オバマの核先制不使用宣言
https://tanakanews.com/160822nuke.htm
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世界的な核廃絶を個人的な目標にして米大統領になったバラク・オバマが、政治的なしがらみを気にしなくてすむ任期の最後の半年間に、再び核廃絶の策を進めようとしている。
今回のオバマの策は、多岐にわたっている。
(1)核の先制不使用の宣言(米国自身の宣言とともに、国連安保理で、合法的に核保有を許されている5つの常任理事国のすべてが先制不使用を決議する形をおそらくめざしている)、
(2)国連安保理で核実験の禁止を決議し、米議会などが批准を拒否している核実験禁止条約(CTBT)の実質的な発効を目指す、
(3)米議会が可決してオバマもいったん承認した巨額予算の核兵器の近代化計画を大統領権限で縮小する、
(4)限定核戦争を想定した新型ミサイル(LRSO)の開発を延期する、
(5)米露の核ミサイル軍縮である新STARTの延長・・・
などが盛り込まれている。
最大のものは「核の先制不使用の宣言」だ。
オバマは、大統領就任から2ヶ月後の09年4月のプラハ演説で、核廃絶の目標を発表した。
10年4月には、ロシアと新STARTの軍縮を開始した。
欧州人はオバマにノーベル平和賞を与えた。
しかし、その後のオバマは、米議会など米国内外の軍産複合体に阻まれ、核廃絶を進められなかった。
米国の核兵器は減らず、逆に米議会に巨額な核兵器の近代化計画を実施されてしまった。
軍産にウクライナ危機を誘発され、米露関係も改善できなくなった。
オバマは、今春に発表されたアトランティック誌のインタビューで、軍産が米政界全体、大統領府の内部まで席巻し、好戦策を続けていることに怒りを表明している。
今回オバマは、これまで核廃絶を妨害してきた軍産主導の米議会を迂回して、上記の新たな諸策を進めようとしている。
今回の策の中心である核の先制不使用と核実験禁止は、いずれも国連安保理の決議とすることで、米議会の手の届かないところで話をまとめようとしている。
安保理の常任理事国(P5)のうち、中国は1964年から、核の先制不使用を戦略として掲げている。
中国は、P5なので核武装が事実上の国際義務だったが、その一方で中国は「非同盟諸国」の主導役なので先制不使用を掲げ、以前から、米国や世界に対し、核保有国のすべてが先制不使用を宣言して核戦争の可能性を減らすことを提案してきた。
オバマの先制不使用案は、安保理で、米中共同の色彩を帯びる可能性がある(だから日本は反対している)。
BRICSでは、インドも先制不使用を掲げている。
▼世界を危険にしたブッシュの好戦策を廃止する
核の先制不使用は「他の国々が核兵器で攻撃してこない限り、米国は核兵器を使わない」という宣言だ。
これにより、核戦争勃発の可能性は減る。
しかし、北朝鮮やロシアなど米国の敵が「核兵器で攻撃されないのなら、通常兵器で攻撃してやれ」などと考え、米国が攻撃される可能性が増大し、米国の安全がむしろ脅かされるとの批判がある。
核兵器は、先制使用するかどうか言わずに(もしくは先制使用しうることを示唆して)保有する「曖昧姿勢」を採ってこそ、敵を恐れさす「抑止力」を持つので、先制不使用の宣言は抑止力を低下させてしまい良くないと言って、米議会や日本などの同盟諸国(つまり軍産)は、オバマの案に反対している。
しかし実のところ、従来の米国の核戦略は「曖昧姿勢」でなかった。
01年の911事件後、ブッシュ政権は「悪の枢軸」(イラク、イラン、北朝鮮)など、テロ支援国、大量破壊兵器の不正保有国、独裁国、人権侵害する国、反米姿勢の国など、米国が(濡れ衣をかけて)任意に敵視した国に対し「核兵器を含む先制攻撃を行い、政権転覆する」という「ブッシュ・ドクトリン(単独覇権主義)」を掲げていた(一時明言し、その後引っ込めつつ維持していた)。
このブッシュドクトリンの最初の適用例として、イラクに大量破壊兵器保有の濡れ衣を着せてフセイン政権を転覆するイラク侵攻が、03年に挙行された。
05年からは、イランに核兵器開発の濡れ衣をかけて経済制裁し、政権転覆を図った。
