「川越style」

webマガジン川越styleは、「小江戸川越」のお店や人、イベント、行事、風景、文化、川越の熱い動きを伝える情報発信サイトです。過去記事もぜひどうぞ。


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川越には、問題意識を持ち、環境活動に従事している個人、団体がたくさんいます。

普段はそれぞれが自分のフィールドで活躍し、一年に一度、一つの場に集まってお互いの活動成果を報告し合っています。その在り様は、まさに「ネット」という表現がぴったり。
2017年2月25日(土)ウェスタ川越で開催されたのが「第15回かわごえ環境フォーラム」


場所:ウェスタ川越(JR川越線・東武東上線川越駅西口から徒歩5分)

主催:  かわごえ環境ネット、川越市
協賛:  パイオニア株式会社、武州ガス株式会社、株式会社環境総合研究所、川木建設株式会社、第一生命株式会社川越支社

 

「かわごえ環境ネット」は、1998年3月に策定された川越市環境基本計画に基づき、2000年8月8日に発足した市民・事業者・民間団体・行政の協働を推進する環境パートナーシップ組織です。今年で設立から17周年となり、170名を超える個人会員・団体会員が、川越の望ましい環境像「みんなでつくる、自然・歴史・文化の調和した人と環境にやさしいまち」の実現を目指して活動しています。

かわごえ環境ネット、2016年の全体事業としては、

2016年2月20日「第14回かわごえ環境フォーラム」、

 

 

(「第14回かわごえ環境フォーラム」2020年に向けて 川越を知ろう・語ろう・伝えよう

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12131127755.html

6月5日川の一斉水質調査、

7月17日郊外クリーン活動、

7月24日エコプロダクツ川越2016への出展

10月15日・16日川越まつり会場クリーン活動、

12月23日中心市街地歳末まち美化活動。

 

 

(川越まつり初日「川越祭り会場クリーン活動」2015年10月17日

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12085364640.html

 

 

 

(川越中心市街地 「歳末まち美化活動」2016年12月23日かわごえ環境ネット

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12234496537.html

 

そして、2017年2月25日、年に一度の「かわごえ環境フォーラム」は、川越の環境に関する活動している個人、団体の成果報告の場として、また、参加者が集い、特定のテーマについて話し合う場として2003年に始まった環境ネットにおける最も重要な行事で、今年で15回目となります。

■午前の部(9:30-12:00)
「環境活動報告会」
場所:南公民館講座室1・2(1階)
内容:
1年間に実施された各自の環境活動について、当日発行する「かわごえ環境活動報告集」に基づいて、活動内容を報告します。
・ふくはら子どもエコクラブ:ヤマと畑はワンダーランドだ-ふくはら子どもエコクラブの活動報告2016-
・大久保彦:川越市民の森のキノコII
・宮﨑誠:「パリ協定」と我々の対応

・武田侃蔵(クリーン&ハートフル川越):ゴミがゴミを呼ぶ 解決への模索と提言
・柏井喜代恵ほか(かわごえ里山イニシアチブ):「人がつながり生きもの育む川越街づくり」~田んぼから広がる共生の輪・豊かな暮らしデザイン~
・(都合により中止)矢口瞳ほか(東京農工大学):落ち葉掃き、下刈り、常緑樹除伐がコナラ二次林の植物種の多様性に与える影響
・成海啓誉ほか(東洋大学):栽植密度・植え付け本数の違いによる稲の生育の変化と収量の比較
・津田麻衣ほか(東洋大学):東洋大学川越キャンパス「こもれびの森」の植生と森林施業による環境の変化
・佐藤加留磨ほか(東洋大学):川越「昭和の街」における街並みの変化と魅力的な要素の把握
・田村浩一(初野建材工業):市民の皆様に向けた住宅に関する環境問題の啓発活動
・板野徹(かわごえ環境ネット):社会環境部会の活動報告
・賀登環(かわごえ環境ネット):自然環境部会の活動報告

 

■午後の部(13:30-16:30)
川越市環境行動計画策定記念講演会
場所:多目的ホールC・D(1階)
内容:
川越市環境行動計画「かわごえアジェンダ21」(平成20年1月)が改定され、新たな「川越市環境行動計画」が今春策定されます。これを記念して講演会を開催します。
基調講演では、「川越の魅力を知る‐雑木林からの発信」という題目で、農家や里山等を題材にしたドキュメンタリー映画を撮り続けている映画監督の原村政樹さんに講演していただきます。また、今年度策定される同計画についての内容の解説と、講演者と飯島希(かわごえ環境ネット理事)との対談を行います。

基調講演
「川越の魅力を知る‐雑木林からの発信」
講師:原村政樹氏(映画監督)

 

■交流会
午後の部終了後、原村政樹氏を囲んで交流会を開催します。会場は川越市西口近く、時間17:30-20:00ごろまで。

 

・「ふくはら子どもエコクラブ:ヤマと畑はワンダーランドだ-ふくはら子どもエコクラブの活動報告2016-」

 

ふくはら子どもエコクラブは、循環型社会を目指し、年間計画を策定して、
異年齢集団で各自の希望を尊重し、各自の自主性を発揮して多様な活動に取り組んできました。

活動をはじめてから7年目、メンバーは25名前後で安定的に推移し、年間15、16回の活動に平均13,4人のメンバーが参加しています。

活動している場所は、個人所有の雑木林で、標高30mの台地上にあり、コナラを中心とした300年以上続いている林です。ここを、5,6年かけてモウソウ竹を刈り、シノ竹を刈って「くずはき」をして、昔の雑木林を再生させることができました。

林には、生態系の頂点にたつオオタカが営巣し、カブトムシやノコギリクワガタ、

林床にはキンランやイチヤクソウなどが生息しており、手入れの行き届いた雑木林にのみ生息するチョウやトゲアリなど多様な生物が生き続けています。

水が乏しい耕作地には、江戸時代から続く畑が広く分布しており、多くの野菜が栽培されて、主要な野菜生産地になっています。

根菜類を栽培する畑が多いのですが、最近、トウモロコシや枝豆も増えてきて、直売所も増えてきました。

地域の中央を流れる不老川は、過去に水質ワースト1の汚れた川でしたが、現在では下水道が普及して鮎が遡上するほどきれいな川になりました。

雑木林は落ち葉を供給するだけでなく、畑の表土を西風から守る役割も担っており、

今は茶の木の代わりに小麦が植えられて、これを収穫して主食にしていた文化が引き継がれ、ハレの日には地粉でうどんが作られていました。

このような自然、社会環境を活かして、循環型農業を支えて、雑木林や不老川の自然を知り、守る活動に取り組んできました。

1、畑での収穫と旬体験

循環型農業の農家で夏にトウモロコシと枝豆の収穫体験をしました。経験を積んできたのと初めての子には親切に教えることで毎年上手になってきています。枝豆も収穫して、林まで運んで、茹でて食べます。地産地消と旬を同時に体験することができました。トウモロコシは茹でてすぐに食べ、枝豆は茹でてから豆を潰し、蒸したもち米とで「ずんだ餅」を作って食べました。

2、林の資源活用

林には活動に使える多くの素材があります。間伐されたコナラを使って木のハシを作りました。また、くずはきに邪魔な細い木はノコギリで切ってナイフで加工してハシ置きにしました。雑木林を再生させる目的で刈ったもうそう竹はキャンプやエコクッキングの皿やハシを作ります。落ちたドングリは草木染に使います。ドングリをお湯で煮だして絹のハンカチを茶色に染めます。

3、自分でできるエコ活動

自分ができる活動はエコ活動として大切です。夏の暑さから守る緑のカーテンに毎年5軒で取り組んでいます。緑のカーテンは林のたい肥を用いて、キュウリやゴウヤで食べても美味しいカーテンをつくります。エコクッキングは埼玉県からカルピカを借りて晴れが多い秋に肉などを焼いて試食します。今年はあいにく曇り空で枯れ木を燃やしてオキ火をつくりサンマを焼くエコな活動に変更しました。

4、ヤマの自然体験と自然の観察

きれいになった林で5月にキャンプをして子ども達がテント張りから食事作りまでを行います。夏には講師を招いて虫の観察会をして、標本作りにも取り組み昆虫の体の仕組みを勉強しました。秋には林で見つけることのできる生きものなどを探すネーチャーゲームをビンゴ形式で行い林の自然を学びました。

5、伝統的な林の手入れと保全活動

林での活動をしやすくし、林を守るためにも手入れは欠かせません。秋から枯れ木を集め、作業をしやすくします。冬になり落ち葉が落ちたら「くずはき」をして林をきれいにするとともに、循環型農業を応援するために、落ち葉を伝統的な熊手を使って集めて、軽トラにのせて農家の「たい肥置き場」に運びます。1年間寝かせて切り返すと翌年には野菜の肥料となります。

また、雑木林を枯らすモウソウ竹を伐採して、コナラなどに太陽の陽をあて元気にします。今年はコナラの実生を成長させるために、それを妨げる小さな木を切りました。

6、活動を長続きさせるために

私たちは地域子どもエコクラブとして、地元の環境に密着して、循環型社会を目指して、年間計画を作成して取り組んできました。個人の自主性を重んじるために、メンバーが参加しやすいテーマと体験型のメニューを準備して活動してきました。

また、異年齢集団での活動となるので、経験が積み重ねることができます。継続した活動が循環型社会へのささやかな実践となりました。


・大久保彦:「川越市民の森のキノコII」

 

昨年ヒダナシたけ類を中心に発表しました。今年度はハラタケ類を発表。


・宮﨑誠:「パリ協定」と我々の対応

 

