マンホールのフタと彼 | 悪あがき女製作所

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*



10代の終わりから20代の始めにかけて付き合っていたY君。
すごくすごく好きで、別れた時一番立ち直るのに時間がかかった彼。
そのY君はわたしが付き合った男性の中でおそらく一番何かとデリケートな人だった。

バイト先が同じだったY君と、
付き合い初めの頃、よく渋谷駅のホームで待ち合わせをした。
バイト先には内緒だったので上がる時間をずらして
わざと人があまりいない半蔵門線のホームのはじの方でわたしが待っていた。

それから電車に乗り、適当に降りてそこから真夜中の町を
あてもなくふらふら歩くこともあった。

それでも楽しかった。

一旦入ったホームを出て、
渋谷から六本木、その後は銀座を通り晴海まで歩いたこともあった。

その日は雨が降っていた。
お店から借りてきたビニール傘に二人で入って六本木を歩いた。
二人が好きなブラックミュージックの話をしながら歩いていると
時折彼がわたしから離れるような歩き方をする時があった。

「ねえ、どうしたの?」
そうたずねると

「平気なんだね、きみまつは」
逆に彼の方が不思議そうにわたしを見た。

なんのことだかわからずにキョトンとしていると
「マンホールだよ、よくそのフタの上にのれるね」と。

「あ、すべりやすいもんね。でも今日はヒールが低いから平気だよ」
おっちょこちょいで、ずっこけたりしやすいわたしは口をとがらせながら笑って言った。

「すべるとかじゃないよ。
そのフタの下は深く穴が開いているんだぞ。
もしもだよ、そのフタがずれていたり、何かの手違いで外れたりしたらどうなる?
ズドーーンッて落ちるんだぞ。
考えただけでこわいじゃないか」
驚くほど真剣な顔でそんなことを言い出した彼。
わたしはその日から、なんとなくマンホールのフタを踏まないよう歩くようになった。


彼との恋が終わった後で、友人にこの話をすると
「だっさー!別れてよかったじゃん」
みんなそう言うのだけれど、もう好きで好きでたまらなかった当時は
そんな風にまったく思わなかったんだよね。
恋ってすごい。

このマンホールのフタを例に
「もし●●ってなったら」
それが夢見るポジティブなものではなく、たいていがネガティブなもの
彼の想像はそればかりであるということに気づいたのは

「もし、親父にきみまつと付き合っているってバレたら
そう考えたらこわくてしかたないんだ」

彼からわたしに告げられた別れ話で、という・・・。



彼の父親はわたしたちが働いていた店の社長で
彼は社長の三男坊だった。

わたしは好きな人の父親にも気に入られたい
そんな気持ちもあって、一生懸命働いた。
社員やバイトが揃って大勢辞めてしまった時は
無理なシフトで勤務もしていた。

わたしは社長にとても気に入ってもらえた。

そしてある日、めずらしく社長がスタッフに声をかけ急遽行われた慰労会で
「いつもよく働いてくれてありがとう。
きみまつちゃんはまだ若いし学生だから考えられないだろうけど
どうだ、息子の嫁にならないか?」
隣に移動してきた社長がお酒でいつもよりも饒舌になり
赤い顔をしてそう言ってきた。
斜め前に座る彼にもどうやら聞こえたようだ。
彼と目が合い、「えへへ」と笑ってみせた。
その時は天にものぼる思いだった。

が、
その直後、社長の口からは信じられない言葉が発せられた。

「長男がもうじき留学から戻るんだ。
店はやつに継がせるつもりだから、どうだ?」

彼の家は今では珍しい父親が絶対的な権力を持つ。
父親の言うことには皆逆らえない。

この日を境に彼は少しずつわたしと距離を置くようになり
そしてあの別れの言葉だ。


* * *

消火栓のフタの前で立ち止まりお座りをし、
こちらを「ヘッヘッ」と舌を出しながら見つめるワンコに彼のことを思い出した。

「これはね道路のフタだよ」
通じているわけはないけれど声に出して言ってみた。



いつからか覚えていないけれど
わたしはもうマンホールのフタを避けずに歩く。
雨の日以外は。

なぜならばすべるからだ。



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