「この箱にちがいない!」と確信していたとはいえ、いざ鍵が合ったとなると、やっぱり緊張してしまう。
真理はゴクリと息を飲みこむと、ふるえる手で箱のフタに手をかけた。
すると、ちょっと力を加えただけなのに、びっくり箱が開くかのように、勢いよくフタが開いた。
「うわぁ……キレイ……」
真理は目をみはった。
箱の中にあったのは、ガラスでできたくつだった。
ほっそりと品のよい形で、ほんの少しヒールが高くなっている。
さわったら壊れてしまうんじゃないか、と思えるほど繊細で、窓越しの夏の日射しを受けて、キラキラ輝いていた。
いかにも、お姫さまがはくくつといったカンジで、真理が想像していたガラスのくつどおりだった。
真理は、しばらく呆然とガラスのくつを見つめていた。
小さな頃から憧れていたガラスのくつが、自分の目の前にある。
まるで夢のようだった。
とはいえ、いつまでもそうしているわけにもいかないので、真理はおそるおそるくつを手に取ってみた。
くつは、真理が思っていたよりも軽く、ほとんど重さを感じなかった。
表面はすべすべしていて、傷ひとつない。
目を近づけると、完全に透明なのがわかった。
無色透明で、一点のくもりもない。
(このくつをはけばいいのよね、きっと。そうすれば「何かが起こる」はず……)
真理は、そっと自分の足元にガラスのくつを置いた。
そして、はだしになると、片足ずつガラスのくつに足を滑りこませる。
足はスルッとくつに入り、真理の足にぴったり合った。
真理には少しきつそうに見えたのだけれど、不思議なほどちょうどいい。
くつはひんやりと冷たく、なめらかで、いいはきごこちだった。
はじめてはくハイヒールなので、いつもより目線が少し高い。
何だか急に大人になったみたいに真理は感じた。
うれしくて、クルッと回ってみる。
スカートのすそがふんわりと広がり、まるでドレスのようだと真理は思った。
その時、真理は箱の中にまだ何かが入っているのに気づいた。
緑色の表紙の本だった。
(そういえば、おばあちゃんの手紙にこの本のことが書いてあったような……)
真理は、リュックからもう一度おばあちゃんの手紙を取り出し、目をとおした。
『もしもその時何かが起きたら……。
その時は、一緒にある緑色の表紙の本を読んでみてください。
もし、何も起きなかったら……。
その時は本は読まずに燃やしてしまってください。
宝物は、ただの宝物として、マリィが持っていてください』
おばあちゃんは「何かが起こる」と書いている。
そして、「真理ならばできる」と期待していた。
でも、別に何も起こらない。
(失敗してしまったのかなぁ……)
真理はしょんぼりした。
でも、おばあちゃんは書いてくれている。
たとえ何も起こらなくても、ガラスのくつは、真理の宝物にしていいのだと。
(おばあちゃん、期待に応えられなくてごめんね。でも、約束はちゃんと守ったよ)
真理は心の中でおばあちゃんにあやまった。
やるだけのことはやった。
いつまでもクヨクヨしていてもしかたがない。
真理は自分を励ますために、わざと元気な声を出した。
「あ~あ。せっかくガラスのくつをはいてるんだから、シンデレラみたいに王子様と舞踏会でおどりたいなぁ」
その時。
ガラスのくつからまぶしい光があふれだした。
「な…何っ!?」
あまりのまぶしさで、真理は目の前が真っ白になった。
そして、体がガラスのくつに引っ張られるように感じた後、真理は意識を失ってしまった……。