分からないの。だから会いたい。
ウソコク【24】
駆け出した背中を 「頑張れ」 と奈央の声が押す。振り返るまでもなく、きっと二人は笑っているんだろう。少し恥ずかしくて、鳩尾の辺りがむずむずする。でもそうだ。頑張らないと。
――何を?
頬に触れる風が問いかけてくる。流れる風景に胸の鼓動が痛い。何をかなんて分からない。だけどもう走り出したのだから止まれない。止まりたくなかった。
もっと走れ。
零れていた涙を拭うと、私の中でいつもばらばらなことばかり言い合う幼い私と大人の私が同時に走れ、走れとざわついた。
それはリズムよく、次第に鼓動と合わさって、どんどんどんどん大きくなる。まだ静かな校舎に足を踏み入れたときにはもう自分の鼓動だけで周りの音は何も聞こえなくなっていた。
息を切らせて咳き込みながら、脱いだ靴を思い切り乱暴に下駄箱へと放り込んだ。取り出した上履きすらうまく履けない。気ばっかりが急いて、足を突っ込むだけの慣れた行動が上手く出来ない。よたよたしながら諦めて、踵を踏んだままの状態で階段を上った。
……上谷君。
何故だろう。あれだけ私の毎日を占めていたはずの圭吾さんの顔がいつの間にこんなに幼くなってしまったんだろう。
ずっと繋いでいたいと願った手のひらの体温。求めていたはずの切なくなるような優しい温度がいつの間にこんなに熱を帯びていたのだろう。
浮かぶのは上谷君。上谷君だ。
早く伝えたかった。
何を?
わからないよ。だけど、早く。
頭の中はごちゃごちゃで、わき腹は走りすぎて酷く痛い。それよりもどこどこ打ち鳴らす胸の奥がもっともっと痛い。
でも痛みだけじゃない。
怖いって気持ちとか、それに入り混じるもっと綺麗なものとかが、早くなる鼓動に乗って体中を駆け巡る。いろんな言葉と感情が、もつれ合ってくらくらした。だけどそんなものすらどうでも良くなっていく。
上谷君に会ったらわかる。
静かな校舎で私の足音だけが響いては溶けて消える。夢みたいに長い階段。続く廊下。ようやく灯りの漏れる図書室前について、確かめるように大きく心音が跳ねた。
何を話そう。何を言えばいい? 考えたって分からない。なら、もう上谷君の前に立って、そのときの私で確かめるしかない。
小さく深呼吸してドアノブに手を伸ばした。この扉の中に本当がある。だったらこの手で開くしかない。嘘ばかりで見失った 「本当」 を見つけなくちゃいけないから。
銀色のドアノブが指先に冷たく触れた。その瞬間、何かを強く打ち付ける音が静かな校舎に響きわたった。
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