「パリ協定」は2016年12月に196ヵ国が参加するCOP21で採択され、

「産業革命前から気温上昇を2度未満に、あるいは1.5度以下にするよう努力する」を目的とするものです。

この目標に向けて各国が自主的に削減目標を設定し、削減計画を実施しますが、

現段階では各国の目標が達成されたのとしても気温上昇は2.9~3.4度となり、目標に達さない可能性があります。

日本の対応としては、本年5月に「地球温暖化対策計画」が閣議決定され、

「2030年度には2013年度比26%削減」、長期的には「2050年に80%削減」を目指すこととなっています。

2030年の電力構成では、再生可能エネルギーの割合を22~24%に増やす事を想定しています。この目標を達成するために、大いに知恵を出し、行政と一緒になって行動しなくてはなりません。

 

・武田侃蔵(クリーン&ハートフル川越):「ゴミがゴミを呼ぶ 解決への模索と提言」

 

市内には、止まない不法投棄、ルール無視のゴミ出しの状況の場所がある。

住民もルール順守を訴え、広報でたびたびPRし、住民が監視して訴えたが効果なし。

自治会役員が所管課に陳情したが状況が変わらず、ゴミの収集所廃止も検討された。

一自治会の問題ではないことを認識、市、警察、住民との連携で解決へ進みたい。


・柏井喜代恵ほか(かわごえ里山イニシアチブ):「人がつながり生きもの育む川越街づくり」~田んぼから広がる共生の輪・豊かな暮らしデザイン~

 

「かわごえ里山イニシアチブ」は、生きものの賑わいと取り戻す活動を行う個人や農家、

団体と連携・協力のもと、無農薬、無化学肥料によるお米づくりやマコモ栽培の支援を行っています。

活動は、環境に優しく安心な農産物作りだけでなく、地域活性化や文化継承、食育、地産地消などにも広がりを見せています。子どもたちが安心して過ごせる、次世代に残せる永続循環的な暮らしの実現を目指して、様々な取り組みや団体と協力しながら地域に根差した里山保存活動を行っています。

・お米作りだけではない田んぼの価値を伝える

・生きもの豊かな日本の田園風景を守る

・田んぼをフィールドにした人と人との結びつき

・生きものに優しい田んぼ活動を支援

平成28年度には、第2回田んぼフォーラム、ニホンミツバチさんいらっしゃい(巣箱つくり)、有機稲作ポイント研修会、田んぼの生きもの調査、マコモでお盆のお道具作り、太陽光パネル発電の田んぼカメラ設置、稲刈り、マコモ注連縄でお正月飾り作り、川越ファーマーズマーケット出店、

 

(「川越Farmer’s Market」14,000人以上の来場者で賑わう2016年12月4日

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12226437606.html

田んぼの10年全国集会in川越&第3回田んぼフォーラム(ラムサール・ネットワーク日本とかわごえ里山共同主催)

・成海啓誉ほか(東洋大学):栽植密度・植え付け本数の違いによる稲の生育の変化と収量の比較

 

東洋大学川越キャンパス西側には、1961年の工学部開設以前から残されている広大な平地林、通称「こもれびの森」が存在している。「こもれびの森」の中には施業が放棄された場所があった。2014年より、この「こもれびの森」内の自然環境を保全する活動を行っているのが「こもれびの森・里山支援隊」と呼ばれる団体。

団体は設立されてから約2年が経過し、森林内の環境も活動開始時と比べ大きく変化している。

そこで研究では、「植生現況図の作成」、「指標植物であるヤマユリの調査」、「コドラートにおける植生調査」、「毎木調査」の4つの調査を行い、こもれびの森の現状を様々な面から把握することで、これまでの施業が森にどんな影響を与えたのかを理解し、今後の活動への基礎資料を得ることを目的とした。


・津田麻衣ほか(東洋大学):東洋大学川越キャンパス「こもれびの森」の植生と森林施業による環境の変化

 

近年、化学肥料などを使った収穫量の増加、薬剤の使用による、収穫までの除草や病害虫防除の作業の簡素化などで農業の効率化が進んでいる。

一方で、これらの影響により生物多様性の現象が起こり、人の健康への影響も懸念される。

そこで、NPO法人民間稲作研究所が開発した効率向上と無農薬・無化学肥料による栽培が両立できる稲作を、現在かわごえ里山イニチアチブと高梨農園と共同で川越市福田の水田で実践している。

この農法では、1粒の種をポットで育苗するポット苗を使用しており、

これを30㎝で植え付けるのが最適であるとされている。そこで、本研究では、

川越市の圃場でもこのことが有効であるか、またどれくらいの収量が得られるのかを定量的に把握することを目的とした。


・佐藤加留磨ほか(東洋大学):川越「昭和の街」における街並みの変化と魅力的な要素の把握

 

川越市の中央通り・立門前通りは、昭和時代初期を代表する看板建築が多く残っていることから、この地区を「昭和の街」として昭和の魅力を発信し、街の活性化に取り組んでいる。

しかし、この「昭和の街」の町並みは、近隣の「蔵造りの町並み」や「大正浪漫夢通り」といった商店街の町並みに比べるとその魅力が十分に街づくりに生かされていないと感じた。

そこで本研究では、「昭和の街」の昭和の景観の魅力を見出すことで、街の活性化のための基礎資料を得ることを目的とした。

実施したワークショップの一つが、

2016年9月蓮馨寺と周辺商店街 で開催された第三回「昭和の街の感謝祭」の中の、
感謝祭の催しとして境内に設置されていた東洋大学による「なつかし写真館」。

 

 

(第三回「昭和の街の感謝祭」蓮馨寺と周辺商店街 2016年9月10日

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12199339321.html

昔と今の昭和の街の様子を定点観測的に写した写真を対比させた展示は、

見比べると、昔とはがらりと変わった景色も多いですが、

名残を残しているところも多く見られ、昭和の息吹は今も感じられる。

 

・田村浩一(初野建材工業):市民の皆様に向けた住宅に関する環境問題の啓発活動

 

知って欲しい、マイホーム建設に伴う6価クロム汚染。

マイホーム建設において「地盤」については軽視されがちですが、今後社会問題に発展するかもしれない重大な問題があります。2011年東日本大震災以降、地盤んを強化する「地盤改良工事」は盛んに行われ、その中でもセメント(セメント系固化材)を使用する工法が広く一般的に採用されています。しかしながらその地盤改良工事によって土壌汚染リスクがあるのです。

一般的に安全と思われているセメントには極めて有害な重金属「6価クロム」が含まれており、セメント使用の地盤改良工事により土壌汚染が引き起こる可能性があります。

初野建材工業さんは、つばさ館で開催されているエコプロダクツ出展でもお馴染みです。

(「エコプロダクツ2015」8月2日環境プラザつばさ館

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12057981974.html )

 

その他にも、この日のために編まれた「かわごえ環境活動報告集」の中には、

社会環境部会の活動報告として、環境施設の見学、環境講演会の開催、

「私のエコ暮らし」と題して会員による投稿、

「果樹を鉢植えで楽しむ」、「頭寒足熱でウォームビズ」、「昭和の家屋と平成の家屋の経済比」、「生ごみを肥料にして10年」、「ごみの減量に向けて」、「水のエコ(下水処理場にやさしく)」、「分かち合い 持続可能な幸せな社会に」、「目薬の木を煎じて飲みました!」、「究極のエコ暮らし体験」、「来季用緑のカーテン育成始動」、「パリ協定発効に思う」などが掲載されていました。

 

自然環境部会の活動報告としては、「(仮称)川越市森林公園計画地 保存再生活動報告」、「池辺公園活動報告」、「仙波河岸史跡公園報告」、「新緑の雑木林観察会」、「キノコの観察会」、「虫の観察会」、「上戸小学校『わくわくタイム』自然学習活動支援」、

福原ファームクラブによる「福田 田んぼ活動2016」の報告、

南小畔親水クラブによる「水辺再生100選と(仮称)河南親水公園について」、「霞ヶ関中学校・川の生き物調査を自然観察支援」、「川越市協働委託儀表『かわごえエコツアー』川越の川めぐり」の報告が掲載されていました。

・板野徹(かわごえ環境ネット):社会環境部会の活動報告

 

・賀登環(かわごえ環境ネット):自然環境部会の活動報告

 

 

ちなみに、かわごえ環境ネット副理事長の横山さんによるウェスタ川越の講座

「ECO LIFE デザイン 〜子どもと一緒の環境講座〜」全4回の様子は昨年伝えたばかり。

 

(「ECO LIFE デザイン 〜子どもと一緒の環境講座〜」ウェスタ川越2016年9月~12月

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12209901115.html


午後の部は、場所をウェスタ川越の多目的ホールに移しての開催。
川越市環境行動計画策定記念講演会と映画監督原村政樹さんの基調講演。
川越市環境行動計画「かわごえアジェンダ21」(平成20年1月)が改定され、新たな「川越市環境行動計画」が今春策定されます。これを記念しての講演会。

「望ましい環境像の実現に向けて‐第三次川越市環境基本計画と川越市環境行動計画」
講師:箕輪信一郎 川越市環境部環境政策課長・小瀬博之 かわごえ環境ネット理事長

 

 

 

基調講演では、「川越の魅力を知る‐雑木林からの発信」という題目で、農家や里山等を題材にしたドキュメンタリー映画を撮り続けている映画監督の原村政樹さんに講演していただきます。また、今年度策定される同計画についての内容の解説と、講演者と飯島希(かわごえ環境ネット理事)との対談を行います。

基調講演
「川越の魅力を知る‐雑木林からの発信」


講師:原村政樹氏(映画監督)

