嘘恋シイ【8】 | 虹色金魚熱中症

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虹色金魚の管理人カラムが詩とお話をおいています。

拙いコトバたちですが読んでいただければ幸いです。

チクチク、痛い

 

 
嘘恋シイ【8

 

 

 不思議なことがある。だけどそれを誰に言っていいのか分からない。そもそも言ったところで理解してもらえそうもなかった。
 赴任早々、兄は女子高生達の人気者となった。顔よし、人当たりよしであれば、思春期の彼女たちが放っておくわけも無かった。憤然たる顔で同じ教師である宮坂は親の敵のように兄を見ている。そんな露骨な態度ではますます生徒たちの心は離れていくというのに。

 兄と争うなんて無謀だろ、と心で笑ってしまうのは、何も身内の欲目ではなく誰もが思うところだろう。一部の女子なんかは数珠のように固まって連なって、ひな鳥よろしく過度なスキンシップで兄の傍から離れない。恋愛対象というよりは憧れに近いのかもしれないけど、それは時折目に余った。
 兄の苦笑いは最上級の迷惑顔に違いないけど、厚かましさではおばちゃんと並ぶ勢いの女子高生には通用しない。

 

 そんなとき、俺は決まって小波さんを見ていた。彼女がそんな俺の視線に気付くはずもなかった。そう、俺には気が付かないまま、表情も変わらない。その顔は笑顔。笑顔。笑顔。
 

 ――何で?
 

 まるで全く関係ないといった顔。まるで全く気づいていないといった顔。そんな顔されたら、嫌でも目が行く。だってそれは余りにも不自然すぎる。
 誰も気づかないのが不思議でならない。いつも一緒に笑っている友達も、クラス中の誰もかも。どうしてこんな不自然な笑顔に気づかないでいられるんだ。

 

 兄の声だけが響く日本史の授業。彼女は真直ぐ前を見る。その視線は決してぶれない。俺は真直ぐ彼女を見ていた。彼女の視線の先にあるもの、それは兄だ。
 

 別におかしくない。生徒が教壇上の先生を見て何が悪い。悪くない。だけど、彼女が見ているのは 「先生」 だろうか。俺が二人のことを知っているから、こんな斜めな見方をしてしまうのだろうか。
 

 ……違う。絶対に違う。

 
 彼女が見ているのは先生じゃない。上谷圭吾だ。じゃなきゃ、どうしてあんな顔してるんだ。仄かに染まった頬は淡い。まるで心の奥の奥、抑えているものがはみ出た色。淡くて、それは少し切ない色だ。
 

 そんなことどうでもいいじゃないか。そう思う。兄が誰と付き合ったって、小波さんが誰を好きだって、俺にはこれっぽっちも関係ない。だから、どうでもいいはずだ。そのとおりだと頷けるのに、どうしても目がはなせない。
 

 嘘の……。
 

 思わず手に力が入った。握った拳を心臓に当てる。――痛い。見てるだけ。決して自分のことではないのに、針でつつかれるような細い痛みを感じた。
 

 彼女はきっと、無理してる。

 
 俺の目にも明らかな彼女の嘘は、無理を覆い隠す為の仮面のようだ。なんで、そんな顔してまで彼女は兄を選んだんだろう。そうまでして、兄を想うことにどれほどの意味があるのだろう。
 

 分からない。俺には分からないよ。
 

 分からないから知りたいのだろうか。それとも自分だけが知っているという事実を、もったいぶって楽しんでいるのだろうか。彼女を眺める日々が重なっても疑問は疑問のままで、ちくちくと啄ばまれるような痛みと、意味不明のむず痒さが増すばかりでどうしていいか分からなかった。
 

 そのむず痒さが徐々に熱を帯びていることに俺は気づいていなかった。

 
 
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