ムバラク政権の危機 米の中東政策、崩壊の憂き目に | 朝鮮問題深掘りすると?

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初老の徳さんが考える朝鮮半島関係報道の歪み、評論家、報道人の勉強不足を叱咤し、ステレオタイプを斬る。

エジプトが大変なことになっていますね。今日はこの問題について書くことにしました。ただし管理人の専門外のことですので、あまり期待しないでください。


およそ1ヶ月前、大卒でありながら路上で物売りをしていた若者が、警察からの嫌がらせと失業を理由に焼身自殺を図ったことが、チュニジアの国民の不満と怒りに火をつけ、一大蜂起に発展した結果、ベンアリ前大統領による独裁体制が崩壊し、23年にわたる独裁体制の終焉をもたらしました。その後、アラブ諸国の人々による改革要求の波は、新たな段階に入ったように見受けられます。一部のアラブ諸国の首脳らは、チュニジアでの出来事が自国内でも起こるのではないかという懸念にとらわれています。


ヨルダン、イエメン、エジプト、アルジェリア、モーリタニア、リビア、さらにこれ以外のアラブ諸国でも、国内情勢はまさに一触即発の状態となっており、現在一部のアラブ諸国の独裁者らに対する警鐘が鳴らされています。

イランのハータミー師は28日、テヘランでの金曜礼拝で説教を行い、チュニジアから始まり中東を揺さぶっている現在の反独裁運動について、「イスラム的な民主主義を軸にしたイスラムによる中東が形成されつつある」と語りました。ハータミー師は、チュニジアを発端に、イスラム諸国で起きている最近のデモについて触れ、「これの出来事は、イスラム革命の余震であると見なすべきだ」と語っています。


とくに28日金曜、エジプトで行われた全国的なデモは、同国における過去30年で最大の民衆蜂起となりました。「怒りの金曜日」と名づけられたこの日、エジプトのあらゆる階層の人々が、ムバラク独裁政権の退陣を一斉に叫びました。


1981年から大統領の地位についているエジプトのムバラク大統領は、自らの政権の基盤がこのように揺るがされる日が来るとは想像だにしていませんでしたでしょう。エジプトの治安部隊の一部が民衆蜂起に加わったことは、ムバラク大統領が数十年間、維持に務めてきた政権の中に亀裂が生じていることを示すものです。この数十年、軍隊はムラバク政権の柱の一つでしたが、市民との間に非和解的な敵対感情はそう強くなく、現在は軍の一部もデモに参加もしくは支援していると言われているので、軍隊も一枚岩ではないようです。


エジプトでここ数日、デモが続き、それにさまざまな階層の人が参加したことは、今回のことが決して突発的なことではなく、随分と以前から鬱積してきたムバラク政権よる圧制、抑圧、不公正に対する国民の怒りが爆発したことを示しています。ムスリム同胞団、新ワフド党といった民主的、宗教的な政党が、この数ヶ月、エジプトの民衆蜂起に向けた下地を作るために努力してきましたが、そうした活動が大きく実ったと言えなくもないようです。


エジプトは、1950年代、アブドゥル・ナセル大統領の時代に、アラブ諸国の国民の希望や願望を具現する存在でしたが、ムバラク大統領の30年間の統治時代に、貧困、失業、差別といった問題が常態化し、そして何よりも表現や思想の自由を侵害されてきました。この国の収入の80%は、権力中枢に近い少数の支配者層に握られています。階層間の格差が拡大し、国民の過半数が一日わずか2ドルで生活しなければならない極貧の状態を強要されており、それ以上に、8000万人以上のエジプト人の宗教的信条が軽視されていることから、ムバラク大統領を権力の座から引きずり下さない限り、蜂起参加者らが満足することはないでしょう。ムバラク政権はもはや風前の灯と言ってもよさそうです。


ところでムバラク政権の危機は、アメリカにとってはまさに「中東の危機」と呼んでもよいほどの意味を含んでいます。エジプトの状態は、アメリカの中東政策の崩壊にも繋がる可能性を秘めています。中東一の軍事力を誇るエジプトは中東最大のアメリカの同盟国であり、毎年15億ドル以上の武器支援などを与え、70年代から今まで280億ドルを援助し30年以上もエジプトを管理して来ました。アメリカにとってエジプトはイスラエルとともに中東を支配するためになくてはならない存在でした。エジプトでの事態は大きな打撃とばったでしょう。


ところでエジプトの事態に直面したアメリカは当初、デモ隊に消極的な姿勢を見せていましたが、すでにデモ参加者中、死者が100人を超え数千人が負傷するという流血事態が発生し、いっこうに沈静の気配を見せないばかりかいよいよ拡大の傾向を見せ始めていることから、アメリカも態度を変更せざるを得なくなるというジレンマに立たされているようです。


たとえばホワイトハウスは26日、「エジプト政府は国民の熱望に答えることを促したい」「アメリカはエジプトで表現の自由と集会、結社の自由などエジプト国民の基本的権利を尊重することを支持する」と、前日まで「エジプトの状況は安定的」と言っていたオバマ大統領の発言とはに違う、とても歯切れの悪い公式声明を発表しています。