<原村政樹氏プロフィール>
1957年生まれ。上智大学卒業後フリーの助監督としてグループ現代、ドキュメンタリージャパンなどで映像の仕事を始める。1988年桜映画社入社。以後、短編映画、TV番組を監督製作。2004年、長編記録映画「海女のリャンさん」で映画館上映や自主上映の長編記録映画の製作を開始。2013年、NHK新日本風土記「川越」製作。2015年「無音の叫び声」製作を機に、フリーの監督として独立。「無音の叫び声」は各界から高い評価を受ける。2017年秋完成・公開予定の映画「武蔵野」を製作中。約40年前から川越市在住。

原村政樹監督作品
2005年「海女のリャンさん」
2008年「いのち耕す人々」
2009年「Little Challengers 小さな挑戦者たち」、「里山っ子たち」
2011年「里山の学校」
2013年「天に栄える村」
2016年「無音の叫び声」

 

川越在住の記録映画監督、原村政樹さんは、

以前撮ったドキュメンタリー映画「天に栄える村」が、

2015年3月に川越市民会館で行われた第4回「福島復興まつり」で上映会が催されたことがありました。

福島第一原子力発電所の事故で放射性物質にさらされた福島県天栄村の農家の人々が、
農業復興のため苦境に立ち向かう姿を描いたドキュメンタリー映画。

 

(天栄村の天栄米栽培研究会3人と原村監督

第4回「福島復興まつり」川越市民会館大ホール

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11999760644.html

大ホールのロビーには天栄村の人たちの出店もあり、

街の魅力を、「米も野菜も美味しい、温泉もスキー場もある、ペンションもたくさんあってリゾート地なんです」と話していました。

このブースは特に人気で、見る見るうちに米も野菜もなくなり、あっという間に完売。
 

福島第一原から70㎞離れた福島県天栄村は、里山に囲まれた人口6000人ほどの小さな村です。恵まれた自然環境を大切にしながら、村の人たちは農業を営んできました。
日本一美味しい米作りを目指す農家グループ「天栄米栽培研究会」は、

米の美味しさを競うコンクールで5年連続金賞を受賞という成果を残しました。

しかし・・・2011年3月の原発事故で放出された放射性物質は、

この村にも降り注ぎ、田畑は汚染されてしまいました。。。
震災と、放射能汚染による二重の苦難、それでも、農家は米作りを諦めるわけにはいきません。

この土地で生き、田畑を未来へ引き継ぐために、

農家の人々は、出来ることは何でもやろうと立ち上がり始めました。
科学的調査をもとに未曾有の環境破壊を乗り越えようとする農家の苦闘する姿を追った映画です。

監督の原村さんが天栄村に始めて足を踏み入れたのは2009年のことでした。

当時はNHKのETV特集の撮影のために天栄村に入り、

耕作放棄田を再生させる動きを取材し番組を作りました。

原発事故の後も、農家が米づくりに取り組む姿をETV特集で作った。

そして、ETV特集という仕事を離れても、もっと撮影したい、と

個人的に天栄村、天栄米の取材で現地に足を運び、カメラを回し続けた。

2013年に完成した映画が、「天に栄える村」です。映画はこれまで各地で上映されてきました。



映画上映の後は、監督を努めた原村さんのお話しがあり、また、

映画にも登場し、ロビーで天栄米を販売していた天栄米栽培研究会の方のお話しもありました。今回の上映は本編の縮小版となっていましたが、
なんと、この復興まつり開催を契機として、川越スカラ座での完全版上映も決まった。

 

2016年には、山形県の小さな村に暮らす79歳の農民詩人・木村迪夫の生き様を追ったドキュメンタリー「無音の叫び声」を撮り、

そして、2017年秋公開を目指しているのが、武蔵野の雑木林を舞台にした「武蔵野」。

取材を通して現場を見つめた話しなどは、自然・農を考えさせられるものでした。

 

 

映画公開が決まったら、川越でも盛り上がっていくと思います。

かわごえ環境ネットのかわごえ環境フォーラムが終われば、

また、それぞれの団体などは、川越の自然・社会環境活動に取り組んでいく。

この一年も大きく前進していくことでしょう。

問題意識を持ち、現場で動く市民がいること、

一年後にどんな報告が見られるのか、川越は変化し続けています。

 

「かわごえ環境ネット」

http://kawagoekankyo.net/news/

 

 

 

 

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1月29日(金)~3月8日(火)「川越*つるし雛展」

会場:CLOVERplus他

(川越つるし雛展2015より

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11982958417.html


小江戸川越 CMコンテスト 「作品募集&上映会観覧募集」

作品募集期間2月20日(土)まで
料金 コンテスト参加費・・1作品につき1000円

上映会・表彰式日時 2月28日(日) 開場13:00/開演13:30
料金 上映会観覧・・全席自由500円
会場 ウェスタ川越大ホール

応募方法などの詳細は下記HPをご覧ください。

http://www.westa-kawagoe.jp/event/detail.html?id=187


2月3日(水)「喜多院 節分会」

12:00~13:30頃(豆まき式は13:20頃)
場所:本堂ならびに本堂前特設張り出し

http://www.kawagoe.com/kitain/information/annual-events/0203.html

スケジュール
・12:00 年男集合
・12:30 記念撮影
・12:45 行列(境内)
・13:00 護摩祈祷
・13:20 豆まき式
※各時間は予定時間です。進行状況により10分位前後します。


2月5日(金)「わくわくいもの子市」小江戸蔵里

10:30~15:00頃

川越市の障害者自立支援施設による、作業製品の販売・実演などを行います。


2月5日(金)~3月15日(火)「第4回まちゼミ」

受付開始 1月29日(金)から

『まなぶ・つくる・きれい・けんこうを楽しく学べます。
受講料無料。全56講座です。』

主催 川越商工会議所、川越まちゼミの会
問い合わせ 049-265-8860(川越まちゼミ事務局)

詳細は下記HPをご覧ください。
http://www.kawagoe-machizemi.com/

※各店により、開催日・開催時間が異なります。

定員は各開催日・開催時間における人数です。
お申込みはチラシをご覧の上、各店舗まで。


2月6日(土)「懐かしかみしばい」小江戸蔵里

12:00~14:00頃

さまざまな紙芝居を行います。子どもから大人までお楽しみ頂けます。

※お客様が集まり次第開始致します。


2月7日(日)「狐宵の市」喜多町会館
12時~17時

11時より札の辻交差点にてOPがあります。
開場前整列は11:30より可能です。
http://kawagoe.okitsune.com/event/yoi-02/


2月7日(日)「小江戸蔵里バレンタインLIVE(八州亭)」

19:00~20:30頃 

『フィンガリングのギターとヴォーカルによるアコーステックデュオEtsuco&LEFTYによる、

聞き馴染のある名曲を、上質なアレンジと洗練された演奏で仕上げました。

音楽をよりシンプルに、鮮烈に、心地よく。本物の音楽が、そこにあります。

入場料 2,000円+飲食ワンオーダー※限定70席/事前予約制(TEL049-228-1785)』


2月7日(日)「蔵里ベーゴマ体験」

12:00~15:00頃 

持ち物不要、初心者経験者ともに大歓迎のベーゴマ教室です。


2月7日(日)・2月21(日)「保護犬猫譲渡会」

12:00~16:00頃 

保護犬ね保護猫を家族に迎えませんか?家族を必要としている犬や猫が待っています。


2月8日(月)呑龍デー&ノマルシェ 蓮馨寺、昭和の街


2月13(土)、2月14(日)「工房双葉木工体験」小江戸蔵里

11:00~16:00頃 

オリジナルオーダー家具「工房双葉」による

大人から子供までやさしく楽しめるワークショップ(スプーン、カスタネット、メモスタンドなど)や、

カトラリーから椅子など家具の展示販売。


2月13日(土)「ふるさとを想う ~福島・川越~」尚美学園大学 パストラルボール


三谷晃一:作詞、湯浅譲二:作曲:『ふるさと詠唱』より
「あさか野の芭蕉」
吉野 弘:作詞、高田三郎:作曲:『心の四季』より
「風が」「雪の日に」他
村田さち子:作詞、池辺晋一郎:作曲:混声合唱組曲『時の華』武蔵野に寄せる5つの譚詩曲

オープニング:ピアノ演奏(独奏・堀江真理子)
「浜辺の歌変奏曲」(成田為三作曲)

◎第1部:安積フィメールコール(約30分)
~東北みちのく(「奥の細道」)を歌う~
『ふるさと詠唱』より「あさか野の芭蕉」
『心の四季』より「風が」「雪の日に」他

◎第2部:宮城県岩沼市“千年の丘植樹祭”ドキュメンタリー 映像上映(約8分)
(監督:尚美学園大学教授:浅川 順&「浅川ゼミ研究室」メンバー)

◎第3部:“ふるさとを想う『時の華』チーム川越合唱団”
(新・音楽集団「匠」&高校生&市民合唱有志)(約30分)
『時の華』武蔵野に寄せる5つの譚詩曲(混声合唱組曲)
(作詩:村田さち子 作曲:池辺晋一郎)
*国際ソロプチミスト埼玉の創設25周年を記念して初演された作品。武蔵野の面影を色濃く残す川越の風物・人物・祭りなどを題材に歌い上げられた壮大な組曲です。武蔵野の風物に限定されることなく、日本の多くで共有できる風物等が題材となっています。

◎会場全員合唱「みんなで歌いましょう』
*『ふるさと』『花はさく』

入場料1,500円

チケット購入方法「福祉の店」(川越アトレ店)、山野楽器(川越まるひろ店)
お問い合わせ
•電話番号:049-246-2700


2月13日(土)「川越きものの日」


2月14日(日)「川越 祭りと芸能フェスタ 2」ウェスタ川越 大ホール
開場12:15 開演13:00
料金無料
※0才~入場可

プログラム
下小坂の獅子舞
まんぐり
中福の神楽
鯨井の万作
上寺山の獅子舞
川越祭りばやし(中台囃子連中)
埼玉県や、川越市の無形民俗文化財に指定されている民俗芸能・お祭りが一堂に会する
貴重なステージの第2回をお見逃しなく!