米政府は「核のバンカーバスター爆弾で、イランや北朝鮮の秘密の地下核施設をピンポイント攻撃する」という核の先制使用の案を、マスコミに頻繁にリークして書かせた。
イラクのように転覆されることを恐れた北朝鮮は、公然と核実験やミサイル試射を繰り返し、急いで核武装する策をとった。
米国はブッシュドクトリンで核の先制使用を強調し、それによって北朝鮮を新たな核保有国に仕立てた。
軍産複合体としては、北朝鮮が核武装した方が、朝鮮半島の南北を固定化でき、韓国への米軍駐留を恒久化し、米韓日が中朝と対峙する好戦的な構図を維持できる。
オバマ政権になってからは、核戦略は曖昧姿勢に戻ったが、米国はその後もシリアやリビアの政権転覆を試みており、世界から見た米国の印象は依然として「積極的に核を先制使用する」ブッシュドクトリンの姿勢だ。
そうした中で、オバマが先制不使用を公式に宣言すると、世界に対する米国の好戦的な印象が大幅に減少し、世界的な緊張緩和につながる。
核の先制不使用を宣言すると、緊張緩和でなく、敵国が米国をなめてかかり、むしろ緊張が増すという軍産系の主張に対し、オバマ政権は「米国は通常兵器の分野において、世界で圧倒的な力を持っている。他の国が通常兵器で米国を攻撃しても、米国は通常兵器のみで十分対抗できる。核の先制不使用を宣言しても、敵が米国をなめてかかることはない」と反論している。
▼中国やロシアはオバマに賛成しそう
安保理常任理事国(P5)は「世界の警察官」なので、他の「平民諸国」の好戦性を低下する抑止力として核兵器を持つことがNPT(核不拡散条約)などで事実上義務づけられてきた。
P5の諸国どうしが対立(核戦争)することは、もともと想定されていない(あとから英国が冷戦を誘発し、米国が作ったP5の協調を意図的に破壊し、ソ連を共通の敵にして米英同盟を強化した)。
発展途上諸国の主導役を目指した1960年代の中国が、他の途上諸国(つまり平民諸国)の不安を払拭するため核の先制不使用を宣言したように、冷戦がなかったら「P5だけ核武装するなんて不公平だ」という平民諸国の不満を解消するため、P5は全体として先制不使用を宣言していただろう。
しかし現実は、米ソ冷戦が40年続き、P5は分裂していた。
ソ連側は戦車部隊など地上軍の通常兵器の分野でNATO(米英仏)より強かったため、米英仏は「ソ連の通常兵器の強さに対抗するため、NATOは核の先制使用を可能にしておかねばならない」という理屈で、先制不使用策を拒否し続けた。
欧州やトルコのNATO軍基地には、ソ連の戦車部隊が攻めてきた時に発射するための小型の核兵器が今も貯蔵されている。
冷戦終結をはさんだ80ー90年代に、米国は軍事開発で通常兵器の総力が急速に向上した半面、この時期のロシア(ソ連)は政治経済が破綻して軍事力が低下し、通常兵器の分野で米国はロシアよりはるかに強くなった。
しかし、今もNATOは「ロシアの脅威があるので核の先制不使用を宣言できない」と言い、欧州やトルコに小型核兵器を配備している。
完全に時代遅れな状況だ。
オバマは、これを打破しようとしている。
オバマの核先制不使用宣言は、米国だけでなくP5を中心とする核保有国の全体で宣言することをめざしている。
P5のうち、中国はすでに述べたように、以前から先制不使用を宣言しており、オバマの案に賛成だろう。
中国は2011年まで、国防白書で核先制不使用の戦略を維持していることを明記していたが、13年以降、この明記をやめて「曖昧姿勢」の方に傾いている。
中国は先制不使用をやめたのでないかとの見方を米国の軍事関係者が発している。
時期的に見て、中国は、米国が11年に中国包囲網の戦略を強化した後、先制不使用の宣言をやめているので、中国が曖昧戦略に転じたのは、米国が中国敵視を強めたからだ。
オバマが「米国は先制不使用を宣言するので中国も宣言してほしい」と提案すれば、それは米国の中国敵視策の縮小を意味するので、中国は賛成するだろう。
中国に関連した動きとして、北朝鮮は、今年5月の労働党大会で、核の先制不使用を宣言している。
