ショートショート×トールトール・ラバー【24】 | 虹色金魚熱中症

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盲目なんです
 

ショートショート×トールトール・ラバー【24
 

 

 最近の池内君はちょっと変。そのことに気がついてはいても 「どうしたの」 と聞くことはできないでいた。彼に対してどこまで踏み込んでいいのか、図りかねている。

 
(池内君なら、きっと気にせず聞いてくれるんだろうけど)
 

 逆の立場なら、自分のことのように騒ぎ立てそうな彼が簡単に想像できてしまって、思わず微笑む。優しい彼のことだ、きっとこっちの悩みを吹き飛ばすまで一緒になって考えてくれるんだろう。だけど私はそこまで踏み込むことができず、地団太を踏んでいた。

 
(もし、余計なお世話だって思われたら?)
 

 考えると怖い。いつの間にか、一緒にいることに違和感もなくなっている彼が私に向かう笑顔を止めてしまったらと考えると、怖くて指先が縮まった。
 

 クラス写真の編集は順調に終わろうとしている。期限は二学期末まで。もう終業式まで二週間もない。写真部の佐伯さんにも手伝ってもらいながら、撮りだめた写真の選別をあらかた終えていた。

 
(またぼーっとしてる……)
 

 このところ週一ペースで集まっている写真部の殺風景な長机を挟み、向かい合って座る彼は肘を突いてぼんやり外を眺めていた。いつもおしゃべりな彼が黙ると本当に際立つ。変化に周りは気づいているに違いないのに気にしているふうでもなかった。
 

「池内ぃ。光圀が行くってさ」
 

 扉がノックもなしにガラリと開く。仁王立ちの赤根井さんが鞄を肩にしていた。

 
「あ、あー、うん」
 

 池内君らしからぬ歯切れの悪い返事を返しながら私に手を合わせた。今日は長く借り続けたデジタルカメラを鶴崎君に返しに行く予定だ。赤根井さんもついてくるというので待っていた。

 
「ごめん、桐野ちゃん。今日俺、パスするんだわ。かわりに光圀と赤根井さんつけるから」
「わたしゃおまけか」
 

 赤根井さんの振りかざした鞄を 「すまん、すまん」 と避けながらばたばたと部室から出て行く後姿を見送りながら、大きなため息がこぼれた。

 
「透勉強疲れかぁー?」
 

 さっきまで池内君の座っていたパイプ椅子に腰を下ろした赤根井さんがにかりと笑う。

 
「美弥もさぁ、追い込みだーって騒いでる」
「佐伯さんが?」
 

 ぽやんとした彼女がたとえ人生を左右する受験であっても慌てたりする姿は想像できなかった。

 
「まぁ、美弥のレベルで、ってだけで、基本ほやんとしてるけどね」
 

 くつくつ笑って、携帯を取り出す。メールでも見ているのか、目が左右に動いている。最近モデルのバイトを始めたらしい彼女は少し大人っぽくなった気がした。そして少し女らしくなった気がする。
 

「美弥、先に健人迎えに行ってるってさ」
 

 雑に携帯をしまった彼女は行こうぜ、と立ち上がる。慌てて後を追いながら、おずおずと池内君の話題を振った。

 
「あー……池内ね」
 

 長い足をクロスさせ、まるで雑誌の一面のように指を顎にポーズを決める。思わず見ほれていると、赤根井さんは目を細めた。

 

「あれはあれでああ見えて、恋する男だからなぁ」
 

 ぼそりと落とされた呟きに思わず目をしばたいた。寝耳に水である。

 
「池内君、好きな人いるの?」
「いるといえばいる。でも、いないといえばいないというかね。相手にされていないというか、そもそもベクトルがずれているというか」
 

 謎々みたいな文句に首をかしげる。つまり池内君は恋をしてておかしくなったということなのだろうか。
 

「あやつの好みもなぁ……こう、偏ってて。あーフェチ? フェチズムなのか?」
「赤根井さん、よく意味が分からない」
 

 自問自答をはじめた赤根井さんを押しとどめながら池内君の好きな人が気になった。

 
「アイツいい奴なんだけどなぁ。また振られるのかね?」
 

 首をひねって私を見る。
 

「うん。池内君、いい人」
 

 肯定したにも関わらず、赤根井さんは小さくうなった。

 
「いいひとはどうでもイイヒト」
 

 いつかの冴子の言葉と重なる。冴子も赤根井さんもそういうけれど、いいひとを好きにならない人なんているのだろうか。ひとりぐるぐる考えていると、さらに目を細めた赤根井さんがにひひと笑った。

 
「そうそう、光圀も美弥と一緒に健人、迎えに行ったみたいだ」
「ああ……」

 
 不機嫌顔の鶴崎君が目に浮かぶ。飯田君は間違いなくそんな彼をからかって遊んでいる。鶴崎君も冷静になればそんな彼の態度に気がついてもよさそうなものなのに、恋は盲目とはよく言ったものだ。

 
「人の恋愛は楽しいなぁ」
 

 人の悪い笑みを浮かべて赤根井さんは伸びをした。
 

 
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