
「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」は、暗闇のソーシャルエンターテインメント。
参加者は完全に光を遮断した空間の中へ、グループを組んで入り、
暗闇のエキスパートであるアテンド(視覚障害者)のサポートのもと、
中を探検し、様々なシーンを体験します。
その過程で視覚以外の様々な感覚の可能性と心地よさに気づき、
そしてコミュニケーションの大切さ、人のあたたかさを思い出します。
これまで、全世界39カ国、130都市以上で開催され、
2015年現在で800万人を超える人々が体験したこのイベント。
「ダイアログ・イン・ザ・ダークのようなイベントを川越でできないか」
二人の思いから始まって、2015年夏には蔵里の室内にて、
アイマスクをして視界を遮って習字をしたり粘土を作ったり、
いろんな試みをするという実験的なイベントを立ち上げた。
そこから、本格的なイベントとして2015年12月に屋外にて第一回THEまっくらりを開催。
この5月が約半年ぶりの開催となりました。
まっくらりでは、
広場で行われた点字ブロック迷路やブラインドサッカー体験といった目玉だけでなく、
テントの下では様々な体験を用意していた。
点字でメッセージカードを作ったり点字で名刺を作ることができました。
他にも、目隠して数合わせや
コップに何も入ってないのに揺れる映像に合わせて持つと、
テーブルの上に置かれた真っ黒の表紙の本。
真っ黒の本は中も全て真っ黒。ただ手で触れてみると、点字のように絵が描かれていることが分かる。
イギリスの作家がこの書いた本は、
主人公トーマス君がページに描かれた絵を手の感覚で読み取り、
「緑はレモンアイスのような味。刈りたての草の匂い」
といった様々なイメージから世界の姿を感じ取っていくような本、体験でした。
まっくらりで体験できるものは、
実際に体験すると想像していたものと全然違うものばかりでした。
やってみないと分からない、
五感覚醒プログラムTHEまっくらりはこれからも体験を大事にしていきます。
楽しく体験すること。
まっくらり、次回はまた冬に開催予定となっています。
そして、その前に今年の夏もあの合戦が蔵里で。。。
2016年8月7日、小江戸蔵里にて「第3回川越水かけまつり」開催が決定しました。
そちらもお楽しみに。