北朝鮮はエネルギーと食料のかなりの部分を中国からの輸入に頼っており、中国に手綱を握られているが、中国は北の核武装に反対している。
中国は、北がすでに持っている核兵器を廃棄させることが困難なので、現実策として、まずは核の先制不使用を宣言しろと北に圧力をかけ、党大会で宣言させた。
北の経済的な中国依存が変わらない限り、北は中国の圧力で、核の先制不使用を維持するだろう。
P5でのオバマの策が成功するかどうかは、ロシアにかかっている。
冷戦終結時、米国のレーガン大統領は、ソ連が東欧への支配を手放しても、米国が東欧をNATOに加盟させることはないとゴルバチョフに約束した。
だがその後の米国はこの約束を反故にし、東欧諸国を次々とNATOに加盟させ、ロシアを敵視し、ロシアに脅威を与えている。
プーチンのロシアは、これに対抗し、核兵器の近代化を進めている。
ソ連はかつて通常兵器で米国にまさっていたため、核の先制不使用を宣言していたが、冷戦後のロシアは、通常兵器で米国に劣っているため、先制不使用の宣言をしていない。
しかし、昨年以降のロシアは、純粋な軍事力でなく、シリアなどをめぐる国際政治上の競争において、米国を打ち負かし続けている。
トルコも、ロシアと親しくして米国やNATOを嫌う姿勢を強めている。
ロシアにとって、米国との軍事競争は重要でなくなっている。
今のロシアの隆盛ぶりから考えて、オバマから核の先制不使用のP5での共同宣言を持ちかけられたら、プーチンは賛成しそうだ。
米露双方が核先制不使用を宣言したら、NATOなど軍産によるロシア敵視がにぶり、これまで軍産に阻まれてロシア敵視をやめられなかったEUもロシアと協調でき、全体的にロシアにとって有利になる。
このほかの核保有国として、インドはすでに先制不使用を宣言している。
パキスタンは宣言していないものの、経済や安保面で中国への依存度が強く、中国が圧力をかければ先制不使用に同意するだろう。
イスラエルも核保有国だが、国家存続が何らかの形で保証されるなら、先制不使用に応じるだろう。
▼核廃絶を希望するふりして希望してない日本
こうして見ると、オバマの世界的な核先制不使用の計画に反対するのは、中露など非米諸国でなく、日韓英仏といった米国の同盟諸国の方である。
オバマの計画が7月初旬にマスコミへのリークで表面化した後、日本、韓国、英国、フランスが、連名で計画に反対した。
英仏はP5だ。
日韓と英仏では、反対する動機が異なる。
英仏は、オバマが、同じく核保有するNATOの同盟国なのに、英仏に何も事前に知らせずに、先制不使用の宣言を計画したことに危機感を持っている。
英仏は、オバマがNATOの結束を乱していることに不満なのであり、核先制不使用そのものに反対しているのでない。
フランスは、ドイツとの軍事統合を進めている。
独仏は、核を時代遅れな兵器と見る点で一致している。
フランスは、核廃絶の前段階としての先制不使用に反対でない。
長期的に、フランスはEU軍事統合でNATOを離れる方向なので、オバマがNATOの結束を乱していることも、短期的な問題でしかない。
潜水艦搭載の核兵器を持つ英国では、コービンの労働党が核廃絶を党是として掲げている。
保守党政権は先日、潜水艦の更新を決定し、今後しばらく英国が核兵器を持ち続けることが確定した。
だが、潜水艦の基地はスコットランドにあり、EU離脱の中、スコットランドが英国から独立したら、英国内で他の潜水艦基地を確保できないまま、核廃絶を余儀なくされる可能性もある。
全体として、EUと同様、英国も核兵器を時代遅れと考える傾向が強い。
英国が先制不使用に強く反対することは考えにくい。
トルコでは、米軍の50発の小型核兵器が配備されているインジルリク空軍基地が7月下旬のクーデター騒動の拠点の一つになり、エルドアン大統領らトルコ政府がインジルリクの米軍を敵視する傾向になり、米国では「インジルリクの核兵器を他に移すべきだ」という主張が出ている。
そこから発展して「そもそも米軍がトルコや欧州に配備している小型核兵器は、旧ソ連の地上軍侵攻に備えたものであり、今や時代遅れだ。トルコだけでなく全欧から米国の核兵器を撤去した方が良い」という主張も出ている。
