きらきら琥珀【後編】 | 虹色金魚熱中症

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拙いコトバたちですが読んでいただければ幸いです。



きらきら琥珀【後編



 

 眠り姫すら嫉妬しそうな美しい雨宮の瞳が半ば閉じられている。状況の手がかりを探るように少年を伺うと彼はテーブルの中央を静かに見ていた。動物のぬいぐるみが寝ている。横たわっていたそれはびくつくように振動した。
「これ、を?」
 答えを求め、腕の中の雨宮に視線を落とすも、不思議を詰め込んだ瑠璃の瞳はどこを見るでもなく虚ろに彷徨っている。
 小刻みに震えていたぬいぐるみは、一度大きく振れたのち、ゆったりと首をもたげた。それはまるで本物の動物、生きものにしか見えない。
 犬、だろうか。
赤みのある茶色の毛並みは、少年が手にしていた時よりも随分と艶やかに見える。起き上がった動物はゆっくりとした足取りで少年へと歩み寄った。
 ふっくらと幼い少年の頬を伝う雫を舐めとる。両手を広げた少年はその動物を抱きしめた。動物はされるがままに身をゆだね、時折、少年の頬に自分の頭をなする。柔らかな毛が少年を包むようにも見えた。
 どれくらいだろう。多分、五分ほどの短い時が過ぎ、雨宮の指が弦を切るように弾かれると、命が消えるように動物はぬいぐるみへとくたりと戻った。
 少年はそのぬいぐるみを抱きしめたまま、声を漏らして小さく震えた。その震えに従ってもう一度その大きな瞳から雫がぽたりと落ちて消えた。


 少年は大きく瞬きし、一歩近づくと雨宮の手をとった。雨宮の薄い手のひらに自分の小さな手をかざす。すぐさま跳ねるように一歩下がると、今度は自分と雨宮の顔を交互に見た。
 そして、太陽もびっくりするくらいの笑顔で首を傾げた。両頬に大きな笑窪が生まれている。ぺこんと九十度のお辞儀をすると、足早に門へとかけていった。
「泉さん。あれ、あの子の飼い犬とかですか」
 普段、雨宮に仕事を持ってくるものといえば裕福なものばかりだ。裕福で口の堅い、あるいは雨宮のこと――というよりも自分が行ってもらったこと――を口外しないような人間が、客として現れ、自分が何ヶ月働けば手に入るのかも分からない金額をいとも簡単に落としていく。それが雨宮への報酬だ。雨宮にしか出来ない仕事への報酬。
 それなのに今回は全く見返りの無い仕事だ。
いつもとは余りに異なるこの仕事を思い返しながら雨宮を見下ろした。淡雪を思わせる真っ白な頬が暮れかけた夕日の色で染まっていた。色素の薄い髪も橙色に光っている。そのせいか、優しげな顔が一段と柔和に、人間らしく見えた。
 綺麗な微笑が自分を見上げた。思わず見惚れていると雨宮の小さな口が動いた。
「いいえ。あの子の母親です」
 なるほどと頷きかけて、ぱちんと目が覚めた。
「は?」
 思わず門へと視線を投げる。少年は見当たらず、小さな動物がぴょんと跳ねて門をすり抜けた瞬間だった。
「え、え、え」
 口をぱくぱくとさせながら門を指差す。雨宮を見るとにこにこと笑いながら、少年が置いていった報酬を手のひらからつまみ上げた。
 緑色の小さな包みが雨宮の手の中にある。大きな葉で器用に包まれた手のひらサイズの報酬だ。包みを解くと、ころころと小さな粒が手のひらに躍り出た。

雨宮が微笑む。それを見て自分の口端も少し上がった。
「この時期にどんぐりというのも・・・・・・なかなかオツではないですか」
 夕暮れにも関わらず赤い炎のような太陽は小さな木の実にその身を映している。琥珀のようなその欠片はきらきらと輝いていた。


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