第1章  出発 5 | 夢の紡ぎ箱

夢の紡ぎ箱

心に浮かんだ夢物語。

そっと箱にしまってたけど、

言葉に紡いであなたの元へ……

「この箱にちがいない!」と確信していたとはいえ、いざ鍵が合ったとなると、やっぱり緊張してしまう。

真理はゴクリと息を飲みこむと、ふるえる手で箱のフタに手をかけた。

すると、ちょっと力を加えただけなのに、びっくり箱が開くかのように、勢いよくフタが開いた。

「うわぁ……キレイ……」

真理は目をみはった。

箱の中にあったのは、ガラスでできたくつだった。

ほっそりと品のよい形で、ほんの少しヒールが高くなっている。

さわったら壊れてしまうんじゃないか、と思えるほど繊細で、窓越しの夏の日射しを受けて、キラキラ輝いていた。

いかにも、お姫さまがはくくつといったカンジで、真理が想像していたガラスのくつどおりだった。

真理は、しばらく呆然とガラスのくつを見つめていた。

小さな頃から憧れていたガラスのくつが、自分の目の前にある。

まるで夢のようだった。

とはいえ、いつまでもそうしているわけにもいかないので、真理はおそるおそるくつを手に取ってみた。

くつは、真理が思っていたよりも軽く、ほとんど重さを感じなかった。

表面はすべすべしていて、傷ひとつない。

目を近づけると、完全に透明なのがわかった。

無色透明で、一点のくもりもない。

(このくつをはけばいいのよね、きっと。そうすれば「何かが起こる」はず……)

真理は、そっと自分の足元にガラスのくつを置いた。

そして、はだしになると、片足ずつガラスのくつに足を滑りこませる。

足はスルッとくつに入り、真理の足にぴったり合った。

真理には少しきつそうに見えたのだけれど、不思議なほどちょうどいい。

くつはひんやりと冷たく、なめらかで、いいはきごこちだった。

はじめてはくハイヒールなので、いつもより目線が少し高い。

何だか急に大人になったみたいに真理は感じた。

うれしくて、クルッと回ってみる。

スカートのすそがふんわりと広がり、まるでドレスのようだと真理は思った。

その時、真理は箱の中にまだ何かが入っているのに気づいた。

緑色の表紙の本だった。

(そういえば、おばあちゃんの手紙にこの本のことが書いてあったような……)

真理は、リュックからもう一度おばあちゃんの手紙を取り出し、目をとおした。



『もしもその時何かが起きたら……。

その時は、一緒にある緑色の表紙の本を読んでみてください。

もし、何も起きなかったら……。

その時は本は読まずに燃やしてしまってください。

宝物は、ただの宝物として、マリィが持っていてください』



おばあちゃんは「何かが起こる」と書いている。

そして、「真理ならばできる」と期待していた。

でも、別に何も起こらない。

(失敗してしまったのかなぁ……)

真理はしょんぼりした。


でも、おばあちゃんは書いてくれている。

たとえ何も起こらなくても、ガラスのくつは、真理の宝物にしていいのだと。

(おばあちゃん、期待に応えられなくてごめんね。でも、約束はちゃんと守ったよ)

真理は心の中でおばあちゃんにあやまった。

やるだけのことはやった。

いつまでもクヨクヨしていてもしかたがない。

真理は自分を励ますために、わざと元気な声を出した。

「あ~あ。せっかくガラスのくつをはいてるんだから、シンデレラみたいに王子様と舞踏会でおどりたいなぁ」

その時。

ガラスのくつからまぶしい光があふれだした。

「な…何っ!?」

あまりのまぶしさで、真理は目の前が真っ白になった。

そして、体がガラスのくつに引っ張られるように感じた後、真理は意識を失ってしまった……。



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