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「なぜ、豚汁はおかずだと思うの?」
妻の問いかけを受けて、私は不思議な気持ちになった。おかずかどうかを定義したところで、豚汁の本質というものは変わらないからだ。だから私は答えない。答える必要がないと思った。
「そうやって黙っているうちは、なにも変わらないわ。豚汁も、世界も、あなたも」
ごう、と風の音がなった。
人間というのは大別すると、おおよそ二つのタイプに分かれる。「豚汁はおかずだ」という人間と、「豚汁は汁物だ」という人間だ。
我々夫婦に関して言えば、各々が違うタイプの人間であり、30年以上も貫いてきた思想を、今更変えることは不可能だ。
私は答えた。
「君は豚汁を『汁物』だという。私は豚汁は『おかず』だという。その意見はおそらく変わることはない。だが、これからも共に生きていかなければならないし、共に食べていかなければいけない。豚汁を」
妻は空っぽになった豚汁のお椀と、いまだご飯が残っている茶碗を交互に見渡している。
「おかずがないから、食べれないわ。ごはん」
サラサラと渇いた音がした。そう、それは米が渇いた音に違いなかった。私はすぐさま茶碗の上にたくあんを乗せた。
「これはそう、紛れもなくおかずね」
渇いた音が止んだ。
豚汁がおかずか否かはわからないが、たくあんがおかずであることに、我々の間で異論はなかったのだった。
(木村書房刊「豚汁の歌を聴け」より抜粋)
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(個人的にはサイト内にある
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