2月16日(火)「東京新宿のうたごえ喫茶ともしびIN小江戸蔵里(八州亭)」

15:00~17:00頃 

開場14:50、参加費2,000円/要前売り券(前売り券販売場所…

小江戸蔵里明治蔵おみやげ処、川越駅東口アトレ1F福祉の店)

予約及び、問合せ(TEL049-226-5226水野)


2月20日(土)「第14回かわごえ環境フォーラム『かわごえカフェ2016』」

ウェスタ川越(川越市新宿町1-17-17、川越駅西口から徒歩5分)

9:30~12:00・13:30~17:00

予定されている行事:午前
環境活動報告(2階 市民活動・生涯学習施設 活動室1) 

午後
ワークショップ(基調講演、ワールドカフェ)(1階 南公民館 講座室1・2) 

主催:かわごえ環境ネット

http://kawagoekankyo.net/news/002994.html


2月20日(土)、2月21日(日)「小江戸蔵里まつり」

11:00~16:00頃 

川越グルメの実演販売や、雑貨販売などをお楽しみください。


2月28日(日)「蚤の市」成田山川越別院


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ホールの一角に大事そうに仏像が置かれている。仏像の下には色とりどりの花々。
花のいい香りが漂ってきます。
テーブル上の水が入った容器にはジャスミンの花を一面に浮かべ、一杯コップで水をすくう。

仏像の前で参拝客が手を合わせて拝んでから水をかけていきました。





そして、次に並んでいる人が容器を手にして拝んでから、仏像を清めるように一杯の水をかけていった。
そのまた後ろにも続々と人が並び、賑やかながらも落ち着いた雰囲気に包まれていました。




「サバーイ・サバーイになりますように。。。」
そう祈りを込めて水をかけていく姿が絶えませんでした。
サバーイ・サバーイとは、悩みがないこと、気持ちが楽になること、運をもらうことの意。

2015年4月19日川越の霞ヶ関にある伊勢原公民館で開催された「ソンクラーン」には、
タイ人はもちろん、日本人も数多く訪れ、活発な交流が行われました。

ソンクラーン(水かけ祭り)とは、タイ人にとって重要で伝統的な旧正月で、
人々は尊敬の意を込めて両親や祖父母の両手に水を注ぎ、
また贈り物をしたり敬意を示します。
この習慣は、それまでに積んできた功徳を祖父に捧げたり、
年長者が年少者に幸福を願う意味があります。
また、仏教の年初めを祝福する意味もあるので、仏像に水をかけ、お清めします。

ソンクラーンは、日本人がお正月にお寺や神社に参拝するのと同じように、
4月13日、14日、15日に迎えるお正月にお寺へお参りに行く。

仏像に並ぶ人の列は、日本の初詣でできる列と同じような雰囲気がありました。


ソンクラーン(水かけ祭り)は、日本では激しく水をかけ合う光景が伝わっていますが、
本来のソンクラーンは落ち着いた雰囲気の伝統行事。

お寺にお参りした後に、みんなで水をかけ合ったり、

白いパウダーを水に溶かして顔に塗りあったりするもので、

その部分がタイ人らしい激しいノリなので、衝撃的に伝わっているのだと思います。

顔に塗り合うのは、水で清めるとともに冷たさが気持ちいいからなのだという。
ソンクラーンはもともと、一年で最も暑い4月、

農作業が一段落する時期に行われるようになった。
タイ人にとっては一年の中でも一大イベントなので、

自分の故郷に帰ってソンクラーンを迎えるのが一般的。
そこも日本の正月風景と同じで、
地方に向かう交通機関はどこも大混雑という話しも日本と重なります。

タイと同じやり方でタイ人たちによるソンクラーンが、

ここ川越で開催されていることを知っていたでしょうか。
今年でなんと5回目の開催となりました。
ソンクラーンはどなたでも参加することができ、タイの伝統行事、文化を体験できる機会となっています。
主催の埼玉県在住タイ人クラブは、

その名の通り埼玉県に在住するタイ人のグループ、コミュニティで、日本人も多数参加しています。

埼玉県の人口が723万人で、そのうち外国人は12万人(2013年度)で、

タイ人が2600人ほどいます。これは全国で第五位の数字です。

川越の一番街商店街のお店でよく聞くのは、外国人の中でタイ人の観光客が多いということ。

埼玉県、川越市にとって身近な存在のタイ人です。


タイ人クラブといえば、毎年11月の川越唐人揃いに登場し、

2015年3月21日、22日小江戸蔵里で開催した

「ミニタイフェアin川越第二回KOEDOアジアフェス」を盛り上げに盛り上げたことは記憶に新しい。

(「ミニタイフェアin川越第二回KOEDOアジアフェス

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12005435190.html
お祭り大好き、踊ることが大好きなタイ人は、

タイフェアから時を置かずしてソンクラーンもここに盛大に開催していました。
どちらのイベントも、同じようなタイ人たちの顔ぶれで運営していて、

同時進行的に準備していたエネルギーが凄い。
タイフェアも最初から最後まで元気いっぱいでしたが、
やはりソンクラーンには特別な気持ちがあるようで、
盛り上がるだけでない、大事な儀式に向かう引き締まった表情もありました。


伊勢原公民館の二階ホールには、

右を見ても左も見ても、タイ人たちの姿があり、タイ語が飛び交い、

元気な笑い声があちこちから飛んでくる。

会場には、東京国際大学に通うタイ人の留学生もいました。

「大学には、タイ人は6人が通っています。ソンクラーンは小さい頃から親しんでいましたが、

日本に来てからは久しぶりに体験しました。懐かしいです」

と流暢な日本語で話していました。


もうすぐ開場時間となる頃に、タイ人クラブのウィモンさんが会場を見渡し、驚きを声を上げました。

「今年は人が凄い!こんなに日本人が来てくれるなんて!」

伊勢原公民館の二階ホールは満員御礼、座席は全て埋まっていました。

タイ人の姿はもちろん、日本人が多く詰めかけていた。


今までは誰でも参加できるとしていても、
タイ人によるタイ人のための行事という色が強かったですが、
日本人が多く来ていたのは、

おそらく蔵里のタイフェアの影響もあるのかもしれません。
二日間大いに盛り上がり、タイを身近に感じてもらったイベント。
あの時にもソンクラーンのチラシを配っていたので、

本場のソンクラーンはどういうものだろう、と

見に行ってみよう、という方が多かったのではないでしょうか。

5回目にして最大の盛り上がりを予感させる場内でした。



タイムスケジュールは、

10:30開会式
10:50タイダンス
11:00仏像に水をかけ、年配の方の両手に水を注ぎます。
11:30民族衣装コンテスト(子ども)
13:00タイダンス
13:15民族衣装コンテスト結果発表
13:45タイの懐かしい遊び
14:00国際交流(ハワイダンス)
14:20タイ人生演奏
14:40国際交流(ベリーダンス)
15:00タイダンス
15:45閉会


10時半の開会式には、タイ大使館の公使参事官や川越市の関係職員が列席し、
川合川越市長の挨拶も代読されました。

その後にソンクラーンの大事な儀式、水かけへと続いていきます。
前方のテーブル席に公使参事官などの来賓が座り、
来場者が水を満たしたコップを手に持ち、

目上の方を敬うように来賓の一人一人の手に水を少しずつかけていきます。









この時もホール後ろでは、仏像に水をかける人の列が。
「サバーイ・サバーイになりますように。。。」


埼玉県でソンクラーンが行われているのは数えるほどで、川越以外だと大宮でやっているくらい。
中でも川越で開催されているのはかなりの規模です。
川越で開催されているのは、この地域、川越、狭山、所沢などに住むタイ人が多く、
また、タイ人クラブのスパッタラ会長が川越在住ということも大きい。
タイ人クラブは、伊勢原公民館でうどん作り教室やお茶会を企画したり、

日タイの交流事業を積極的に行っているところから、

この場所でソンクラーンを開催しようという話しになったといいます。

初めての開催が2010年。

昨年はタイの大洪水があったことで自粛し、今年で5回目の開催となりました。

(ちなみにですが、昨年ソンクラーンを開催しなかったことにより、

タイ人たちの『お祭りがやりたい!』という熱に押される形で、

KOEDOアジアフェスに出店してくれたという経緯があり、今年にも繋がっています)


始まったタイダンスは、タイの各地方の伝統的なダンスが繰り広げられます。








ソンクラーンの催しで一つの目玉となっていたのが、、子どもたちによる民族衣装コンテスト。
様々な衣装に身を包んだ子どもたちが登場し、
司会のタイ人の「好きな食べ物はなんですか?」の質問に、
「イチゴ!」
「卵焼きです」
「リンゴジュース!」
「スイカ」
など元気よく答えていきました。





この後、審査により選ばれた子どもには、優勝賞品が贈られ、

参加した子どもたちにも参加者賞が贈られました。

12時になると昼御飯タイム。

この日は800円でタイ料理をバイキング形式で楽しむことができました。
その料理はタイフェアで提供していたものばかり。いや、あのイベント以上の種類の豊富さでした。
タイフェアでは昼頃にはすでにあちこち完売となって食べられなかった方もいたと思いますが、
この日は十分過ぎるくらいの料理が並び、それが食べ放題となっていて信じられないような昼御飯です。






