嘘恋シイ【11】 | 虹色金魚熱中症

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虹色金魚の管理人カラムが詩とお話をおいています。

拙いコトバたちですが読んでいただければ幸いです。

絡まる糸の先、ようやく見つけた

 

 
嘘恋シイ【11

 

 

 顔を上げたその先で、肩にかかった髪が揺れるのを見た。柔らかそうな栗色の髪が風と遊んでいる。
彼女は俺の視線に気付いていなかった。悪戯な風にでも飛ばされたのだろうか。しゃがみ込んだまま、散らばってしまったプリントを丁寧に集めていく。少しくすんだ再生紙のプリントが一枚、スロー再生のようにゆったりと俺の足元へと流れて届いた。
 

 それを拾ったら駄目気がした。

 

 椅子を引く。その音で彼女がこちらに気付いたことを肌で感じた。心の準備をする為に、足元の紙だけを見つめて、ゆっくりと拾い上げる。指先に何の変哲もない紙の感触。そんなどうでもいいことがやけに鮮明に残った。
 

 ああ、駄目だ。
 

 拾うべきではなかった。寝たふりでも何でも、とにかく拾うべきじゃなかった。耳障りな警告は弧を描いて体中を巡っていく。後の祭りだということを叫びながら。平常心を装って彼女に近づきながらも、胸の真ん中は異常なほどに音を刻んでいた。

 
 「ありがとう」
 

 少し首を傾けた小波さんが微笑む。その顔に何故か胸の音が小さくなる。もしかしたら変わらないくらいに警告は響いているのかもしれない。だけどそんな音を制して、渦のようにぐるぐるとさまざまな言葉が頭の中を走っている。自分に問いかけてくる。 「小波さんが好きなの?」 それはいつか、小金沢が言ってきたものだ。

 その答えを先送りにした俺は、今、それを欲している。誰かが断言してくれればいい。 「お前は彼女が好きなんだ」 と。だけど、誰も断言などしてはくれない。答えが出ない。ここまできて、この場でさえ。
 

 こんなの……知らない。この感情が、そんなものであるわけない。それはもっと、もっと……。例えば彼女が兄を見ているときのような。そんな、柔らかなものであるはずだ。
 

 だけど、俺のは。

 

 曇り空のように淀んでいる気がした。彼女が好きならどうして、こんなことを思えるだろう。兄となど早く、終わってしまえばいい。そして、泣いてしまえばいい、だなんて。
 

 「小波さん」
 「うん?」
 

 俺の渡したプリントを加え、手にした紙の束を教卓で整えている細い指を見ていた。トントンとリズムよく響く音が、自分の肩も叩いている。
 

 「はい、終わり」
 

 揃えた束を机に置いて、誰のものなのか、ずっと前から置きっぱなしにされている文庫本を重し代わりに上に置いた。 「これでもう、飛ばされない」 と、呟いて俺のほうを斜めに見上げた。
 その目に俺が映ってる。だけど、本当のところはどうだろう。今、そこに映ってるのは俺? それとも兄?
 

 「何?」
 

 言葉がつまった俺に首を傾ける。その目に映っているのは俺でも、結局のところ彼女の中は兄貴でいっぱいなんだろう。暗雲はうねりながら心を支配し、追い込みながら沈めていく。それを破るように彼女は笑った。前から思っていた。彼女の笑い声は心地いい。
 

 「上谷君、顔、顔」
 

 指差された左頬を思わず触る。何がなんだか。何で彼女が俺に笑ってるのか、分からない。
 

 「痕、付いてるよ。袖のボタン? 校章、くっきり」
 「あ……」
 

 ああ、なんて俺は格好悪いんだ。確かにそう思った。だけどそんなことよりも、勝手に口が動いていた。
 

 「小波さん」
 「はい?」
 

 小動物のような可愛い目をこちらに向ける。彼女は俺を見上げながら笑っているのだ。その黒目がちの瞳に映っているのは間違いなく俺だった。

 俺の中で渦巻く感情。それが 「好き」 なのかなんて分からない。何もかもが曖昧だ。混線する心の糸。ぐちゃぐちゃに絡んだ束から、一本だけはみ出したそれををいつの間にやら掴んでいた。引っ張った糸は予想以上に簡単に、はらはらとほどけていった。その先にぶら下がった答えを口にして、ようやく全てを納得する。

 
 「俺ね。小波さんのこと、好きなんだ」

 

 雑音だとばかり思えていた音がようやく、正常な、ただのせわしない心音へと戻っていく。同時に妙な緊張と焦りも感じた。なのにどれも嫌なものじゃない。ぽかんと見上げる彼女の顔を見下ろしながら、彼女に向かって微笑んだ。
 

 
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