しかし他方で、IRIB World service イラン・ジャパニーズラジオ(29日 17:03 )によれば、アメリカのバイデン副大統領は、「エジプトのムバラク大統領は、独裁者ではなく、アメリカの同盟者である」と述べています。効果的な手段も打てずに進退を決めかねるジレンマに陥っていることを示しています。プレスTVによりますと、バイデン副大統領は、アメリカ・PBSテレビのインタビューで、「反政府デモは起こっているものの、いまだにムバラク大統領の辞任の時はやってきていない」と語りました。バイデン副大統領は、エジプトの現政権を支持し、「ムバラク大統領は多くの事柄において、アメリカの同盟者と見なされており、中東和平計画や地域でのアメリカの地政学的な利益を維持する上で、大きな役割を担っている」と述べています。


またこうした中、25日(火曜)の記者会見ではエジプト政府を不動の政府だとしていたクリントン国務長官は、その後、人権擁護のポーズをとり、地域における長年の同盟国であるエジプトに市民の人権を尊重するよう、勧告しています。オバマ政権の中枢からこうしたちぐはぐな発言が出てくるのはやはり事態に直面してどう対処すればいいのか決められないと言うことでしょう。


ムバラク政権の崩壊によって、最大野党であるムスリム同胞党が政権を構成することになり反米政権が登場するようにでもなったら大変です。そうなれば中東一帯でイスラエルに友好的な勢力(アメリカに友好的な勢力)と、イランを中心とした反イスラエル(反米)勢力間の均衡が決定的に崩れることになるからです。アメリカにとってはエジプトが自国とイスラエルに敵対的になることはどうあっても避けるべき重大事です。しかしすぐに介入する適切な手段も方法もないというのが正直なところでしょう。


アメリカ政府のこうしたジレンマはそのまま米メディアの主張にも現れています。ワシントン・ポストは29日の社説で、ムバラクとデモ隊の間を綱渡りしているオバマ政府の戦略は非現実的だと指摘し、ムバラクに改革履行を促すのではなく、野党勢力による平和的政権交代を準備すべきだと主張し、ロサンゼルス・タイムズは「誰もアメリカが政権交代を擁護することを期待していない」とエジプトの反政府勢力に対する支援に反対しています。


オバマ政府は29日(現地時間)ホワイトハウスで外交分野最高位級緊急会議を開き2時間にわたって対応策を集中的に協議したと言います。毎年13億ドル以上の軍事支援と20億ドルの経済援助を提供しながら事実上「後見国家」の役割を果たしてきました。したがってアメリカがどのような対応を選択するかは、ムバラク政権の運命に決定的な影響を及ぼすことになるでしょう。


しかしアメリカにとって最大の問題はムバラクに代わる親米勢力を確保できないでいるという点です。かりにアメリカが介入することで、エジプトで平和的に政権交代を実現することができたとしても、ムバラクに変わる勢力を見出すことができるのかという不安が残るでしょう。たぶんクーデターによる政権奪取についても考えているでしょうが、事態が突然発生しており、そうした準備が整っていないようです。また仮にクーデターを企てるとしてもやはり忠実な親米派軍人(将校)集団を確保できていないと言う点がネックになるかもしれません。また軍の一部がすでにデモに合流していると言う情報もあります。それはクーデターが内戦にまで拡大するやもしれないという危惧さえ産んでいることでしょう。


エジプトでの事態収拾が逆に混乱を深める結果となった場合、アラブ諸国のスタンスが一気に反米に向かうかもしれません。現在アラブ諸国はイスラエルから見て北側のイラン、シリア、レバノンを含めたイラン軸と、南側の北アフリカのエジプト、イスラエル、パレスチナ自治政府、ヨルダンのイスラエル軸、そしてペルシャ湾ガルフ沿岸国家で構成される穏健軸が均衡を保つという構成を見せていますが、このバランスが崩れイスラエルにとって極めて憂慮される事態が生じる可能性があるからです。


すでにレバノンはアメリカがテロ組織と規定したヒズボラが支援する人物が首相となり、反イスラエル、反米の姿勢をはっきりと示しています。またヨルダンにまで反政府闘争が拡散しており、パレスチナ自治政府は最近ウィキリークスによってイスラエルとの秘密協定の存在が暴露され(いわゆる「パレスチナペーパー」)、ハマスの勢いが強くなるなど、アメリカの友好勢力と言われているアッバス自治政府の立地が揺れています。


 つまりアメリカの中東政策が枠組みごと動揺しているわけですが、エジプトでのムバラク政権の崩壊とそれに続く反米、反イスラエル政権の登場ともなれば、その激震がヨルダンやパレスチナにまで影響を及ぼし、中東政策全体の崩壊という事態に直面する可能性さえあるのです。


韓国ではすでにチュニジアでの政権崩壊を、韓国史における4.19人民蜂起-李承晩政権退陣と重ね、ムバラク政権によるデモ参加者らへの銃撃事態を5.18光州虐殺と重ねて報道されています。これはチュニジアやエジプト現状を韓国と重ねて見ていることを示しています。もはや政権交代しかないとの結論にほぼ達した、あるいは達しつつある韓国の進歩的勢力、民衆勢力がエジプトの現状を観察しながら今後の韓国をどのように描いているのかとても興味深いです。