調理をメインに担当していたのは、

タイ人たちが川越で一番美味しいタイ料理、と口を揃える西武新宿線南大塚駅近くにある

「サバーイ・サバーイ」。http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11798207000.html

サバーイ・サバーイのお母さんなどが、

伊勢原公民館の調理室で作った料理をどんどん振る舞っています。
「タイラーメン食べる?ほらほら!」
タイ人たちに勧められ、もう一杯もう一杯、と

気がついたらタイラーメンを3杯も食べて、もう食べられない~!と満足そうな顔があちこちに。
その様子は、お正月にお客さんに料理を振る舞うお母さんそのもので、

イベント出店とはまた違う姿がありました。

ガパオもやはり絶品、何度もお代わりをする人が続出していた。
ガパオはタイフェアでも特に人気で、二日間とも人気ナンバーワンでした。
タイ人にしか出せないタイ料理の味がここにあり、
ソンクラーンは料理を目的として行ってもお釣りが来るくらい楽しめます。
美味しいタイ料理に舌鼓を打ちながらこの頃になると、
なんだかここが川越に見えなくなって、タイにいるような感覚になっていった。

午後もホールでは賑やかなダンスが続き、傍らでは仏像に水をかける人たちが絶えません。


場内が特に盛り上がったのが、巨大な動物が出現した時。

会場後方から突如白い動物が乱入してきて、踊りを披露し始めた。

これには子どもは歓声を上げ、大人はここぞとばかりにカメラのシャッターを切っていました。

その様子はさながら、日本でいうところの獅子舞のような舞。




北タイに住むシャン族の踊りで、お祝いやお祭りで踊られています。

伝説の半人半鳥「ギンガラー」と「トー」を表現していて、

白い動物トーは想像の生き物で、9種類の動物の一部分を合わせた生き物だそう。


続いて、14:40のベリーダンスに登場するのは、

川越でベリーダンスでお馴染みの、アミターユ ベリーダンス教室。

「Lilaベリーダンスhttp://lila.in.net/

2015年3月22日のKOEDOアジアフェス、4月12日のジョシカツに続いてのソンクラーン出演。

今川越で引っ張りだこの存在です。

(KOEDOアジアフェスの様子)

アジアフェスではタイ人たちのノリに見事に共鳴し、

タイダンスとベリーダンスの競演を魅せました。

タイ人たちのノリにアドリブでついていけるのはアミターユだからこそ。

あれは今年一番の国際交流の瞬間だったと思う。
それはタイ人たちにも伝わったようで、タイフェアが終わった直後から、
「4月にソンクラーンがあるので、ぜひまた出演して欲しい」と熱烈オファーを送っていました。
アミターユのLilaさんも再び引き受けてくれ、
もう本当に急きょ決まったようなベリーダンスショーだったのです。

あの時の再現なるでしょうか。。。




この日は、生徒さんと先生のLilaさんが華麗な踊りで観客を魅力し、
最後はいつものように、みんなでダンスタイムに突入していきました。
私も、私も、と客席からタイ人たちがダンスの輪に加わり、雰囲気はまさにタイフェアの再来となりました。



その後、最後のタイダンスの時には、

アミターユのメンバーがそばで見守りながらダンスの振り付けを真似して覚えようとして、
フィナーレに行われるだろうダンスタイムに備えていた。
その踊りは、タイフェアでもラストに披露され、

盛り上がりが最高潮に達したイサーンダンスだった。



曲が終わると、タイ人クラブのスパッタラ会長がマイクを手にし、

「最後はみんなで踊りましょう!!」と

いよいよこの日を締めくくる大団円のダンスタイムとなり、
アミターユのメンバー、来場者一体となって踊り合いました。







こうして終わった5回目のソンクラーンは、

タイ人たちが、こんなに日本人が来てくれるなんて!と驚くほどでした。

タイ人たちの力強い笑い声が終始溢れ、輪に入っていると自然と元気になるような空間でした。

また来年もここ川越で開催したいと意気込んでいるので、

ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか♪














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川越高校応援部。
一、団結
一、礼節
一、規律


゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


およそ600人ほどはいるかという体育館でしたが、

足を踏み入れると驚くほどの静けさに圧倒されました。

静けさに圧倒、というのはおかしな表現ですが、

しかしまさに室内はそういう雰囲気だったのです。

話す者はなく、ピンと緊張の糸が張り詰め、

その糸が幾重にも交差するのが見えるようでした。

時計の針が進むごとに糸がさらにキリキリと張り、

これ以上ないくらいの緊張感が充満していた。

OB、保護者、一般の人、

真剣な気持ちで、いや、もっというと神聖な心持ちで受け止めたいことが痛いほど伝わる。

じっと、じっと、息を殺してステージを見つめ、その時を待っていた。

その瞳は、楽しもうとするものと違う、

覚悟を持って見守るという決意が宿っていた。

また、それだけの強さがないと、この場所に居られないような雰囲気があった。


14時。最後の演技が始まろうとしていた。

ステージ上の覚悟、同じように来場者席の覚悟、

これから始まる2時間に向けた覚悟は決まった。


さらに静寂が深くなり、
突如切り裂くように太鼓の音が打ち鳴らされた。

音の塊が体に響いてくる。ステージの幕が上がった。

「大変長らくお待たせしました」


司会を努めるのは初々しい一年生だった。
今までずっと幹部三年生の司会を見てきたので、
伝統が引き継がれている瞬間に立ち会っていることを実感する。

ピンスポットのライトが体育館内後方に落ちる。


旗手長による団旗入場から、演技発表会は始まったのだった。



一歩一歩、大地を踏みしめながら進む団旗。

その花道を、野球部が控え紙の桜吹雪を舞わせる。

応援団旗がステージ上まで運ばれた。

団旗入場し、いよいよ演技が始まります。


第67回川越高校くすのき祭 」の体育館ステージにて、

14時から行われたのが、
第50回川越高校応援部演技発表会。

さまざまな企画が用意されたくすのき祭の中でも、

祭りを代表する催しであり、50年続く伝統行事です。

13時半の開場前から体育館へ続く階段には列ができ、

あっという間に館内は600人ほどの方で埋め尽くされました。


最前列には、六校応援団連盟の浦和高校、春日部高校などの応援部が来て、
最後の勇姿を目に焼き付けようと見守っていました。

これが、現在の第49代応援部の総決算の演技となり、

この日の演技をもって引退、第50代へと伝統のバトンは渡されます。

2年半で作り上げた全てを出し切ります。


プログラムは、応援部として持てる全ての演技を魅せるもので、

たっぷりと2時間に及ぶ演技発表です。

2時間と聞いて驚いた方もいるかもしれません。

そんなにたくさんあるの??と。

応援演技には実に多彩な演技があり、

50年という長い時間をかけて曲目が揃ってきたもの。

それを野球応援などでは、場面に応じて演じ分けているのです。


・第一応援歌「奮え友よ」、第四十九代副団長
・初雁節、二年団員
・団旗紹介、旗手長
・水月一拍子、総務
・第二応援歌、渉外
・団歌、総務
・川高節、第四十九代団長

吹奏楽紹介

・野球応援メドレー、第四十九代幹部一同
学生注目
ファンファーレ
ファイティングマーチ
スパークリングマーチ
間接コール
ダイナマイトマーチ
F1
コンバットマーチ
大進撃

・応援歌「凌雲の志」、第二十二代統制
・川高勝つ、第四十九代副団長
・校歌、第四十九代団長


この日を迎えるまでに、夏の強化合宿を含めて、

夏休み中みっちり練習を積んで備えてきた。

顧問の先生も、「大分仕上がりがいい」と話しています。


始まった演技。

全体の型が綺麗に揃い、揃うことで迫力が増し、芸術的になる。

途中、団旗紹介として

団旗長が片手一本で左右に振る様を見せてくれた。

一年生団旗もいましたが、また上げ下げするだけで精一杯。

団旗を立派なものにするのは、団旗の扱われ方一つで決まる。

集大成の団旗紹介とスタートしたばかりの団旗紹介、

伝統の入れ替わりを感じました。


「奮え友よ」

奮え友よ 奮い立て今
初雁の校旗はためく武蔵野に
鍛えし我等
栄光の伝統守り
熱血の闘魂高く
今こそ誇れ
勝利の王座 勝利の王座
川高 川高 川高 川高

おお我が川越高校









「第二応援歌」

一血潮に燃ゆる若人の

待ち憧れし今日こそは

光輝ある歴史の

誉れの名をば轟かせ

一挙一挙いざ奮え

一挙一挙

いざふるふるふる

一挙一挙いざ奮え

我が応援の

意気見ずや


二、熱球飛んで土を噛み

凱歌は上がる我が軍に

見よや若人の

赤き血潮の高鳴るを

一挙一挙いざ奮え

一挙一挙

いざふるふるふる

一挙一挙いざ奮え

我が応援の

意気見ずや







「川高節」
一、ここは武蔵野か川越の町か
川越の町ならここ川高
二、高校川越の学生さんは
度胸ひとつの男だて
三、度胸ひとつで川越の町を
歩いてゆきます初雁ボタン
四、初雁ボタンは川高育ち
ボロはまとえど心はにしき
五、ボロはまとえど心はにしき
どんなものにも恐れはせぬぞ
六、どんなものにも恐れはせぬが
かわいいあの娘にゃ勝てはせぬ
七、かわいいあの娘はいつでも捨てる
母校のためなら命まで
八、命捨ててもその名は残る
母校川高のその名も残る


