体罰を科学する | 西陣に住んでます

体罰を科学する

西陣に住んでます-体罰



先週、桜宮高校体罰問題について3回にわたって書きましたが、

[桜宮高校体罰問題-1] [桜宮高校体罰問題-2] [桜宮高校体罰問題-3]

今また日本柔道女子チームの体罰が顕在化し、問題となっています。


この記事では、体罰と言うものが意味あるものなのか?
あくまで科学的な見地から詳しく考えてみたいと思います。



1ストレス Stress


まず、体罰と言うものは体罰を受ける者にとって
外的な刺激(external stimuli)であり、
この外的刺激をそれぞれ異なる器をもった各個人が
受容することになります。


外的な刺激は各個人が受容した段階でストレス(stress)となります。

元来、ストレスは力学における応力と呼ばれるものであり、
物体内部の単位面積あたりに作用する力の大きさです。
物体の強度が応力よりも大きいときに物体は安定していますが、
物体の強度が応力よりも小さいときに物体は破壊してしまいます。
また、物体の強度が応力よりも大きいときでも
その応力の大きさに比例して物体は歪(ひずみ)をもつことになります。
弾性体の場合、応力を除荷すれば、この歪みは解消されます。
ただし、一般に物体は不均質な材料で構成されていて部分的には
全体の強度よりも小さい個所が存在するため、
その部分が破壊音(アコースティックエミッション)を発しながら
破壊されて永久に戻ることのない歪み(塑性歪み)となります。


私はこの一連の力学のコンテクストを心理学のコンテクストに
置き換えることが可能であると考えます。
すなわち、物体を人間、力を刺激、強度を心的耐性(我慢力)、
破壊を心的障害(恐怖症・引きこもり・うつ病等)、歪みを心的不安
アコースティック・エミッションを不平、塑性歪みをトラウマ
と考えることで次のようなアナロジーが成立します。


人間の心的耐性がストレスよりも大きいときは人間は正常ですが、
心的耐性がストレスよりも小さいときには心的障害が発生してしまいます。
また、人間の心の片隅にはストレスを受容できない部分があり、
不平を発するとともにトラウマとなって残ります。


つまり、
今回の事例にあるような体罰あるいはメンタルなハラスメントは
心的耐性が大きい、いわゆる強い人物には耐えることもできますが、
心的耐性が小さい、いわゆる弱い人物には耐えることができず、
トラウマや心的障害が発生してしまう可能性があるということです。
そして、最も重要なことは各個人が持つ心的耐性の大きさは、

精神病理学の専門家でないとわからないことです。


ちなみにストレスをもっていない人間の定常状態を
ホメオスタシス(homeostasis)といい、
これにストレスが加わった状態からホメオスタシスに戻すことは
アロスタシス(allostasis)と呼ばれますが、
ストレスを過度に作用させるとトラウマが残って
ホメオスタシスに戻すことはできなくなります。
このことをアロスタティック負荷(Allostatic load)といいます。



2桜宮高校と日本女子柔道の体罰


上述のようなストレス環境下において、

ストレスが心的耐性をはるかに超えてしまった場合に、
心的障害が自殺を引き起こしてしまうこともあるわけです。
桜宮高校の生徒の例はこれにあたるものと考えます。


また心的障害が発生しない場合にも
ストレスによって心的不安は発生し、
心的障害が発生するレベルまで心的不安が高まると
不平が発せられることになります。
これが柔道女子チームの状態であったと思われます。


ここで、もう一度力学の話に戻ります。
物体の内部が均質な場合、物体が破壊に至るまで
内部で微小破壊はほとんど生じることがなく、
いきなり破壊してしまうことになります。
これを脆性破壊と言います。
一方で内部が不均質な場合、微小破壊が各所で発生しながら
徐々に破壊に至る延性破壊の形をとるので
アコースティックエミッションという形で
事前に破壊を予知することができます。


まさに、桜宮高校の生徒のケースは不幸にも
前者の脆性破壊のケースであったものと考えられます。
成長段階にある高校生は成人と比較して純粋であり、
内部でトラウマがほとんどないままに
心的障害が発生する直前の段階まできてしまい、
自殺の直前に顧問に手紙を書いたものの
ほとんど悩みを外部に発することなく
不幸な最期に至ってしまいました。
このあたりが学校教育の最も難しいところだと推察します。
純粋な子供の場合、外見的な兆候を見せないで
いきなりとりかえしがつかない不幸が
訪れる可能性があるということです。


