きらきら琥珀【中編】 | 虹色金魚熱中症

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きらきら琥珀【中編



 
「泉さん、あのぅ」
 昼下がりの訪問者を連れ立って部屋に戻ると、珍しく自らティーポットを手にした雨宮がいた。
「あ、自分が。自分、やります。やりますから」
 慌てて声をかけたのは、見かけによらず不器用な雨宮を気遣っただけではない。ちらりと客人へと視線を落として、雨宮に再び戻した。
 自分の困惑に気づいてか、にこにこと傍らまで来ると客人の視線に合わせてしゃがみ込んだ。
「彼がおいしいものを用意してくれるよ」
 雨宮の上品で優しげな声を聞いて、子供は自分を仰ぐように見上げた。大きな瞳が自分を捕らえ、しばし間を置いて雨宮に向かいこくんと頷いた。

親戚、かな。
頼まれたミルクティの牛乳を鍋にかけながら、珍しい客人について考えていた。歳は幾つくらいだろう。自分の腰ほどの身長で、どちらかと言えば細身の少年。小学校低学年くらいだろうか。
 よく日に焼けた小麦色の肌に色素の薄い柔らかな髪が無造作に跳ねている。顔立ちもわりと整っており、茶色の瞳は大きく可愛らしい。顔だけならば女の子にも見えなくなかった。
 ただ、少年は甚平服姿だったし、物静かなわりにどことなく悪戯っ子のように見える。小さな手にはやけに古びた毛むくじゃらのぬいぐるみをしっかりと握っていた。

 もともと来客の多い屋敷ではないが、子供がここを訪ねて来たことなどない。少なくとも自分がここで仕事という名の雑用を任されるようになってからは初めてのことである。

 雨宮の親戚というのもあながち外れでは無いかもしれない。どこか不思議な感じのする子だった。そもそも、こんな場所までどうやって来たのだろう。町からは遠い。とても子供が一人、歩いて来たとは思えなかった。
 けれど、どんな不思議も「雨宮泉と知り合い」 ならば納得できてしまう。それとも納得してしまう自分がおかしいのだろうか。


「ホットで良かったんですよね」
 慣れた手つきで用意した飲み物を向かい合う二人のテーブルに並べていく。雨宮はいつものように温かいのがよいというので、この真夏日が続く季節にも関わらず、ホットミルクティを用意した。室内は冷房が程よく効いているし、この屋敷は常温が少しばかり低く感じる。雨宮が冷たいものを欲しがることは滅多にない。
少年にはアイスミルクティである。自分はミルクは入れずにストレートのアイスティを用意した。
 通いの料理人である、秋梅さんが用意していた洋なしのタルトを添えると、ふんわりと柔らかな甘い香りが部屋を満たした。
 少年は自分をじっと見た後、お皿に乗せたそのタルトとアイスティを見つめた。小さく鼻をひくつかせているのが可愛い。
「お絞りもどうぞ」
 少年に渡すが、手渡された白いお絞りを凝視したきり用途をなさない。くるくると巻いていたそれを解ききるとそのままテーブルへと落とした。
 おおよそ現代っ子から遠く離れた少年は無言で、けれど雨宮は時折、相槌を打つように頷いていた。遠目から見るそんな二人の光景は、ちょっと不思議ではあるものの何とも微笑ましい。
 雨宮が形のよい唇を上げ、小さく笑う。少年は小首を傾げたり、渡したお絞りを握ったり放したりしていた。気がつくとアイスティーは残り半分ほど、タルトにいたっては丸々と消えてなくなっていた。

 静かな会談を自分の席からぼんやりと眺めていると、大きく口角を上げた雨宮は不意に目を瞑った。瞬きとは違う。最近では見慣れたその所作に慌てて立ち上がった。
「え! ちょ、泉さん」
 呼びかけは既に遅く、雨宮の体がゆっくりと前後へと揺れた。白く細い人差し指がふわふわと宙をなぞり始める。
 完全にトリップしているのが分かる。慌てて駆け寄ったものだから、テーブルに脛をしたたかにぶつけた。その痛みをおして、雨宮の肩に手をつく。今にもバランスを崩し、テーブルに頭突きしそうな雨宮を何とか支えると小さく息を吐いた。
「仕事、だったんですか」
 その問いかけはもう、雨宮には届いていなかった。




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