川越校の伝統であり、川越の伝統文化ともいえる川越高校応援部。

先輩から後輩へ、

一子相伝のようにして伝えられてきた応援の型。


応援の型というのは、

自らを追い込み、究極的に作り上げないと後進に伝わっていかないものだと思いました。

生半可な型では受け継がれていかない。


全身全霊をもって型を極めようとすることで、

先代、先々代、先々々代、さらに何十年前の代、

築いてきた伝統と一体となって初めて後進に伝えられるものだと思う。

伝統を引き継ぐことは本当に大変なこと。


団員の声と手拍子が揃う。
細かい拍手も綺麗に揃っていた。
一つの動作、一つの発声に2年半かけて作り上げた重みがあった。
見ているとどんどん世界に引き込まれていく。

そして、時間が止まる。。。



応援部と苦楽を共にした吹奏楽の演奏があり、

野球部の面々も駆けつけ、最後の応援演技を見守っている。


゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


川越高校応援部の演技を初めて間近で見たのが、

2013年11月の一番街のイベント、宵の市のことだった。

それまで、川越高校の応援部のことは

夏の高校野球の球場で遠くから見るくらいのものでした。


応援部というもの自体ほとんどなく知識がなく、

映像でのみ知るその世界は、

伝統を守り、自分を律して、どこか古めかしいものというイメージを持っていました。


そして、宵の市で始まった演技を見て、驚いた。

圧倒的な声量、きびきびした動き、じっと動かない姿勢、動作を合わせた演技。



一つ一つの動きが、昨日今日ではなく

長い時間をかけて築いた「型」であることがすぐに分かった。

目の前にした団員の奥に、

何十年という途方もない長さが透けて見えたのを覚えている。

つまり、伝統をそこに感じた。

「これは凄い・・・」

川越のすぐ身近に、こういうものがあったのかと新たな発見だった。


川越には何十年、時には何百年と守り続けられている伝統文化がたくさんある。

その中で、

川越高校の中に同じような伝統文化があったことに興奮。

それを、現役の高校生が全身で守り続けている姿に感動した。


それから、蓮馨寺のイベントにも登場し、

宵の市では何度も見る機会があり、川越の街に存在が広く知られるようになっていきました。




その真摯な姿勢に、ひたむきな姿に、観客は惜しみない拍手を送り、

涙を流して観ている人すらいました。その一人が自分です。


観るごとに確信は深まり、

「これは深く知らなければ。彼らの姿を追いかけ、

特に夏の高校野球の応援は見なければならない」

そう、一つの覚悟を決めました。

全ての記事は情熱を注いで書いていますが、

この応援部のことは持てる熱を全て込めて書きたい、そう、決心した。


顧問の先生に話し、後日放課後の練習に伺うことになった。

そこから本格的な取材がスタートしました。

川越高校応援部 受け継がれてきた川越の伝統文化







「押忍!!」

屋上に響き渡る声、拍手一つでも角度、位置、何度も何度も確認する様子、

型を教えるだけでなく、忍耐力を鍛えようと取り組む姿があった。

この時の練習の様子に、

圧倒されて言葉を失ったのを覚えています。

厳しく過酷で、これだけのことによく耐えられるな、と思った。

応援とは、

自分を究極に律した姿を見せることで、相手を奮い立たせ勇気付けるものなんだと

この時実感することができました。


この時から一ヶ月半。いよいよ彼らの一番の晴れ舞台がやって来た。


第96会全国高等学校野球選手権埼玉大会の開幕、

高校球児と応援団員の熱い夏が始まったのでした。

初戦は進館戦。

川越対進館戦

今年の野球部は強いという前評判通り、

初回から猛打が爆発し、10-0、5回コールド勝ちで順調なスタートをきりました。






やっぱりスタンドの華は応援団。

そして応援部員自身が、本当に楽しそうに演技していたのを覚えています。


二回戦は日高戦。

地元初雁球場に戻っての試合に、スタンドは川越高校一色に染まった。

川越対日高







スタンドには近年のOBから、

なんと川越高校が甲子園に出場した時のOBまで駆けつけていた。

昭和34年、第41回大会の甲子園に出場した同学年メンバー4人も、

一塁側スタンドで見守っていた。


「自分達は小柄なチームだったけれど、ピッチャーが良かった。

なにより家村監督のチームワークを大事にしたチーム作りが良かった。

守りの野球で勝ち上がっていったんです」


そして、この時の応援団員の方も来ていて、

「自分が一年生の時に甲子園出場した。

当時の応援部は、部というより団。

柔道部や卓球部の主力が集まって、試合の時に応援していた。

番長の集まりだったよ(笑)
初雁球場の前に立ち、本丸御殿に向かって練習したこともあった 」

という話しを聞かせてくれました。


20-0という二試合続けての5回コールド勝ちを収め、

試合後には、55年前の団員の方が現在の第49代団長に激励に訪れる場面にも立ち会いました。


続く三回戦は、蕨戦。

川越対蕨

熊谷公園球場で行われた試合は、

強敵相手に試合前から緊迫した雰囲気に包まれていた。

試合は負けてしまいましたが、


「三回も試合することができた」

「三回も応援することができた」


「ありがとう」


悔し涙と嬉し涙が入り混じった、とても充実した表情がありました。






゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


再び体育館へ。



この日見る応援は、
街中で見たものとは違う、
放課後の練習とは違う、
野球応援とも違う、今まで見たことのない初めて見るもののようでした。
そして、これが応援部というものの奥底にある本当の姿だと
初めて真髄に触れられた気がした。
応援部としての「作品」がそこにあった。
空手のような型、能のような舞、歌舞伎のような口上、
川越のお囃子の天狐の舞にもどことなく似ている。
天狐は舞の中でも最も神聖なものです。
応援演技がいろんな要素を取り入れながら、独自の芸術に昇華させてきたことを想像します。


幹部三年生の迫真の演技。
二年団員の鬼気迫る演技。
一年団員も良く揃っている。
三年生の力強くもリラックスしたような姿が印象的。
一年生はまだ力が入っているけれど、力で型を作ろうとしている。
そこから、力を込めて込めて鬼気迫る演技に辿り着いた先に、
力が抜けて型破り、芸術になっていくのだと思う。

大声を出すことが応援、と思う方もいるかもしれませんが、
ステージ上にあるのは発声に型に舞、

舞台芸術としての応援演技がありました。
間合いを取りながら一音一音ゆっくり空気を噛み締めるように発する声は、
静寂も、いや、静寂こそ応援演技を引き立たせて欠かせないものだと教えてくれる。
時に囁くように、時に静かに舞い、時にユーモラスに、そして強さで圧倒する。
「応援」をここまでの芸術に高めていることに感動します。

応援演技には二つの顔があるように感じる。
武道としての応援道と、芸術としての応援演技。
男らしさを追求し全面に出しながら、
実は芸術として女性性を感じさせるものでもあると思い至る。
静と動、硬と軟、

両面あることは他のどの芸術とまったく変わらない、

両面あるから人の心を動かし何十年と続いているのだと思う。

ただ、「作品」と違うのは、
舞台袖に退いても彼らはその姿勢を崩していないだろうな、ということ。
お客さんが見ている見ていないに関係なく、応援部であり続けている。
彼らは役者ではない、「応援部」という生き方をしている。

ステージ下に再び野球部がメガホンを手に走り寄りました。

応援部の華、野球応援が始まった。

野球部と一緒になって、まるであの日のスタンドのようだった。







吹奏楽部第52期学生指揮は、
「川越高校では多くの部活動が盛んに活動していますが、

その中でも一際存在感を放っているのが応援部です。

毎日屋上から響く応援歌や太鼓の音は、多くの部活動の励みになっているはずです」

野球部主将は、
「応援部は、川越高校の自慢であり、代表の部活動です。

彼らは、我々、川高生を盛り上げてくれる絶対に欠かせない存在です。
また、どんなときも常に努力を怠るようなことは決してせず、夏は炎天下の中の屋上、

冬は凍えるような寒さの中での体育着一枚での屋上という厳しい状況で練習していました。
その姿、声を聞いて自分もまだまだ頑張らなくてはと辛い練習の際に思ったりしました」

水泳部部長は、
「応援部は、川越高校の中心団体の一つで尊敬されている存在です。
水泳部は毎年、学総で応援してもらいます。
普段から他の部より努力をしている応援部から応援してもらえることは、
こちらとしても誇らしく、そしてもっと頑張ろうと思え、良い結果を残せます」

ラグビー部部長は、
「川越高校の顔とも言える応援部、すべての川高生の憧れの存在であり、

その姿は、常に川高生の中心にあります。
川高生活の至るところで活躍する応援部ですが、
その活躍の裏には日々の過酷な鍛練があると聞きます。
私たちが活動している第二グラウンドまで響く声や太鼓の音は、

練習中の他の部活の生徒を鼓舞させます」


陸上競技部主将は、

「川越高校の誇り高きものの1つ、それが応援部です。

学校の屋上から聞こえてくる気迫に満ちた応援歌や力強い太鼓の音は、

学校内や校庭、そして学校の外にまで響き渡り、私たちを奮い立たせてくれます」


応援部は、試合の時だけでなく、

普段あの屋上からも声を届けていたのだ。

受け止めていた人たちがたくさんいる。


応援部演技発表会、
彼らの演技を、生き様を、全身で受け止めました。
団員の熱が伝わり、最後の校歌の時には自然と涙が溢れていました。




ひたむきな情熱、ここまで人は一つのものにひたむきになれるのか、という姿だった。


これから先、苦しい場面にぶち当たっても、
応援部の日々を思えば乗り越えていけるはず。
応援部OBが
「あの日々に比べたらほとんどの問題は全然大したことない」
と話すように、第49代の団員も人生の財産を手に入れたと思う。

そして、

この応援を見た人たちも、自分も頑張ろうという熱を受け取ったはず。


団長からの挨拶があり、
これにて第50回川越高校応援部演技発表会は終了となりました。
幕はおろされた。




団長は振り返ります。

「今日は全て出し切りました。

2年半辛かったけれど、今振り返ると応援部に入ってよかった。

一番印象に残っているのはやっぱり野球応援。本当に楽しかった」


゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


ここで一つ、感謝申し上げたいのは応援部顧問の先生。

これまで多大な配慮、心遣いありがとうございました。

先生のおかげで、応援部というものを深く知ることができました。

彼らの熱に間近に接することができ、

自分としても

「応援部にもらった熱があればほとんどの問題は全然大したことない」
そう思えるくらい力をもらいました。


そしてさらに一つ申し上げておきたいのは、

川越高校応援部を再興させた先生自身のその熱です。

遠くの学校から、川越高校の応援部が存亡の危機だと知り、

自ら赴任希望を出して川越高校にやって来られ顧問となりました。

先生が来られた時の応援部は、三学年でたったの一人という有様だった。

一人なので団旗も上げられない。

そこから、これだけの大所帯になったのは、

先生の中に今も宿る応援部魂の熱だと思います。



今までありがとうございました。

そして、これからもよろしくお願いします!


