2009-04-02 11:12:43

子どもの命より自動車を優先する国は日本以外にない - 「官から民へ」で国民は排除される

テーマ:霞が関・公務関連情報

 動向が気になる学者というのが私には何人かいるのですが、東京大学の神野直彦教授もそのひとりです。その神野教授の講演録が、協同総合研究所のホームページ に掲載されているのをみつけました。「新しい働き方を考える~まちづくりと市民による仕事おこし」と題した講演で、2003年とちょっと古いですが、講演の一部に、「公(おおやけ)というのは何か」「公共とは何か」について語っているところがあり、国による公共サービスのあり方を考える上でも、非常に興味深かったので紹介します。(いつもの私の勝手な要約によるまとめですのでご了承ください。byノックオン)


 日本には「公(おおやけ)」の思想がありません。「公」というのは何か、「公共」とは何でしょうか?


 「公園」というのは、ドイツの文学者ゲーテがつくりました。ゲーテは、封建領主や貴族が独占している美しい庭園を、「すべての社会の構成員に開放せよ」と主張して、「公園」をつくらせたのです。


 そのゲーテの思想に共鳴した世界の諸国民が、すべての学術を社会の構成員に開放しようとして、「博物館」をつくる。すべての社会の構成員に美術を開放しようとして「美術館」をつくっていく。ソーシャル・インクルージョン=「誰もが排除されないで参加することができる」、これが「公」といわれるものです。


 日本人はこれを完全に忘れていますから、「民営化しろ」と言われて、「博物館」もみんな国立大学と同じように「独立行政法人」として真っ先に民営化されたんです。


 イギリスでも絶対そんなことはしません。イギリスに行く機会があったら大英博物館に行ってみてください。入館料など取られないタダですよ。「すべての社会の構成員が排除されないで開放されるもの」、それが「公」っていうことです。


 「道」も同じことです。「道」というのは、人間が交流する場です。人間が交流する権利を持っているんですね。ヨーロッパではしたがって、「道」と「道」が交わるところは、必ず「広場」になっている。そして、人間と人間が交流する権利を侵さない限りにおいて、自動車の通行を認めるんです。だから、街と街を結ぶ「道」はあまり人間が交流しないから、自動車が通っても良いけれど、街の中の「道」は人間が交流するのであるから、これは認めないんです。環境の問題だけで言っているのではなく、本来の「公の思想」があるからなんです。


 「道」というのは子どもたちが遊び、そこのローセキでいたずら書きをして、創造性をはぐくむ場です。ところが日本でどういうことを教えていますか? 「道で遊んじゃいけませんよっ!」です。私のウチの側に浦和レッズというサッカーチームがあります。私は小さいときからサッカーは道でやってきた。みんな道でサッカーやってきたんです。ところが今では浦和では道でサッカーできなくなっていますから、浦和はもうサッカーの街ではありません。とんでもない話です。サッカーを子どもがやれるところがない。子どもたちが遊べる場所がない。


 それどころか、日本では学校に通学するのにも、子どもたちは全国どこに行っても命がけです。そんな馬鹿なことやっている国はどこにありますか。パリのシャンゼリゼに行ってもその路地のひとつ裏に入っていただければ、子どもたちが縄跳びをしたり、遊ぶ道がちゃんとあって、車が通っていない。日本では本来人間が交流する場は完全に奪われている。これに対して誰も異議を申し立てない。「公」という概念がないからです。


 「公」の概念がないとどういうことになるか。絶対君主や王様がいて、「道」を「これはオレのものだ」と私的に占有していた。そして通せんぼして「金を払えばこの通せんぼをはずしてやるよ」と言ったんですね。これが有料道路です。この有料道路を持っているのは、日本とアメリカしかありません。日本は「公」がないものですから、「官から民へ」なんて言われて「道」で金儲けをしてしまう。


