嘘恋シイ【7】 | 虹色金魚熱中症

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虹色金魚の管理人カラムが詩とお話をおいています。

拙いコトバたちですが読んでいただければ幸いです。

靄のかかる胸の内

 

 
嘘恋シイ【7

 

 

 『彼女と同じクラスになって嬉しいのか』

 

 その答えは 「気まずい」 に決まった。それもそのはずで、こともあろうに全ての元凶である兄がこの学校に赴任してきたことで決定づいた。産休に入った日本史教師の代わりに教壇に立つことになった兄は、俺にとってまさに眼の上のたんこぶになった。

 

 何が 「いいことがある」 だ。何が 「驚くぞ」 だ。もっと早く言えよ。

 
 先週末、久々に実家に顔を見せた兄はいつもの様に人当たりの良い、さわやかな微笑みで俺に落としていった言葉が今になって酷く憎らしい。そんな心情にも気つかず、全校生徒を前に挨拶を始めた兄を指差しながら、小金沢が肩を組んだ。

 
 「なぁ、あれって慎吾の兄貴だろ」
 「ああ」
 「ずいぶん歳離れてるけど、やっぱ似てるな」
 

 ぼんやりと耳に入る兄の挨拶をBGMに、俺は小波さんを見ていた。どんな顔をして兄を見ているんだろう。ここからは艶やかな栗色の髪を眺めることしか出来ない。
 

 どんな顔をして……。じゃあ、俺は今どんな顔をしているんだろう。
 

 それこそ確かめようがなく、彼女の後姿から目を逸らした。
 
 小波さんは社会科の選択教科を日本史に変えた。それがどういう意味を持っているのか、知っているのは彼女と兄と俺だけだった。何故だか俺も日本史を選択した。理由は分からない。ただ、彼女を追うように苦手な日本史に向き合うことになった。
 

 「慎吾さぁ」
 「んー」
 

 購買で買ってきた焼きソバパンを口に運びながら漫画をめくる。そんな気のない返事に小金沢は何気なさを装って、爆弾を投下した。
 

 「小波さんのこと好きなの?」
 

 突拍子もない疑問に漫画から顔を上げられない。かけられた言葉に凍ったように動けなくなった。下手に動けば、それこそ凍りついた体がバラバラに崩れてしまいそうだ。だけど無言であれば尚のこと、問いの答えが決定されるようなものだ。本人ですらあやふやなものを勝手に決められたくない。面倒くさげな仮面を貼り付けて、ゆっくりと顔を上げた。
 

 「はあ?」
 

 存外に嫌そうな声が出て、それはそれで妙に焦った。話題の中心である彼女が、その場にいないことを思わず確認してしまう。

 
 「なんかさー。……違うの?」
 「なんかって何だよ」
 

 うーん、と短く唸ったまま、窺うように見てくる小金沢を睨みたくなるのをなんとか堪える。変な話題を振らないで欲しい。
 

 「いやさ。ちょっと思っただけ、なんだけどさ。なんか、お前、よく小波さん、見てるから」
 「それは」
 

 なんと言えばいいのか。 「兄の彼女だから」 そんなことは流石に言えない。そもそも、だからって俺が彼女を見る理由になるのだろうか。
 

 「……たまたまだよ」
 

 濁した言葉に野次が入るものと覚悟したのに小金沢はわりと素直に頷いた。
 

 「いや、分からなくもないからさ。普通に可愛いよな、小波さん」
 

 それこそなんと答えればいいのか。
 「……そう?」
 

 どんなニュアンスも含まないように慎重に返事をする。けれど小金沢にはそんなことどうでも良いらしく、俺のほうにぐっと身を乗り出した。
 

 「可愛いじゃん!」
 

 その意気込みに思わずたじろぐ。俺がどうこうではなく、自分が彼女に好意があるのだとアピールしたいのだろうか。
 

 「声も可愛いし、優しいよ。もちろんさぁ、顔も可愛い!」
 

 小金沢がとうとうと語り始めたのを合図に手元の漫画へと視線を戻した。ただ、文字は一切頭に入らない。
 

 「でも、お前、赤根井が好きなんじゃねぇの?」
 

 自分を落ち着かせるために、こちらも手榴弾を投げとばした。俺が思うに小金井は同じクラスの赤根井にこそ、好意を持っている。たとえ、顔を合わせるたびに言い争っていたとしても。
 

 「ばっ! は、はぁ!?」
 

 投げた手榴弾を打ち返す勢いで小金沢が抗議する。ちらりと窺ったその顔は赤い。が、照れなのか本当に嫌がっているのか一見よく分からない。そんな小金沢を見ながら、自分の胸焼けのような感覚に気がついた。腹の中央がもやもやと燻るように気持ちが悪い。
 もしかしたら、俺はそう思いたいだけかもしれない。何となく、 「お前が小波さんを好きなんだろ」 とは言いたくなかった。

 
 
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