モノシロご馳走【前編】 | 虹色金魚熱中症

虹色金魚熱中症

虹色金魚の管理人カラムが詩とお話をおいています。

拙いコトバたちですが読んでいただければ幸いです。


僕のご飯は夜明け前にやってくる


モノシロご馳走【前編】



 高いところなんて好きでない僕が、安息を得る為にはどうやったって夢を得るしかない。だから毎日毎日、僕は夢を求める。その中でも一番のお気に入りは、目覚める間際の現実と夢とが重なって、交わって、溶け合ったものだ。
 太陽がゆっくりと、だけど的確に近寄ってくるのを感じて眠い目を瞬いた。無駄に長い時間を暗闇で漂っていたことにだって意味がある。仲間たちはとっくにご飯に出かけたけれど、僕はずっと待っていた。夜明けを待っていたのだ。一番おいしい夢を得る為に、そのくらいの努力は惜しまない。
 しょぼしょぼしていた目をぐっと瞑って気合をいれる。仲間よりも小ぶりの耳をアンテナよろしくぴんと立てた。今日はどんな夢と出会えるだろう。
 声というよりは漣のように繰り返されるささやき。強弱をつけ繰り返し繰り返し、それは僕の耳に入り込んだ。その調べを辿るように目を細める。気に入るかは分からない。だけど、ちょっとくらい味見したってかまわない。まどろみの時間は本人が思うよりもずっとずっと長いのだから。
辿るべき道筋が見えたところで、誰に見せるわけでも無くにっこり笑って駆け出した。
 鈍足そうな僕だけど時を駆けるのはわりと得意で、足の裏は一定箇所に留まらない。跳ねて翔けて、視界の色は濃紺に銀が混ざり始めた。
ああ、気持ちいい!
 僕に触れるのは混ざった夢だ。ちょっとだけ舌をだして掠め取った。ぴりりとスパイシーな香りが口から鼻に抜けた。
いやいや、これじゃない。
少し長めの鼻を振って後味を振り払うと、僕は囁き声に集中するように目を瞑った。その間だって、もちろん足は留まらない。
 柔らかいノイズの中から一本の細い細い煌く糸を引き当てて、手繰り寄せるように僕は翔けた。無心で翔けていたから気がつくのが遅くなった。周りの色はすっかり溶けてしまっている。仲間にもよく言われるのだけど、僕はひとつのものしか見えなくなる傾向があるらしい。だけど、だから、僕はいつも一番のご馳走にありつける。
歩みを緩めると大きく鼻から息を吸い込んだ。
 そう、これだ。
清涼の中に溶け込んだほんの少しの苦味と酸味がアクセントになっている、その風味を捕らえて胸が躍る。窺うように首を左右前後にめぐらせた。
色が無くなったんじゃない。みんな、みんな、塗られている!
夜に溶ける僕の体ですら、その色に塗りこめられていた。白いだけの世界だから、僕が歩いてもそれが本当か分からない。右も左も天も地もどちらがどちらで、僕がどこに向かっているのかも分からない。
面白いなぁ。僕の体が真っ白なんて笑っちゃう。空も白。大地も白。しろしろしろ。なんて綺麗で、なんて面白い世界なんだろう。こんな夢に出会えたなんて、とてもついてる。
 見えないながらも、リズミカルにステップを踏んだ。白い世界では、足音すらも小さく弧を描いては溶けていく。なにもない世界がこんなにも素敵だなんて。
ステップとはちょっとずれている気もするけど、そこはご愛嬌。僕は緩いテンポでお気に入りの歌を口ずさんだ。だけど歌声は真っ白ではないらしい。僕のあまり上手とはいえない歌に何かが小さく揺らいでいた。真っ白な世界で、真っ白なものが僕に向かって目を凝らしている。
「君は誰」
 僕に向かって何かが囁く。不思議な声だった。静かだけど真直ぐで、鋭いけれど柔らかい。まるで白い声。
「僕はキミ。キミは誰」
 僕が誰かなんて、笑っちゃう。そんなこと聞くだなんて、面白い。これは何かな? これは誰かな?
僕の気の利いたジョークはお気に召さなかったらしい。意味のないジョークこそ一番の意味が秘められているのに。
「君は私じゃないし、私は私よ」
 ふふ。なんて可愛い声なんだろう。白い声は僕に真直ぐ指をさす。あれれ。指じゃない。これは何だ?
「それは何?」
 真っ白い世界で僕より細くて、僕より背の高い白い影が、僕に向けているのは指じゃない。
「ハケよ。さっきまでは筆だったの。だけどあれじゃ、大変なんだもの」
「ああ、そうだね。大変だね」
 僕は神妙に頷いた。よく見ると白い影は大きなハケをもっている。白い世界に白いハケ。それがこの世界を作っている。僕のことはもういいのか、影は再びハケを動かす。前後に、左右に、手際よく。
「白いのが好きなの?」
 なんとなく、楽しくなって僕はそれに近づいた。影の傍には大きなバケツ。それも当然、真っ白だったから、もう少しで蹴飛ばすところだった。覗き込むと白いペンキが並々と光る。
「そうよ」
「ふぅん。僕の身体は真っ暗だけどね」
 影がちょっとだけ僕を見た。僕は鼻をバケツに突っ込む。
「うそよ。白いわ。真っ白よ」
「だって、キミが望んだろう?」
 影は答えない。ただ黙って僕を見ている。僕を窺っている。僕はバケツのペンキに鼻息を送り込んだ。ぶくぶくと音を立てて、白い気泡が弾けて消える。
「・・・・・・私には出来ないわ」
「何が?」
「何かを真っ白にするなんて」
 僕は笑った。だから、鼻の先から白いペンキがぴちゃっと飛び出す。
「なんで? どうして? キミが持ってるものは何?」
 握ったハケへとゆっくり視線を落として、影は小さく呟いた。

■■■Copyright (C) 2010 カラム All Rights Reserved.■■■


【後編】



にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

上のボタンをポチポチっとやってもらえると、とってもうれしいです☆


【小さなお話 INDEXへ】