 現在のイラクに派遣されているアメリカ軍は「民営化されている軍隊」です。戦うところは本当の軍隊が行っていますけれども、後方支援部隊は全部アウトソーシングされているんです。「民」でできることは「民」でというなら、なんで「民」でできているのに自衛隊を出すんですか。民間機を出したらいい。日本も「官から民へ」「民間委託をしろ」と言うのだったら、合見積もりをとってやらせればいいじゃないですか。


 NPOとか、市民組織とか、そうしたところでできないこと、市民が自発的にやってできないところを、政府が最終的に責任を持つというのは、当たり前の話ですよ。責任を持たないとどういうことになるかというと、「いやぁ、今“官から民”の時代ですからねぇ、民間で、NPOでやらしてやってくださいよ」と、みんな責任逃れする、とういことになるんですね。

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7 ■無題

親としては、結構切実です。
家の周りは狭い舗装通りばかりで、小さい子供を一人で遊びに出せません。
一人で近所を歩いている小学生以下の子供なんて見ませんから、どこの家庭も同じだと思います。
近所で轢かれて亡くなったお子さんがいます。車の通りの激しいところではありません。母親も一緒で手をつないでいました。一瞬手が離れたときに、角をゆっくり曲がってきた車に押しつぶされました。
他の場所でも、車同士の接触事故は、何ヶ月かに1回は目にします。
ですから、近くに公園がいくつかあっても、子供の姿をほとんど見かけません。
よくゲームのせいだとかという話になりますが、実際は逆で、子供だけで外に出せないから、自然と家で遊ばせることになっていきます。
6歳までに外で子供同士の遊びを覚えられない子供たちは、小学生にあがってもコミュニケーションが、ぎこちない。
ニートが増えて当然と思います。
すべて車のせいとは言いませんが、私が子供のころは、車ももっと少なく、(あるいは車が通れないほど細い道を通って)公園までいけました。ひまな子がいっぱいいました。いろんな遊びをしました。
道路に工夫を考えることで、大きな効果が得られるのではと期待しています。

6 ■大英博物館

大英博物館が入場料無料なのは他の国々から奪い取ったものを展示する場所だからです。あれで入場料とったら植民地だった国の人々は怒りますよ。

まぁそれは至極有名な話だから良いとして、ヨーロッパの国でも公共だからって無料で開放されていない場所は沢山ありますし、有料だから開放されていないとは誰も考えていないということです。

他の方も言っているようですが、貴方の意見は少々強引だと思いますので気を付けて下さい。

個人的には目の付け所は悪くないと思います。それだけに勿体無いと思うのです。多分他の方も同様の気持ちでコメントされているのではないでしょうか。

5 ■主張はわかるが例が悪い

公道の子供問題については、公共性というよりは、アクセシビリティの問題ですよね。
子供などの弱者に対して同情的に振る舞うことはできても、大人と同様のアクセシビリティは持たされていないという。

でも論点であろう、日本人に公共性が備わってないというのはその通りだと思います。ただ、歴史的に仕方のないことだとも感じるので、乱暴な議論をせず、啓蒙していくしかないでしょう。

お上がよきに計らってくれる時代ではないことは誰の目にも明らかですので、その代替策として公共性を説いていけるのではと思います。

4 ■無題

嘘を吐いてはいけませんね。フランスやスペインにも有料道路はありますよ。車が通らない路地なんて、東京にも山ほどありますね。
イラクに行った主体はあくまでも国としてのアメリカ軍であって、民間はあくまでサポートでしょ。日本は国としてイラクに行ったという実績が欲しいから自衛隊を送った。それだけでしょう。

3 ■乱暴

>日本には「公(おおやけ)」の思想がありません。

道路の設計が、自分の思想と合わないだけで、
なんという乱暴な議論w

2 ■無題

どこもかしこも子供が遊べる道路にしないとおかしいのですか?


>> 「道」も同じことです。「道」というのは、人間が交流する場です

だから車が通ってるわけです。人が乗って。

1 ■中国

中国では子どもはおろか、大人の命よりも自動車が優先されるみたいですよw

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