後夜祭にて、二年団員の第50代応援団長が発表され、
全校生徒による校歌で一つになって、

第67回くすのき祭が締めくくられた。



応援部があって、校歌が熱く燃え上がる。

学校に欠かせないもの、学校のまさに花形です。


思い返せば、いくつもの涙が思い浮かびます。


街の中で見た時に感動して流した涙から始まった。


放課後、屋上で何度も練習しながら流していた部員の涙。


夏の大会、初戦を勝てた時に「嬉しいです」と噛みしめるように流した部員の涙。


3回戦、惜しくも敗れた時に流した部員の涙。


敗れた後、夕焼けに染まりながら野球部員と応援部員で流した涙。


そして、

くすのき祭でステージを見つめながら流した来場者の涙。

最後の挨拶で流した団長の涙。

感動、悔しさ、嬉しさ、感謝、いろんな涙で彩られた応援部との日々だった。


そして、

最後に笑顔があった。



自分を律する部ですが、

ほんの一瞬見せる人間くささがたまらなくよかった。


この日がゴールでもあり、スタートでもあります。
本格的に第50代の応援部の活動が始まり、

これから駅伝にサッカーの応援、野球部は秋の大会でシードになりました。
応援部の姿がプレーする選手を鼓舞するでしょう。

第50代、第51代がこれからどんな応援団員になっていくのかが楽しみです。
来春にまた、たくさんの一年生が入ってくれるとさらに迫力が出ると思う。
顧問の先生は、
「こういう世界に憧れを持つ子は意外に多い」
と語り、ぜひ期待したいです。
これからも見守っていきたいと思います。

川越高校応援部
平成25年度
9月陸上競技大会激励応援
ラグビー新人戦
一回戦対西武台
二回戦対早稲田本庄
11月陸上部駅伝応援
12月ラグビー秋の花園予選
一回戦対合同チーム
二回戦対ふじみ野
2月「日輪の下に」において演技発表於熊谷高校

平成26年度
4月入学式
新入生歓迎会
新入生校歌応援歌指導
新入生歓迎会において演技披露
離任式
6月球技大会
水泳応援
7月全国高校野球埼玉県予選開会式
一回戦対進修館10-0
二回戦対日高20-0
三回戦蕨2-8
8月強化合宿
サッカー応援
9月くすのき祭にて演技披露

そして第50代、51代へ。


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久しぶりに帰ってきた、あの川越散策ツアー。

1年間待ちに待っていました。。。


思い返すこと今からちょうど一年前、

喜多院周辺散策ツアーを行った模様を記事にしたところ、

「ディープな川越ですね!」と反響が大きかった川越散策ツアー、それが・・・

「小江戸川越のらり蔵り」散策ツアー。






「ここが喜多院山門に通じる道だった?」

「この駐車場が明星池だった場所」

「このよな川が新河岸川に通じている」

「川越は水の都だったんだよ」


などなど、次から次と川越のお話し、それも

普段何気なく見ている風景の中に、『よ~く見てみるとそこには』という

見過ごしがちになる魅力を再発見させてくれるのが、

小江戸川越のらり蔵りの散策ツアーでした。

まさに川越のディープに触れられる散策でした。


あの時の散策、それは、今の「川越」になる、

もっとずっとずっと前の川越のお話しでした。。。

2013年に行ったツアーでは、一緒に2時間くらい歩かせてもらい、

「か、川越って凄い!」と実感を深めた体験でした。


そして・・・あの散策ツアーが、

さらにパワーアップして戻ってきました。

2013年夏から一年、あれ以降も散策ツアーは不定期で開催していて

川越市内各地で行ってきました。


ある時は1979年の住宅地図を手にして、一番街を2時間掛けて往復し、

「ここはかつてこうだったのではないか?」と、

細かいところまで根掘り葉掘り見つめるツアーを企画した。

川越の名の付くツアーで、ここまでディープなのは他にはありません。

見過ごしがちにある街の細部を見つめて再発見するツアーとして、

独自のポジションを確立しています。

ツアーには観光客よりも、川越好きな地元の方の参加がほとんど。


現在、「小江戸川越のらり蔵り(以下のら蔵)」は、

フェイスブックページを開設していて、

そこでは毎日ディープな川越情報が発信されています。

一番街、ではなく北にある喜多町の町並みを紹介したり、

独特な視点が光ります。


主宰するのら蔵スタッフの方は、生まれも育ちも生粋の川越人。

喜多院目の前の宮崎医院で産声を上げ、

第一小、第一中という川越のエリート?を歩んできた方。

川越にこだわり、川越の発信にこだわっています。


そして、2014年8月9日。


のら蔵と川越にあるお店がタッグを組んで、

夏のツアーを開催しました。

そのお店が、本川越駅近くから歩いて5分、

大学いもでお馴染みの「大学いも・川越いわた」さんでした。





小江戸川越のらり蔵りのことは、いわたさんも以前から知っていて、

独自の川越視点に注目していた。

二人のコラボは、ある時ふとした立ち話から、

一緒に楽しいことしよう!とお互いの思いが噛み合って実現したといいます。


いわたさんには、ずっと抱いていた思いがあった。

「物を売るだけではなく、他に喜んでもらえることを考えていました」と話し、

のら蔵スタッフの方がたまたまいわたさんに来店した時、

話している中で意気投合し、

あっという間にツアー企画が決まった。


「話したらすぐに企画書持ってきてくれたんですよ(笑)」


と振り返るいわたさん。


11時のスタートには、ツアーに応募された方々が集まっていました。

みんな川越好きばかり。「楽しみにしていた」と話します。


大勢の方が参加する大型ツアー企画も

川越を知るきっかけには最適ですが、

こじんまりとしつつも

「ディープな川越散策ツアーに参加してみたい」という声があるのも事実。

歴史ある街だからこそ、こういうツアーが人気があります。


今回のツアー企画のタイトルが、

「大学いも・川越いわた発!ちょっとディープな川越ぶらり散策ツアー」

です。


このタイトルに込めた意味をのら蔵さんが語ります。

「ディープだけど、どっぷりではなく、今回は『比較的』ディープな感じかな」

と、思わせぶりは発言。

よくあるコースではなく、今まで知らなかった川越に出会えるはず、と

参加者の方も楽しみにしていました。


ツアーは、いわたさんが出発・ゴール地点として、

だいたい一時間の徒歩による散策。

この日は涼しい気候で、絶好のツアー日和となりました。


スタートの前に、のら蔵さんがある物を取り出し

参加者の方に配り始めました。

それは、昔の川越。。。



国会図書館でコピーした著作権切れの川越の地図。

昔の道路が記されていますが、地図をよ~く見ると、

今はない道路が多数あるのが見つかります。



中央の青い丸。あそこが鰻のいちのやさんです。

ということは、左への道がない・・・!

そうなんです、今車の交通量が多い川越日高線は、

いちのやさんから先が行き止まりでなかったことが分かります。


さらに、いわたさんの目の前の道、

出世稲荷神社を通って川越街道にぶつかるこの道が、

後方の川越日高線へと繋がり、

昔のメインストリートだったとのこと。

かつては人の往来の多かった通りだったんですね。


ツアーの出だしからディープな沼に引きずり込むのら蔵。

参加者もツアーの雰囲気が分かったようで、

こういう内容にワクワクしているようでした。


ここからいよいよ、スタートです。


出世稲荷神社へ向かい川越街道に、と思った瞬間。

「ここ曲がりますよ」と入っていったのがいわたさんのすぐ近くにある細い脇道。

さすがはのら蔵、普通のコースは進みません。


細道の先には直角に曲がるカーブが連続していて、

それは紛れもなく城下町らしい道路形態でした。

曲がった先の突き当たりにあったのが、火除稲荷大明神。







「火事が多かったんだろうね」

と、その名前から当時の様子を連想させます。

建物は相当古い雰囲気、

明治26年の大火以前、江戸時代に建てられたものだろうか?との話し。


そして、この細道の先を指差し、

「ほら、この先が立門前通りにぶつかるんだよ」
と、道の原初の形を説明してくれます。




今は川越日高線に遮られていますが、

この細道が生活道路として充分機能していた、

当時の生活シーンが目の前に現れるようでした。


このツアーの特色は、生活感を肌で感じられる場所を巡ることが多いこと。

人が生活してきた営みの残影を見つけ、焦点を当てるのら蔵です。


細道から川越日高線へ出て、

大正浪漫夢通りや一番街などの定番コースを行くのかと思いきや、

三井病院の方向へ。

こちらに進む散策ツアーはなかなかありません(*^.^*)


