偽プロメテウスの罠―明かされなかった朝日新聞誤報の真実(3) 傲慢な勘違い | 西陣に住んでます

偽プロメテウスの罠―明かされなかった朝日新聞誤報の真実(3) 傲慢な勘違い

プロメテウス

[偽プロメテウスの罠(1) 嘘も方便]
[偽プロメテウスの罠(2) 稚拙なリスク管理]

当初の予定では、今回の記事で「朝日新聞のダメージコントロール」について書こうと思っていましたが、あまりに前のめり過ぎで(笑)、肝心の今回のシリーズ記事の「タイトル」についての説明を失念していました。この記事でしっかりと説明したいと思います。

プロメテウスギリシャ神話の男神で、次のようなエピソードに登場します。

プロメテウスとエピメテウスという兄弟の神がいました。このうち兄のプロメテウスは先見(Pro-metheus = fore-thought)の神であり、未来を見通すことができます。一方、弟のエピメテウスは結果論(Epi-metheus = after-thought)の神であり、過去のことばかり考えています。

オリンポス山で神々が酒に漬かり怠惰に過ごしている中、プロメテウスは世界を良くする方法を考えていました。彼はオリンポス山を抜け出して人間界に行き、人間は火を持っていないために寒さに震え、飢餓で死に、飢えた野獣や人間自身によって喰われてしまう最も悲惨な動物であると説きました。プロメテウスは、もし人間が火を持っていたら暖をとったり料理をしたりすることができ、道具を作ったり家を建てたりすることもできるだろうと考えました。

プロメテウスは、勇気を振り絞ってゼウスのもとを訪れ、人間が厳しい冬を少しでも楽に過ごせるよう人間に火を与えることを懇願しました。ゼウスはこの願いを拒否しました。ゼウスは「もし人間に火を与えたら彼らは我々と同じように強く賢くなり、我々を王国から追い出すに違いない。危険な道具である火を使わせるには、人間はあまりにも無知で貧しい生き物であり、オリンポス山が世界に君臨すべきである。」と言いました。プロメテウスはゼウスに対して反論はしなかったのですが、人間を助けることをあきらめてはならないと心に誓いました。

プロメテウスは海岸で見つけたフェネルの茎をもってオリンポスに行き、ゼウスの支配地に忍び込んで火を盗みました。そして急いで人間が住む洞穴に行き、火を使って体を暖める方法や料理をする方法を彼らに教えました。人間はプロメテウスに感謝しました。ある寒い冬の日の夕方、ゼウスが地上を見下ろすと、ありとあらゆる人間の村で火が使われているのを目撃しました。ゼウスはプロメテウスが背いて人間に火を与えたと考えました。ゼウスはプロメテウスを拘束し、恐ろしい罰を与えました。


以上のストーリーから、人間に火を与えたプロメテウスは「科学の進展」を象徴するメタファーとしてよく用いられています。そして、火が人間の生活に対して良い効果をもたらす反面、神々をも駆逐できる危険な道具にもなりうることから、「両刃の剣」(double edged sword)を象徴するメタファーとしてもよく使われます。

「科学が社会を滅ぼす」というのは、ある意味使い古されたフレーズで、TBSテレビ「サンデーモーニング」の関口宏氏が実際によく使っています。ただ、このステイトメントが正しいかどうかは証明不可能なことであり、このことを軽々に断言する人物ははっきりいってインチキといえます。まるで子供を戒めるときに「悪いことをすると鬼に連れて行かれる」というのと同じように、聞き手の思考停止を促すスローガンにすぎません。実際には科学の産物が社会に対して一部利益を生み、一部損失を生んでいるのが実情であるかと思います。例えば、自動車という科学の産物は、社会を便利にして利益を与えてくれますが、交通事故というハザードで亡くなる方もいて損失も与えます。つまり科学の産物を社会が受け入れる際には、ハザードの発生確率にハザードによる損失を乗じた「リスク」を持っています。ある科学の産物を受け入れたことによる利益がこのリスクよりも十分に大きい時、人々はその科学の産物に「コンセンサス」を与えます。このコンセンサスが得られた科学の産物の集合体が「文明」であると言えるかと思います。

さて、プロメテウスをメタファーとして用いた最も身近な例が、朝日新聞に掲載中の「プロメテウスの罠―明かされなかった福島原発事故の真実」という連載記事です。

人類に火を与えたのはプロメテウスだった。火を得たことで人類は文明を発達させ、やがて「夢のエネルギー・原子の火」を獲得する。しかし、いま人類は原子の火に悩んでいる。福島第一原発の破綻(はたん)を背景に、国、民、電力を考える。

朝日新聞は、この連載記事において原子力事故というハザードによる損失を紹介しています。この点については、それぞれの事例が真実であるのならば、意義ある企画であると言えます。ただし、このことをもって朝日新聞が原子力発電を反対しているのは正しい論理ではありません。もし適正に原子力発電を反対するのであれば、原子力事故というハザードによる損失だけでなく、ハザードの発生確率および原子力発電による利益についても同様に論じなければなりません。

例えば、自動車の交通事故によって不運にも亡くなられた方は非常にお気の毒で、このハザードによる損失について明らかにすることは極めて重要なことです。ただし、これだけをもって自動車という科学の産物をこの世からなくすとことが合理的な議論でないことは多くの人が納得するところであると思います。その理由は、自動車の存在によって得られる利益は、自動車事故の発生確率に自動車事故の平均的損害を乗じた値よりも十分に大きいと社会が認めているからです。同様に飛行機も鉄道もフグ料理も餅も幼児の遊具も死亡の原因となっていて、世の中には危険がいっぱいといえます。そんな中、原発にだけゼロリスクを課すというのは合理的ではありません。福島県の震災関連死は1700人を超えていて、汚染された土地も数多く存在します。ただ、交通事故死者数は13年連続の減少とはいえ、2013年の1年だけでもなんと4373人いることも忘れてはなりません。

ただ、私がこの記事で言いたいことはこの「プロメテウスの罠」のことではありません。私がこの記事でいいたいことは、自らを現代日本のプロメテウスであるとでも考えているかのような朝日新聞の傲慢な論調と自らのインモラルな行動に恐ろしいほど甘いスタンスです。

「朝日新聞はプロメテウスのように先を見通すことができる。なのでその見通しに愚かな国民を導くためには、根拠のない記事や誤報という火種を持ち出すことも必要悪である。」

とでも言わんばかりのプロメテウス気取りと言えます。もし朝日新聞の先見が必ず正しいのであれば、この誤報は「嘘も方便」になる可能性がありますが、実際には人間の見通しくらい不確定性が高いものはなく、セルフィッシュな功名心のために、不当な方法で物事の真偽を見誤るリスクを国民に負わせるのは、国民を小馬鹿にする文字通り「危険な」メディアであると言えます。そして情報の伝達が非常に簡易になっている昨今、今回のような根拠のない誤報によって、国や個人の利益や名誉が極めて大きく損なわれたことは疑いようもありません。

取り違えてはならないのは、メディアというのはあくまで媒体であり、世の中に起こった事実を国民に伝えることにあります。したがって、愚直に結果を見つめるエピメテウスのようなスタンスのみが必要なわけであって、プロメテウスのような推測についてはメディアの役割ではなく専門家にコミットすべきであると言えます。

先見をの目もっていると勝手に思っている偽プロメテウスが、世界の人々に火種となる偽情報を与えて社会を混乱させている・・・

というのが現状であり、この偽プロメテウスの思考&行動パターンを分析するというのがこのシリーズ記事のテーマです。