一方、女子柔道チームのケースは延性破壊のケースで、
耐性も大きかったのかもしれませんが、
不平を事前にもらしたことで
破壊に至る前に体罰を回避することができました。
このあたりは、ストレスが一か所に集中せずに
複数の選手に作用したことが幸いしたと思います。



3良性ストレスと悪性ストレス


著名な生理学者でストレス分野の第一人者のハンス・セリエは、
ストレスを良性ストレス(eustress)悪性ストレス(distress)
区分しました。


良性ストレスは、自らに与える目標であったり、
他者との切磋琢磨であったり、
身体の機能を高める方向に働くストレスです。
一方、悪性ストレスは、苦痛や持続的ストレスに見られるような
身体の機能を低める方向に働くストレスであり、
ときに精神不安、引きこもり、うつ病等を引き起こします。


また、ハンス・セリエは、
ストレスを作る要因となるフィジカルまたはメンタルな刺激を
ストレッサー(stressor)と呼びました。
ここで重要なことは、ストレッサーには良性も悪性もなく、
個人がストレッサーを良いものと知覚したら良性ストレス、
ストレッサーを悪いものと知覚したら悪性ストレスになるということです。


さらに一つのストレッサーが一人の人物に対して
良性ストレスと悪性ストレスを同時に与えるということです。
つまり、例えば第二次世界大戦が、
精神不安、引きこもり、うつ病等を引き起こす原因となる反面で
メンタルな強靭性や対処能力を養うこともあるということです。


さて、人間にストレスが作用すると、
ホメオスタシスの状態に戻るために人体に反応が生じます。
このうち緊急にストレスが加わった場合の緊急反応と呼ばれるものでは、
交感神経システムによって副腎からアドレナリンが分泌されます。
スポーツのゲーム中に行われる体罰、競馬の鞭打ち、
そしてアントニオ猪木氏の闘魂ビンタも
このアドレナリン分泌を狙ったものと考えられます。

ここで、このストレスを良いものと知覚したら良性ストレスとして
作用することになり、一定の成果が得られる可能性があります。


しかしながら、これは常に結果を得られる方法ではありません。
まず、体罰が良性ストレスとなるか悪性ストレスとなるかは、
受取側の知覚の問題で、必ずしも良い側に作用するとは限りません。
現代の社会的コンセンサスを考えた場合に
受取側が悪性ストレスと感じる可能性は極めて大きいと考えられます。

つまり、体罰を行うことは最初からリスクを伴っていると言えます。


さらに緊急状態がそのような行為が繰り返されることによって
それは緊急状態ではなくなり、
定常状態繰り返しストレスとなってしまいます。
この場合、アドレナリン分泌ではなく、
副腎皮質ホルモンのコルチゾールが分泌され、
一般適応症候群各種ストレス障害の原因となります。

つまりこのような体罰が常態化した環境下では
緊急反応は期待できず、戦略にはならないということです。


そんな中で最も危険なのは、スポーツの指導者が
この状況をブレイクしようと体罰の程度をエスカレートすることです。
このとき、体罰を受け入れる側の耐性を体罰による悪性ストレスが
大きく上回ることが考えられます。
20~30発も殴られたという桜宮高校の生徒は
おそらくこのエスカレイションの犠牲になったのではないでしょうか。

以上から、体罰による指導は、スポーツにおいて、
持続的なパフォーマンスの向上にはつながらないどころか、
徐々にその団体自体を蝕む悪の循環につながると考えられます。
これは麻薬と同じ退廃のメカニズムと言えます。


もちろんアカデミックハラスメントやパワーハラスメントによる
心理的暴力も、ただただストレス障害を引き起こすだけのものです。



メモメモメモメモメモ



ハンス・セリエが1975年にストレスの理論を発表する以前、
我が国では星一徹や車周作の指導によるスポ根ドラマ
すでに国民のコンセンサスを得ていたことから
科学的なコーチングの取り組みに後れをとってきたものと思います。


今、日本のスポーツ界に求められるのは、体罰の永久根絶
心理学の専門家の指導を積極的に取り入れた
良性ストレス設定によるコーチング手法の開発であると考えます。