トルコが米国に喧嘩を売る姿勢は今後も長く続きそうだし、EUも軍事統合で対米自立していくので、長期的に、トルコや欧州に米国が置いている核兵器は撤去される方向だ。
長期的に対米従属からの脱却傾向である英仏と対照的に、日本と韓国は、対米従属を続けられなくなることをいやがって、オバマの核先制不使用に反対している。
韓国は、南北和解・在韓米軍撤収・中国との協調(従属)といった、対米従属以外の道があるが、日本は、対米従属以外の道を用意していない。
日本政府は、ブッシュドクトリン(核の積極的な先制使用宣言)を脅威に感じて北が核武装し、北の脅威が増して在日と在韓の米軍が恒久駐留し、日本が対米従属を永続できることを歓迎してきた。
日本政府は、表向き核廃絶を希求しているように見せかけてきたが、実のところ核廃絶など望んでおらず、米国が核の先制使用を振り回し、北が核武装する事態を歓迎していた。
オバマの主導で世界が核先制不使用を宣言すると、北朝鮮や中国との緊張が緩和され、米国が「米軍がいなくても日本は自衛できる」と考える流れになり、在日米軍が撤退傾向となり、対米従属を続けられなくなる。
だから日本はオバマの計画に反対している。
戦後日本の平和主義は対米従属のためのものであり、偽善だった。
かつてオバマは、核廃絶に向けた日本政府の意欲に期待していた。
オバマはプラハ宣言の後、日本と豪州という同盟諸国に、世界核廃絶の音頭をとってほしいと頼み、日本政府は川口順子・元外相を立て、豪政府はエバンス元外相を立てて、川口とエバンスが主導する国際組織ICNND(核不拡散・核軍縮に関する国際委員会)が作られた。
だがその後、日豪政府が核廃絶に本腰を入れることはなく、ICNNDは大した動きをしていない(今回のオバマの計画には歓迎の意を示したが)。
オバマは日本政府のウソの姿勢を見抜けず、一時日本に期待して裏切られた末に、今回は中国など非米側の諸国に頼って先制不使用を計画することにしたようだ。
今から思うと、5月末のオバマの広島訪問は、今回の先制不使用などの計画の先駆となる象徴的な動きだった。
オバマは、安倍首相とともに広島を訪問することで、安倍(や後ろで操っている日本外務省)に「口だけでなくちゃんとやれよ。俺はやるぜ」というメッセージを送ったともいえる。
▼オバマが望む後継者はトランプ?
オバマの今回の計画が、上記のようにうまくいくとは限らない。
今回の分析は、オバマの計画がうまくいくとしたらこんなシナリオでないかという考察だ。
私は、以前のオバマの核廃絶の動きに関しても、うまくいくとしたらこんなシナリオだろうという考察を書いて何度か配信しているが、その後の展開はうまくいかず、核廃絶は全く進んでいない。
今回も、国連のP5諸国の賛同が得られるとしても、米国内の議会などからの横やりで、話が潰されるかもしれない。
オバマの任期は来年1月までだ。
今回の核をめぐる策のいくつかは、オバマの任期の間に終わらず、次の政権に引き継がれる。
次の大統領がクリントンになった場合、彼女は軍産へのすり寄りが激しいので、おそらくオバマの核廃絶策を無効にしていこうとするだろう。
対照的にトランプは、日本など同盟諸国が米国にぶら下がっていることを非難し続ける一方、ロシアとの緊張緩和に積極的だ。
オバマの策が維持されるとしたら、それはオバマと同じ民主党のクリントンでなく、政敵のはずの共和党のトランプが大統領になった場合だ。
オバマは前出の今春のアトランティック誌のインタビューで、クリントンの軍産の一員としての好戦性を批判している。
オバマは、公式には、クリントンを支持し、トランプを非難している。
現職の大統領が、次期大統領を決める選挙期間中に、候補を名指しして非難することは、米国で珍しい。
オバマは選挙直前の10月に公務を減らしてクリントンを支援する姿勢まで打ち出している。
だが、オバマのこれまでのひねくれた戦略から考えて、オバマが非難するほどトランプの支持が増え、オバマが応援するほどクリントンの支持が減るような構造を持った策でないかと疑われる。
この件に関しては、改めて詳しく書くつもりだ。
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