歩きながら、三井病院を通り過ぎる時に、

「ここは前、ホームラン劇場だったよね~」と一同盛り上がりました。

のら蔵さんは、ホームラン劇場の思い出の一本として

「きかんしゃ やえもん」を挙げていました。


ふと立ち止まり、「ほら、よ~く見てみて!」とまたまた指差したのが、

建物の間に挟まれるようにしてある蔵。



「目立たないけどこういう所にも蔵が残ってるんだよ」

これは見逃します。こういう視点が街歩きをより楽しくさせます。


松江町交差点。

ここが、例の地図の大事なポイントでした。




いちのやさんがある交差点、ここから日高方面の道はかつてはなかった。

行き止まりとなっていて、

川越街道が南北に走るのみでした。


そして、ここから喜多院方面の道をよ~く見ると、

緩やかに下っているのが分かります。

一同目を凝らして下っている様子を確認します。

その先は久保町。


下っているのは、仙波からも、西小仙波から見ても、

久保町に向かって少し下っています。


「窪になっているから久保町になったのかも?なんて考えるのも楽しいよね」


と話す、のら蔵さん。


ちなみに、窪地になっているのは、

川越城の土塁を作るために土を持っていった、なんていう説もあるそうで、

その姿から地名が付けられたのか?と想像が膨らみます。



喜多院への道を歩きながらも

あれはね、これは、と話しが止まりません。

この通りだけで電気屋さんが3軒あったとは驚きです。

観光的な通りではありませんが、のら蔵的には大好物な通り。

見所満載な通りだったんだ、と改めて魅力を知りました。


この通りの看板建築の意匠の美しさは、

もっと注目されてもいいのでは。。。




電話番号に注目。


成田山のところで一行は立ち止まりました。

この辺りが久保町の窪の底、一番低い場所。

そして頭上に架かる歩道橋を見上げながら、

「この歩道橋は、自分が小学校の時にできたんだよ」
と振り返るのら蔵さん。


小学校に行く道は、成田山の境内を通って、この歩道橋を上がり

道路の反対側に渡っていた。

40年ほど前の通学風景が感じられます。

「ちょうどここを真っ直ぐ行くと、第一小学校だったんだよ」

と指差した方向をみると、

子どもたちが通った通学路、わずかに細道の面影が残されていました。




今は閉鎖されていますが、ここを真っ直ぐ行くと校門に出る。


川越の街にあった生活の営みを見つけ、

自身の思い出からも川越のかつての生活をイメージさせる、

見過ごされ、忘れられた普通の生活があちこちにありました。


すぐ道路沿いに不思議なものを発見。

石の箱・・・??

改めて見てみると、不思議な箱です。
なんだろう。。。




「実はこれ、ゴミ収集の箱だったんだよ」


だそうです。昭和のゴミ収集の石の箱。

この大きさで間に合っていたことは、驚きというか考えさせられる事実です。

見慣れた風景の中に、生活に密着したものがそこかしこにある。





喜多院入口の信号で立ち止まり、ここでしばしお話しが。


信号を渡って道を入っていった先にある浮島稲荷神社。

神社にまつわる話しから、

「川越は水の都だったんだよ」

という話しはとても興味深かったです。


川越は水の都だった、

その事実を確認するために、去年ののらり蔵りツアーでは

浮島稲荷神社から流れる「よな川」を辿りました。

その時のダイジェストを。。。


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


『この一帯は、以前は「7つ釜」と呼ばれ、

清水が湧き出る穴が7つもあったという。

一面、葦の生い茂った沼沢地であった。

そのため、遠くから神社を眺めると、

ちょうど島が浮かんでいるように見えたため、

「浮島神社」と呼ばれることになった』


7つのうちの一つ、なのか分からないけれど、

今でも水が湧き出ている池があります。


川越style


そして、湧き出ているだけではなく、

外に流れ出ています。

そう、ここに「川」がある!

地図にも載っていないそうだけど、

「よな川」と呼ばれている、小さな小さな川。


葦に覆われたよな川。

昔はこの辺り一面が沼沢地だったんでしょうね。

川沿いを歩いて行きます。

葦が見られるうちは、まだ水が豊富で川の雰囲気あったのですが・・・


川越style



川越style

川、と呼べるかどうか分からなくなってきました。。。

さらに歩いて行くと、

もう川とは呼ばない感じに。。。

ただ、わずかずつですが、水が動いています。

水たちが目指す先へ、そこで辿り着いたのが新河岸川でした。

そう、浮島稲荷神社から湧き出た水は、

最終的に今でも新河岸川に合流していました。

川越style


浮島稲荷神社から出発した、よな川。

254線沿いの新河岸川に合流するまでの、

歩いて10分くらい短い川でしたが、

今でも確かに流れている川でした。


車がたくさん通る254の横に、

ひっそりとよな川が流れている、

そのコントラストに川越の今昔を想います。。。


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


という、ツアーだったのです♪

川越の中でこんなにマニアックな散策ツアーは、

この方だけでしょうね(*^.^*)

マニアックな歴史の話しのようで、

でも根っこにあるのは、

川越に生きた人の生活を辿ること。

想像力が刺激されて、当時の姿が目の前に浮かび上がります。



喜多院から16号に向かう道は、昔はなかったということは、

提供してもらった地図を見ると分かりました。

かつてはここでカーブになっていて、

カーブをがいくつもある今の細道が、かつては国道16号だったそう。


(このカーブがかつての16号)


今では考えられないですが、こんな細道が16号だったんですね。


そして、この周辺は

以前伺った話しが印象に残っています。


「小さい頃からここは庭みたいなものだし、遊び場だった。

五百羅漢なんて、昔は塀がなくてフリーで見れたんだよ。

喜多院の門前はね、昔は賑やかでたくさんのお店があったんだよ。

魚屋に八百屋、文具店、消火器の店もあった」


「喜多院の門前に昔、蕎麦屋があったんだよ。今、駐車場になってるこの辺。

名前?そのまま『門前蕎麦』だよ(笑)」


ここから、喜多院の境内に入っていきます。

かと思いきや!

「それじゃあ、ここ曲がりますよ」

と、喜多院を目の前にして手前で曲がりました。

さすがは、のらり蔵り。

定番の散策コースは進みません。。。


喜多院へ続く道から脇道へ入り、

「この欄干、昔から気になってたんだよね」

と、小さな石の欄干で立ち止まります。



「水の流れがあったのが、ここで安全のために止めたのか」


ただ、傍らに弁財天が祀ってあるので、水に関係はしているはず、

という興味深い話しがありました。


喜多院裏側の落ち着いた雰囲気を歩いていると、


「喜多院西側に、知られていないけど小さな社があるの知っていますか?」


という問いかけがあり、一同『なんのことだろう?』と疑問に思う。


「ほら、あそこ」と指指すところを見ると、小さな社が。


それは、立ち入りができない場所になっていて、

外の塀から微かに覗き見えるだけの社ですが、

今でもきちんと手入れがされて、綺麗な姿が見えました。

三位(さんみ)稲荷。
「昔、喜多院に三位(さんみ)という味噌すりの小坊主がいた。
その小坊主が天狗の神通力を得ると言って、
ほうきを持って庭の杉に登り、ほうきにまたがって跳んだが、
そのまま落下して死んでしまった。
あわれに思った住職がその場所に祠を建て「三位稲荷」とした」


ここから喜多院公園へ出て、

細道を進み、大きな通りを横切り、また細道を進み、という行程。
歩いている最中に、何度も地面を指差し、

「石の側溝が残ってるの珍しいなあ」

など、普通気が付かないようなポイントを次々と紹介。




側溝やマンホール、そんなことまで!というディープさでした。


最後のポイントが川越街道。
いちのやさん、市役所に通じる川越街道のカーブ、

このクランクは昔はもっと急だったはす、とのこと。



今は車が通るためになだらかなカーブですが、

お城があった時は本当の直角だったのではないか、と。
「そうでないと敵の侵入防げない」
建物の位置関係から、

ここから直角に曲がっていたのかな、という話しも

想像力がかきたてられました。

川越街道からまた脇道に入り、

出世稲荷の銀杏の木が見えてきたらゴール。
いわたさんに戻ってきて、

川越散策ツアー無事に終了となりました。



きっかり一時間の道程。
終わったあとに、いわたさんから冷製大学いもの試作品の提供がありました♪





冷たい大学いもがゴロゴロ入っていて、

蜜には隠し味としてグレープフルーツの酸味がプラス、その上にアイスが乗った一品でした。
「めっちゃ美味しい~!」「甘味と酸味のバランスのバランスがいいですね!」と好評でした。
さらにはサプライズなお土産として、大学いもなどを持たせてもらい、

川越の話しに美味しいもの、

二人のコラボらしい楽しい内容でした。


参加者の方の感想としては、
「今までの川越散策は観光名所ばかりだったので、新鮮で楽しかった」
「裏道から川越を見るのは楽しいですね。
喜多院の手前曲がるとか斬新でした(笑)」と振り返っていました。

小江戸川越のらり蔵りとしても、
「楽しんでもらえてよかった。これからも続けていきたい」
と参加者を見つめていました。
続けて、

こうしたディープな川越散策を企画する意図を、
「川越観光の軸は一番街がある。

そこからどこまで広げられるか。川越には知られていない魅力がたくさんある」
と説明します。


いわたさんも、「こういう企画を続けていくことでバージョンアップして、喜んでもらえるといいですね」と話します。
二人のこれからのタッグも楽しみです。


2014年8月9日。

「大学いも・川越いわた発!ちょっとディープな川越ぶらり散策ツアー」
完。



また、これからも川越のディープな散策を楽しみにしています♪


「ほらあそこ、よ~~く見てみると・・・」




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